魔力喰らい 〜魔女の学園でただひとりの少年〜 作:緑茶わいん
オリアーヌは不思議な微睡みの中にいた。
意識があるのに身体は眠っていて動かせない。薬を盛られたのだと、以前クローデットに誘拐された経験から理解する。
自分をさらったのがコレットだということも。
(クリス様。コレット)
従者に非がないことはわかっている。
少年がマノンらと共に助けに来てくれたことも。
なのに、自分は何もできない。
(強くなろうと誓ったのに)
動かない身体にオリアーヌは必死に力を籠める。
一度で足りなければ何度も。
次第にほんの少しずつ、指の先から動かせるようになっていって。
「降伏しなさい。さもなくばオリアーヌ殿下を殺すわ」
戦いが佳境にさしかかってもなお元通りには動かせない。
それでも持てる力をすべて振り絞って、自らの首に繋がる鎖を力の限り引いた。
◆ ◆ ◆
「リアちゃんを殺す? 言っていることが支離滅裂だよ。それじゃ目的が達成できないんでしょう?」
「目的の達成をこの目で見られないのなら同じこと。ならば、一人でも多くの人間に絶望を与える方が良いというものでしょう?」
「……外道だね」
追い詰められたイヴォンヌはリアを人質に取って僕たちを制止した。
無理やり突破したいのはやまやまだけれど、マノン先生も人形の残りを相手にしながらイヴォンヌの挙動に細心の注意を払うのは不可能。
僕じゃ一手でリアを救い出せない。
ミシェル先輩とネリーも手いっぱい。これじゃ確かに打つ手がない。クローデットが加勢してくれるまで待つという手も、
「さあ、すぐに決断しなさい。でないと殿下が──」
降伏の二文字を僕が思い浮かべたその時、僕はリアの腕が持ち上がって自分を繋ぐ鎖を掴むのを見た。
「何……っ!?」
女の子の細腕じゃ大した力はない。けれど、リアが動くと思っていなかったイヴォンヌは片手を見事に引っ張られ驚愕の声を上げてしまう。
その隙はマノン先生には十分なもので、
「ナイス、リアちゃん!」
最速最小、回避も反応も至難な光の弾がイヴォンヌ・マルチノンの左目を正確に穿った。
「が、あああああっっ!?」
「クリスちゃん!」
「はいっ!」
視界の揺らぎに加えて激痛。魔法に必要な精神集中がおろそかになるのは当然。僕は先生に言われるよりも早く動き出していた。
イヴォンヌの傍までたどり着くとその手を撃ち抜いて鎖を手離させる。
自由になった鎖を掴むと、じわり、リアの魔力が身体へと染みこんでくる。手袋に比べるとかなりゆっくりな供給スピードはイヴォンヌが魔力過多にならないための配慮か、それとも単純にそれ以上のアイテムを作れなかったのか。
「オリアーヌ様が助かったのなら──」
「遠慮はいらないよね!」
ナイフと剣が残る人形を次々に穿ち、その動きを止めていく。
その間にマノン先生はイヴォンヌの部下である男たちを気絶させ、痛みに呻く『支配の魔女』に向き直った。
「リア!」
「……クリス様」
駆け寄ると、リアはうっすら目を開いて微笑んでくれる。
まだ身体が思うように動かないらしい。
僕は懐から解毒のポーションを取り出して彼女の口に流しこもうとして──はっと気づいた。この状況で液体を上手く飲み込めるものか。
「リア、薬は飲めそう?」
「難しい、かも、しれません。……手伝って、くださいますか?」
たどたどしい口調で答えるリア。
この様子なら時間経過でも回復しそうだけど、念のために動けるようになっておいた方がいい。薬の後遺症だってないとは限らない。
僕はぐっと拳を握って、
「いいの?」
少女は青い瞳をじっとこちらに向けて、言葉以上にはっきりとその意思を僕に示した。
なら。
僕に迷うことなんて何もなかった。
守ると誓いながら二度もさらわれてしまった大切な人。母さんのようにこの子が目の前で爆破でもされていたら、きっと僕はもう正気じゃいられなかった。
彼女が生きていてくれるだけで、微笑んでくれるだけでたまらなく嬉しい。
この気持ちは単なる保護欲じゃない。
僕は解毒のポーションを口に含むとリアへ唇を近づける。
早くしないと『魔力喰らい』が効いてしまうので猶予はあまりない。ゆっくりとリアが目を閉じるのを認めながら、優しく唇を合わせた。
柔らかい。
