魔力喰らい 〜魔女の学園でただひとりの少年〜   作:緑茶わいん

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公爵家での日々

「わたくしの誕生日は冬です。ですので、まだ先の話ですね」

「そっか。それなら本当に良かった……」

 

 ネリーを連れてリアの部屋に向かうと、言われていた通り屋敷の使用人からも特に咎められることもなく受け入れられた。

 ちなみにメイドたちのアドバイスから、先に「部屋に行ってもいいか」という確認を取ってもらった上での訪問。

 これは普段、同じ家で暮らしている僕にとって盲点だった。

 

『女性はいろいろと準備があるものなんです。きちんと配慮して差し上げなくては』

 

 化粧なし、着飾っていない状態でもリアは綺麗だと思うんだけど「そういう問題じゃありません」とのこと。

 リアに宛がわれた部屋は僕の部屋よりもだいぶ女の子らしい内装だ。

 これは急遽整えたんだろうか? だとしたらどれくらいお金がかかったのか……ちょっともう想像がつかない。

 ちなみに僕の部屋と同じで寝室と普段使いの部屋等が分かれているので、寝室や浴室は見られていない。いや、別にどうしても見たいわけでもないけれど。

 

 テーブルを挟んで向かいに座ったリアは可愛らしく首を傾げて、

 

「あの、もしかして、祝ってくださるのですか?」

「もちろん。僕とリアは付き合ってるわけだし。何もしないわけにはいかないよ」

 

 平民の間でも「生まれた日を祝う」という風習はある。

 お金はないのでプレゼントはその辺で摘んできた花を贈るとか、いつもより少しだけ豪華な料理を作るとか、自分で作った木製品を渡すとかそれくらいになることが多いけど、今の僕だったらもうちょっと気の利いた贈り物も十分できる。

 物によっては調達するのに時間がかかるかもしれないし、リアが冬生まれだったのは良かった。

 リアは「……そうですか」と深く頷いて、両手を胸の前に置いた。

 

「学園に通い始める前は『次の誕生日を迎えられないかもしれない』と思っていました。……ですが、今は大切な人と誕生日のお祝いについて話し合える。わたくしは本当に幸せ者です」

「あら。この程度で幸せだって言っていてはいけませんよ、リア様」

 

 微笑ましそうに見守っていたコレットさんが少し冗談めかして言う。

 

「せっかくのお誕生日なのですから盛大にお祝いしましょう。もちろんコレットも腕を奮わせていただきます」

「コレットさん。リアの誕生日ってお城でやったりするんでしょうか?」

「どうでしょう。なんらかの形で開催される可能性は高いと思いますが……フォンタニエ家でお祝いしたい、と希望すれば通るのではないでしょうか」

 

 リアには兄や姉が複数人いる。

 王族の誕生パーティを一通り行うだけでも年にかなりの数のパーティが開かれることになるわけで、節目の歳以外、場合によっては親しい相手だけを招いた小規模なパーティにすることもある。特にリアは王位継承権下位の王女なので無理に顔を広める必要もない。

 

「大々的にパーティを行うよりもかえって気楽かもしれませんし、小規模のパーティも悪いものではありませんよ」

 

 僕とリアの場合は交際が公表されているので僕主導でパーティを開いても問題視はされない。

 フォンタニエ家を使う場合は相談が必要だけど、なんとなく「ノー」とは言われない気がする。

 

「あの、わたくしは祝ってもらえるだけで十分なのですけれど……」

「いけません! リア様には『これでもか』と幸せになっていただかなくては」

「そうだよ、リア。遠慮しないで、欲しいものがあったら言ってよ」

「───」

 

 少女は青色の目を細めて、少し考えるようにしてから、

 

「では、パーティを学園で開いていただくことはできないでしょうか?」

「学園で?」

「はい。ニーナさんたち、学園のお友達にも参加していただきたいので」

「……そっか。それもそうだね」

 

 平民のニーナたちが城やフォンタニエ家に招待されようものならきっと大慌てだ。

 僕はなんかこう、なし崩しに慣れてしまったし、一応母さんは男爵家の令嬢だったわけだし、今は公爵家の子供だからいいんだけど、普通は平民がお城や公爵家に行くとなったら細心の注意を払う。家族全員のへそくりをかき集めてドレスを作っても全く安心できないレベルだ。

 そう考えると学園内で部屋を借りてドレスコードを「生徒は制服」とした方が気楽に参加してもらえるかもしれない。

 

