魔力喰らい 〜魔女の学園でただひとりの少年〜 作:緑茶わいん
「忌々しいクローデット・フォンタニエめ。これほど早く現れるとは……! けれど、私が何の対策も施していないと思わないことね。反転刻印を起動しなさい」
「はっ。イヴォンヌ様のご命令のままに」
◆ ◆ ◆
二発目の魔法は魔法防御を僅かに超えて建物へ焦げ跡を作った。
威力調整は十分。満を持して放たれた三発目が窓を吹き飛ばすかと思った次の瞬間、想像を超えた事態が起こった。
直撃したはずの火球が窓に触れるか触れないかのところで制止、すぐさま
「跳ね返しか。難易度も魔力消費も高い高等魔法だけど──」
強力な攻撃魔法を操る魔女にとっては天敵と言っていい。
さすがのクローデットも自分の魔法をまともに受けて無事で済むとは思えない。母さんの親友だったという女性の危機に僕は目を瞑りそうになった。
けれど。
『爆炎の魔女』は慌てた様子も見せず、ただ滞空する位置をずらしただけで火球をかわした。最上階よりもやや高い位置に浮いていたため、逸れた火球はそのまま空へと舞い上がっていく。
「クローデットちゃんだってそのくらいは予想してる。でも、そろそろわたしたちの出番かな」
マノン先生は冷静に、しかし緊迫感のある声を出して、
「もしかすると敵は魔力に糸目をつけていないかもしれない。なにせあそこには信じられない量の魔力を持ったリアちゃんがいるんだから」
「そっか。リアの魔力を使えば──」
固定された魔道具に魔力を流し込むだけなら「リアから魔力を引き出す魔道具」と魔力を通す素材で繋げてやればいい。
前に実験した杖が壊れたように長くはもたないかもだけど、それを見越してたくさん導線を作っている可能性もある。
「ミシェルちゃん。クリスちゃん一人なら一緒に飛べる?」
「うん、クリスは軽いから余裕だよ」
「じゃあ、ネリーちゃんはわたしに捕まって。……あ、うん。わたしを抱き上げてくれてもいいや」
有無を言わさず抱きあげにかかったネリーに先生は少し不満そうだったけれど、飛行に支障はないらしくすぐにふわりネリーごと浮かび上がる。
「じゃあ私たちもそうしよっか」
「僕がミシェル先輩を抱っこ……な、わけないですよね」
「私は他人だけ浮かせるのとかちょっと苦手だし」
お姫様抱っこされた僕は胸が当たるのにどきどきしながら、色んな意味で素手で触れてしまわないように注意した。
そうして四人で浮かび上がって、
「クローデットちゃん! 防御はわたしたちで破るからフォローをお願い!」
「……いいでしょう」
今なら僕が無防備になってもマノン先生やクローデットがサポートしてくれる。
先輩に抱かれたまま空へと上がった僕は最上階の窓の前にたどり着き、中にイヴォンヌやその下僕たち、それからコレットさんとリアがいるのを見た。
「リア!」
幸いリアはベッドへ寝かされているだけに見える。コレットさんは僕と目が合うと救われたような表情を浮かべて、それから険しい顔になった。
窓に手を触れるとすぐに敵が防御に使っている魔力が流れ込んでくる。
「できるだけ早く、大量に吸収して」
「はい。……これでどうですか?」
「ん、上出来。これなら防御魔法に綻びができるから、壊すのは圧倒的に楽になる」
練習していた甲斐があって吸収スピードもだいぶ速くできるようになった。
全部吸い尽くすにはそれでも時間がかかるものの、先生はそれを待つまでもなく掲げた片手の上に巨大な鉄球を作り出して、
「当たったらごめんねー」
「ちょっと洒落になってないですよ先生!?」
慌ててかわす僕たちの横に鉄球が飛び込んできて──轟音。
クローデットでさえ破壊に苦労した最上階の窓が破片を飛び散らせながら大きく砕け、中と繋がる穴を晒した。
「よし!」
これで中に入れる。
頷きあって飛び込もうとした時、壁のあちこちから色とりどりの宝石がせり出してきて輝き、炎や雷、氷などの攻撃を放ち始めた。
窓とは別に施された迎撃装置。
これに対し、僕たちを守るように防御魔法が展開。
「行きなさい」
魔法を展開したクローデット・フォンタニエは僕たちを見据えて静かに言う。
マノン先生はこれに応えて、
「頼んだよ、クローデットちゃん」
