魔力喰らい 〜魔女の学園でただひとりの少年〜 作:緑茶わいん
永遠の魔女。
数百年前に君臨したとされる伝説級の魔女だ。
魔法に関する研究はもちろん今もなお進められていて、現代魔法は古代の魔法よりずっと優れているとされる。それでも「最強の魔女」について議論される際には必ず名前が挙がる。
彼女の特徴は「死なない」こと。
強力な防御魔法。自身に特化した治癒・解毒魔法。さらには「他人の身体に乗り移って意のままに操る」ことさえ可能だったらしい。万全の対策を整えていない限り上位の魔女でさえ対策は困難だったというのだからその非常識ぶりが窺える。
「魔力量自体もわたしやクローゼットちゃんより上だったかもね。当時の魔法じゃ魔力効率もぜんぜんだっただろうし」
他の魔法も並外れていた彼女はたった一人で国内どころか世界中の魔女を蹂躙した。
国をほぼ支配し、世界そのものを混乱に陥れた。数多くの一線級の魔女たちが協力してなんとか打倒、人体ではなく魔道具に精神を封じ込めてなんとか無力化したらしい。
ただ、それでも「永遠の魔女」は死んでいない。
彼女の精神を封じられた魔道具は今もなお王国で管理されていて、蘇らせようとすることは固く禁じられている。
「魔女大戦の始まりは、もしかしたら彼女の討伐が最初だったのかもしれない」
「そんな危険なやつを、どうして」
「どうしてって、最強の魔女だからだよ。『支配の魔女』が唯一認める自分以上の支配者ってわけ」
今の精神だけで生きている魔女に優れた肉体を与えて復活させれば全盛期以上の怪物が誕生する。
「魔女が国を、世界を支配する時代の始まりだ。誰も『永遠の魔女』に逆らえない。暴力と恐怖に満ちた最悪の時代だね」
今度は世界中の魔女が束になっても敵わないかもしれない。
何しろ、新しい肉体として選ばれたのは史上もっとも多くの魔力量を持ち、かつ、魔力回復量までずば抜けているリアだ。
「当時でさえ最強と言われた魔女が最高の魔力量と魔力回復量を備え、現代魔法まで習得したら手がつけられない。はっきり言ってわたしは勝てる気がしない。なにもできずに殺される自信があるよ」
「でも、イヴォンヌは捕まえたし、もう大丈夫なんですよね? 魔道具も盗まれたわけじゃないんでしょう?」
「ううん」
笑いもせず、マノン先生が答えたのを見て僕は凍り付いた。
「魔道具は
「じゃあ」
「『永遠の魔女』はいつ復活してもおかしくなかった」
僕たちの生活は薄氷の上にあった。
リアがさらわれてその魔女を憑依させられていたら、それで終わり。
「……って言っても、イヴォンヌちゃんもその魔道具、持ってなかったみたいなんだけどね」
「え……?」
一転、先生の口調は軽いものになった。
「見つからなかったんですか?」
「なかった。記録もなし。盗んだのは別の人間だったのかもね」
「それ、って」
この流れで思い浮かぶ名前は一つだけだ。
「母さんが?」
「可能性は高い。シルちゃんはリアちゃんが利用される可能性を下げたうえで『永遠の魔女』を盗み出した。……それがバレて殺されたのかも」
「じゃあ、シルヴェール様が持っていた魔道具は、他の誰かが?」
「んー。だとしたら何も起こってないのが不思議なんだよね。あるいは殺された時に一緒に破壊されたのかもしれない。……そう考えると、むしろ『自殺』だったというほうが辻褄が合う気もする」
殺されたんじゃなくて、『永遠の魔女』を殺すために大爆発を起こした。
「簡単に壊せるならとっくに壊してる。『調律の魔女』ならできてもおかしくはない。平民として暮らしていたのは魔力の全てを魔道具破壊に費やすためだったのかもしれない。そして、非常識な大破壊を起こしたとしても、近くに『
「───っ!?」
僕は、伝説級の魔女を殺した上で
「僕は、そのために母さんに?」
自分の人生のすべてがぐらりと揺らいだ気分だ。
目の前が真っ白になるのを感じていると、マノン先生が「落ち着いて」と優しい声を出す。
「全部は推測だよ。……全部正しかったとしても、シルちゃんが君に愛情を注いでくれていたのは変わらない。シルちゃんの実子なのも間違いないと思う。それじゃ、足りない?」
「……いいえ」