「食堂の個室とかなら前みたいに借りられそうだし、もう少し大きいところなら……マノン先生に相談すればなんとかなるかな」

「学園の施設ならかなり融通がきくはずです。むしろ外部からの招待客受け入れのほうが問題かもしれませんね」

 

 あまり外から人を入れるのは……となるようなら最小限の人だけを招待すればいい。

 クローデットやサミュエルさんが来る分には問題ないだろうし、リアの友達はほとんどが生徒、ルシールは僕の家族枠で呼べると思う。

 

「楽しそうですね」

 

 笑みを浮かべて呟くリア。

 良かった。楽しみにしてもらえそうだ。

 

「そうだ。昨夜は魔力を受け取れなかったよね。溜まってない?」

 

 安心してパーティを迎えるためには体調管理も重要だ。

 きちんと魔力を減らして万全にしておかないと、と思って声をかけると、リアは何故か頬を染めながら「そうですね」と答えた。

 

「少し溜まり気味かもしれません。まだ体調は問題ありませんが……受け取っていただけますか、クリス様」

「うん」

 

 頷くと、リアは椅子からゆっくりと立ち上がる。

 手袋を用意するのかな、と思っていると、不思議そうな彼女と目が合う。

 

「あ」

「っ」

 

 お互いに「どうやって」魔力の受け渡しをするつもりなのか、認識の齟齬があったことに遅れて気づいた。

 その、うん。

 あれから何度か唇の接触で受け渡しをしていたのは事実で、恋人同士っぽくてドキドキするのもあって僕もかなり楽しんではいたんだけど……まさかリアの方からそうしたい、と思ってくれているとは思わなかった。

 同時に彼女へ恥ずかしい思いをさせてしまったことが申し訳なくなって「ご、ごめん」と慌てて立ち上がる。

 

「もうっ、クリス様? リア様に恥をかかせてはいけませんよ」

「すみません……」

 

 コレットさんとネリーがいるところで普通にキスするのは抵抗がある、っていうのも理由の一つだったんだけど、ここは口に出さないでおく。

 

「じゃあ、リア」

「……はい」

 

 肩に手を置くと、少女はぴくっと小さく身を震わせる。

 嫌がってるんじゃなくて緊張してるんだってことは顔を見ればわかった。

 真っ赤な顔。潤んだ瞳。

 今すぐ抱きしめて強引に唇を奪ってしまいたくなるけれど、衝動を抑えてそっと身体を抱き寄せる。

 目を閉じて無防備になったリアの唇に自分の唇を重ねて。

 

 ──気づくとネリーたちのことは意識から離れていた。

 

 温もり。柔らかさ。唇を通して流れ込んでくる熱くて甘い魔力に僕は微睡みにも酒を飲んだ時にも似た恍惚を覚える。

 いつまででもこうしていたい。

 キスをしていると時間の流れが曖昧になるのが難点だ。どのくらい魔力を吸ったのか判断できないので、ついやりすぎてしまったり少なすぎたりしてしまう。

 どのくらいで唇を離せばいいだろう。

 何度かキスしてもなお良くならない判断力に我ながら呆れつつ、好きな女の子との幸せな時間を味わって──。

 

「んっ……」

「っ!?」

 

 思いきったように僕の唇から侵入してきたものに思考がかき乱された。

 ただ触れ合うだけのそれとは違う、一歩進んだキス。

 身体の内側はさらに魔力効率がいいのか、僕は口内に「それ」が軽く触れただけでぴくんと身を震わせてしまう。なおも攻め込まれれば堪えるのは不可能で、ほんの数十秒程度だったはずなのに、唇が離れた時には息も絶え絶えになっていた。

 リアのほうも白い肌を上気させて少し息を乱していて、コレットさんとネリーは目を顔で覆うフリをしながらしっかりこっちを凝視していた。

 

「……リア様、大胆です」

「ご主人様。その表情はさすがに問題があるので、次からは寝室でお願いします」

「ん……っ」

 

 答えようとした僕は身体に力が入らないのを感じて──崩れ落ちそうになったところをネリーが慌てて支えてくれた。

 

「クリス様っ!?」

「大丈夫、ちょっと力が抜けただけだから。……うん、次からは椅子の上とかベッドの上のほうがいいかも」

「っ」

 

