魔力喰らい 〜魔女の学園でただひとりの少年〜 作:緑茶わいん
「私なんてまだまだです。お姉様やお兄様には敵いません」
はにかみながら答えたルシールは「お兄様も凄い力をお持ちなのですよね?」と上目遣いに尋ねてきた。
僕の代わりにフランシーヌがそれに応じて、
「クリスの力は非常識と言っていいわ。ルシィ、くれぐれも素手で触れないように」
「言い方がひどくないかな。いや、あんまり威張るつもりもないけど……」
説明するより実際に見せた方が早い。
ルシールに明かりを一つ飛ばしてもらうと、僕はそれを素手で掴んだ。もちろん、普通なら明かりが見えなくなるだけ。
けれど、僕が手を開くと明かりは完全に消えていた。
「クリス様の『
「私も幾度となく手を焼かされました。まさに魔女の天敵ね」
一生懸命練習して覚えた魔法をただ触れただけで消されてしまう。
魔女にとってはたまったものじゃないはずで、そういう意味では忌避されてもおかしくない能力だけど……。
「すごいです!」
ルシールは目をきらきらさせて僕に駆け寄ってきた。
「お兄様はこの力でオリアーヌ様を救ったのですね? 素敵です!」
「あれ、えっと、その話って有名なのかな?」
「お父様もお母様も知っていましたし、お姉様もお手紙で教えてくれましたけど……?」
「へえ、そうなんだ」
フランシーヌもきちんと姉妹の交流をしていたらしい。やっぱり素直じゃないだけでいい子なんだよな、と思っていると、視線を感じたらしい令嬢が「なによ」と鋭い視線を送ってきた。
こほん、と咳払いがあって、
「まあ、失敗作の魔道具を安全に処理するためにも役立つものね。そういった意味では重宝する能力と言ってもいいんじゃないかしら」
「お城や学園からの依頼品も減らさないとなあ」
だいぶ頑張って片付けたものの、全部、とはいかなかったので屋敷にも持ち込んでいる。
というか日々追加分が届くので終わる気がしない。
これに関しては日課のごとく処理していくしかないだろう。
「クリス。貴方はそろそろ魔力放出や身体強化以外の魔法を覚えなさい。魔力操作自体は上手いのですから習得は難しくないはずでしょう?」
「そうだね。せっかく先生をつけてもらったんだから頑張って覚えるよ」
差しあたっては空を飛べるようになりたい。
飛べるようになると移動の時にとても便利だ。後は火をつけるとか水を出すとかの生活に役立つ魔法も覚えておきたい。
「オリアーヌ様はお屋敷でなにをするんですか?」
「ルシールさん、リア、で構いませんよ」
「あ、じゃあリア様って呼びますねっ」
ルシールと心温まるやりとりをしたリアは少し考えるようにしてから、
「わたくしにはクリス様のような役割がないのです。ですから、あまりやることも……。書庫をお借りして読書量を増やし、知識を蓄えられればと思っております」
「座学じゃリアに絶対敵わないし、最近は先輩たちからも頼りにされてるじゃない」
主にミシェル先輩だけど、シビル先輩やフェリシー先輩も知識を確認するようにリアに尋ねる場面がちょくちょく出てきている。
知識特化の魔女というのも馬鹿にはできない。
知っていることが多いということはそこから答えを導きさせる可能性も高いということだ。
「わたくしなんてまだまだです。……少しでも自分を高めるためにも、弓の練習もしておきたいですね」
「弓? リア様、狩りをするんですか?」
「狩りのためではなく護身のためよ。オリアーヌ様は専用の魔道具を持っているの」
フランシーヌは「練習なら中庭をお使いください」とリアに言ってくれる。
「私たちも魔法の訓練に使っております。的の用意もありますし、周辺の構造物には念入りに強化を施しておりますのでうってつけかと」
「ありがとうございます。ありがたく使わせていただきますね」
フランシーヌもこの夏休みは自分を高めることに充てるつもりらしい。
僕と違って基礎はとっくに終わっているので、基本的には自分で考えて腕を磨いていくことになる。自由時間の多い休みの間は魔法の特訓もしやすいので、休みが明ける頃には一段と腕を上げていることだろう。
「僕も頑張らないとなあ、いろいろ」
