魔力喰らい 〜魔女の学園でただひとりの少年〜 作:緑茶わいん
久しぶりの学園で
お城への滞在は結局さらに数日伸びた。
マノン先生の身体が空かないこと、学園のほうもいろいろごたごたしているうえ、コレットさんの治療を終わらせないとリアを世話するメイドがいないことなどなどが理由だ。
試験対策が心配ではあったものの、学園も襲撃後の対応などで授業を中止せざるをえなかったらしく、影響を受けているのは僕やリアだけじゃない。今回の試験に関しては全員、対策が十分取れなかったことを考慮して評価してもらえることになった。
ちなみにミシェル先輩は先に一人で学園に戻っていった。
「なんか私だけ場違いな感じだし」
「先輩だって騎士団を見学したりしてたらしいじゃないですか」
「楽しかったよー。でも、シビルたちの様子も気になるしね」
陛下と話をした翌日の日中にはコレットさんを助けるための処置が行われた。
内容については詳しく語らない。ただ、恥ずかしさと痛みに最後まで耐えてくれたコレットさんには感謝しかない。
先生の協力もあって支配の魔道具は無力化され、コレットさんは今度こそ解放された。
翌日には体力も戻ってきたということで対面が許され、リアはコレットさんの寝ているベッドの横で大粒の涙をこぼした。
治癒魔法もかけたので学園へは一緒に戻れる予定だ。
僕たちがお城でするべき残りの仕事は陛下への再度の謁見。
裏で相談した各種事項が公式発表されて決定事項にする儀式だ。豪華にもこの際の衣装もお城で用意してくれるらしい。
そんなわけで。
僕は宛がわれた客室で若干暇を持て余していた。
あまり動き回るとお城のメイドさんたちの仕事も増やしてしまう。直後の混乱に比べればマシになってきたものの、まだまだお城もバタバタしていて平常通りの状態ではないのだ。
そんな中、僕の部屋とリアの部屋を行き来しながら鼻歌交じりに仕事をこなしている人物が一人。
ピンクに近い薄赤色の髪と瞳を持った僕の専属メイド。
「ネリー」
「はい! なんでしょうか、ご主人様?」
名前を呼ばれて笑顔で振り返る彼女を見て、僕はなんとも言えない気分になった。
上機嫌なのはいいことだ。ただ、ここまで明るいと「別の誰かと勘違いされてないかな?」と不安になってくる。
たぶん機嫌を損ねるだろうな、と思いつつもおずおずと、
「その。僕への恨みとか、そういうのはもういいの?」
尋ねた途端、ネリーは真顔になった。
貴族の血を引いているだけあって十分に可愛い彼女にそういう反応をされるとこの先が心配になってくるんだけど……幸い、数秒の後に変化した表情は再びの明るい笑顔で、
「ああ。いいんです、それはもう」
「いいんだ?」
「はいっ。だって、ご主人様はフォンタニエ家の一員になられるわけですから!」
そう。
対応が急に変わった理由は養子縁組がほぼ決定したからだ。
クローデットは本当に手早く話をまとめたらしく、昨日には「公爵の了承を得た」旨の連絡が送られてきた。既に陛下にも伝わっているので後は謁見で正式に通達されれば確定になる。
ネリーに関しては王家からの出向という形になるらしい。
直属の上司はコレットさんのまま。これならフォンタニエ家の先輩メイドよりもコレットさんの指示が優先される。フランシーヌ関連で問題を起こしたことのある彼女に最低限の釘を刺しておこうという判断だ。
「お嬢様と比べたら残念ですけど。お嬢様と比べたら残念ですけど、私としてもこの仕事はやりがいがあります。多少の過去は水に流しましょう」
「ありがとう。嬉しいけど、二回言うほど残念なんだ、僕」
「それはまあ、お嬢様と比べるほうがおこがましいわけですし、私からしたら男性という時点で大幅な減点ですので。……男性には見えないのでそこは差し引きますけど」
喜んでいいのか悪いのか。
「コレット様には申し訳ないですが、オリアーヌ様のお世話を覚える機会も与えられましたし、もしかするとご主人様には感謝した方がいいのかもしれませんね」