軽く触れ合ったそれだけで天に昇ってしまいそうな心地。流れ込んでくる温かさは魔力だけが理由じゃないはずだ。
少しずつポーションを流し込むと、リアは小さく喉を鳴らしてそれを身体に染みこませていく。
フェリシー先輩から譲ってもらった即効性のある一品はよく効いたようで、二度目の口移しは必要なかった。残りは単にポーションを傾けるだけで少女の体内に落ちて行き、
「ありがとうございます、クリス様。……わたくしと、それからコレットを救ってくださって」
「リア。事情は……?」
「おおよそ把握しております。コレットを恨むつもりも罰するつもりもありませんのでご安心くださいませ」
身を起こした少女は僕の手を借りて立ち上がると毅然と微笑んだ。
「リアちゃん! 身体は動きそう?」
イヴォンヌの手足を次々に撃ち抜きながらマノン先生が声をかけてきて、
「薬のお陰でだいぶ良くなりました。本調子ではありませんが、動かせます」
「そっか。なら、これを!」
弧を描くようにして放られたのは、折り畳まれて棒状になったとある魔道具。
僕が素手で受け取るわけにはいかないので少し心配だったけど、リアはそれをなんとかキャッチ。
「これは……」
折り畳まれた部分を展開するとそれは持ち手とトリガーのついた弓──つまり弩、クロスボウの形になる。
「リア専用の武器なんだって。先輩たちが作ってくれた改良型だよ」
「では、これは」
「トリガーを引くと魔力が吸収されて光の矢になるんだ。これなら──」
こくん、と。
頷いたリアは「やってみます」と言ってクロスボウを構えた。
杖と違って本体部分や柄に触れても矢が飛び出すことはない。魔法で軽量化を施しているのでリアでも支えられる重量で、かつ発射される方向が感覚的にわかりやすい。
すっ、と、首と繋がる鎖へと向けられた弓から矢が飛び出して金属の金具を破壊。
「うんうん、これなら使えそうだね。上出来上出来」
「おのれ。
「はいはい。いいからさっさと気絶してよね。……ネリーちゃん。人形はだいたい片付いたしこっち手伝って。後はクリスちゃんたちでなんとかなるでしょ」
名前を出された僕たちは顔を見合わせてから頷きあう。
「手伝ってくださいますか、クリス様?」
「もちろん。こんな相手なら僕だって役に立てるよ」
残る数体の人形が襲い掛かってくるのを殴り飛ばし、顔を掴んで機能停止させる。最後の一体には十分に狙ったリアの矢が命中、そこそこ硬いはずの表面をあっさりと砕いて吹き飛ばした。
その間にネリーにボコボコにされたイヴォンヌは半死半生の状態。
殺してもたぶん王家から文句は出ないだろうけど、一応生かしておいたのは後から事情を聴くためだ。
「よし、これで一件落着だね」
割れた窓から外を見下ろすと、魔獣の掃討もイヴォンヌに協力する魔女たちの捕縛もほぼ終了していた。こっちにはクローデットの協力があったらしい。
城も、人も。
被害は大きいけれど、発覚が早かったお陰で死んだ人は少ない。
壊れた物は直せばいい。しばらくしたら何事もなかったかのように城は美しい姿を取り戻すだろう。
「よかった」
ほっと息を吐くと、クロスボウを抱えたリアが僕にそっと寄りかかってきた。
「リア?」
「申し訳ありません、クリス様。しばらく、こうさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「……うん、もちろん」
気恥ずかしさを感じながらも頷くと少女はゆっくりと目を閉じた。
そっと腕で支えるようにしながらその顔を見つめると、さっき唇で触れた部分が目に入って、
「うあ」
僕はなんとも言えない高揚と羞恥から一人で真っ赤になってしまった。
◇ ◇ ◇
イヴォンヌとコレットさんを連れて下へ降りた僕たちは城に招かれ、応接間の一室に腰を落ち着けた。
お風呂と着替えも用意されてさっぱりしたところで事情聴取。
ちなみにイヴォンヌは魔法封じの魔道具をこれでもかと取りつけられ全身を拘束された上で監禁、コレットさんのほうは僕たちの口添えもあったのでイヴォンヌ派閥とは見做されなかったものの、こっちも僕の能力で魔力をギリギリまで抜いたうえ拘束されることになった。
僕たちもマノン先生も特に隠すようなことはない。もともと陛下に許可は取っていたし、ぜんぶ素直に話したので特に疑われることはなかった。
