魔力喰らい 〜魔女の学園でただひとりの少年〜   作:緑茶わいん

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救出作戦 2

『コレット。こっちに来て、一緒に食事をしましょう?』

 

 隠された王女オリアーヌ。

 何も知らない病弱のお姫様。籠の鳥であるとはいえ温かな寝床と高価な服、十分な食事を与えられている彼女はコレットから見れば嫉妬の対象だった。

 王女付きのメイドに選ばれるまでのコレットは魔獣と大差ない実験動物。

 寒い牢に閉じ込められ、最低限の水と食事だけを与えられて生かされる惨めな存在だった。同じ境遇の仲間たちは実験によって何人も死んでいったし、仲間の泣き声がうるさくて眠れない日も数えきれないほどあった。

 

 当時のコレットを生かしていたのはイヴォンヌの囁いた言葉だ。

 

『お前は王家の血を引いているの。本当なら何不自由ない生活を送れてもおかしくなかった。でも、そうはならなかった』

 

 こんなところで死んでたまるか。

 死にたくない一心で実験に耐え、厳しい訓練をこなし、必要であれば仲間でさえも殺した。

 初めて人にナイフを突き立てた感触は今でも覚えている。

 不意に自らの手が血でべっとりと汚れている幻覚を見ることさえある。それでも、生きるためには何でもした。しなければならなかった。

 メイドになったのはそうすれば着るものにも食べるものにも困らないと言われたから。

 

 必死にあらゆる教養を身に着けて外面を取り繕った。

 

 そうして出会ったのは、ただ可哀想なだけの箱入りの王女様。

 出会った瞬間は殺意さえ覚えた。自分はいつ死んでもおかしくないような境遇だったのに、どうしてこの子は()()()()()()()()()に絶望しているんだろう。

 不満ならいつでも殺してやる。

 心臓にナイフを突き立てられ、自分の命が後少しで尽きると知った時、彼女は思うだろう。たとえ十数年でも長生きしたかったと。その時の表情が見られたら少しは「生きていて良かった」と思えるかもしれない。

 

 けれど

 

 衝動を必死に抑え、礼儀作法を取り繕って接するうち、コレットはオリアーヌという少女の優しさに惹かれていった。

 

『コレット。花瓶に生ける花を取ってきてくれないかしら?』

『コレット。どう? 私の字、とても上達したでしょう?』

 

 オリアーヌ自身には何の罪もない。

 彼女は自由を与えられず──それどころか、自由の本当の意味さえ知らない囚われの身だ。個人にはなんの価値も見いだされず、ただ王女だから生かされている。それから、あわよくばその身に内包する膨大な魔力を何かに利用できないかと多くの者が画策している。

 表面だけ取り繕われた地獄で「幸せ」を探して生きているのがオリアーヌという少女だった。

 

 庭に出る自由さえなく。

 知識と教養だけは十分に身に着けさせられながら、それを振るう機会は与えられない。

 海も、山も。街も。

 都には多くの人がいて、下街の酒場は毎日のように賑わっている。そんな事実、知らなければもっと「幸せ」でいられただろうに。

 コレットの摘んできた花が花瓶に活けられるのを見て微笑み、使用人でしかないコレットに「一緒に食事をしよう」と言ってくれる。

 当のコレットはオリアーヌを恨みながら、時には城を出て街を散策し、広い空を見上げる権利が与えられているというのに。

 

 だから。

 

 コレットはオリアーヌを恨むのを止めた。

 世界を憎むのも止めにして、ただオリアーヌのために尽くすことにした。

 負の感情で生きるより正の感情で生きることを教えてくれた、誰よりも大切なかけがえのない主。

 彼女さえ助かるのなら自分の身はどうなっても構わない。

 

 ──だから、どうか来てください。

 

 クリスさんならきっとリア様を助けられます。

 

 

   ◆    ◆    ◆

 

 

「いい、クリスちゃん? ちょっと窮屈だろうけど、今回は制服着用。脱いであのえっちな服になるのは禁止だからね? 敵か味方かわからなくなったら騎士団からも攻撃されかねない」

「わかってます。……っていうか、僕の戦闘着ってそんなにえっちですか?」

「貴族令嬢の基準で言えば正気を疑う行為ではありますね」

「あはは。まあ私は気にしないけど、普通の子はやらないよね」

 

 僕たち四人は短い時間で可能な限りの準備を終えるとマノン先生の魔法でお城まで飛んだ。

 徒歩にしても馬車にしても時間がかかりすぎる。

 ギリギリまで人数を絞ったからこそこういう無茶な真似ができた。

 先生が言った通り僕とミシェル先輩は制服。マノン先生は学園長のローブで、ネリーはメイド服に学園所属を示す装飾をわかりやすく複数着けている。

 先輩は剣(木剣ではなく真剣だ)を腰に装着。

 ネリーは身体のあちこちにナイフやバトンを隠している。ブーツとグローブも戦闘用の丈夫なものらしい。命令による縛りがなくなったお陰で身体強化もしやすくなったのでちょっとやそっとの重量では疲れたりしない。

