魔力喰らい 〜魔女の学園でただひとりの少年〜   作:緑茶わいん

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久しぶりの学園で 2

 こほん。

 咳払いで強制的に話を戻した令嬢は「つまり」と切り出して、

 

「貴方が来ることに反対する者はいない、ということ。……もし、使用人の中にそのような者がいれば言いなさい。お父様とお母様の決定に逆らう覚悟に相応しい処遇が用意されるでしょう。ねえ、ネリー?」

「わ、私はもうご主人様を恨んでいませんよ!?」

「誰もそんなことは言っていないのだけれど。まあ、そういうことね」

 

 わざわざ勇気づけに来てくれたのか。

 フランシーヌは見た目の印象よりもずっと優しい。出会ったばかりの頃に尖っていたのはいろいろ張りつめ過ぎていたからで、今のこの状態が本来の彼女なのだろう。

 

「ありがとう、フランシーヌ」

 

 お礼を言うとほんのり頬を染めて「別に構いません」と顔を背け、

 

「それで、本題ですけれど」

「え、今までのはついでだったんだ?」

「当然でしょう? 私の用件は()()()()()()()()()()ということだもの」

「……ん?」

 

 つまり、どっちが姉(兄)か今のうちに決めておこうってこと?

 

「そんなの生まれた順でいいんじゃ」

「貴方、自分の生まれたのがいつか正確にわかって?」

「いや。秋にお祝いはしてたけど正確な日付までは」

 

 すると令嬢はふん、と鼻を鳴らした。

 少し機嫌がよくなったように見えるのは嬉しい結果だったからか。

 

「なら、いずれにしろ私が姉ね。私は夏生まれだもの」

「あー」

「なによ、その『だろうな』みたいな顔は!」

 

 睨みつけられた上に扇子をびしっ! と突きつけられた。その先端から火の玉でも飛び出した日にはひどいことになる。まあ、僕の場合、死にはしないと思うけど。

 

「家族になる以上、これからは遠慮しないからそのつもりでいなさい」

「今までは遠慮してくれてたんだ……?」

「同級生として最低限の節度は守っていたに決まっているでしょう。だから、覚悟しておきなさい、クリス」

 

 名前で呼んでくれるようになったのもその一環なんだろうか。

 彼女なりに家族として扱ってくれるという宣言に思えて僕はむしろ嬉しくなった。

 

「うん。……じゃあ、僕はなんて呼んだらいいかな? 姉さんとか?」

「セオリーとしては『姉上』かしら。貴方の場合は『お姉様』でも構わないでしょうけれど」

 

 男子は『父上』『母上』、女子は『お父様』『お母様』などと家族を呼ぶことが多いらしい。つまり、まあ、そういうことだ。

 

「あの、僕は男だからね?」

「もう少し男らしい服装をしてから言いなさい。……まあ、男らしい義弟なんて願い下げですけれど」

「どっちなの、一体」

 

 なんか思ったよりもくだらないというか平和的な用件だったけれど、無事に話が済んでよかった。

 フランシーヌは最後に「夏は別邸ではなくお屋敷で過ごすことになると思います」と言い残していった。僕の教育を行うのであれば本邸のほうが好都合だから、ということらしい。

 避暑自体は屋敷でも魔道具によって十分可能なのでそれはそれで問題ないとのこと。

 

「それと、フォンタニエ家の一員になる以上、下手な成績を取ることは許しませんから」

 

 試験前に妙なプレッシャーをかけられた僕はそれまで以上に気合いを入れることになった。

 

 

   ◇    ◇    ◇

 

 

「またクリスと当たるとは思わなかったなあ。勝ったけど」

「またミシェル先輩相手とは思いませんでした。……次は勝ちますからね」

「期待してる。できれば接戦の末に負けて欲しいかな」

 

 結果から言うと試験は上々の出来だった。

 座学は相変わらず苦手分野だったものの、なんでもありの試合ではミシェル先輩相手にまたも接戦を演じられたし、物理攻撃なしの魔法合戦は相手の一年生に完勝。

 

「魔法が効かない相手に魔法でどうやって勝てというのですか……!?」

 

 申し訳ないことに相手は泣きそうになっていた。

 向こうも一年生ではかなり優秀な成績なのだけれど、イヴォンヌとの戦いの経験から思いついた新技がうまく決まったお陰だ。

 コレットさんとの戦いで使った魔力弾の連射に加えて、手のひらからではなく()()()()()()()()()()試み。

 集中が難しくなる代わりに「手のひらを向ける」という動作が必要なくなるので一長一短といったところだろうか。

 もっと練習して自然にできるようになれば「自分が攻撃する時以外は吸引モード」なんてこともできるようになりそうだ、と思って意気揚々とミシェル先輩相手にも使ったのだけれど、もしかするとそれが敗因だったかもしれない。

