魔力喰らい 〜魔女の学園でただひとりの少年〜 作:緑茶わいん
「母さんが『永遠の魔女』に取り憑かれていた……」
だとしたら、母さんを死ぬ原因を作ったのはイヴォンヌということになる。
あの女が余計なことをしなければリアも母さんもこんなことにはならなかった。
母さんたちだけじゃない。
操られたせいで捕縛された魔女だって大勢いる。いったいあの女は「魔女の地位向上」なんていうことのために何人の人生を狂わせたのか。
「イヴォンヌ・マルチノンが憎いか、クリス?」
「はい。もちろん憎いです。この手で殺してやりたいくらいに」
ぐっと手を握る。
僕ならイヴォンヌに近づけるし、首を握って魔力放出するだけで殺せる。
明確にその光景を頭に浮かべていると「クリス様」とリアの心配そうな声が聞こえた。
我に返った僕は「大丈夫」と微笑んで、
「でも、もうあいつは死刑になるのが決まってます。今更どうこうしても仕方ない」
「そうだね。わざわざクリスちゃんが手を汚すまでもないよ」
マノン先生がにっこり笑う。
と、師匠はつまらなそうに息を吐いて、
「もし、イヴォンヌ・マルチノンが無罪放免になったらどうする?」
「やだなー、王家を敵に回してでもイヴォンヌを殺すに決まってるじゃないですか」
目が全く笑っていない。
僕だって似たようなもの──どうにかしてイヴォンヌだけでも倒そうとするだろうから人のことは言えないけれど。
「ドミニク様。そのような可能性が『予見』されたのですか?」
「ただ聞いただけだ。お前たちの立ち位置を確認するために、な」
いつの間にかワインは空になっていた。
「気をつけろ、クリス。あの魔女は生きているかもしれない」
「え……!?」
母さんごと殺されたはずの魔女が、生きてる?
思わぬ発言に僕は目を見開く。
先生もまたすっと目を細めて、
「話を聞く限り、乗り移れそうな相手はいなかったはずだけど」
「そうだな。クリスに乗り移るのは自殺行為だし、クローデットに乗り移ったのならとっくに行動を起こしているはずだ。……だが、クリス。お前は母親の死体をはっきり見たのか?」
「え、それはもちろん──」
僕はそこまで言ってから気づいた。
死体をはっきり確認する、とはどういう状態なのか。
僕が見たのは腕一本。後は潰れた肉と広がっていく血だけだ。あれが母さんの死体だったかどうかははっきりとわからない。
ついでに言えば、本当に即死だったのかどうかも。
「シルヴェールの遺体は村人が埋葬したんだろう。その中の誰かに乗り移っていたとしてもおかしくない。平民にも多少の魔力はある。比較的マシな身体を選んで緊急避難している可能性はある」
「クリスを引き取る際に確認しなかったのですか?」
「どう確認しろと言うんだ? 私は彼らの元の人格を知らない。クリスに尋ねようにも、向こうに気取られるように動けば逆に危険を導くかもしれない」
「……うん。もし、乗り移った人間の記憶さえ使えるとしたらクリスちゃんでさえわからないかもしれないしね」
救いなのは魔力量の少ない人間なら大したことはできないということ。
「出会う人間に次々乗り移っていたとしたら現在、誰の身体にいるかわかったものじゃないが。オリアーヌ様へたどり着くには三年では足りなかったのかもしれない」
「リアちゃんに乗り移るにはさすがにかなりの魔力量がいるはず。トップクラスの魔女の誰かを経由しないと駄目、か」
「あの。そもそもシルヴェール様は何故、周囲の方に相談しなかったのでしょうか? 現代の魔法ならなにかしら方法があったのでは……?」
「魔女が周りにいる、という状況そのものが危険だからね。連鎖的な乗っ取りを警戒したんじゃないかな。本格的な研究を行おうと思ったらシルちゃんも助けようとする方も無防備になりやすいし」
母さんが持てる魔力のほとんどを抵抗に費やしていたとしたら他の魔女との戦闘は避けたい。確実に信頼できる相手だけを傍に置くのはイヴォンヌの影響下では難しかったから、他に魔法の使い手のいない平凡な村に身を隠すのがちょうど良かった。
「マノン」
「うん。……これは陛下に相談しないとだね。ドミニク様もこの店はもう引き払った方がいいと思います」
「だろうな。仕方ないから『保護』してもらうとしようか。城か学園か、どちらかは受け入れてくれるだろう?」