僕は溢れた涙を拭いながら答えた。
「母さんは僕の大切な人です。二人で過ごした時間が嘘だったとは思えない。思いたくありません」
「だったら、それでいいよ。もし本当にシルちゃんが自殺だとしても、それは『永遠の魔女』を殺すために一人で戦った結果なんだ。むしろ誇っていいと思う」
さらにはクローデットまでもが、
「シルヴェール・レルネはいつも私より先を行く。……たった一人で伝説の魔女を殺そうとするなんて、どれだけ人を馬鹿にすれば気が済むのか」
「……あはは」
素直じゃない。単純に母さんを嫌っているわけじゃないのがわかる言葉に、気づけば笑みを浮かべていた。
ぎゅっ、と。
繋いだままになっていた手に力が籠められる。振り向くとリアの笑顔がすぐ近くにあった。
「わたくしとクリス様は、出会う運命だったのかもしれませんね」
「そうだね」
お互いに母さんから強い影響を受けている。
母さんがいなかったら僕たちは二人とも生きていなかったかもしれない。
マノン先生もふっと笑って「そうだね」と言った。
「シルちゃんならリアちゃんの体質もなんとかしようと動いていたはずだよ。クリスちゃんの『魔力喰らい』はそのためのものでもあったのかもね」
「僕の能力は、リアのために」
だったら望むところだ。
僕にしかできない。僕がやるべき仕事。誇っていいし、自信を持っていい。
母さんから引き継いだ大切な役割。
一生をかけてでも果たしたいと心から思った。
◆ ◆ ◆
コレットの減刑、捕縛者の実家への処分などについても話し合われた後、少年と少女には先に退席してもらった。
マノンは深く息を吐くと共犯者を見て、笑った。
「クローデットちゃんにも大役をお願いしちゃってごめんね」
対するクローデットはにこりともせずに、
「今更です。それに、他の人間には任せられませんから」
「クリスちゃんとリアちゃんは国の重要人物だからね」
王位継承権があるわけではない。
しかし、そもそもこの世界において王とは為政者に過ぎない。イヴォンヌがそうしようとしたように、強大な魔女が王位簒奪を狙おうとすれば決して不可能ではないのだ。
現王妃も元魔女。陛下も今なお剣を振って最低限の戦闘力を維持しているものの、王妃がその気になれば指先一つで殺せる程度の力でしかない。
この国で女王が王位に就かないのは権力と魔力の食い合わせが悪いからだ。
治世に時間と体力を食われれば魔女としての質が落ちる。それでは本末転倒。だから女が魔法を振るい、男が秩序を作る。
であれば。
「魔力と魔法を分けて与えられたあの二人には、どんな役割があるのかな」
クリスたちには伝えなかった推測がもう一つある。
本来、リアに備わっていた魔法の才能。それは消されてしまったのか、それとも『取り上げられた』のか。
取り上げられたのだとすればそれはどこに行ったのか。
魔力と魔法を吸収し、
クリスとリアは血こそ繋がっていないし歳も違うものの、魔法の才能的な意味では双子なのではないか。
「一人じゃできないことも二人なら、もしかしたらできるのかもしれないね」
マノンは、少年と少女の行く末が幸福であることを願った。
「さて。本当にぜんぶ丸く収まったのか、確認するためにも『あの人』に会わなくちゃ」
事件の後始末を終えたらすぐに夏が来る。
◆ ◆ ◆
「……与えられた情報が多すぎて混乱してしまいます」
「……そうだね」
隣り合わせで与えられた客室の僕の部屋で、僕とリアは複雑な心境を共有した。
「でも、考え過ぎないようにしようよ。人に言えないことも多いし」
「そう、ですね」
こくんと頷いて微笑むリア。
と、コレットさんがいないので僕とリアの専属を兼ねるような状況になっているネリーが「というか」と僕を軽く睨んで、
「言える範囲で説明してください。どうしてご主人様とオリアーヌ様が隣部屋なんですか」
「え、わざわざ離れた部屋にするより良くない?」
「わたくしがお願いしたのですが、いけなかったでしょうか……?」
「そうじゃなくて。男女が繋がった部屋で寝泊まりするなんて、事実上の婚約関係と見做されても仕方ないんですよ……!?」
