魔力喰らい 〜魔女の学園でただひとりの少年〜   作:緑茶わいん

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当主との対面

「クリス様のお部屋はこちらです」

 

 到着の後は屋敷内を簡単に案内してもらった。

 食堂、中庭など、よく使いそうな場所をメイドの先導で巡った後、僕とリアの部屋を教えてもらう。

 広すぎていっぺんには覚えきれそうにないけれど、僕にはネリーという頼もしい味方がついている。元フォンタニエ家のメイドである彼女は当然、屋敷の構造をよく知っているので安心だ。一方、コレットさんは早く覚えようと一生懸命になっていた。

 案内の間に荷物の運搬は終わっていたらしく、部屋の中にはいくつもの箱が置かれた状態。

 屋敷は生活用の区画、執務用の区画、使用人業務のための区画などに分かれていて、僕の部屋は一族の男性用の部屋があるあたりだった。

 

「広い……!」

 

 昼間過ごすための部屋と寝室が分かれている上に専用の浴室や衣裳部屋まで付いている。

 加えて専属の使用人用の部屋も。全部合わせると学園で使っている家の総面積よりも余裕で広い。

 もちろん掃除も行き届いているし、男性区画だけあって色味が抑え目で居心地も良さそうだ。

 

「お気に召しましたか?」

「もちろんです。こんな良い部屋を貰って本当にいいのかと思うくらい」

「男性用の部屋は余っておりますので、遠慮なくお使いいただくようにと旦那様からのご指示でございます」

 

 メイドさんが恭しくそう答えると、一緒に来てくれたルシールが「男の人はお父様しかいませんから」と笑った。

 

「先代の当主様は一緒に住んでいないんですか?」

「ええ。普段は別邸で過ごしておられます。自分たちがいては業務に支障をきたしかねないだろう、と」

「そうなんですね」

 

 母さんの実家──レルネ家は敷地内で同居していた。別に居を構えるだけのお金があるかどうか、というのもあるだろうけど、跡継ぎに安心して仕事を任せられるかどうか、というのもあったりするんだろうか。

 

「お兄様のお部屋が私たちと離れているのは少し寂しいですけど」

「クリス様はこう見えて男性ですからね」

 

 ルシールの呟きにコレットさんが楽しげに応えた。

 ちなみにリアの部屋は女性一族の部屋がある区画に与えられていた。客人用の部屋は屋敷の比較的手前の部分になるので、王族であるリアには相応しくないだろう、ということで配慮してくれた結果だ。

 フランシーヌやクローデットの部屋も近くにあるし、複数の使用人が頻繁に利用するのでトラブルがあっても対応しやすい。

 

「お兄様、お部屋に遊びに来てもいいですか?」

「うん、もちろんいいけど……」

「ルシール様、クリス様。異性の区画へ出入りする際は必ず使用人をお付けくださいませ。屋敷内とはいえ間違いが発生したと疑われぬようにご注意を」

「はぁい」

「わかりました」

 

 素直に答える僕たちを見てメイドさんは微笑を浮かべ、

 

「クリス様には既に交際相手がいらっしゃいますので、あまり心配はしておりません。決まりさえ守っていただければオリアーヌ様との逢瀬はどうぞご自由に」

「お、逢瀬って」

「お兄様、オリアーヌ様。恋のお話も是非聞かせてくださいね?」

 

 ルシールの無邪気な明るさはとても心が和むけれど、こういう時に追撃されるのはちょっと困る。

 真っ赤になった僕たちは年下の女の子相手にどうしていいかわからなくなり、メイドさんたちに「心配はなさそうですね」と言われてしまった。

 

「奥様の推薦ですし、お噂も窺っておりましたが、実際にお会いしてみてより安心いたしました。どうぞよろしくお願いいたします、クリス様」

「こちらこそよろしくお願いします」

 

 フォンタニエ家のメイドさんたちは本当に良い人たちばかりみたいだ。

 

「ネリーが粗相をしたのが嘘のようですね」

「わ、私だってフォンタニエ家の名に恥じない働きを──」

「ネリーの一件以来、使用人の勤務態度を改めて見直したのです。不真面目な者、熱心すぎて問題を起こしかねない者は再教育や解雇の処分となっております」

 

 解雇された人にも新しい雇い主を紹介したらしいけれど、公爵家の使用人を務めるというのもなかなか大変なようだ。

 

 

   ◇    ◇    ◇

 

 

