魔力喰らい 〜魔女の学園でただひとりの少年〜 作:緑茶わいん
「え、あれ、でも」
僕は何か反論しようとして、特に言葉が見つからないことに気づいた。
前にフランシーヌが言っていた世間体の問題は解決した。後はお互いが納得しさえすれば問題はないことに──。
「そうだ、魔力量。僕には公爵家に相応しい魔力量がないと思います」
「でも、その理屈だと男子は全員公爵家失格だよね」
「……そもそも、今の貴方の魔力量はオリアーヌ様に次いで国内二位では?」
確かに。
授業や特訓で使ってはいるけれど、日々リアから吸収させてもらっている魔力、仕事で魔道具から抜いている魔力の方が多いので魔力は溜まっていく一方。
一般的な魔力持ちは「魔力量=魔力の最大値」なので、それで考えると「魔力の最大値=理論上は∞」な僕とリアは最強ということになる。
陛下も二人の魔女に同意して、
「其方はフランシーヌ・フォンタニエに三度、勝利しているそうではないか。公爵令嬢と競い合う実力者、誠に誇らしい」
「あう……」
何も言えなくなってしまった。
仕方なく、僕はクローデットの顔を見つめて、
「クローデット様はそれでいいんですか? その、僕なんかを養子にしても」
「当家としてはむしろ願ってもないお話です」
『爆炎の魔女』クローデット・フォンタニエは当主である夫の代わりとして淡々と答えた。
「オリアーヌ様との繋がり。貴方自身の魔力量。当家の信頼回復。一度にこなすことができます。フランシーヌは難色を示すかもしれませんが、貴方が家族になればより一層闘志を燃やすことでしょう。下の娘に関しては、むしろ大喜びするでしょうね」
会ったことのない、下手するとフランシーヌより優秀だという女の子の顔を僕は脳内でぼんやりと想像して、
「……それに、もし、今からでも間に合うというのなら」
遠慮がちに差しのべられた手に衝撃を受けた。
クローデットの顔に浮かんでいるのは後悔。
彼女と母さんとの仲は一口で言い表せるようなものじゃない。ただ、母さんからの手紙を無視したのをずっと気に病んでいることは本当らしい。
もし。
クローデット・フォンタニエがもっと早く会いに来てくれていたら、母さんは死なずに済んだんだろうか。
なんとなく、そうはならなかった気がする。
母さんが自分の死を見通していたというのなら、それはクローデットの力を借りてもどうしようもないことだったんじゃないか。
なら、この人にはなんの責任もない。
フランシーヌによく似た紅の瞳が僕を見据えて、静かに、
「私に母親の真似事はできないでしょう。ですが、貴方に不自由ない暮らしをさせることはできます。使用人にも無礼な真似は許しません」
「母さんのこと、恨んでいますか?」
「……恨んでいます。勝ち逃げをしたあの子のことは、絶対に許さない」
彼女の言葉に嘘はないと思った。
聞こえのいい言葉だけを口にして僕を取り込もうとしたレルネ家の夫妻よりもよっぽど信用できる。
不器用で、変なところで真面目過ぎるらしいこの人となら、ぎこちないなりに家族としてやっていけるかもしれない。
「わかりました」
僕は深く頷いて、フォンタニエ家との養子縁組を了承した。
「公爵家のみなさんが受け入れてくれるなら、僕からもお願いします」
「……そう」
若干の間を置いてから深く頷いたクローデットは真摯な瞳で、
「公爵は必ず説得します。……もっとも、彼も反対はしないでしょうけれど」
「そうか。これはめでたい。今後はフォンタニエの子二人が首席を争いあうことになるかもしれんな」
笑みを浮かべた陛下の言葉に、クローデットはふっと口元を緩めた。
「フランシーヌを下して首席を狙うつもりならば、知識や教養も身に着けてもらわければなりませんね」
「……あはは」
これは若干、早まったかもしれない。
学園の試験以上に結果を要求されそうな「公爵家の格」に僕は苦笑する。でも、勉強する機会を与えてくれて支援もしてくれると言うなら願ってもない。
養子縁組の件についてはクローデットが帰宅し、公爵と話し合った上で正式決定という形になる。
今のところはひとまず内定ということで、
「ちょうど良いので、夏は我が家へ来るといいでしょう。休暇に入るまでには手続きを済ませます」