 

「学園長以下四名、イヴォンヌ・マルチノンの討伐とオリアーヌ殿下救出のために城の中へ入るよ。陛下からの許可はもらってる」

「は、話は伺っております! どうかお気をつけて!」

 

 城門から続く橋は降ろされていて地上型の魔獣が外に出られないようになっていた。

 門には複数人の兵士が弓やクロスボウを持って待機していて飛行型の魔獣や魔法院の魔女を撃ち落とせるように警戒している。

 いったん門の前に降りて彼らに話を通すとマノン先生はすぐ僕たちごと宙に浮かんで城内へと入った。

 

「……ふう、疲れた。イヴォンヌと戦うには魔力が心元ないよ。悪いけどミシェルちゃんたちの力もかなりアテにしてるからね?」

「任せてよ、先生。でも、それなら全員飛ばすのは無茶だったんじゃ?」

「クリスちゃんはまだ飛行魔法は覚えてないし、ネリーちゃんは使えないでしょ? ミシェルちゃんが頑張るよりわたしがやった方が安上がりだし」

 

 熟練者と学生では同じ魔法でも魔力効率が全然違う。

 学園の長になれるほどの実力者に言われるとぐうの音も出ない。僕たちは苦笑して状況を呑み込み、

 

「さすがになかなか荒れてるね」

 

 魔力の問題もあるので飛んで移動したのは橋を渡った場合と大差ない距離。

 降り立って辺りを見回す間にも戦闘の音や悲鳴、魔獣の声が響き渡っている。飛行していた小型の魔獣がこっちに気づいて飛来してきたのでミシェル先輩が風の魔法を叩きつけ、軌道を乱す。たまらず落下した魔獣にネリーがナイフを投げて仕留めた。

 ネリーは引きぬいたナイフを振って血を落としながら、

 

「一匹一匹に時間を使いたくありません。できるだけ効率よく倒していきましょう」

「だね。襲って来ない魔獣も無視するよ。わたしたちの目的は魔獣の掃討じゃないんだから」

 

 持ってきた明かりの魔道具をマノン先生が持って視界を確保。

 すれ違う騎士や兵士たちに敵じゃないアピールをしながら魔法院へと向かう。

 途中、何度か魔獣に襲われたものの、僕たちもこいつらと戦うのはもう初めてじゃない。

 

「慌てなければお前達なんて……!」

 

 飛び掛かってきた大型犬の魔獣に手のひらを向けて魔力攻撃で吹き飛ばす。

 にらみ合いになると攻撃が当てづらいので敢えて相手に先手を取らせてから後の先を取る。獣だけあって動きが直情的でわかりやすいのでパターンさえ限定してしまえば簡単に当たった。

 

「先生。イヴォンヌがいるのは一番上か一番下、でしたよね?」

「だね。この手のタイプはそういうものだって相場が決まってるよ」

 

 真面目な話をするとララ先輩その他による分析も踏まえた予測だ。

 イヴォンヌは自分が前に出るより他人を操って事を済ませようというタイプ。自分は一番安全なところにいて成り行きを見守ろうとするはずだ。

 だとすると中途半端な位置じゃなくて到着しづらい奥の奥にいるはず。

 上か下かは一長一短。下が安パイだけど魔女が出張ってきたりすると建物ごと埋められる危険もある。上は飛行魔法で直接アクセスできるけれど、逆に言うといざとなった時に飛んで逃げられる。それから他人を見下ろす優越感も味わえる。

 

「……だったら上じゃないですか?」

「やっぱり上かなあ」

「上でしょ。馬鹿と煙はって言うし」

 

 相手がリアをさらった奴なので誰も「失礼だ」とは言わなかった。

 

「とは言え……。ねえクリスちゃん。ちょっと最上階の窓狙ってみてよ」

「わかりました」

 

 言われた通りに魔力光を放つとあっさり弾かれた。

 精度重視で放ったので威力は並程度だったものの、しっかりとした防御が施されていないとこうはならない。というか、イヴォンヌが引っ込むくらいだから過剰なまでにがっちり守っているだろう。

 

「ぶち破るのはちょっと骨だなあ」

「僕が触れば無力化できますけど」

「無力化したところを撃ち抜かれるのが怖いね。んー、下から行った方がマシかなあ」

 

 などと魔法院の入り口で悩んでいるうちに中から複数人の魔女が姿を現した。

 同時に彼女たちから放たれる炎や雷。

 先生たちはほとんど反射的な動きでとん、と僕の身体を軽く前に押し出して、

 

「……吸い込めっ!」

 

 あれからも吸引の練習は欠かしていない。

 敵の魔法は全部僕の身体に吸い込まれて僕の魔力へと変わった。相手の顔に動揺が浮かぶ。

 

