魔力喰らい 〜魔女の学園でただひとりの少年〜 作:緑茶わいん
「ん……っ」
閉じられていた瞼がぴくりと動き、ゆっくりと開いていく。
僕とリアは歓声を上げたくなるのをこらえてほっと息を吐いた。
「コレット、身体は大丈夫?」
「一応魔法はかけたんですけど、僕の魔法じゃどこまで効いたか」
「……リア様。クリスさん」
寝起きでぼんやりしているのか、コレットさんはぼんやりとした表情で僕たちを見て。
安堵の表情。
徐々にそれは後悔、悲痛、悲しみを帯びていって、彼女は顔を覆おうと腕を持ち上げて──がしゃん、と、腕を拘束する鎖が音を立てた。
お城の中にある客間の一つ。
ベッドに寝かされてはいるものの、コレットさんは四肢を拘束され魔法封じの魔道具を装着された状態だ。イヴォンヌは今頃地下牢で常時監視体制のはずなのでかなり温情を与えてもらっている。
ただ、自分がどういう状況にあるか本人に知らせるには十分で、
「申し訳ありません、リア様。クリスさん。……私は、一番大事な方を裏切りました。絶対にしてはならない形で、メイドの誇りを損なったのです」
イヴォンヌに支配されていたとはいえ、コレットさんが刻印のことを僕たちに伏せていたのは事実。
スパイとして扱われても当然。
クローデットがリアをさらったのとは違って擁護できるポイントも少ない。
「お怒りになられても当然です。処刑も甘んじて受け入れます。……ですから、どうか、私の死がリア様やクリスさんの責任だとは思わないでください」
何もなければコレットさんは処刑されるだろう。
だけど、
「そんなこと言わないで、コレット」
「そうですよ。リアにはコレットさんが必要なんです。それにイヴォンヌはもう捕らえました」
今のところ生かしてあるのは情報をできる限り吐かせるため。
これ以上は何も引き出せないとなったらあっさり処刑されるだろう。彼女に関しては温情を与える余地がない。
「刻印は力を失っているはずだけど、どう?」
「……はい。もう何も感じません。でも! 私の身体の奥にはもう一つ魔道具が埋め込まれています! こんな穢れた身体で生きながらえるなんて……っ!」
意識がはっきりするほどに激情がこみ上げてくる。いつもの落ち着いた様子からは想像もできないほど泣き叫ぶコレットさん。
「……ええ。確かに、コレットの身体には魔道具が埋め込まれています。マノン先生にも診てもらったけれど、普通の方法では摘出も難しいって」
「なら!」
「でも、もしコレットさんさえ良ければ『
「っ!?」
身体の奥に埋め込まれた魔道具はほとんどコレットさんの身体と一体化してしまっている。
無理やり切除しても身体に機能が残ってしまう。先に解除しようにも体内扱いになって魔法が抵抗されてしまうけど、僕の能力なら機能を停止させられる。
「その、お腹に手を突っ込むことになっちゃうので、女の人にすることじゃないんですけど……」
「……どうして」
愕然とした表情を浮かべて呟くコレットさん。
そんな方法で助かるくらいなら死んだ方がマシ。そう思われても仕方ないか、と思ったところで、
「どうして、そんな、奇跡みたいなことが起こるんですか……っ!?」
室内に響いたのは予想とは違う叫びだった。
「もしかしたら僕の母さんならもっと良い方法があるかもしれませんし、他の凄腕魔女を捕まえられればいいんですけど、身内で済ませないと問題になるかもしれないので」
「そんなのっ、そんなの構いません! ……私はっ、私にっ、こんな幸せがあるなんて、どうして……っ!?」
辛かっただろう。
コレットさんの過去について僕はほとんど知らない。リアでさえ出会う以前のことは全くと言っていいほど聞いていないらしい。
でも、そんなのは関係ない。
リアのことをこれだけ思って、自分のしたことを気に病んでいる人に死んでほしくなんかない。
「コレット。お願い、治療を受けて。知っていることは全部話して、それから戻ってきて。……わたくしのメイドはコレットだけなのだから」
「……リア様っ」
室内にしばらく、子供のような鳴き声が響き続けた。
身体じゅうの水分を吐き出し尽くしたんじゃないかと思うほど泣いたコレットさんは枯れた声で「お願いします、クリスさん」と言ってくれた。