 今の段階ではまだまだ吸引に集中が必要なので、風を無効化できる代わりに肉弾戦に弱くなってしまった。

 連射や散弾と同時には使えないから牽制もしづらいし、この辺りは要検討だ。

 

「うーん。身体強化ありだともうクリスには手も足も出ないなあ」

「さすがに勝たせてよ、そこは」

 

 身体強化あり、魔法なしの試合ではニーナに勝った。

 男子としてはさすがに勝ちたいところだったけど、ニーナは意外なほど食らいついてきて少し慌てる結果になった。純粋な体術だけだとまたギリギリの戦いになってしまうかもしれない。

 リアのほうも危なげなく試験を通過。

 

「よろしくお願いします」

 

 座学は予習復習を欠かしていないし、加えて今回はなんと実技試験にも顔を出したからだ。

 

「オリアーヌ様が実技……!?」

「魔法は使えないと伺っていたのですけれど……」

 

 マノン先生たちが作ってくれた専用魔道具──魔力を矢として発射するクロスボウのお陰だ。

 リアが両手で構えて放った矢は大岩に大きな穴を穿って見事な威力を発揮。狭い範囲での威力で言えばフランシーヌや僕の魔法を抜いて一年生の中でトップの成績を残した。

 

「あの魔道具があれば私達でもいい成績が出せるのでは……?」

 

 そんな抗議も上がったものの、これには学園長であるマノン先生が直々に回答。

 

「あの弓はリアちゃん以外には使えないよ。威力の割に魔力消費が大きいから普通の子じゃあんまり撃てないし、引き金の瞬間に一気に魔力を吸うから慣れていないとそれだけで気絶しかねない。それでも欲しいって言うのならちゃんとお金出して依頼してね?」

 

 新技術をふんだんに使った試作品なので当然、値段はすごいことになる。

 リアはタダでもらっているわけだけど、リアの体質を研究する過程で生み出されたアイテムだからこれはある意味当然。

 

「お金で解決できるならすればいい。コネや財力だってその人の力の一つだからね」

 

 魔道具は生活を便利にしたり、できないことを可能にするためのもの。活用するのは悪いことじゃない。大本の魔力は本人が賄うのが普通だからズルしていることにもならないのだ。

 

「今度はリアちゃんを身体強化する魔道具でも作ってみようかな?」

「ですが、先生。つけっぱなしにするのは危ないのでは?」

「腕輪みたいな形状にして、内側の部分にだけ吸収機構をつける感じかな。必要な時だけ装着して外すようにすれば魔力の吸い過ぎも防げるでしょ」

「吸い上げた魔力をリアに還元する仕組みが問題」

「それねー。いったん魔力を受ける器も必要だし、設計も素材もなかなか悩みどころかも」

 

 でも難しい品だからこそ燃えるのが研究部の面々らしく、みんなしてああだこうだと話し合いを始めた。原案通りのアイテムはできないかもしれないけど、このアイデアからなにかしらまた新しいものが生まれてくれるかもしれない。

 

「で、クリスたちは結局フォンタニエ家で夏を過ごすんだっけ?」

「はい、ララ先輩。……僕は礼儀作法やら詰め込まれる予定です」

「あはは、いいんじゃない? せっかくだからダンスとか詰め込まれておいでよ。ボクとしてはちょっと羨ましいくらい」

「先輩? 今、僕を男役か女役(どっち)で想像してますか?」

「もちろんクリスはドレス着て踊ってたけど?」

 

 うん。いや、いいんだけど、果たしてこの場合、どっちで練習するのが正しいんだろうか。

 リアをエスコートできるようになりたいから男役? でも、少なくとも学園にいる間はドレスを着ることも多そうだし……。

 フランシーヌに愚痴ったところ、

 

「ドレスで男役をすればいいんじゃないかしら?」

 

 と真顔で言われた。

 

 

   ◇    ◇    ◇

 

 

 試験がすべて終わると採点期間に入る。

 数日かかるこの期間は授業がない。かといって夏休みでもないのだけれど、試験結果は採点終了後、各生徒の家にも送られるので無理に待っていなくても構わない。

 家が遠方にある生徒や逆に学園へ日帰りできる生徒などは数日早く夏休みを開始して寮を後にしていった。

 

「じゃ、私も帰るから。暇があったら食べに来てよね?」

 

 都の下町に家のあるニーナもさっさと帰っていった。

 早く家に帰ってやりたいことがたくさんあるらしい。

 

「家の手伝いもあるし、クリスみたいに上手くないけど身体強化使えば荷物運びのバイトとかもできるでしょ? せっかく休みなんだから稼がないと!」

 