平民だと男女の兄妹が同じ部屋寝るとか普通だし、部屋がなければ大人でも一緒の部屋で寝ることはあるけど、貴族はたとえ兄妹でも部屋を離して配置する。
一定の年齢を越えたら父親や男兄弟であっても令嬢に触れるには細心の注意を払わないといけない。
寝室を隣り合わせにするのは結婚が決まっている相手か夫婦くらいだ。
「でも、学園ではずっとそういう状況だったし」
「いや、そう言われるとそうなんですけど」
ネリーは「ご主人様が
「これが受け入れられたということは、オリアーヌ様との結婚を許されたようなものですよ?」
「……そう言われると恥ずかしいというか、なんというか」
見ればリアも頬を染めていた。
室内を見渡すとネリー以外の使用人の姿はない。部屋の外には待機しているはずだけど、こんな状況だとなかなか二人きりにもなれないだろうし、後回しにしていた話をしてしまった方がよさそうだ。
「リア。その、あの時のことなんだけど」
「はい」
少女が僕に向き直って正面からじっと見つめてくる。
綺麗だ。
あらためて思いながら、僕は息を吸い込んで。
「あの時はああするしかなかった。でも、軽い気持ちでしたんじゃない。僕はこれからもリアと一緒にいたい。リアを守りたい」
遠回しな言葉ならなかなか言えるのに、
「好きだ」
一言を言うのにものすごく勇気が要った。
僕の告白を受けたリアはすぐにはなにも言わなかった。反応がないと不安になる。嫌われてはいないと思うんだけど……と。
僕は少女の頬がどんどん赤くなっているのに気づいた。
真っ赤になったリアは両手で頬を覆い軽く俯くと、小さく絞り出すようにして、
「わたくしも、クリス様が好きです」
ささやかな一言なのに胸がきゅっと切なく温かくなって、頬が勝手に火照ってくるのを感じた。
ああ、これが。
これはまともに前を見られない。リアとは逆に上に視線を彷徨わせていると、
「……両想いだなんてとっくにわかっていたでしょうに」
聞き捨てならない台詞がメイドから出た。
「いや、僕たちは恋人同士だから一緒にいたわけじゃ」
「そうです。……ですから、一歩踏み出すには勇気が必要でした」
言いながらお互いの距離を近づけるリア。
彼女の顔がすぐ近くにある。柔らかい、と直接確認した唇がすぐ近くに。恋人同士になったらもっとキスが、と思うと身体まで熱くなってくる。
対する少女はどこか夢見るような表情で、
「クリス様。わたくしはあなたに誓いました。わたくしの全てを捧げると。……それは、決して嘘ではありません」
「うん。でも、僕はリアに自分を大事にして欲しかった」
「はい。ですから、あらためて誓います。わたくしは命を救ってもらった恩だけでなく、わたくし自身の願いとして、あなたに全てを捧げます」
僕に右手を差し出してきた。
「王女でなくとも構いません。あなたと共にいられるのであれば、農村の片隅で畑を耕すのも楽しいでしょう。……ですから、どうか、わたくしと生涯を共にしてください」
一生に一度しかないだろう幸せな時間をいっぱいに味わいながら、僕はリアの手を取る。
「うん。僕のほうこそ、リアと一緒にいたい。ずっと、一緒に」
二度目のキスはまるで溶けあうような心地がした。
リアの魔力が早く、それでいて深く流れ込んでくる。唇の接触は肌での接触よりも効率がいいのかもしれない。手袋を使うよりもずっと自然で、気持ちいい。
触れ合っているだけで心も身体もぽかぽかして、もっとしていたくなってしまう。
それでも、唇を重ねていたのは三十秒にも満たない時間だったと思う。
キスの後、手を繋いだまま見つめ合っていると、ネリーがこれ見よがしにため息をついてきたけれど、彼女の頬も紅潮していてちょっと微笑ましかった。
「あ、そうだ。ネリー、クローデット様から養子の打診を受けたよ。夏はフォンタニエ家で過ごすことになるかもしれないから」
思い出したのでさっと伝えると、メイドの少女は「は?」と目を丸くして、
「ちょっと待ってください。そういうことは先に言ってください!」
ひとしきり僕を怒った後で大喜びして、最後には鼻歌まで歌い始めた。
第二章終了です
閑話っぽい閑話が思いつかないので日常っぽい話を絡めつつさっそく第三章に入ります