魔力喰らい 〜魔女の学園でただひとりの少年〜 作:緑茶わいん
「魔法院はお城の敷地内にある。クリスちゃん、これがどういうことかわかる?」
「学園と違って直属なんですよね? 騎士団みたいな」
「そう。騎士団が都の見回りとか犯罪の取り締まりみたいな『表』だとすると、宮廷魔法師団は『裏』の役割を担っていてね。戦争に正面から勝つんじゃなくて側面から勝つ裏技を主に研究してるんだよ」
「待ってください。戦争の主力はクローデット様ですよね?」
「表向きは、っていうか実際もそうなんだけど、クローデットちゃんだって永遠には生きられないでしょ? 全盛期が過ぎたら衰えるし、もう一人子供を産んでその間動けなることだってあるかもしれない。強い力は複数あるに越したことはないわけ」
マノン先生は幼い外見とは裏腹になんでもないことのように国の裏事情を告げた。
「その力が魔獣なんですか?」
「魔獣もその一つ、ってところかな。イヴォンヌの開発する支配の魔道具なんかもそう。スパイとかさせるのに便利でしょ?」
実際、魔道具ではないけれど、もっとひどい方法で僕たちの傍にスパイが隠れていた。
ネリーが嫌そうに首の魔道具に触れて、
「これもそうなんですよね? じゃあ、私も操られる可能性があるんじゃ?」
これに先生は目を細めて「あるだろうね」と頷いた。
「むしろ、コレットちゃんと一緒に操られなかっただけ良かったくらい。……そこまでの機能は盛り込めなかったか、あるいはコレットちゃんの温情かな?」
「どういうこと、先生?」
「クリスちゃん。君はコレットちゃんがやりたくてこんなことをしたと思う」
「思いません」
僕はきっぱりと答えた。
「コレットさんは本当に辛そうでした。命令されて仕方なくリアを攫ったはずです。……そもそも、本当に心の底からイヴォンヌの部下なら僕たちを眠ってる間に殺す事だってできたんだから」
「わたしもそこまでの悪意を持っている相手なら見逃さなかった。だから、コレットちゃんはリアちゃんが救出される余地を作ったんだ」
例えば、警鐘が鳴る前にリアを抱えて外に出ることもできたはず。
やり口に甘さが見えるのはコレットさんができる範囲で必死に抗っていたからだ。
「イヴォンヌが本気で仕込んだ魔法なら抵抗はほぼ無理だよ。リアちゃんを助けに行くにしてもコレットちゃんが立ちふさがるのは覚悟しないとだね」
「コレット様を助ける方法はないんですか!?」
「普通に魔法解除は無理。生かして捕らえたうえで時間をかけて解除するか、反則を使うしかないね」
「反則、ですか。……なるほど」
頷いたフェリシー先輩が静かに僕を見る。
「そうか。『魔力喰らい《マナ・イーター》』ならもしかして」
「コレットちゃん自身の魔力と混ざって上手く解除できないかもだけど、可能性はあるよ。そうでなくともクリスちゃんの体質は魔法使い相手の切り札になる」
「クリスには魔法がほとんど効かないもんね。支配もされないし」
「同じく、規格外の高魔力を持っているリアちゃんにも支配や洗脳は効かない。その点は安心していいよ」
こうしている間にリアまでおかしくされて敵になる、ということはないわけだ。
少しだけほっとする僕。
手のひらで包んでいたお茶を飲み干すと、ネリーがお代わりを注いでくれた。
「……でも、先生? あの人は何が狙いなんですか?」
ララ先輩が「よくわからない」と言うように首を傾げた。
「あの人ならやりそうだとは思いますけど、こんなのほとんど自爆じゃないですか。次に繋がらないどころか死刑確定です」
「だね。だからたぶん、イヴォンヌがやろうとしているのは自爆覚悟の特攻。自分や魔女の権威を無理やり引き上げる気だ」
「意味が分からない。王位簒奪でもするつもり?」
「王家の血を引く魔女を擁立すれば最低限の正当性は立つでしょ?」
「──っ」
魔法院の魔女は総じてプライドが高い。
王家直属の組織に属しているという事実がそうさせるのもあるけれど、トップであるイヴォンヌがそういうタイプだというのも影響しているのだと先生は言った。
もちろん、プライドが高いのは悪いことばかりじゃない。
地位を失わないために頑張るという面もある。ただ、地位に拘り過ぎて強引なやり方に出てしまったら自分たちを破滅に導きかねない。