 果たしてその場合、キスだけで済むのか。

 僕と同じことをリアが考えたかどうかはわからないけれど、僕たちの間になんとも言えない空気が流れて──。

 部屋のドアがノックされる音が室内に響いた。

 はっと顔を上げるリア。

 

「そうでした。ルシールさんと約束をしていたのです」

「え」

「大変です。ネリー、クリス様を椅子までお運びしてください」

「え、ご主人様、それなりに重いんですけど」

「いや、身体強化使えばそれくらいいけるよね……?」

 

 無駄にわたわたしつつ部屋の中へと迎え入れると、ルシールは、椅子に座ったもののまだ顔の赤い僕を見て「あれ? お兄様、どうしたんですか?」と首を傾げた。

 

「なんでもないよ。それより、リアとなんの約束をしてたの?」

「あっ……はいっ。お姉様に魔法を見せるのでリア様も一緒にどうかと。せっかくですからお兄様もどうですか?」

 

 

   ◇    ◇    ◇

 

 

「だからと言って本当に来なくてもいいと思うのですけれど」

「ごめん。でも、僕も見てみたかったから」

 

 ルシールの私室は少女のイメージ通り、可愛らしくもどこか品のある部屋だった。

 私物はきちんと整理整頓されていて真面目な印象もある。

 部屋には既にフランシーヌがいて、優雅にティーカップを傾けていた。それから僕を見るなり嫌味をひとこと。でも、本当に追い出すつもりはないみたいで「まあ、いいですけれど」とあっさり流した。

 

「それにしても、貴方が家にいるというのも不思議な気分ですわね」

「うん。僕は初めてのことばかりで緊張してるよ」

「早めに慣れなさい。幸い、容姿自体は浮くほど悪くはないのですから」

「もう、お姉様ったら。どうしてお兄様にはそんなに強く当たるの?」

「クリスには遠慮する必要がないからかしら」

 

 さらっと答えたフランシーヌは残った紅茶を飲み干すと「準備はいいかしら?」と妹に問いかける。

 

「はい、お姉様」

 

 僕とリアにも椅子が用意されて、ルシールは僕たちから少し離れたところに立った。

 十一歳の女の子。

 天才と呼ばれてフランシーヌと比較される彼女の魔法とはどういうものなのか、緊張と期待を抱いていると、部屋の窓の半分がカーテンに覆われる。

 ルシールの専属とフランシーヌの専属、それからネリーが協力して動いたのだ。当然、部屋は日中だというのに少し薄暗くなるのだけれど、ルシールはそれでいいとばかりに微笑んで、

 

「じゃあ、いくねっ。……《明かりよ》」

 

 宙に、ぽう、と小さな光の球を浮かべた。

 

「あ……っ!」

 

 リアが目を輝かせて歓声を上げる。

 光の球、それ自体は大したものじゃない。球、と認識できるのは光量がかなり抑え目だからだし、明かりの魔法は便利なぶん研究も盛んで、比較的簡単に習得できる。

 ただ、あらかじめ暗くしてから使われたことで綺麗に見えるし、なんの危険もない平和的な魔法だった安心感も良い印象の助けになっている。

 そして、光の球はさらにもう一つ生み出されて、

 

「へえ」

 

 紅の髪の令嬢が感嘆するのと同時に球が三つになった。

 一つずつ、ルシールの周囲を取り巻くように増えていった光の球は最終的に六つまで増えて、

 

「えいっ」

 

 少女の声と共に光の軌跡を残しながら宙を舞い始めた。

 

「……すごい」

 

 全部が同じ動きをするんじゃなくて、一つ一つにランダム性がある。そのお陰で描かれる軌跡の形が一秒ごとに変わって目に楽しい。

 これ、ちゃんと制御するのはかなり大変だ。

 魔力消費量の少ない魔法でやっているからこそ、というのはあるだろうけど、これだけの制御能力があれば将来、攻撃魔法にだって応用できる。例えばあの光の球一つ一つに十分な威力があって、それぞれ違う軌道で飛んできたら全部かわすのは至難の業だろう。

 

 なるほど。

 

 天才と言われるのもよくわかる。これで入学まであと一年半以上もあるんだから末恐ろしいとしか言いようがない。

 二学年下の首席はルシールかもしれない、と今からそんな風に思えてしまう。

 と、フランシーヌがこっちに視線を向けてきて、

 

「どうかしら? 私の自慢の妹は」

「すごいよ。さすがフランシーヌの妹だね」

 

 僕は彼女へ心からの答えを返した。

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