 部屋に案内された後はいったんそれぞれの部屋で荷ほどきをすることに。

 

「では、お兄様。また後でお会いしましょうね」

 

 ルシールも自分の部屋に戻っていった。

 明るく無邪気な一方で礼儀作法もしっかりしていて、彼女の所作を見ていると年齢差を忘れそうになる。

 

「僕も頑張って習わないとなあ」

「そうですね。平民ならともかく、公爵家の一員としては作法も言葉遣いも不安があります」

「だよね」

 

 はっきり言ってくれるネリーに苦笑を返してから、

 

「さ、どれからやろうか」

 

 部屋の隅に置かれたいくつもの箱に視線を送ると、ネリーは「なに言ってるのこの人?」という顔をした。

 

「作業は私がしますのでご主人様はお寛ぎください」

「いや、いきなり寛げって言われても」

「では、お茶をお淹れしましょうか? このお部屋もすぐに生活できるよう整えられていますので今すぐにでもご用意できますが」

「……貴族ってすごいんだなあ」

 

 自分で積極的に動いて作業を片付ける。

 平民なら美徳になる行動だけど、貴族の場合は下手にやると「使用人の仕事を奪う主人」になってしまう。というか貴族の仕事に「自分の手を動かして荷物を片付ける」は含まれていないようだ。

 

「この機会だから人を使うことにも慣れてください。分類は指示していただければその通りにしますので、ご主人様は座っていてください」

「でも、荷物にはほら、下着とかもあるし」

「なにを今更。入浴のお手伝いもしていたのですから当然知っています」

「あー……。そういえばそうだよね」

 

 ネリーもずいぶん逞しくなったというか、なんというか。

 仕方なく席について作業を見守ることにした。椅子もしっかりかつゆったりした造りで、クッションまでついているので座っていてもお尻が痛くならない。

 淹れてもらった紅茶もリア用にお城から調達していたものには若干及ばないらしい──僕にはどっちが高いかはまったくわからなかった──上等なものだったし、どこからともかく茶菓子まで出てきてびっくりしてしまった。

 何か暇つぶしになるものがあるかと本棚を見てみると魔法の教本の他、初心者の僕でも読みやすそうな本が各種揃えられていた。

 そこで部屋のドアがノックされて、

 

「失礼いたします、クリス様」

 

 何人かの使用人が連れ立って入ってきた。

 メイドさんと執事さん、なんだけど衣装のデザインがそれぞれ違っている。どういうことだろう? と不思議に思った僕に、

 

「今度お世話をさせていただく使用人を決定したいのですが、その前にご相談がございます」

「相談、ですか?」

「ええ」

 

 公爵家の屋敷は広いし、生活にはいろいろと学園とは違う作業が必要になってくる。

 専属としてネリーがいるものの、一人では休憩する暇もない。学園にいる間は授業中という空き時間があるのでいろいろ用事も済ませられたけれど休み中はそうも言っていられないので、必然的にサポートする人員が必要になってくる。

 そこで何人かの使用人がつくことになるらしいのだけれど、

 

「その、クリス様には男性使用人と女性使用人のどちらをお付けするべきかと思いまして……」

「あー」

 

 確かにそれは難しいところだ。

 僕が学園から着てきたのは制服。持ってきた服も基本的に女性用だけど、着ている僕は男なわけで。

 着替えとかお風呂とかを考えたら当然、男性の使用人をつけてもらう方がいい。

 ただ、

 

「男性使用人はドレスの着付けや長い髪のお世話には基本的に不慣れです。……加えて言えば、女性用の服や下着を男性が扱うことに抵抗がある方もおりますので……」

「面倒をおかけしてすみません……」

「いいえ、そのようなことは。お一人お一人に寄り添う形でお世話をするのが使用人として当然でございます」

 

 男性使用人にも不便なところがある。

 かといって女性の使用人は普通、ネリーみたいに肝が据わっていない。いくら見た目が女の子みたいでも男の僕を世話したとなったら最悪、将来の結婚に関わってくるのでなかなか人選が難しい。

 

「ですので複数の候補を考えてまいりました」

 

 若い女性メイド。若い男性執事。結婚して出産経験もあるベテランメイド。それから、

 

「彼女──いえ、()にはメイドとしての教育を施しました。逆に()()には執事としての教育を。ある意味、クリス様のご事情に最も添える人材かと」

 

