魔力喰らい 〜魔女の学園でただひとりの少年〜 作:緑茶わいん
「でも、本当にいいのかい? 私が言うのもなんだけど、男の尊厳だろう?」
「いいんです。……まあ、嫌は嫌ですけど死ぬわけじゃないですし」
公爵家の料理はフランシーヌが自慢するだけあって絶品だった。
毎日こんな料理が食べられたら太ってしまいそうだ、と正直に口にすると、サミュエルさんは嬉しそうに笑って「バランスは考えられているから大丈夫だよ」と言っていた。
「あ、でも、リアが嫌ならもちろん考えるけど──」
「わ、わたくしですか?」
水を向けられたリアが目に見えて狼狽える。
恋人同士なわけだし当然だと思うんだけど……。
コレットさんが悪戯っぽく笑って、
「将来結婚なさるのであれば大事なことです。男らしい方が好みであればきちんと主張した方がいいかと」
「こ、コレット! わたくしが男性を苦手としているのは知っているでしょう……!?」
やんわりと専属メイドを窘めたリアは遠慮がちに僕を見て、
「女性になられてもクリス様はクリス様です。わたくしとしては何の問題もありません」
「リア。……そっか、良かった」
「ですが、その。できれば将来子供は欲しいと思いますので、なんと申しますか……」
真っ赤になった少女がなにを言わんとしているか理解した僕はなんとも言えない気持ちになって「う、うん」と答えた。
するとクローデットが表情を変えないままに口を開いて、
「魔女同士で子を成した例もごく少数ですが存在します。夫が言っていたように、マノンにでも相談してみると良いでしょう」
「おや。クローデットは協力してあげないのかい?」
「私には必要のない魔法ですから」
さらっと答えるクローデット。
確かに、二人も子供を産んでいるわけだし夫婦仲は悪くないんだろう。家の繫栄を考えたらもっと子供がいてもいいくらいだけど……さすがに「三人目は作らないんですか?」とは聞けない。僕にもそのくらいの分別はある。
「そもそも、本当にクリスが女性化するのかもわかりません。むしろ貴方の変化を記録して資料化する必要があるかもしれませんね」
「ふむ。研究の種は尽きないね。ところで、魔法院の方はどうだい?」
「作業自体は順調ですが、課題が山積みですので当分は忙しくなりそうです。特に人員の不足については早急に対処すべきでしょう」
「とはいえ、思想の不明確な者を招き入れては同じ事の繰り返しだろう?」
「ですので、家柄や人間関係の面で問題がなく、実力のある在野の魔女をスカウトすることになるでしょうね」
食事を続けながら交わされる話題もなかなか興味深い。
ルシールが「難しくてよくわからない」という顔をしているのがちょっと可哀想だけど、僕やリアに聞かせるためにわざと口に出しているという面もあるのかもしれない。
それにしても人手不足という意味では師匠はちょうどいい人材だろう。
さんざん人をこき使った分、クローデットにこき使われればいいと思う。
「さて。クリスの養子の件だけれど」
「私は賛成です!」
すかさず答えてくれるルシール。
サミュエルさんはこれににっこり笑って応じると深く頷いて、
「陛下からの要請でもあるし、クローデットも了承した件だ。よほどのことがない限り破談にする気はなかった。実際に会ってみたクリスも良い子だしね」
「じゃあ……!」
「うん。正式に養子になってもらおうと思う」
本当にこの人たちと家族になるんだ。
いよいよ実感が湧いてきて胸が苦しくなる。
クローデットも、フランシーヌも、ルシールも、サミュエルさんも良い人で、僕としてはもちろん願ってもない。フォンタニエ家は母さんが頼った家でもあるわけだから、きっと母さんも喜んでくれるはず。
「ありがとうございます」
僕は深く頭を下げてお礼を言ってから、
「あの、それで、具体的にはどうしたらいいんですか?」
「特に難しい手続きは必要ないよ。二部、同じ書類を用意して当家と城で一部ずつ保管する。この書類もいざという時の証拠にするためであって必須じゃない」
受け入れ先の家が「この子を養子にしました」と認めればそれでおしまいらしい。
特に儀式めいたものも必要ないようで「食後にサインをしてもらおうか」とこの場であっさり養子縁組が確定する流れになった。