 学園にいる間も暇を見つけて厨房スタッフから料理のコツを聞いたりしていたらしく、ニーナはニーナで夏休みを満喫する気満々だった。

 

「というわけで、クリスちゃんもお師匠様に会いに行こっか?」

 

 と、マノン先生がクローデットを連れてやってきたのはニーナが帰った翌日のこと。

 

「本当に二人とも行く気ですか……!?」

「だから用があるんだってば。それともバレたらまずいことでもあるのかな?」

「ないですよ。むしろ身内の恥を晒したくないというか……」

 

 まあ、二人の凄腕魔女を相手に勝てるわけもなく、僕は仕方なく先生たちを連れて師匠のところへ帰ることになった。

 お土産は一応用意してある。

 学園出入りの商会を通じて調達したワインや蒸留酒、それから下町ではなかなか手に入らないつまみの数々。木箱一つ分ほどになってしまったので重いけど、身体強化を使えば問題なく運べる。これだけあれば師匠も喜んでくれるだろうし、少しは恩返しにもなるだろう。

 箱の中身を見たマノン先生は「おお」と目を丸くして、

 

「見事にお酒とつまみばっかり。これはアレだね。ダメ人間だね」

「そうなんですよ……」

 

 だから会わせたくなかったのだ。

 と、木箱をネリーがひょいっと持ち上げて、

 

「では、こちらは私が運びます」

「え、ネリーも来てくれるの?」

「私はご主人様の護衛も兼ねていることを忘れてませんか? ……まあ、今回に限っては必要ないかもしれませんけど」

「コレットたちも行きますよ。ね、リア様?」

「え、ええ。ご迷惑でなければ、わたくしもご一緒してよろしいですか?」

「うん。リアとコレットさんなら大歓迎」

「あれー? クリスちゃん? ずいぶん扱いが違うんじゃないかなあ?」

 

 日頃の行いの差だ、と答えるとさすがのマノン先生も怒るかもしれないので曖昧な笑みで誤魔化して、僕たちは計六人もの大所帯で下町の怪しい雑貨屋に行くことになった。

 荷物はネリーが魔法の荷車で運んでくれる。

 

「ちょうど良いので学園に馬車を手配しておきましょう。クリスの用事が終わったらそのままフォンタニエ家に向かいます」

「あれ、フランシーヌはいいんですか?」

「あの子の馬車は別途手配してあるので問題ありません」

「では、ネリーには家に残ってもらいましょうか。荷物の仕分けも必要でしょうし」

 

 荷車はコレットさんが動かすことにして、ネリーはフォンタニエ家へ運ぶ荷物を用意することになった。

 僕の荷物なんてそんなにない? いや、前に仕立てたドレスとかもあるので意外とそれなりの量になる。リアの荷物はあらかじめコレットさんが用意してあるので荷物運びとしてネリーがいれば十分だそうだ。

 

「では、ご主人様の護衛はコレット様にお任せします」

「かしこまりました。……と言っても何も起こらないとは思いますが」

 

 マノン先生とクローデットを相手に喧嘩をふっかけてくるような相手はもう、都を混乱に陥れるレベルの実力者か何も知らない馬鹿かの二択だ。

 コレットさんの予想通り、特に何事もないまま(周囲からものすごく注目されながら)下町の路地裏にある薄汚れた雑貨屋に到着した。

 

「ここがクリス様の育ったところ、なのですね」

「うん。……あらためて見てもリアの健康に良くなさそうなところだけど」

「宿泊するわけでもありませんし、許容範囲でしょう。いざとなったらコレットが全力で掃除します」

「クローデットちゃんに『掃除』してもらってもいいしね」

「全て吹き飛ばせばいいのであればすぐにでも」

「止めてください。変人ですけど一応僕の師匠なので」

 

 わいわいやりつつ入り口のドアを押すと、ベルの代わりに軋んだ音が店内に響いた。

 ランプの明かりと油のにおい。それから古い本と埃のにおい。

 狭い感覚で置かれた棚には怪しげな品々が所狭しと並べられており、まともな感覚をしている人なら即座に回れ右したくなるような雰囲気。

 

「最後に見た時よりダメになってる。師匠、まともに掃除してないんじゃないかな、これ」

「クリス様が掃除をされていたのですよね?」

「うん。あの人は生活に問題があるレベルの駄目人間だったから」

 

 ほんの数か月前の話を懐かしみながら言うと、店の奥から「失礼な」と声が響いた。

 続いて床を軋ませながら近づいて来る足音。

 

「まったく。帰ってくるなと言っただろう。しかも余計な客を連れてきて」

「師匠、お久しぶりです──じゃ、ない?」

 

 師匠そっくりの口調で現れたのは知らない美女だった。

 え、誰これ?

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