「むしろネリーには感謝しかないよ。リアを助けるのを手伝ってもらっちゃったし」
「必要ありません。イヴォンヌ・マルチノンがいなくなるのは私にとっても嬉しい話ですから」
問題を起こしたのと働きぶりにやる気が大きく絡むせいで印象が悪いだけで、ネリーは十分に優秀なメイドだ。
一通りの仕事を卒なくこなせるうえに戦闘能力まであるんだから、少人数でのメイド業務にはもってこい。
今はお城のメイドさんたちとも連携しつつその技を盗んでさらなるレベルアップまで狙っているみたいだ。
彼女はにっこりと僕に笑いかけて、
「ですから、あまり気にしないでください。私は私で上手くやりますから、ご主人様は自分のことを考えたほうがいいですよ」
「そっか。そうだね、ありがとう」
僕はすっかり頼もしくなったメイドに笑顔を返すと、言われた通り自分たちのこれからについて考えることにした。
◇ ◇ ◇
「お帰りなさい、コレットさん」
「本当にご心配とご迷惑をおかけしました。コレットはこれから心を入れ替えて誠心誠意、リア様とクリス様にお仕えいたします」
謁見を終えてコレットさんも戻ってきた。
二重の支配によって逆らえない状況だったこと。命令を受けていない状態での働きぶりからリアへの害意はなかったと判断できること。支配の解消をマノン先生が直々に確認したこと。イヴォンヌの悪事に関する証言者として役に立ったこと、他でもないリアの要望があったことなどから厳重注意という形で今まで通りリアの専属メイドとして働くことに。
体力も戻ったのか、前と同じ柔らかな表情──いや、前よりすっきりとした笑顔で僕たちに挨拶をして、深々と頭を下げてくれる。
本当に良かった。
隣で涙ぐんでいるリアにつられてしまいそうなくらいだけど、
「あの、コレットさん? クリス『様』っていうのは……?」
「リア様と晴れて交際を始められたのですから、クリスさんもコレットにとって立派なご主人様ですので」
「っ」
いや、それはまあ。
王女様との交際なんて結婚を前提に決まっているわけで。そうなると王家の関係者にも内定したことにはなるんだけど……。
まだ慣れていないので「付き合ってる」と言われるだけでついつい赤面してしまう。そのうえ「様」なんてつけられたら大変だ。
「今まで通り『さん』でお願いできませんか? なんか恥ずかしいです」
するとコレットさんはくすりと笑って、
「だめです。『様』も『さん』も大して違わないのですから我慢してください」
うん、コレットさんは完全復活だ。
この人はこれくらい元気にしていてくれた方がずっと素敵だ。是非、これからもこんな笑顔を浮かべていて欲しい。
と。
そっと身を寄せてきたコレットさんが僕の耳に唇を近づけて、
「処置のことは内緒でお願いしますね」
「っ」
真剣な場だったし、下手をすれば命に関わるということであまり意識しないようにしていたけれど、処置の際、僕は否応なくコレットさんの裸を見て、コレットさんの身体に触れることになった。
同世代の女の子といった感じのリアとは違う大人の裸身は今でもはっきり思い出せてしまう。
「責任、取ってくださるのでしょう? ……コレットはこれから一生、リア様のお傍にいますので、どうかよろしくお願いいたしますね?」
僕が何かの返事をするより先にコレットさんは身を離してリアの傍に戻ってしまう。
内緒話はたったそれだけでなかったことに。聞こえていてもおかしくなかったのはネリーだけだけど、彼女は「まあいいんじゃないですか?」みたいな顔で立っているだけで助けてくれなかった。
と、思ったら、
「コレット? 後で話があります」
「り、リア様?」
「誤魔化しても無駄です。クリス様となんの話をしたのか、ちゃんと聞かせてもらうから」
子供っぽく頬を膨らませたリアがなんとコレットさんを睨んでいる。誘拐された時でさえ許したのに、もしかしてけっこう本気で怒ってる?
どうして?