◇ ◇ ◇
次の日から家庭教師による授業が始まり、一気に忙しい生活になった。
一対一での授業は理解しやすくて質問しやすい反面、時間中はまったく気が抜けない。何しろ生徒が僕一人しかいないので、教師からしたら見張り放題なのだ。
当然、授業態度や進度は両親──クローデットとサミュエルさんに報告される。
サミュエルさんは「慌てず自分のペースでやればいいよ」と言ってくれているけれど、公爵家の子供になった以上、ある程度の成果は出さないといけない。
家庭教師は初老の魔女で、あのイヴォンヌとは印象からして正反対の人だった。
柔和で根気強い反面、真面目な性格のため不正や怠慢には敏感。
特に礼儀作法の勉強中はけっこう厳しくて、疲れから来るあくびにも「話し相手に悪印象を与えるので好ましくありません」と容赦なく指摘してくれる。
「貴族の人たちはどうやって疲れを抑えているんですか?」
「翌日に疲れを残さないことが大前提ですが、どうしても疲れや眠気が残ってしまっている場合、人前では気力で平静を保ちます」
「気力で」
とにかく頑張る、と言っているのと大差ないけれど、こういうのは慣れの問題もあるだろう。
僕は教えられた内容を実践していけるようにあらためて気を引き締めた。
「疲れを取るにはやはり食事と睡眠です。入浴も効果的かと。湯船に花弁を散らして香りを楽しむという方もいらっしゃいますよ」
「花を……。なんだかすごく贅沢ですね」
「高貴な方が日々、万全でいられることの方がよほど重要です。少々の金銭を惜しんで疲れを溜めるのは悪手かと存じます」
「ありがとうございます。とても参考になります」
他にはマッサージも良い、と教えてもらったので夜にさっそく試してみた。
「では、私が担当いたします」
と、立候補してくれたのは男装執事のカミュ。
上半身裸でうつぶせになった僕の上に跨るようにして、薄い手袋に包まれた指を這わせてくる彼女。
女性特有の細くてしなやかな指がぐっ、とツボを押すと、痛みと快感が混ざりあった不思議な感覚が僕を包み込んでくれる。
思わず吐息と声を漏らすと、カミュは「効果があるようですね」と呟いた。
指は少しずつ場所を変えて身体の凝りをほぐしていく。
「随分と凝っていらっしゃるようですね。……失礼ですが、少々無理をなさっておいでなのでは?」
「あはは、そうかも。学園に入学してからずいぶん慌ただしかったから」
フォンタニエ家に来てからはむしろ平穏なくらいだと言外に伝えると、カミュは「そうですか」と静かに答えた。
「カミュはマッサージ、上手いんだね」
「執事は本来、業務の補佐やメイドの統括が主な役割ですが、私は少人数で主の世話を完遂するため広い教育を受けております。ご主人様の疲れを和らげるマッサージもその一つです」
「そっか。……ネリーもそうだけど、みんなすごいなあ」
もともと貴族だったと言ってもこれだけの技能を身に着けるのは大変だったはずだ。
メイドの作法を身に着けようと思ったこともあったけれど、僕に同じことができるだろうか。……って、単なるリアの従者じゃなくて恋人同士になったんだからメイドである必要はないか。
「クリス様も自信を持たれて良いかと思います。あなたの才能は国にとっても重要なもの。それを伸ばしていくことが大きな貢献になるはずです」
「ありがとう、カミュ。そうだね」
良くしてくれているシャルやカミュのためにも、養子になるのを認めてくれたサミュエルさんたちのためにも、国の役に立てるようになりたい。
◇ ◇ ◇
「《劫火よ》!」
「吸い込め──っ!」
中庭の訓練場にて。
数歩の距離を取って向かい合ったフランシーヌから大きな炎が放たれる。大気を焼き気温を上げながら僕へと殺到するはずだったそれは、僕が突き出した手のひらに現れた端から吸い込まれていく。
炎を得意とするフランシーヌだからか、なんだか特に熱い気がする魔力が全身に染みわたっていくのを感じながら、僕は令嬢の「本当に厄介ね」という呟きを聞いた。
「かなり安定して吸引できるようになってきた。……これじゃあ魔法そのものが無力化されるじゃない」
