魔力喰らい 〜魔女の学園でただひとりの少年〜   作:緑茶わいん

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師との再会

 どこかきつい印象の美人。

 女性らしさに溢れるクローデットとは違い、こっちはどこか男性的。髪は短めかつ荒れていて、口には煙草を咥えている。纏っているのはぶかぶかのローブ。

 彼女の容姿はともかく、そのローブには見覚えがある。ぶつぶつ文句を言いながら何度も洗ったそれにそっくりだ。

 

「……まさか、師匠、なんですか?」

「他に誰に見える?」

 

 どうでもよさそうな表情で僕を見下ろしてくる態度はなるほど、まさしく僕の師匠以外にありえない。

 

 

   ◇    ◇    ◇

 

 

 三年半前。

 腕一本以外、ただの肉塊と化した母さんを見て、僕は胃の中の物を全部吐いた。

 胃が空っぽになってようやく落ち着くと、今度は涙が溢れてきた。何がなんだかわからなかった。突然、家族も家も奪われた十歳の子供にできることなんてなかった。

 涙が枯れ果てないうちに村の人たちが集まってきて、特に親しかった家が僕をひとまず家に入れてくれた。

 幼馴染でもあるその家の女の子が付き添ってくれて、彼女に抱きしめられるようにしながら泣けるだけ泣いた。その間に母さんの埋葬は村の人たちが済ませてくれた。

 

「すまない。遺品でも見つかれば良かったんだが……」

 

 気を遣ってくれた人たちに恨み言を言う気にはとてもなれず。

 

「これからどうしたい? クリスさえ良ければうちの子になってくれてもいいんだが」

 

 幼馴染も賛成してくれて、僕も「それもいいかな」と思った。父さんはいない。行くあてなんてない。村の外に出たこともない僕には他の選択肢も思いつかなかった。

 その頃にはもう夜になっていて、僕は「一晩考えるといい」と幼馴染と一緒にベッドへ入ろうとして、

 

「邪魔するよ」

 

 彼女は突然、幼馴染の家を訪ねてきた。

 

「ここに男の子がいるだろう。その子を引き取りたいんだが」

 

 ローブを着た老婆。

 いかにも怪しい彼女に幼馴染の両親が「誰だ」と尋ねると、彼女は皮肉めいた笑みを浮かべてこう答えた。

 

「しがない魔女さ。知り合いを尋ねてきたら死んでいたのでね。せめてその忘れ形見でも引き取ろうかと思ったんだ」

「魔女って、とてもそうは見えないが」

「そうかい? おとぎ話に出てくる魔女にそっくりじゃないか?」

 

 今考えると言っていることがめちゃくちゃだ。そりゃ、おとぎ話に出てくる魔女はそんな感じだけど、現実の魔女はクローデットのように若々しい人が多い。マノン先生なんか母さんたちより年上のはずなのに子供にしか見えないくらいだ。

 だから僕は冗談だとしか思わなかったし、他のみんなも同じだった。

 それでも、

 

「こいつの母親の知り合いだってのか」

「ああ。シルヴェールとは顔見知りなんだ。その子のことも知ってるよ。クリスだろう?」

 

 彼女は母さんと僕の名前を言い当てると「どうだい?」と尋ねてきた。

 

「見たところ、お前には魔法の才能がある。その才能を伸ばせば『魔女学園』にだって入れるかもしれない」

「魔女学園……?」

「魔女を育てる学校さ。そこに行けばお前の母親を殺した犯人が見つかるかもしれない」

「母さんが殺された……!?」

「そりゃそうだろう? あんな出来事が自然に起こるはずがない。心当たりは何かないのか?」

 

 僕は、爆発の直後に見た紅の髪の女のことを思い出した。

 当時の僕は彼女──クローデットを母さんの敵だと思って、憎しみを抱いた。

 

「母さんが殺されたなら敵を討ちたい」

「なら、力を付けないとね。魔女を殺せるくらいに」

 

 こうして僕はその怪しい老婆──師匠に引き取られて都の下町に棲み処を移した。それから厳しい修行と雑用が始まって、あっという間に三年が経って、

 

 

   ◇    ◇    ◇

 

 

「師匠は本当に魔女だったんですか……? っていうかその格好はいったい……?」

「ああ、楽な姿に戻したんだ」

 

 どうやら本当に師匠らしいその女性は事もなげに答えて皮肉げに笑った。

 

「そこの二人が一緒じゃ誤魔化しきれないだろうしね。……まったく、魔女が二人もやってくるとは思わなかったよ」

「そんなこと言って、予想してたんじゃないんですか? ドミニク様?」

 

 からかうように言ったのはマノン先生。

 ドミニク、というのが師匠の本名なのか。……っていうかマノン先生が敬語を使ってるってことは、

 