嫉妬、だったりしたらけっこう、いやかなり嬉しいんだけど。
ここでネリーがため息をついて、
「まあ、とにかく学園に帰りましょうか」
お城の用意してくれた馬車に乗って、僕たちは久しぶりに学園へと戻った。
戻ったら僕たちの家が跡形もなくなっていた。
「え」
なんだこれ。
◇ ◇ ◇
「ごめんごめん。さすがにこれ以上、君たちを森の傍には置いておけないってことになってねー」
マノン先生がしれっと白状した。
「研究部の部室と一緒にもっと真ん中に移転しました」
そう。跡形もなくなったのは部室もだった。
移転、と言った通り単に解体されたわけじゃなくて、中身ごと移動させられた上で一つの建物に統合された感じ。寮からは少し離れているものの様子は確認できる距離に「ちょっと大きくなった研究部の部室」がでん、と現れたような形だ。
基本的には二つの建物を完全にくっつけたわけだけど、部室にあったキッチンやお風呂にどっち側からでもアクセスできるようになっていたりしてより便利になっている。部室から外を経由せずに家に戻ることもできて至れり尽くせりだ。
「いっそのこと解体して寮に住んでもらっても良かったんだけど」
「この部室も住めば都」
「せっかく使いやすく整理してあるというのに環境が変わるなんてとんでもありません」
「うちの部員たちは揃って変人だから折衷案だね」
この勢いだと来年には正式な部室が校舎内にできていそうな気もするけれど、それならそれでいいのかもしれない。
「あ、王家からの依頼品は倉庫の一部屋に放り込んでおいたから」
部屋のドアはリアが手のひらを押し当てないと開かない仕組みになっているらしい。
「これからクリスちゃんへの依頼はどんどん増えそうだね。クローデットちゃんは君への遠慮とかないだろうし、魔法院からもどんどん来るよ、きっと」
もちろん学園の教師、他生徒の中にも不用品を整理したい者はたくさんいる。
彼女たちが全員、僕に魔力抜きを依頼してきたとしたら、
「もっと効率を上げないと追いつかないですよ……!?」
「なら上げればいいんだよ。頑張れー」
他人事だからって無茶苦茶言われた。
まあ、依頼が増えればお小遣いも増えるし悪いことばかりじゃないんだけど。
「というか、それだけ依頼があれば十分、稼業としてやっていると思います」
「……それもそうですね」
研究をしていれば失敗作の魔道具やポーションはどうしても出るんだし、継続的な仕事も見込める。生活費をフォンタニエ家から出してもらえるようになったら将来、卒業した時のための貯金に回せそうだ。
「もうすぐ試験日だから忘れないようにね。授業もちょっとだけあるけど、いっそ休んじゃってもいいんじゃない?」
「逆に少しだけ授業を受ける方が調子が狂うかもしれませんね」
というわけで、試験開始までは自主的に勉強をして過ごすことに。
しばらく不在にしていた分の掃除や整理整頓、物資の買い足しなどもあってなんだかんだ忙しくしていると、
「クリスはいるかしら」
「……フランシーヌ?」
かの公爵令嬢が初めて、僕たちの家に自分から訪ねてきた。
「どうしたの、こんなところに」
「こんなところ、と言うほど遠出はしていません。……用件はもちろん、話があるからです」
「話って──」
「見当はつくでしょう。……少し、二人きりで話せないかしら」
二人きりになるちょうどいい場所として部室の屋上を貸してもらった。
ネリーやフランシーヌのメイドは同席してもいいということだったので完全な二人きりというわけでもない。令嬢もどこかぎこちなさはあるものの、僕に変なことをしようという雰囲気はなかった。
屋上は風が感じられて心地いい。
フランシーヌは紅の髪を小さく揺らしながら僕を見て、
「お母様から連絡がありました。当家と養子縁組を行うそうですね」
「……うん。フランシーヌになんの相談もなくて悪いけど、そういうことになったんだ」
前に「ありえない」と言われたことを思い出しながら謝ると、少女は「仕方ありませんわね」と息を吐いた。
「許してくれるの?」
「許すも許さないも、私に決定権はありません。オリアーヌ様というお相手がいる以上、貴方が当家を継ぐという話にも発展しないでしょうから、反対する理由もありません」
「いやあの、うん」
「……交際を認められておきながらなおもその反応とは。先が思いやられますが」
「ふ、フランシーヌだってまだ相手はいないくせに」
「私は婿を迎える立場なのだから構わないのよ! 変なことを言わないでもらえるかしら!?」
声を荒げて怒るフランシーヌに僕は慌てて「ごめん」と謝った。