さらにどこかから飛行型の魔獣が複数飛び出してきてクローデットに襲い掛かるのを、僕たちは最上階へと飛び込みながら見た。
そして。
辛そうな表情をしながらナイフを抜き、左右に一本ずつ構えたコレットさんが僕たちの前に立ちはだかる。
「ようこそ、クリス。レルネ家との養子縁組は成らなかったそうで残念ね」
「イヴォンヌ……リアを離せ!」
「嫌よ。
追い詰められているはずなのにイヴォンヌは悠然とした態度を崩さない。
椅子に腰かけ、リアと繋がる鎖を手にしたまま。ワイングラスだけはさすがに置いたものの、片手を空けたということは魔法を使う余地を広げたということだ。
コレットさんはすぐには襲い掛かってこない。
僕たちは床に降りて身構えながら、
「ふうん。一応聞いてあげるから言ってみなよ」
すると、悪辣な魔女の顔にいやらしい笑みが浮かんで、
「今ここで自害しなさい、クリス。そうすればオリアーヌ様の解放を検討してあげる」
「クリスさん! 聞く必要はありません! この女は──」
「黙りなさい、コレット」
命令を飛ばされたコレットさんは強制的に口を閉ざされた。
でも、大丈夫。
僕は彼女に微笑んでイヴォンヌへと答える。
「お断りします。必ずリアを解放して、金輪際手を出さないなら考えてもいいですけど」
「できるわけがないわね」
「ねえ、イヴォンヌ・マルチノン? いったい真の目的は何? どうしてリアちゃんじゃないといけなかったの?」
マノン先生の問いにイヴォンヌはふん、と冷笑して、
「答える必要はないわ。……どうしても戦うというのなら容赦はしないけれど」
「それはこっちの台詞だと思うんだけど?」
ぱちん。
イヴォンヌが指を鳴らすと部屋の奥にある扉がばたん、と開いて中からぞろぞろと「何か」が出てくる。
人形。
土や石でできているらしいそれらはいわゆる
複雑な命令を施すのは難しいけれど、
「登録されていない人間全てを攻撃するように命令してあるの。あなたはともかく、そこの学生やメイドは捌ききれるかしら」
続々と出てくる人形たちはいったい何体いるかわからない。
さらに、
「さあ、コレット。あの四人を殺しなさい」
「申し訳ありません、クリスさん、みなさま……! どうかコレットの命は無視してイヴォンヌを!」
ナイフを閃かせ、コレットさんが襲い掛かってきた。
◇ ◇ ◇
だいたい予想通りの展開。
事前に打ち合わせは済ませている。
「クリスちゃん!」
「はい! コレットさんは僕が!」
人形をマノン先生たちに任せ、僕はコレットさんと対峙した。
右手を持ち上げて魔力光を速射。先生には遠く及ばないまでも連続して放たれた光をコレットさんはギリギリで避けながらさらに接近。
でも、少しペースが落ちたお陰で心の準備を整える時間は確保できている。
牽制に投擲される左のナイフをかわし、追撃の右をバックステップでさらにかわす。ナイフを叩き落とそうと放った魔力は後ろに逸れ、跳ね上げるように放たれた蹴りが胸をかすめて制服のボタンを一つ持っていく。
左手で引き抜かれる新しいナイフ。
一気に押し切ろうとするコレットさんの胴体に手のひらを向けると、さすがに危険と判断したのか攻撃目標が腕へと切り替わった。
射線から逃れるように円を描きながら振るわれるナイフに翻弄されてしまう。
向こうも魔法攻撃がほぼ封じられているのでおあいこだけど、接近戦で来られるとお腹に触れる暇がない。こっちは支配解除が目的なのに。
「さあ、お前たちも行きなさい」
「はい、イヴォンヌ様」
魔道具で支配された男たちが武器を手に立ち上がってマノン先生たちに襲い掛かり始める。
一人一人は大したことない相手でも人形も含めて数が多い。威力の高い攻撃はリアに当たる可能性があるので一つ一つ潰していくしかなく、このままでは消耗戦になってしまう。
なら。
僕は制服のポケットからいくつかの小瓶を取り出すとコレットさんに投げつける。
瓶の中身は魔法役だ。眠り薬やしびれ薬など、少量で効果の大きいものをフェリシー先輩から譲ってもらって忍ばせてきた。
「───っ!?」
目を見開き、瓶の蓋が
僕が魔力攻撃で強引に割る可能性を警戒したんだろう。実際、それももちろん考えていた。けれど、遠くに飛ばされていってしまったからにはそれもできない。