「魔法院も人手不足ですので歓迎いたします」
こうして、師匠もまた表舞台に立つことになった。
「さっき言ったことは考え過ぎるなよ、クリス。単に可能性の問題だ。オリアーヌ様を守れるように励み、彼女から目を離さないでいればそれでいい」
「……わかりました。だったら、やることは今までと変わりません」
「そうだな」
師匠はふっと笑うとお土産の木箱を見て「これは大事に飲ませてもらう」と素直じゃない感謝の言葉を口にし、店をたたむために立ち上がった。
◇ ◇ ◇
「何がなんだかわかりませんが、リア様を誠心誠意護衛すればいいのでしょう?」
解放されたコレットさんは皆まで聞かず雰囲気で納得してくれた。
師匠のことはひとまずマノン先生へ任せることに。
僕たちは一足先に学園へ戻るとフォンタニエ家の馬車に乗って移動。戻る頃にはネリーはしっかりと荷物の積み込みを終えてくれていた。
なんと馬車五台からなる大がかりな移動である。
人数が多いので僕とネリーはクローデットおよび彼女のメイドと一緒に、リアはコレットさんやフォンタニエ家のメイドと一緒に別の馬車に乗り込んだ。
……これは、さすがに落ち着かないんだけど。
「緊張する必要はありません。貴方の家へ行くだけなのですから」
「それはそうですけど」
どっちかというとクローデットと一緒なのが気まずい。
と、彼女はしばらく黙り込んでから、
「公爵は男の子ができることを喜んでいました。……もっとも、貴方の場合、女の子扱いされるかもしれませんが」
「いや、えっと、すみません」
「………」
なんと答えたらいいのか。迷った末に謝るとクローデットはまた黙り込んでしまう。ネリーがそっと耳うちしてきて、
「ご主人様。今の笑うところだったんじゃないですか?」
「え? でも違ったら大惨事だよ?」
「笑うところです」
「………」
「………」
クローデット・フォンタニエ。
思ったよりもお茶目な人だったりするのかもしれない、と今更ながらに思った。
「公爵家は学園から近いですからあまり時間はかかりませんよ、ご主人様」
「そうなんだ」
「はい。お城に近い位置にあるので平民は近寄る機会さえないと思いますけど」
お城に近いんじゃ「学園から近い」とは言わないような気もする。このあたり、馬車を使うのが当たり前な貴族とは感覚がズレている。
「そういえば、ニーナの家に寄れなかったな」
「夏は長いのですから、外出すればいいでしょう」
「いいんですか?」
「私が休みもなく予定を詰め込むように見えますか?」
見えます。
僕が言葉もなく硬直したのを見て察したらしいクローデットはこほんと小さく咳ばらいをして、
「当家についてはどの程度知識を持っていますか?」
「最低限の知識しかないと思います。家族構成はネリーから聞きましたし、屋敷の様子についても教えてもらいましたけど」
あくまでも言葉で聞いただけなので地図を見たわけでも絵に描いてもらったわけでもない。どこまで役に立つかと言われると怪しいところだ。
「では、次女についても多少は知っているのですね」
「はい。ルシール・フォンタニエ様。フランシーヌ──お姉様と二歳違いだと」
「お姉様ですか。貴方がそう呼ぶのは似合いませんね」
まさかの母親にそう言われてしまった。
やっぱりフランシーヌのことは呼び捨てでいいかもしれない。文句を言われたら「クローデット様がこう言ってた」で対抗できる。
「そう。ルシィ──ルシールは現在十二歳。春生まれですので先に誕生日を迎えましたが、学年で言えば貴方たちと二年違いになるでしょう」
学園の入学資格に年齢はない。
極端なことを言えば赤ん坊でもお年寄りでも魔力さえあれば入学できる。ただ、卒業時に十六歳──適齢期を迎えられる十三歳に入学することが多い。
あんまり早く入っても試験で苦労するし、周りに合わせる方が運動能力の面でも得だ。
「優秀な子なんですよね?」
「ええ。貴方の母──シルヴェールを思い出すくらい、と言えばわかるかしら?」
「……それは」
わざわざそんな言い方をしなくてもいいだろうに。
ただ、この人が母さんを引き合いに出した以上、本当に優秀なのはわかった。秀才型なフランシーヌ(常人から見たら十分天才だけど)に対して天才型。一を聞いて十を知るタイプの子なんだろう。