 仕様の異なるメイド服を着た女性もとい男性と、レディーススーツを纏った女性。

 執事さんのほうは男装ではあるけど男になりきっているわけではなく、格好いい女性といった感じ。一方、メイド服を纏った男性? のほうは、

 

「男の人……なんですか?」

 

 じっくり見ても年上の女の人にしか見えない。

 失礼と思いつつ視線を向け続けているとネリーが少し呆れたように、

 

「ご主人様が言うのも変な話だと思いますが」

「いや、うん。まあ。そうなんだけど」

 

 と、彼(?)はにっこり柔らかく微笑んで、

 

「私は幼少期の病で子供が残せない体質なのです。その影響か女性的な容姿を持っておりまして、であればいっそ、メイドとして力を発揮できれば、と」

「別の貴族家で働いていた彼をこの度雇い入れた次第です。いかがでしょうか、クリス様?」

 

 もちろん人格と能力は保証してくれるし後から変えることもできるという。

 

「そういうことなら……」

 

 僕は女装メイドと男装執事の二人をネリーのサポートにつけてもらうことにした。

 名前はシャル(女装メイド)とカミュ(男装執事)。

 二人ともネリーには及ばないものの魔力は持っているらしく、さっそく身体強化を使って荷物の仕分けに協力してくれる。

 見た目だと(僕含めて)女の子しかいない場なのに実際は男女二人ずつ……。

 なんかいろいろ感覚が狂いそうなことになってしまったけれど、だいたい元凶は僕なのであまり偉そうなことは言えない。

 

 

   ◇    ◇    ◇

 

 

「初めまして、クリス。私がフォンタニエ家当主サミュエル・フォンタニエだ」

 

 クローデットの夫、現フォンタニエ公爵とはその日の夕食時に初めて顔を合わせた。

 フォンタニエ公爵サミュエルはすらりとした細身の美形男性だった。纏うスーツは端々に柔らかさや華やかさが見え、浮かべる笑顔もどこか優しい。

 初めて会った僕に自分から笑いかけて手を差し出してくれる彼の姿に僕は思わず見惚れて、

 

「どうかしたかな?」

「っ。す、すみません。こんなに綺麗な人だとは思ってなかったので」

「はは。そう言ってもらえると嬉しいな」

 

 手を握り返すと、力仕事なんてしたことなさそうな感触。

 

「昔から剣もからきしでね。家や国の大事に戦えるのか、と揶揄されたものだ。そのせいか、君の話を聞いて同士を見つけたような気分になったんだ」

 

 これにクローデットがため息をついて、

 

「位の高い貴族家ほど細身の男性が生まれやすい傾向にあります。一説では『魔力自体が女を好むため』ということですが、当家は特にその傾向が顕著だというだけのこと」

 

 高位の貴族家からは優秀な魔女が生まれやすい。男子だって(男子の中では)高い魔力の持ち主が生まれやすいはずで、つまり。

 

「……あれ? もしかして、僕がこういう見た目なのって魔力のせいだったりしますか?」

「男性に一定以上の魔力持ちがいない理由を考えれば、可能性は高いでしょうね。……もっとも、魔力の保有量を任意に上下できる存在が他にいませんから検証は難しいですが」

 

 男女の魔力格差が本当に「男は高い魔力を持てない」のだとしたら、無理やり魔力量を引き上げている僕は、

 

「お兄様は、お姉様になるんですか?」

「さ、さすがにそれは」

「絶対にないとは言い切れないでしょう。……特に成長著しい今の時期は今後に大きく影響するはず」

 

 それはもっと早く教えて欲しかったような。

 

「……クリス様」

 

 少し不安そうな顔をしたリアがこっちを見つめる。

 コレットさんもこれには眉を下げて、

 

「クリス様の男性機能が失われてしまうのは困るのですが」

「そこまで切羽詰まった話なんですか……!?」

「はは。マノン様がいれば『なくなったら生やせばいいじゃない』と言いそうだね」

 

 先生なら確かに言いそうで怖い。

 というかそんなことができるのか──って、魔法で若返る魔女がいるんだからそのくらいはできるのか。つくづく上位の魔女というのは常識から外れている。

 僕も、魔力を減らして生活しないとそういう人たちの仲間入りをしてしまうのかと思うと。

 

 まあ、それでもいいかな。

 

「もともと女っぽいって言われてましたし、今更本当に女の子になっても大して変わらないかもしれませんね」

 

 僕はあまり深刻に考えないことにしてフォンタニエ夫妻にそう答えた。

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