「意外と簡単なんですね」
「そうだね。だから、本当の意味でこの家の子になるのは『お披露目』の時になるかな」
「お披露目、ですか?」
「子供を社交界に認知させるために催す宴のことです。これをもって正式に所属を認められると言ってもいいでしょう」
「私とお姉様も八歳の時にパーティしてもらったんですよ」
養子の場合は小さいうちに、というわけにはいかないので、家に迎え入れた後で頃合いを見計らってお披露目することになる。
「夏の間に行うのは難しいから冬の休み中にしようか」
「招待状の送付を始めなければなりませんね」
お披露目は一つの節目だけど、お披露目を開くと周りに周知した段階で「新しい子供ができました」と宣言しているのと同じだ。
なので他家に招待状が送られ始めた段階で本決まりと考えてもいい。
「安心していいですよ、ご主人様。フォンタニエ家はだまし討ちのような真似はしませんから、お披露目だと思ったら関係ないパーティだった、なんてことには絶対になりません」
「うん。ネリーもありがとう」
あらためて、レルネ家に養子になっていた場合のイメージがひどいことになると同時に、この家なら大丈夫だという安心感も広がった。
◇ ◇ ◇
「お帰りなさいませ、フランシーヌお嬢様」
「お帰りなさい、お姉様!」
「お帰り、フランシーヌ」
翌日にはフランシーヌも学園から帰ってきた。
僕はメイドさんたちやルシール、リアと一緒に彼女を出迎える。サミュエルさんとクローデットは忙しいらしく、あいにく外に出ていたけれど、令嬢は特にこれを気にする様子もなく玄関ホールを見渡して、
「ただいま戻ったわ。……あら、クリス。『お姉様』はどうしたのかしら?」
いきなりそこなんだ。
「クローデット様から『お姉様』は似合わないって言われたんだよ。だからこの方がいいかなって」
「そう。お母様が……」
紅の目をすっと細めた令嬢は納得するようなそぶりを見せた後、
「お母様の言うことなら素直に聞くのね」
「僕にどうしろと」
「お姉様、お兄様と喧嘩しないでください」
「別に喧嘩しているわけじゃないわ」
すると、フランシーヌはルシールを振り返った。
優秀な妹。
比較して馬鹿にしようとする声も前に聞いた。フランシーヌとしては複雑な気持ちだろうけど、いったいどうなるのか。
あまり辛辣な態度をとるようなら割って入った方がいいか、と思っていると、
「ただいま、ルシィ。……また少し大きくなったかしら?」
「お姉様っ」
彼女は慈愛の笑みを浮かべて妹の頭を撫でた。
ルシールの髪はサミュエルさんに似た明るい金髪。色味で言ったら銀髪のリアのほうがまだ近いかもしれないくらいだけど、顔立ちはよく見ると似ているところがある。
どうやら姉妹仲も問題なさそうだ。
使用人も二人の様子を遠巻きに見つめながらほっとした様子。
次期当主をルシールにしたい派、フランシーヌにしたい派に分かれてはいても、姉妹のいがみ合いが見たいわけではないのかもしれない。
「お姉様、私、また魔法が上手になったの。見てくれる?」
「ええ、もちろん。荷物が片付いたら部屋に行くわ」
「やったあ」
姉の前だからか、ルシールは特にはしゃいでいた。
ついつい二人の様子を黙って見守っていると、ジト目になった令嬢がこっちを見て、
「……私がルシィをいじめるとでも思った?」
「いや、うん、まあ。わりと」
「そんなことするはずないでしょう。……そういう時期は誰かさんのお陰で過ぎたのよ」
小声でやり取りしたため、ルシールにはその内容は聞こえなかったようで、
「お姉様とお兄様は仲良しなんですね?」
「ルシィ」
「ええ、その通りです」
「リアまで」
僕とフランシーヌは「喧嘩するほど仲がいい関係」ということにされてしまった。
◇ ◇ ◇
フランシーヌが帰ってきた日の午後には使用人を介して僕の勉強メニューが発表された。
見た目は女の人にしか見えない女装メイドのシャルがすらすらと読み上げたその内容は、
「午前中は魔法史、魔法理論、国の歴史、世界の歴史について家庭教師による授業。昼食を挟んで礼儀作法およびダンスの授業を行い、ティータイムの後は魔法の実技練習を行っていただきます」