「これが噂に聞く『魔力喰らい(マナ・イーター)』か!?」

 

 続いて彼女達が選んだのは魔力の鎖による拘束。これも僕の身体に触れた端から分解されて無効化。業を煮やしたのか、魔力消費量の多い物質作成の魔法で鎖そのものを生成してくるも、僕が軽くどこかに触れてやるだけで操る魔法が解けてただの鎖と化した。

 

「あーあ。なってないなあ。クリスちゃんとフランシーヌちゃんの決闘の話くらい聞いてないのかな?」

 

 マノン先生はぼやきながら魔力光を放ち、魔女たちを一撃ずつでしっかり昏倒させた。

 手のひらからドドドド、と連射された光は精度も速度も僕とは段違い。ただの魔力攻撃に見えるけど中身はきっとしっかり編み上げられた高効率の魔法攻撃だ。

 雑魚のように無力された魔女たちを見てネリーが嘆息。

 

「これではお嬢様のほうがよほど優秀じゃないですか。……いえ、お嬢様が優秀なのは当然なんですが」

「って言っても、フランシーヌ嬢だってこの状況じゃ大きい炎は撃てないでしょ。下手したら魔法院が燃えるし」

 

 拠点防衛というのはそういう意味では不利だ。

 魔女という非常識の塊を相手にするなら特に。まあ、だからこそ向こうも魔法で防御を施しているんだけど、

 

「クリスちゃん。ちょっと入り口あたりの壁に触れて建物の魔力吸い取ってて」

「わかりました」

「学園の生徒か!? イヴォンヌ様の邪魔はさせ──何!?」

 

 最近、学園内だとやられっぱなしだったので忘れかけていた『魔力喰らい』の非常識さを僕は再確認させられた。

 新手の魔女や魔法使いが次々に放ってくる魔法は僕の身体に触れただけで無力化・吸収される。一方、マノン先生やミシェル先輩が僕の頭越しに放つ魔法は当然向こうに命中する。

 相手が手をこまねいている間にも僕は建物の魔力を吸収して力を補充+防御魔法の弱体化を図っている。

 敵としては僕を無力化して後ろのマノン先生たちを倒したいところだけど、魔法が効かないとなると途端に戸惑ってしまう。多くの魔女にとって肉弾戦や魔法を使わない飛び道具は不得手なものだからだ。騎士や兵士を見下している魔法院の魔女は特にこの傾向が強いらしい。

 

「やれやれ。平和ボケのせいで魔女の質も落ちてるのかもね。ばかばかしい権力闘争に現を抜かしてるくらいだし」

 

 そう言うマノン先生はいったい何歳なのか、どさくさに紛れて教えてくれないかと思ったけれど怖いので聞くのは止めた。

 

「でも先生。これじゃキリがないです。さすがに建物全体の魔力なんて時間的に吸い尽くせないですし」

「だろうね。でも、十分時間は稼いだんじゃないかな」

 

 僕たちが入り口にいるせいで魔女たちは攻めに打って出られない。強行突破しようとすると最小限の力で撃退されて戦力が減っていく。

 その間に騎士や兵士たちが魔獣を掃討して城は少しずつ落ち着きを取り戻していくし、

 

「来た来た。……これで形勢逆転だね」

 

 マノン先生が視線を送ったのは空。

 向こうから何か赤いものがこっちに向かって飛んでくる。あれは、

 

「あ……!」

 

 僕はぽかんと口を開けた。飛んできたのはドレスを纏った女だ。

 紅の髪と瞳を持つ魔女──クローデット・フォンタニエは僕たちにちらりと視線を向けるとすぐに魔法院の最上階、イヴォンヌがいるはずの場所へと狙いを移して、

 

「《爆炎よ》」

 

 特大の火球を迷いもなく叩きつけた。

 大きく炎の花。音と光と衝撃が収まった後、僕が恐る恐る上を見上げると、最上階は特に傷ついた様子もなく健在だった。

 リアごと吹き飛ばされなかったことを喜ぶべきか、あの攻撃にもびくともしていないことに驚くべきか迷っているとクローデットが二撃目を紡ぎ始める。

 

「大丈夫だよ。ああ見えてクローデットちゃんだってちゃんと加減してるから」

 

 人質ごと吹き飛ばさないように加減しつつも圧倒的な暴力によって建物の守りを削り取っていく。

 

「クリスちゃんがそうやって触れてる分だけ突破しやすくなってるしね」

 

 《爆炎の魔女》にこの程度の小細工は通用しない。

 こそこそ隠れるイヴォンヌ・マルチノンとは対照的に、クローデット・フォンタニエは正々堂々と正面から敵の企みを打ち破りにかかった。

 

「こんなに早くクローデットちゃんが出てくるのは計算外だったかな? ……それこそ馬鹿馬鹿しいよ。王家に忠誠を尽くす魔女が、あの素直じゃない良い子が()()()()で張り切らないわけないんだから」

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