「え、もう二週間もないですけど」
「学園滞在中では思うように教育を施せません。早い分には問題ないでしょう」
「あの、それってリアも一緒に行っても?」
「もちろん問題ありません。……しばらく家が賑やかになりそうですね」
僕には他に保護者もいない。強いて言えば師匠か。念のため、夏の休みが始まる前から始まった直後に会いに行く機会をもらえるようにお願いした。貴族家の養子になることくらいはさすがに伝えておきたいし、一度顔も見ておきたい。
と、クローデットは少し考えて、
「では、私も同行しましょう」
「え。平民街の怪しい雑貨屋ですよ?」
「構いません。おおよそ相手には心当たりがありますので」
どうということもない、と言うように頷いた魔女はマノン先生に目配せ。
「ん。じゃあわたしも行こうかなー?」
「ちょっと待ってください。二人とも絶対にあの場所だと浮きますから……!?」
「えー。会いたいのに」
わりと本気っぽいのがまた困る。
とはいえ、まあ、その話はまた日を改めてすることになって、
「クリスの専属メイドは元フォンタニエ家雇いだったか。あらゆる意味で都合が良いな。滞在中も上手くやれるであろう」
「過分なご配慮、誠に感謝いたします」
ネリーからすると古巣に戻って来られたような形になる。雇い主が王家のままなのか、もう一度フォンタニエ家で雇い直すのかはわからないけど、どっちにしても喜びそうだ。
「さて。クリスには他にも頼みがある」
「はい。どんなことでしょうか……?」
「他でもない。魔法院から押収した品を中心に、不要な魔道具や危険な魔道具が溜まっている。その処理を助けて欲しい」
「そういうことなら任せてください」
要は研究部でやっているのと変わらない。僕にぴったりの仕事なので二つ返事で了承した。なるほど、これもあったから僕がここに呼ばれたのか。
「やー、クリスちゃんもすっかり重要人物だね。わたしも鼻が高いよ」
「マノンよ。本題はここからだ。あまり子供たちを翻弄するのではない」
「え」
まだ何かあるのか。
そう思った僕だけど、考えてみれば肝心の話をまだ聞けていない。イヴォンヌを中心とした魔法院のメンバーがいったい何を企んでいたのか。
リアと視線を交わし合って、
「陛下。何故、イヴォンヌ・マルチノンはわたくしを狙ったのですか? 王位継承権で言えば下位のわたくしに拘る理由が何かあるのでしょうか?」
「うむ」
陛下は表情を引き締めると「これから話す事は口外禁止だ」と念を押した。
空気がピリッとするのを感じた僕は息を呑み、次の言葉を待つ。
そっと、リアと片方の手を握り合って、
「オリアーヌは正室の子ではない。余と、そしてとある魔女との間に生まれた子だ。……そして、その体質にはイヴォンヌにより人為的な操作が行われている」
僕たちはリアの出自に関する秘密を知ることになった。
◇ ◇ ◇
イヴォンヌ・マルチノンは魔女の権威に強いこだわりを持っていた。
彼女は男や自分より弱い魔女を支配し意のままに操ることの他に「強い魔女を作って世を支配させること」を目論んでいた。
後者の目的のために行われていた研究が母体や赤子に魔法的な処置を施して、生まれてくる子供を強化するというものだ。
「イヴォンヌのやり方は学園とは全然違う。学園は魔女を『育てよう』としてるけど、あの子は人為的に『作ろう』としていたんだ」
「思えば、かの魔女が余に宛がわれたのも王家の血を取り込むための策だったのだろうな」
リアの母親は特別優秀な魔女というわけではなかった。
学園の同期を見ても他に何人もいる程度の「平凡な秀才」。ただ容姿は優れていて、かつ、自分の意思というものが薄弱な「扱いやすい」女性だった。
彼女は陛下と交わり、子を成した。イヴォンヌはまんまと母体および子供に細工を施して実験を行った。
「魔法院の魔女がその長と会う事は何もおかしくない。王の子とその母親を宮廷魔法師長が見舞う事も同様だ。故に我々はそれに気づかなかった」
果たして、生まれてきた子は──リアは、際限なく魔力量を上昇させられる特異体質を有していた。
「一回で成功したわけじゃない。直接陛下の子を使ったのはリアちゃんの一回だけだったけど、王家の係累や公爵侯爵伯爵、貴族家の子の中から目立たない、いなくなっても構わないような子を狙って何度も実験を繰り返していたみたい」