代わりに選択したのは魔力攻撃。
ただし、威力を収束するのでも速射するのでもなく、意図的に拡散気味に放った一撃だ。
閃光のように広がった魔力は避ける間も与えずコレットさんの服や肌へと到達。この攻撃に大きなダメージはないものの、受けると軽く火傷するような痛みが広がる。
顔をしかめたコレットさんは距離を取るよりも短期決戦を選択。
何度も同じことをされたらたまらない、という判断は正しかったと思うけれど、僕は閃光によって稼いだ時間を利用して
ばさっと広げるようにして上着を投げつける。
「なっ……!?」
もちろん服なんて払いのければ済む。
でも視界はどうしても塞がれるし足も止まりがちになる。両手に持ったナイフの振るいどころに困ったコレットさんが今までで一番大きな隙をさらしたところで、
「すみません、コレットさん!」
僕は彼女へ思い切り飛びついた。
男女とは言っても大人と子供。体重差はほとんどつかないけれど、不意をついたことで転ばせることに成功。
僕を突き飛ばそうともがく彼女にしっかりと抱きついて首に歯を突き立て、両手首を掴んで拡散魔力を放出。直接の攻撃にたまらずこぼれ落ちるナイフ。
できればあまり傷はつけたくなかったけど、傷は後で魔法で治せる。
身体強化をかけた腕力で押さえつけながらメイド服を強引に引きちぎる。黒いブラを確認しつつもどきどきしている余裕もないまま、おへその辺りで輝く刻印を発見。禍々しい形をしたそれに手のひらを押し当て、全力で魔力吸収。
「っ、あぁっ!」
「少しの間我慢してください!」
びくん、と身を震わせて口を半開きにするコレットさん。
虚ろに歪む瞳を見て不安な気持ちになりつつも吸収は止めない。腕を外そうとがっ、と爪を突き立ててくる手に構わず腕に力を込めて、
三十秒くらい、必死にそのままの状態を維持していると不意に相手の力が緩んだ。
「コレットさん?」
「───」
微笑。
額に汗を浮かべながらもコレットさんが微笑んだ。
「ありがとうございます、クリスさん。そのまま、もっと」
窓を破壊した時と同じように支配の魔法が乱れて少し抵抗できるようになったのか。
これなら魔力を吸収していける。
予想通りコレットさんの魔力も混ざってしまっているけれど、ついでにそっちも吸収してしまえば支配解除できなくても結果的に無力化できる。
舌打ちしたイヴォンヌが手を持ち上げて、
「コレット、今すぐ自害を──」
「無駄だよ」
最小限の魔法で人形を無力化しながらマノン先生が告げた。
「クリスちゃんが解除中なんだ。命令が届いたとしても正常に受け取られるはずがない」
これで、コレットさんはもう大丈夫だ。
彼女さえ助けてしまえば後はイヴォンヌをなんとかするだけ。僕なら人形に触れるだけで無力化できるし、明らかに肉弾戦に不向きなイヴォンヌには『
だから、
「そうね。命令したのが『腹の刻印に対してなら』」
「──え?」
ぷつ、と。
コレットさんが唇を噛み切って血を流すのが見えた。
どうして。
自問した僕は遅れて状況を理解する。腹の刻印以外に他の支配手段が用意されていた。別の部位か、それとも
探している時間はないし、手を当てている箇所からでは吸収しきれない。時間をかけられる状況ならそれでもいいけれど、
「っ」
くすり、と。
笑うコレットさんと目が合った。
やれ、と。
言葉もなく促す彼女の覚悟を受けて、僕は唇を強く噛みしめた。
「……すみませんっ!」
どん、と。
お腹に全力で拳を叩き込み、肺の空気を強制的に排出させる。口が開いたことで自傷が一時中断し、コレットさんの瞳が宙を彷徨う。
もう一発。
ようやく意識を失ってくれたのか、コレットさんは目を閉じ、くたりと身を横たえた。
死んではいない。鼻のあたりに手をかざして確認した僕はほっと息を吐く。気絶させれば命令は受けられない。これで今度こそ本当に大丈夫だ。
持ってきた治癒のポーションを口から少しずつ注いで応急処置。
目が覚めるには時間があるはずなのでその間に、
「イヴォンヌ」
立ち上がった僕を見て『支配の魔女』は嘲るような笑みを浮かべた。
「降伏しなさい。さもなくばオリアーヌ様を殺すわ」