「イヴォンヌはそんなのお構いなしなんだよ。魔女こそが一番偉い。魔女こそが国を、世界を統べるべきだって思想に取り憑かれているの」
「だから、あんなに人をこき使うのが好きなんですね」
「そう。下働きの男なんかはだいたいイヴォンヌの支配を受けてるだろうし……。もしかしたら騎士の中にもいるかもね」
騎士の多くは貴族だ。魔女ほどでなくても魔法が使えた方が戦いの役に立つ。そうすると魔力量が高い方が有利だ。
魔女は貴族に嫁ぐことが多いから、男性騎士と魔法院の魔女が親しい仲になることはよくある。女性相手で油断している男に細工をするのなんて女がその気になれば簡単だ。
「大変じゃないですか!?」
「落ち着いて、ミシェルちゃん。王家にももう伝えてあるよ」
マノン先生が緊急用の連絡手段を使って国王に直接、事件の概要を伝えた。
今頃は騎士や兵士が集められて魔法院の包囲が始まっているはずだ。
「わたしたちも準備ができたら行こうか。攫われた生徒を救出する、っていう名目で独自行動をする許可はもらってあるんだ」
言われた僕たちは黙ったままお互いを見つめた。
「僕たちも行っていいんですか?」
「学園にも追加の攻撃があるかもしれないし、教師の数はあんまり減らしたくないんだ。ここにいるメンバーならわたしとしても信用できるしね」
救出の途中で寝返らえて形勢逆転、なんてことになったら目も当てられない。
「少人数で隠密行動をするから全員で行くのは厳しいけど……クリスちゃん、君には来て欲しい」
「もちろん。ダメだって言われたら僕一人でも勝手に行きます」
リアを守るのは僕の役目だ。コレットさんが裏切った以上、僕は僕のやるべきことをやらないといけない。
マノン先生はこれににっこりと微笑んで、
「よし。じゃあ後のメンバーはどうしよっか?」
「……そうですね。ミシェルとネリーに任せるのがいいかと」
「うん。私やフェリシー先輩は体力ないから」
邪魔な相手を殴って気絶させられる方が魔力の節約になるし、比較的音も立たない。
僕は立ったまま傍に控えてくれているメイドの少女を振り返って、
「ネリー。一緒に来てくれる?」
返ってきたのは照れたような笑顔だった。
「行きますよ。……ここで活躍できれば王家からの評価もプラスですからね」
ここで彼女は「ただ」と続けて、
「
「そうだね」
簡単には壊れない魔道具を簡単にガラクタ化する方法が僕にはある。
「……クリスちゃん。念のため言っておくけど、それがなくなったらネリーちゃんは自由に動けるようになるんだからね?」
「わかってます」
僕はネリーにとって憎い相手だ。
最近は柔らかい態度も取ってくれるようになったけれど、どこまでが本心かはわからない。
自由に動けるようになったらやっぱり憎くてしょうがないので殺します、という可能性だってもちろんある。
「それでも構いません。どっちにしても暴れるかもしれないなら、ネリーの本心で暴れてもらった方がいい」
たぶん、それなら狙われるのは僕一人だ。
クリスや先生たちにまで攻撃することはない。
僕は首や手足の魔道具に順に触れて籠められた魔法を吸収していく。力を失うと魔道具は簡単に外れ、音を立てて床に落ちた。
シビル先輩が悲痛な声で「売れば高いのに」と呟くのはひとまず無視して、
「────」
みんなが注目する中、ネリーは解放された手足をさすって調子を確かめると、
「学園長。イヴォンヌ・マルチノンとクローデット様との関係をご存じですか?」
マノン先生は特に答えに窮する様子もなく答えた。
「めちゃくちゃ仲悪いよ。クローデットちゃんを『卒業時次席』って馬鹿にする筆頭がイヴォンヌだし」
「なら、私にとっても憎い敵です」
仕事中の(それなりに)礼儀正しい様子とは違う、獰猛な獣のような笑み。
「ご主人様にも苛立つことは多いですけど、一応、不服ですけど一応、お嬢様とも今はご友人のようですし。……恨みを晴らすのは後回しにします」
「あはは。後で晴らされるんだ……」
「覚悟しておいてくださいね」
こっちを睨むでもなく笑って振り返るその表情に、僕は何故か見惚れそうになった。自由になったせいかネリーが今までより可愛く見えたのだ。
「じゃあ、決まりだね。急ぎだからあんまり時間はないけど、持って行けそうな物は持って行こう」
◇ ◇ ◇
魔法院の最上階、六階の窓からは城内の