城内や城の庭、魔法院では負傷者の治療や壊れた箇所の修復、安全確認などが行われている。
学園からも応援が来ているけれど、学園内だって安全とは言い切れない。魔法院にもララ先輩みたいな学園寄りの人間がいたように学園内にもイヴォンヌ派はいる。王家としては学園内にも念のために調査の手を入れる意向のようで、そこまでしようとすると手が足りない。
治療も修復も魔法を使えば早いとは言っても今日一日で元通り、とはとてもいかない状況だ。特に魔法院から大量の捕縛者が出たのが痛い。
「ヴェルレーヌ学園長。念のためにお伺いしますが、学園から魔法院への人員供与は」
「無理。一人二人なら考えなくもないけど、現役の教師奪うくらいなら暇してる卒業生をスカウトしてよ。子供が大きくなって余裕の出てきた子とかけっこういるでしょ?」
「なるほど。では、新しい宮廷魔法師長候補だけでも提供──」
「魔法院が学園と同調したら競争がなくなって意味が半減でしょ」
マノン先生が学園長のうちはそれでもいいだろうけど、次の学園長に野心がないとも限らない。
聞き取りと相談に来た初老の文官はため息をついて、
「問題は山積みですな」
「だね。困ったものだよ。魔女大戦の勃発だって警戒しないといけないのに」
「魔女大戦?」
先生の口から飛び出した物々しい言葉。
僕にも聞き覚えはあるけれど、よりはっきりと反応したのはリアで、
「歴史の授業で耳にしました。世界規模の戦争──トップクラスの魔女によるぶつかり合いですね」
「そ。どういうわけかだいたい百年周期で起こっててね。そろそろ次の大戦が起こってもおかしくないって一部で言われてるの」
「先生。それ、思うんだけど、みんなが『戦争が近い』って思うせいで余計にそうなってるんじゃないの?」
「そうは言っても、誰かが侵略を始めたら対応しないわけにはいかないからね。辛いところだよ」
先生が「平和ボケ」って言ってたのはそういう意味か。前の戦争が百年も前の話になったせいで内輪揉めで国力を落とすイヴォンヌみたいな奴が増えてしまった。
教師世代でも魔女同士の大規模な殺し合いを経験していないんだから当然生徒もそうなっているだろう。
「まあ、イヴォンヌが大戦を意識してなかったかっていうと怪しいところだけど」
「それはどういうことですか、先生?」
「疲れた状態でする話でもないし、もう少し情報を集めてからにしたいから話はまた今度ね。……イヴォンヌがいなくなった今こそ魔法院を探るチャンスなんだ」
王家がしっかり魔獣を全部駆除していればこんな大きな騒動にはならなかった。
宮廷魔法師団の秘密主義を黙認していたのが完全に裏目に出た感じだ。
魔女の隠し部屋の話を前にしたように、魔法院にも秘密の書庫や研究室がたくさんある。そうした場所には公にできない情報がたくさん眠っているはずだ。
「だいたいは調べがついてるし予想もしてるけど、それを確認したうえで今後のことについて話し合いたいかな」
「わかりました」
気にはなるけど僕たちはまだ学生だ。
政治の中心に関われるような身分じゃない。ある程度事情は知りたいけど今すぐ、なんて焦っても仕方ない。
僕が頷くとマノン先生は笑って、
「安心して。ちゃんと説明するよ。クリスちゃんも他人事じゃないからね」
「それって『魔力喰らい』のことですか?」
「それもあるけど、リアちゃんは王女様なんだよ? そんな子にキスしておいて『僕は一般人です』なんて言わないよね?」
「あ……っ」
思い出したせいでまた顔が熱くなってきた。
わざわざ蒸し返さないで欲しい。横を見るとリアも恥ずかしそうに俯いている。でも、彼女もこっちの様子を窺っていて、
「ご主人様がどこかの家の養子になれば、オリアーヌ様との結婚も認められるんじゃないですか?」
「リアは王位継承権も低いし、玉座には関係ないだろうしね」
貴族の女の子にとって貞操は大事なもの。
肌に触れられることさえ細心の注意を払うのが普通で、それがキスともなれば恋人、あるいは婚約者なのが普通だ。
「っ」
「……ぅぅ」
リアも、きっとそれはわかっていたはず。
だから嫌われてはいないはずだけど。
両想いなら両想いで物凄く照れくさくて、僕たちはしばらくそんな調子だった。