コレットさんもそんな一人だったらしい。
「コレットちゃんでも成功した方。失敗したら失敗したで『処分』するか、教育を施して別の目的のために『駒』にしていたみたいだね」
「……ひどい」
リアが口元を押さえる。
僕は慌てて彼女の背をさすり、メイドが水を差しだす。
少女が落ち着くのを待ってから話は再開された。
「リアちゃんは最高傑作だ。膨大な魔力量を持っているという時点で、人為的な操作としては大成功。これ以上は望めないとイヴォンヌも思っただろうし、わたしから見てもそうだと思う」
「でも、リアは魔法を使えません」
「うん。加えて、生まれてきてしまえば王の子だ。陛下が大事に後宮の奥で『保護』したのもあってイヴォンヌも手が出せなくなった」
「っ」
冷遇されていただけじゃなかった。
結果的に、ではあっても、リアは閉じ込められていたことで魔の手から守られていた。
親の愛は確かにあったのだ。
「──そう。わたしもそう考えていた。イヴォンヌの計画はいったん頓挫したんだって」
マノン先生の声が冷える。
子供のように愛らしい顔に侮蔑の色が浮かんで、
「でも、違った。詳しく調査してようやくわかったよ。リアちゃんは本当なら世界の全てを塗り替える大魔女になるはずだった。けれどそれはとある魔女によって妨害されたんだ」
「妨害?」
「イヴォンヌにも知られないように実験の結果をずらして、リアちゃんから『魔力の操作能力』を奪ったんだよ。魔法が使えなくなるように」
魔法が使えなければ高い魔力は宝の持ち腐れ。
魔力を抽出できれば魔道具などに利用できるけど、それにしたって、リアが単独で魔法を使えていた場合とは雲泥の差がある。
もし。
枯渇を気にしてなくていいほど魔力に溢れた魔女に十分な才能まであったら。それは学園を卒業する頃には誰にも手の付けられない存在になっていただろう。
「加えて言うと、前代未聞の才能だ。十分に成長する前に死んでしまう可能性も高かったと思う。才能を制御しきれずに、自分自身の魔法に殺されて」
「───」
ありえない話じゃない。
魔法は制御を間違えば自分の身体を傷つけることだってある。例えばフランシーヌの炎が自分に向かえば全身大やけどだ。
そうならないために親や使用人が細心の注意を払うけど、即座に治癒しても間に合わないような怪我はどうにもならない。
介入した魔女もリアを助けようとしたことになる。
「先生。その魔女っていうのは……?」
「シルヴェール・レルネ。クリスちゃんのお母さんだよ」
一瞬、頭が真っ白になった。
横を見るとリアも驚いた顔をしている。
唯一、感覚がはっきりとある、リアとつないだ手に力をこめて、
「母さんが、リアを?」
「そう。シルちゃんはイヴォンヌの『人造魔女製造計画』に協力させられていたらしい。その上で計画が成功しないように、こっそり手を回していたんだよ」
二年ほど魔法院にいた、というのはそういうことか。
断れなかったのか、とも思うけど、母さんは男爵家出身で権力もほとんど持っていない。家はお兄さんが継ぐと決まっていて実家にも帰りづらいような状態。
圧倒的な才能を買われて魔法院に行ったものの、後ろ暗い仕事ばかりさせられて嫌気がさした──そういう光景が目に浮かんだ。
「では、クリス様のお母さまはわたくしの恩人なのですね」
微笑むリア。
彼女の反応に救われたような気持ちになりながらも、僕は「でも」と反論する。
「魔力を操作できないせいでリアは苦しんで、死にかけた」
「そうだね。それはその通り。そこはシルちゃんの落ち度だと思う」
マノン先生もまた「でも」と続けて、
「それでもわたしはシルちゃんをよくやったと思う。何故ならイヴォンヌの狙いにはまだ先があったからだ」
このうえまだ何か企んでいたのか。
僕はあの女がどれだけ人を苦しめていたのか苦い気持ちになりながらマノン先生を見て、
告げられた秘密はとんでもない重みを有していた。
「あいつはリアちゃんをとある魔女の器にするつもりだったんだ。かつてこの国に君臨し、現代まで魂だけで生き延びてきた『永遠の魔女』──最悪にして災厄の魔女の、ね」