調査の目をすり抜けて保有していた魔獣、百匹以上。
元が戦争のための備えだ。城が咎めたかったのは「魔獣を保有していないか」ではなく「管理方法が適切だったか」「魔法院から魔獣が放たれた事実があるか」だった。協力派閥の重臣が尽力してくれたこともあって今日まで処分されることなく温存されていた。
国と戦うには到底足りない数しか量産できてはいないものの、今ある戦力でも城一つを混乱に陥れる程度なら十分に可能。
魔獣たちは学園から城へ連絡が届き、騎士団が準備を終えるよりも先に解き放たれ、本能のままに暴れまわり始めた。
──標的は魔法院の外にいるすべての生物。
鉤爪。牙。尾。毒針。嘴。ありとあらゆる武器が兵士、騎士、メイド、下働き問わず全員に向けて振るわれた。
疑似的な魔法によって火を吐き出す魔獣も存在しており、城の人間たちは魔中の掃討や負傷者の治療と同時に消火作業にも当たらなければならなかった。
『支配の魔女』イヴォンヌ・マルチノンは阿鼻叫喚の絵図を豪奢なソファに腰かけて楽しんでいる。
必要以上に豪華絢爛、王族の居室と見紛うばかりの調度の散りばめられた部屋には十を超える半裸の男が控え、イヴォンヌに奉仕を行っている。
上機嫌にワイングラスを揺らす魔女の姿にコレットは吐き気と怒りを覚えた。
「……こんなことをしても何にもなりません。直に討伐されて処罰されるだけです」
「あら、それはどうかしら」
じゃら、と、グラスを手にしていないほうの手が鎖の端を持ち上げて金属音を立てる。
鎖はイヴォンヌが座る椅子の後ろ、特別に据え付けられたベッドの上へと伸びている。そこには依然として寝息を立てる銀髪の王女──オリアーヌの姿。
運び込まれた後、必死の抗議も空しく追加の投薬が行われたのだ。身体に大きな害のある薬ではないが、身体の弱いオリアーヌには負担になるかもしれない。
「魔獣で多くの人間が死ぬ。騎士や兵士にも死傷者が出るでしょう。そうしたら今度は魔法院が誇る精鋭の出番よ。疲弊したところで魔女と戦闘を行って、果たして彼らは勝利できるかしら」
魔法院内には当然、罠も数多く仕掛けられている。
最上階まで上がってくるのは至難の業。どうにかここまでたどり着いたところでオリアーヌを人質に取られていては騎士たちの気勢も鈍るだろう。
「それに、いざという時のためにお前がいるんだもの。敵がここまで到達したら全員殺しなさい。愛しのオリアーヌ様のためにね」
「……この、外道が」
「その外道に服従するしかないのを忘れないことね。お前は所詮、私が作り出した『駒』の一つに過ぎないのだから」
「っ」
腹に深く刻まれた隷属の印が焼けるような痛みを与えてくる。
印はイヴォンヌの魔力にのみ反応し、その命令に強制的に従わせる。強制力はイヴォンヌとの距離に比例するため、この状況では抗うことはほぼ不可能だ。
この印がコレットに刻まれたのはまだ彼女が幼かった頃。
イヴォンヌの言う通り、当時のコレットはただの駒に過ぎなかった。
空虚で無価値。むしろ今のイヴォンヌと同じように周囲への苛立ちや憎しみさえ抱いていた。良質な血統を持ちながら特殊な出自のせいで疎まれていた彼女を『支配の魔女』は拾って改造した。魔法を蓄積する体質はその時の副産物だ。
与えられた役割は不遇の王女、オリアーヌの護衛。
何故、イヴォンヌがオリアーヌに拘るのか、そこまでは知らない。おそらくは反逆の旗印として担ぎ上げる以上の意味があるのだろうが……。
「リア様に何かあれば、絶対に許しません」
今、彼女に出来る最大限の抵抗──殺気の籠もった視線で悪しき魔女を睨みつける。
「必ずあなたには罰が下ります」
「ふうん? 誰が来るっていうのかしら。学園を守ったせいで疲弊したマノン? それとも──」
「クリスさんが来ます。あの人は、絶対にリア様を諦めたりしません」
少女のように可憐なあの少年はコレットに似ている。
彼はオリアーヌのためなら命も賭けるだろう。オリアーヌがくれた温かい気持ちを失わないためなら、その身を最後の一片まで燃やし尽くすはずだ。
似ているからこそ、コレットにはそう確信できる。
「覚悟していてください。絶対に、私たちがあなたを許しませんから」
今のコレットにとってはオリアーヌこそが全てであり、オリアーヌがいなければ生きている意味などない。