「師匠ってかなりベテランの魔女なんですか?」

「最初に会った時にそう言っただろうに」

「いや、あれは冗談にしか……」

 

 とは言え、確かに今考えてみるとおかしなことだらけだ。

 母さんが死んでから一日経っていない間に僕が一度も会ったことがない、魔女を名乗る怪しげな老婆が現れて僕を引き取ってくれた。

 冷静になってみると「実は師匠が犯人」と言われても何もおかしくない。

 当時の僕は「月一で母さんがいなくなる時に会ってたのかも」くらいにしか思ってなかったし、それはたぶん、実際そうだったんだと思うけれど、

 クローデットが静かな態度を崩さないままに口を開いて、

 

「貴女もシルヴェールからなにかを頼まれていたのではありませんか、ドミニク様?」

「あるいは予知していたのか。……違いますか? 『予見の魔女』ドミニク・ドゥプラ様?」

 

 『予見の魔女』。

 

「なんか、ものすごく仰々しい名前なんですけど」

「そりゃあね。未来予知の魔法なんて普通まともに使えない。ある程度有用なレベルで使いこなせるのはこの人くらいだよ」

「買い被りすぎだ。私の魔法なんて大したものじゃない。それに、便利なことより不便なことの方が多いんだ」

 

 ふん、と鼻を鳴らして言う師匠。

 姿は違うのに態度が変わらないので少しだけほっとする。

 お陰で頭が少しは働いていて、僕はようやくこの人に関する謎に少し近づくことができた。

 あの日あの時、師匠が都合よく僕のところへ現れたのは、未来を予見していたからなんだ。

 

「師匠。あなたは知っていたんですか? 母さんが殺されることを。僕がリアと出会うことを」

 

 師匠はいつも通り、何を考えているのかわからない表情で僕を見ると、まったく関係ないことを言ってきた。

 

「しばらく見ない間により一層、女らしさに磨きがかかったな」

 

 

   ◇    ◇    ◇

 

 

 全力でぶん殴ってやろうかと思ったものの、魔女だと発覚した以上、勝てる気は全くしなかったのでしぶしぶ断念して。

 僕たちは店の奥にある生活スペースに移動することになった。

 二脚しかない椅子の片方には何の遠慮もなく師匠が座りこんだのは、もう一脚にはリアに座ってもらう。床に座るよりはマシだけど綺麗かどうかは怪しいその椅子にはコレットさんがハンカチを引いてスカートが汚れないようにしてくれた。

 

「あの、ですが、みなさまは?」

「気にしなくていいよー。わたしたちは慣れてるし、いざとなったら椅子なんて作ればいいんだから」

「相変わらず非常識なことをやっているようで」

「ドミニク様だってそのくらい普通にできるでしょうに」

「私は『ここ』ではそんな派手な魔法は使っていない」

 

 言って新しい煙草を咥える彼女。

 

「クリス、火」

「駄目です。リアがいるんですから遠慮してください」

「言うようになったじゃないか。女ができて少しは自信がついたか」

「っ」

 

 こいつ、どこまで知っているんだ。

 『予見の魔女』とかいう胡乱な二つ名を持っているらしい女を睨みつけていると、マノン先生がくすくすと笑いだした。

 

「二人がここでどんな風だったか少しわかってきたよ」

「まあ、不便な生活を送るうえでこの弟子は役に立ったね」

「僕はたまったものじゃなかったですけど……」

 

 と、ここでリアがおずおずと口を開いて、

 

「あの、ドミニク様? どうしてこのようなところで隠遁していらっしゃったのか、伺ってもよろしいでしょうか?」

「様、は不要ですよオリアーヌ殿下。私はしがない魔女です」

「オリアーヌ様のこともご存じとは」

「まあ、それなりに『予見』してはいたさ。この力も万能ではないが、ね」

 

 コレットさんからお土産を受け取った師匠は煙草の代わりとばかりにワインを一本さっそく開けて瓶のまま口をつけ、

 

「どこから説明しようか。……まず、私の『予見』は望んだ未来が見える便利なものじゃない。どのくらい先の未来が見えるかはわからないし、行動の結果によってはその未来が変わることもある」

 

 

   ◇    ◇    ◇

 

 

 『予見の魔女』ドミニク・ドゥプラの未来予知は彼女にしか使えない特殊な魔法だ。

 僕やリアの特異体質と似たようなものと考えればいいかもしれない。便利だけどデメリットもある。

 

「私に予知して欲しい、と求める者は後を絶たない。悪い予知が当たったと怒る者や、良い予知が外れたと嘆く者も」

 

 時には命を狙われることさえあったと師匠は語った。

 