「私を、コレットを助けてください。自由をください」
「はい。コレットさんのことは僕とリアが責任を持ちます」
すると、彼女は頬をほんのり赤く染めて、
「責任、だなんて。それではリア様に叱られてしまいます」
「ち、ちが……っ!? そういう意味じゃ!?」
「申し訳ありません、冗談です」
最後に一筋、頬をつたった涙はきっとうれし涙だった。
◇ ◇ ◇
僕とリア、マノン先生、ミシェル先輩は結局一晩──というか戦いが終わったのがもう明け方だったので次の日まで実質二晩? お城に泊まることになった。
キスの件は今話し合える気分じゃない、ということでいったん保留。少し仮眠を取って最低限の疲れを取った後、僕とリアはコレットさんが軟禁されている部屋に行って彼女の目覚めを待った。
コレットさんを完全に解放する処置はマノン先生の手助けが必要。
けっこう大掛かりな処置になるし、先生はいま各方面の指示出しや手伝いなどで大忙しなので、それまでコレットさんは拘束付きの軟禁状態ということになった。
でも、ベッドにぎちぎちに繋がれて座ることもできない、というほどじゃなくて、激しい動きじゃなければできる程度の手枷足枷に魔法封じ、複数人の使用人と兵士による監視という程度で落ち着いた。
「知っていることは全部お話しします。……と言っても、末端の人間ですので大したことはお話できませんが」
僕も何か手伝いたかったけど「子供は休んでなさい」と言われて失敗。
僕が忙しく動くとリアまで一緒に来てしまいかねないので仕方なくもう一度身体を、今度はしっかりと休めた。
学園以上に豪華で美味しい食事まで出してもらい、城のメイドさんたちからは事件解決を手伝ったことに感謝までされてしまった。
リアも慣れないことばかりでけっこう疲れていたようだけど、薬の後遺症が残ることもなく、一日経つと日常生活に問題はない程度まで回復していた。
そして。
僕とリアはマノン先生に呼ばれて城の奥まった場所へと連れて行かれた。
「リア。……ここ、どこだかわかる?」
「おおよそ想像はつきますが……」
王女であるリアでさえ緊張に身体を強張らせている。
コレットさんか、せめてネリーがいてくれればよかったけど、どういうわけかメイドの同席も禁止されてしまった。代わりに王家直属の
単に事情を聴かれるだけならミシェル先輩が連れてこられなかった理由がわからないけど、
「ようこそ。よく来たな、オリアーヌ。マノン。そしてクリスよ」
「お招きに預かり光栄でございます、陛下。……できれば来たくなかったんですけどー?」
「まあ、そう言うな。……其方らも楽にせよ。人払いは行っている故、この場では堅苦しい挨拶も不要だ」
到着した部屋は機能的に言えば応接間だ。
ただしお城の奥の奥にあって途中いくつもの警備を通り抜けた。一つ抜ける度に警戒のレベルが跳ねあがっていったこと、この場にいるのが陛下に王妃殿下、それからクローデット・フォンタニエというそうそうたるメンバーであることからして、
──王族専用の応接室。
たぶん、本来は国賓を招くようなところだ。
楽にしていいと言われても自室のようにはいかない。僕はがちがちに緊張しながらなんとか一礼だけをこなしてふかふかのソファに腰かけた。
今はお城で用意してもらった服で畏まった装いじゃないのが良かったような悪かったような。
リアとマノン先生が僕の左右に座ると陛下がさっそく口を開く。
……どうして僕が真ん中かというと先生がそう促してきたからだ。
「さて。其方らを呼んだのは他でもない。機密事項を伝達し、重要な決定について先んじて相談するためだ」
「そういうのはわたしたち抜きでやってくださいよ……って、わけにもいかないのが困りますよね」
「当然だろう。其方は学園の最高責任者。魔法院が機能していない今、国内にいる魔女の頂点に君臨する者だ」
似合わない。たぶん、先生本人ですらそう思った。
「オリアーヌはイヴォンヌの陰謀の中心にいた立場。可能な限りの情報を与えるべきだと判断した」
ここまではわかる。
じゃあ、僕は。
「そしてクリス。ある意味では其方が最も重要かもしれん」
陛下の、玉座の間で話した時よりはだいぶ砕けた、それでも威厳に溢れる声にさらなる緊張が走る。
すると王妃様が微笑んで、