「って言っても、けっこう気力を持って行かれるんだよ、これ」
吸引している間は気を張っていないといけないからだ。
加えて、手のひらを相手に向ける必要があるのでワンテンポ遅れがちだし、吸引開始までさらに少し間が空く。手のひら以外──全身からの吸引だと大幅に成功率が下がってしまうので悩ましいところだ。
と。
フランシーヌは苛立ちを紛らわせるようにぽんぽんと火球を量産、それぞれ別の軌道で僕に投げつけながら「その程度は我慢しなさい」と言った。
「忍耐力の勝負と見せかけて、貴方は魔力を回復できるのだから一方的に有利でしょう」
歯に衣着せないセリフに僕は苦笑して、
「っ」
令嬢が前触れもなく地面を蹴り、空へ浮かび上がるのを見た。
慌てて目で追えば、陽光がもろに目に入って一瞬目がくらんでしまう。なんとか目が慣れてきた時には特大の火球が放たれていて──。
反射的に顔を庇った両腕と衝突、大きな音と共に火花を撒き散らした。
「……あっつ」
『魔力喰らい』のおかげで外傷はない。
ただ、周囲の気温は大きく上がって僕の体力を奪い、ついでに訓練用にと来ていた服が焦げてぼろぼろになっている。
ふん、と鼻を鳴らしながら令嬢が降りてきて、
「少しは気分が晴れたわ」
「……いえ、あの、クリス様でなかったら良くて大火傷ですよね、今の?」
僕たちの相手をするようになって日の浅いシャルが頬に冷や汗を浮かべて呟いた。
「いいのよ。クリスだから問題ないわ」
「お姉様もお兄様もすごいです! これが魔女の戦いなんですねっ?」
見学していたルシールは大喜び。隣にいるリアも複雑そうな表情ながら一応微笑んでくれている。
「クリス様とフランシーヌ様の戦いはいつ見ても心配になります」
「問題ありません。この程度、ただの訓練に過ぎません。万が一怪我をするようなことがあっても責任もって対処しますし……オリアーヌ様も人のことは言えないのでは?」
「わたくしは、そんな」
「そう言いながら、弓はしっかりとお持ちではありませんか」
三日間勉強を続けて訪れた初めてのお休み。
せっかくなので合同で練習しよう、ということでこういう場が設けられた。
かなり上達してきた魔力吸引を試せたのは大きい。同時にフランシーヌが見せてくれた「地の利を活用する」という戦法もとても参考になる。
ここで僕はリアに交代して弓の威力を見せてもらう。
的はフランシーヌが魔法で作った。地面が一部だけ盛り上がり、人間大の土人形を形作る。しっかり固められているので拳で砕くのは至難。剣を使っても歯が通るか怪しいところだけど、
「では──」
丁寧に展開されたクロスボウから光の矢が放たれると、土人形の胸の中心──から少し逸れて首の部分をごっ! と破壊。人形の頭部が落ちてごろん、と転がった。
さすが、マノン先生と研究部が作った魔道具。
あらためて見ても威力は抜群。攻撃力があり過ぎて襲撃者が心配になるくらいだ。まあ、王女であるリアを襲撃したうえ、リア本人が戦わないといけないような状況を作ったのならこれくらい受けてもらわないと困るわけだけど。
「即席の的だとこの通り」
軽く息を吐いたフランシーヌは人形を分解して土に戻した。
「矢の速度もかなりありますから、下手をすれば一撃で勝負がついてしまいます。同学年の魔女相手ならそれなりの勝率を得られるのではないかと」
「ですが、フランシーヌ様なら防御できるでしょう?」
「私なら可能です。クリスなら至近距離で撃たれても無傷でしょうけれど、誰でも防御できるわけではありませんし、相手を守勢に回らせただけでも自衛としては一定の効果があります」
まずは弓の命中精度を上げるところから。
「オリアーヌ様は身体強化が行えないのですから無理は禁物です。腕に負担をかけすぎないよう気をつけつつ、狙った場所を射る訓練を行っていけばよいかと」
「あまり筋肉をつけすぎない方がいいですよ、リア様。クリス様ががっかりされてしまいます」
「こ、コレットさん!?」
筋肉たっぷりになったリア。……確かに嫌だけど、あんまり彼女の頑張りを制止したくもない。ちょっと複雑な気分になる僕だった。