「逆恨みじゃないですか」

「いや。……考えてもみろ。例えば誰かが死ぬ未来が見えたとする。私がそれを公言すれば犯人役にされた者はたまったものではないだろう」

 

 外れるかもしれないとはいえ「お前、将来人を殺すぞ」と言われたようなものだ。被害者予定の人物からは警戒されるだろうし、心ない誹謗中傷だってあるかもしれない。

 もっと言えば、本当にそれを計画中だった場合。

 計画を未然に防がれてしまうかもしれない。そうなれば「先にこいつを始末しておこう」となったとしても不思議じゃない。

 

「では、あなたはイヴォンヌ・マルチノンから逃れるためにここへ?」

「それもあります。ですが、それはついでですね。より恐れていたのは──」

 

 師匠はそこで言葉を切るとコレットさんを見た。

 師匠の指が振られ、マノン先生が指を鳴らし、クローデットが天に手のひらを突き出すと部屋のドアが閉じて風の結界が厳重に張られ、コレットさんに目隠しと耳栓が「これでもか」と厳重に施された。

 むーむーと呻くコレットさんをリアが心配そうに見つめるも大人たちはそれどころではない様子で、

 

「『永遠の魔女』?」

「ああ」

「ドミニク様には魔女の復活が見えていたと?」

「いや」

 

 なおもワインを煽りつつ首を振る師匠。

 

「当人の復活は見えていない。ただ、その暗躍らしきものは見えた。……そもそも私は『支配の魔女』の容姿を知らない。知っていたとしても、そいつが他人の身体を乗っ取るのでは意味がない」

 

 そうか。

 例えば師匠には「マノン先生が暴走する未来」が見えていたとして、それが実際には「支配の魔女に乗っ取られて操られるマノン先生」の可能性もあるわけだ。

 しかも未来が確定でもないとなれば警戒せざるを得ない。

 

「私が下手に動けば事態が悪化する恐れさえある」

 

 何もしなければ復活しなかった『支配の魔女』が師匠のせいで復活してしまう可能性もあった。

 

「だから私は身を隠し、最低限の介入だけを心掛けてきた。……シルヴェール・レルネに死の可能性を伝えたり、その息子を鍛えたり、やったのはせいぜいその程度だ」

「わりと介入してる気もするけど」

「クローデットが素直にクリスを引き取っていれば私が出張る必要もなかった。まあ、その場合、オリアーヌ様ではなくフォンタニエ家の娘のどちらかと恋仲になっていた可能性もあるが」

 

 僕がフランシーヌと恋人同士に……?

 想像してみたけれどまったく実感が湧かなかったので深く考えないことにした。

 

「じゃあ、母さんがクローデット様に連絡したのも師匠が伝えたせいだったんですね?」

「かもしれない。彼女なら自分でその程度、察知していてもおかしくはないが」

「シルちゃんはやっぱり『支配の魔女』を抱えていたってことでいいですか?」

「ある意味では正解で、ある意味では違う」

 

 師匠は首を振ると僕を見て、一瞬躊躇してから答えた。

 

「シルヴェールが抱えていたのは魔道具じゃない。『永遠の魔女』そのものだ。彼女は魔道具を持ち逃げしたのではなく、魔女に憑依されたまま何年もそれを抑え込み、生活し続けていたんだ」

「───」

 

 何を言われたのか理解するのに時間がかかった。

 これにマノン先生はため息をつき、首を振った。

 

「イヴォンヌはシルちゃんを『永遠の魔女』の依り代にしたんだ?」

「ああ。魔力量こそ心元ないが、『調律の魔女』の才能は本物だ。乗っ取られていれば厄介な化け物になっていただろう」

「でも、母さんは乗っ取られなかった……?」

「そうだ。類稀な技術を用いて魔女を抑え込んでいた。お前も全く気付かなかっただろう?」

「……はい」

 

 当時の僕は魔法のことさえろくに知らなかったからわからなくても無理はないけど。

 

「記憶だけの状態の『永遠の魔女』は言わば生きた魔法だ。『調律の魔女』とは相性が良かった。加えて、シルヴェールの元には魔法の天敵がいた」

「そうか、『魔力喰らい(マナ・イーター)』」

「ああ。クリスと身体的接触を行うたびに『支配の魔女』は不安定になる。もちろん、シルヴェールの魔力も同時に削られるわけだから過信は禁物だが」

 

 母さんの魔力を削り過ぎると逆に乗っ取られる原因になりかねない。

 だから僕の力は適度に魔女の力を削ぐために使われた。

 

「それでも、永遠に抵抗できるわけじゃない」

 

 十年以上の長きに渡って魔女の力を抑え込み続けていた母さんにもついに限界が来た。

 

「シルヴェールは魔女を抑えきれなくなったら自分ごと殺すつもりだった。あの事件は『そういうこと』だと私は考えている」

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