「緊張せずとも構いません。貴方の活躍は聞き及んでいます。オリアーヌのために力を尽くしてくださったのでしょう?」
「いえ、そんな。当然のことをしたまでです」
もしかしてキスの件もバレてるんじゃ。
王女の貞操に触れたことが父親──国家元首にさっそく伝わっているとかどんな拷問なのか。ひょっとしてこの人の仕業かと隣を見ると、先生は「話すしかないでしょ」とばかりに肩をすくめた。
「さて、どこから片付けるべきか。……やはり、順を追った方が良いだろうな」
この一件で魔法院からは大量捕縛者が出た。
学園でも数名の教師が暴れようとして取り押さえられたそうだ。イヴォンヌの支配を受けたのが主な原因だろうけど、だからって彼らについては無罪放免とはいかない。国への貢献やイヴォンヌとのつながりを考慮して減刑、黒だと判断された者は処刑されることになる。
「……魔女がそんなにたくさん処刑されるなんて」
「集団レベルの戦闘力を持つ個人なんて危なくて拘束しておけないよ」
魔法を封じる魔道具があると言っても数に限りがあるし、かなりの高級品だ。
情報を集めるためにしばらくは生かしておくにしても一時的な措置に過ぎない。
「魔法院の秘められた部分については依然として調査を進めている」
「私達もあの場所については完全に把握していないの。もちろん定期的に調査の手は入れていたけれど、魔女が自分の庭を本気で手入れしようと思えば隠す手段はいくらでもあるでしょう?」
ただ、現時点でも重要な書物やアイテムがいくつも見つかっている。
「これを機に魔法院については大規模な改革を行い、新たな体制作りを行うこととした」
既存の人員が大幅にいなくなるのだからそうするしかない。
先生は学園から人を出すのは断ったみたいだったけど、
「一度目の学園襲撃後から新たな魔法院の長については検討を重ねていた。……しかし、やはり適任と言えるのは其方をおいて他にはいない」
陛下が視線を向けたのはこの場にいる大人で唯一、大きな肩書きのない人物。
「クローデット・フォンタニエよ。其方を宮廷魔法師長に任命したい」
あらかじめ知っていたのか、それとも予想していたのか。
クローデットはこれに大きな動揺を見せることなく恭しい態度で答えた。
「陛下のご命令とあらば精一杯務めさせていただきます」
学園長を退いてからまだ大して経っていないのに、今度は宮廷魔法師長就任。
「ものすごく強引だけど、まあ、このタイミングしかないよね」
もともとクローデットは大きな罪を犯したというよりは学園内でやらかしたから学園長の座を追われたような形だ。
それでも罪は罪だからと大人しくしていたわけだけど、今回、城の危機に迅速にかけつけイヴォンヌの捕縛に多大な貢献を果たした。
王家に忠誠があるからと与えた恩情が正しかったことが証明されると同時に前回の罪を補って余りある功績ができた。
「学園を恙なく運営していた其方であればイヴォンヌとは異なる魔法院を作れよう。期待しているぞ」
「勿体ないお言葉でございます」
クローデットも学園出身者だけど、現学園長のマノン先生とは対立関係にある──ように周囲からは見られている。
形としては学園から追い出された側と追い出した側だから当然だ。
これは魔法院と学園をある程度距離の離れた組織にしつつ、かといって完全に対立させないためにはちょうどいい。
どうせ学園の卒業生が入ってくるんだから完全に独立は無理だし、クローデットとマノン先生が両側から体質改善を図るならすぐに癒着して腐敗する、なんていうことにはきっとならない。
「宮廷魔法師団には各貴族家へ打診し、暇を持て余している魔女へ声をかけようと思います。同時に学園へは今年度の卒業生から例年よりも多い人数を提供していただきたく」
「もちろんそれは構わないよー。卒業生の進路相談が楽になるしね」
落ち着くまでには下手したら年単位でかかるだろうけど、これでだいぶマシな体制になる。
僕がほっとしたところで、
「さて。こうしてクローデット・フォンタニエは権威を取り戻した。今回、多大なる活躍を果たしたにも関わらず、今だ受け入れ先の決まっていないクリスを養子として迎え入れるにはこれ以上ない人材ではないか?」
陛下はこの場にさらなる波乱を巻き起こした。