「うわ。学園にいる時より勉強時間が長いかも」
思わず悲鳴を上げると、シャルはにっこり笑って、
「三日間のお勉強ごとに一日お休みするように指示を受けております。これでしたら学園よりも緩やかなスケジュールでしょう?」
「そうだね。学園では六日勉強して一日休みだったから」
もちろん、勉強をぎっしり詰め込んでいたわけじゃないので一概には言えないけど、
「家庭教師に教わるってどんな感じなのかな?」
「先生との相性もありますし一概には言えませんが、大人数での座学よりも捗る場合が多いかと。クリス様の理解に合わせて教えていただけますから」
「そっか。わからないところを質問しても他の人に迷惑がかからないんだ」
学園ではあまり質問しすぎると授業を止めてしまうことになるし、質問する時も要点をまとめておかないとわけのわからない質問になってしまいかねない。
それを思うと家庭教師との一対一の授業はやりやすそうだ。
「そんなに便利ならもっと流行ればいいのに」
「教師の数には限りがありますからね。学園も元は魔女による私塾のような場所だったという話です」
優秀な魔女のところに弟子が集まって私塾が大きくなるにつれて少人数での授業はできなくなって、より効率的に多くの魔女を育成する方法が模索されるようになった。
その結果、優秀な成績を収めるには事前に家庭教師をつけて勉強しておくのがほぼ必須になっているのは皮肉というかなんというかだけど、家庭教師は「学園の教師までは無理だけど子供に教えるくらいならできる」みたいな魔女の受け皿にもなっていて上手く回っているらしい。
「当家が招聘している家庭教師は一線を退いた上級の魔女ですので学園の教師陣と比較しても遜色ないかと」
「そうなんだ。さすが公爵家」
勉強は明日からということで今日まではお休みというか準備のための時間。
ネリーは荷ほどきを終えた後もいろいろと動き回って部屋をより使いやすいように整えているし、シャルともう一人、男装執事のカミュもネリーの仕事ぶりを見ながら僕に合わせた仕事の仕方を模索してくれている。
「身の回りのお世話は私かネリー、カミュが分担して担当させていただきます。クリス様は私がお身体に触れることに抵抗はございますか?」
「大丈夫。……っていうかシャルさ、シャルが男の人だって忘れそうになるくらいで」
「それは光栄です」
くすりと笑うシャル。その姿は本当に女性にしか見えない。
そう言う僕も学園から持ってきた動きやすい女の子用のワンピースなので「どんな会話」だっていう感じだけれど。
「シャルは男の世話をするの嫌じゃない?」
「もちろんでございます。私もこう見えて男ですので慣れておりますし、その、クリス様は他人の気がいたしませんので、むしろ光栄と感じております」
「良かった」
ネリーと一緒に作業していたカミュもこっちを振り返って、
「私はシャルとは逆に男性のお世話もこなせるように教育を受けております。どうぞご遠慮なく、なんなりとご命令くださいませ」
「二人ともありがとう。すごく助かるよ」
「とんでもございません。クリス様のお陰で公爵家に雇用されることができたのですから、むしろいくら感謝してもし足りません」
公爵家なんて城の次に好待遇の働き口だ。
シャルは身体のことがあるので結婚する気はないらしいし、カミュもその特殊な技能を生かして仕事を頑張るつもりらしい。
僕みたいな特殊な人間を世話してもらうには二人はうってつけの人材かもしれない。
「お休み中にはフランシーヌ様の誕生パーティも予定されております。クリス様にも参加していただくことになりますので、今のうちに心の準備をお願いいたします」
「うん。今のうちからダンスや礼儀作法を勉強しておかないとだね」
ドレスを着ることも多い関係上、できれば男役と女役の両方こなせるようになっておきたい。難易度が倍以上になるので絶対大変だけれど、これも貴族社会で上手くやっていくためだ。
「……そういえば、誕生日か」
リアの十七歳の誕生日はいつなんだろう。
プレゼントなんて何も用意していない。もう過ぎてしまっていたら、あるいはすぐ近くだったらと心配になった僕は、余裕のある今日のうちにリアの部屋を訪ねて聞いてみることにした。