「ルシールはフランシーヌに比べて素直だからすぐに打ち解けられるでしょう」
「……こう言ってますけど、奥様は自分に似ているフランシーヌ様が気になって仕方がないんですよ?」
「ネリー。しばらく目を離している間に随分とお喋りになったようですね?」
「ひっ」
『爆炎の魔女』──かつての雇い主からの冷ややかな言葉にびくっと身を震わせる彼女だったけど、クローデットは「仕方ない」というようにため息をついて、
「貴女はそれくらい肩の力を抜いている方がいいのかもしれませんね」
まさかのネリーをフォローする言葉を投げかけてくれたのだった。
◇ ◇ ◇
「……大きい」
馬車が停まった屋敷はレルネ家とは比べ物にならない広い敷地を持っていた。
噴水や迷路のような植え込みまである前庭に、白くて大きな屋敷。奥には中庭まであるのが窺える。もちろん手入れは隅々まで行き届いていて「お金が足りていない」雰囲気は全くない。
同じ貴族と言ってもここまで違うものか、と感心してしまうほど、フォンタニエ公爵家は立派なところだった。
「門の前まで全員で来ると大変だから一部だけですけど」
と、ネリーが評したにもかかわらず出迎えに来てくれた使用人は十人を超えていて、僕は「じゃあ全体だといったい何人……?」と恐ろしくなる。
汚れ一つないお仕着せを纏ったメイドたちが恭しく一礼するのを見てつい斜め後ろに目をやると、ネリーはいろんな意味で誇らしげに僕の傍に佇んでいた。
「お帰りなさいませ、奥様。ようこそお越しくださいましたオリアーヌ殿下、クリス様」
「ただいま戻りました」
当然ながら慣れているクローデットは優雅かつ静かな対応。
僕はどう答えたものか迷い、結局使用人たちに一礼して応えるとクローデットに続いて屋敷へと向かうことになった。
さっさと歩きだしたクローデットもリアに気を遣ってか歩調はゆっくり。
ちなみに荷物はメイドさんたちが運んでくれるので自分で持つ必要はない。これがお嬢様か、と、ネリーに世話されるようになって少しは慣れてきた僕でもさらに感動してしまう。
門の前から屋敷まではそれなりに距離があった。
ついきょろきょろと見渡してしまっていると、ネリーが「お行儀が悪いですよ」と頬を膨らませ、クローデットは「慌てなくとも好きなだけ見られるでしょう」とやんわり僕を咎めた。
そうして屋敷のドアが開かれ、
「お帰りなさい、お母様!」
ストレートの金髪をアップに結い上げた女の子が中から飛び出してきてクローデットに抱きつく。
慌てずそれを抱きしめたクローデットは軽く目を細めて「ルシィ」と女の子の名前を口にする。
「ただいま戻りました。ですが、少々はしたないですよ」
「ごめんなさい」
怒られてしまった、という風に微笑む姿も愛らしい。つられるようにリアが笑みをこぼし、コレットさんも口元を緩めた。
母親から身を離した少女はこっちを振り向いて──青い瞳と正面から目が合う。
にこり。
笑顔と共にスカートの端をつまんで会釈をした彼女は「はじめまして」と挨拶を始めた。
「ルシール・フォンタニエと申します。これからよろしくお願いいたします、お兄様」
新鮮な呼び名に、女の子にどきっとさせられるのとは少し違う、例えるなら小動物を愛でる時に近いような感情が湧き上がってきてつい頬が染まった。
慌ててこっちも挨拶。
「こちらこそ、初めまして。クリスです。よろしくお願いします、ルシール様」
すると少女──ルシールはきょとんと目を丸くして、
「ルシールとかルシィって呼んでください。お兄様の方が年上なんですから」
「あ、うん。……ありがとう、ルシィ」
相性で呼ぶと「はいっ」と再び笑顔。
なるほど、これは可愛い。礼儀正しいし明るいし人懐っこくて、ついつい頬が緩んでしまう。良い子だからこそ周りからも人気があるし、フランシーヌも気持ちの持って行き方に困ってあんなふうに尖ってしまったんだろう。
と、ルシールは首を傾げて、
「あ、でも、お兄様よりお姉様の方がいいですか?」
「いや、フランシーヌと紛らわしいし、お兄様でお願いできないかな」
スカートに視線を向けられた僕はここぞとばかりに少女へ頼み込んだ。