魔力喰らい 〜魔女の学園でただひとりの少年〜   作:緑茶わいん

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公爵家での日々 3

「本当にお綺麗です、クリス様」

「きめ細やかな肌、しなやかな曲線──とても男性とは思えません」

「男性用の服も女性用の服もお似合いになるでしょう。腕の奮い甲斐があります」

 

 本当なら家庭教師について勉強をしているはずのある日。

 僕は複数人の女性に囲まれながら褒め言葉を浴びせられていた。

 こそばゆい感覚がえんえんと続いて、自分が下着同然の格好でいることを忘れてしまいそうになる。

 もちろん、隠すべき場所はしっかり隠れているのだけれど。

 

「……まったく。これだけ肌を晒しても違和感が薄いのだから本物ね」

「はい。お兄様はとっても素敵です!」

「その、わたくしとしては少し刺激が強すぎると思うのですが……」

 

 同じ部屋ではフランシーヌとルシール、リアが同じように女性──服飾工房のスタッフおよびフォンタニエ家のメイドに囲まれている。

 広い部屋なので身を寄せ合うような感じはなく、むしろある程度距離は離れているものの、お互い、普段ならありえないほどの薄着になっているのはばっちり見える。

 

 どうしてこうなったのかというと。

 

『クリス様のお召し物を早急に用意しなければなりません』

 

 帰って来れない日さえあるくらい忙しいクローデットの代わりにフォンタニエ家のメイド長が伝えてきた意向が発端だった。

 要するに僕の着替えが少なすぎる。

 前にコレットさんの勧めで注文した服はあるけれど、あれは余所行き用のとっておき。普段着に使っているのは平民としてはかなり贅沢だけど貴族としては見劣りする服なので、フォンタニエ家の子供としては相応しくないということだ。

 

 フォンタニエ家では定期的に職人を呼んで採寸を行い、新しいドレスを注文しているそうで、今回はその予定を少し早めて僕のための服も注文してしまおうということになったらしい。

 ついでにリアの服も何着か注文してしまえばいい。コレットさんが予算を持っているし、僕からのプレゼントということにしてもいい。

 

『採寸はお休みの日ではなく学習日に行いますのでご安心ください』

『それはありがたいですけど、僕も一緒でいいんですか?』

『ええ。クリス様でしたら問題ないかと』

 

 フランシーヌ、ルシールとは義理とはいえ家族。

 リアとは恋人同士なのでお互いに肌を見られても問題ない。

 

『どちらかと言えば男性にクリス様の肌を晒す方が問題かと』

『そこまでですか……!?』

 

 と、その場においてはつい驚きの声を上げてしまった僕だけれど、

 

「クリス。貴方、これでよく男に身を晒そうなどと思ったわね?」

「……うん、その。確かに早まったかも」

 

 学園は女ばっかりなのと自分の変化はなかなかわかりづらいので認識が甘かったけど、こうして同世代の女子とあらためて見比べてみると自分が明らかに「こっち寄り」だとわかる。

 サミュエルさんは細身だし、シャルっていう特殊な例もいるからフォンタニエ家もまだまだ平和な方だけど、一般の執事や料理人なんかは普通の男なので、彼らと比べたら一目瞭然だ。

 

「クリス様。お胸も少し膨らんでいらっしゃいますね」

「あ、やっぱりそうですか……?」

「ええ。成長著しい時期ですので不思議なことではございません。服をお造りする際、少し余裕を見ておいた方が良いかもしれませんね」

「良かったですね、クリス様。少し前に測ったから大丈夫、と不精をしなくて」

「コレットさん、からかわないでください……」

 

 言われた通り、僕の胸はほんの少しだけれど膨らんできていた。

 これまた身近な比較対象がシャルなのが良くない。彼も体質のせいで身体が女性に寄っているので胸はなだらかなラインを描いている。

 だからと言って「これくらい普通なのかも」と思ったら間違いだった。

 

「覚悟はしてたけど、いざ直面してみると不思議な気分だなあ……」

「それはそうでしょうね。私だって身体が少しずつ男性に近づく、などということになったらかなり戸惑うでしょうし」

「私はちょっと興味あるけど」

「わたくしは、ルシールさんには可愛らしいままでいて欲しいです」

 

 リアたちとの会話を聞きながら、僕は男子になったフランシーヌを想像してみた。

 気の強い性格だし、やっぱり剣の腕を磨いて騎士にでもなるんだろうか。すらりとした長身で、だけど引き締まった筋肉がついていて……うん、意外と格好いいかもしれない。

 

「これですと、クリス様のお召し物は女性用を意識してお造りした方が良いですね」

「では、そのように」

「以前注文した品も似たような方針でしたらちょうどいいですね」

 

 ちなみに僕の分の服のデザインについてはメイド長とコレットさん、それからシャルとカミュで決めることになっている。

 僕の意見はいろいろとズレているから、ということで僕には発言権がない。

 貴族は毎日別の服を着るどころか一日に何度か着替えることもある。そんなたくさんの服のデザイン、そもそも僕じゃ選びきれないのでこれは正直助かった。

 

「クリス様。服の割合は前もってご相談した通りでよろしいですか?」

「はい。たぶん、ドレスが多い方がなにかと便利そうなので」

「かしこまりました」

 

 普段着は基本的にドレス。スーツもある程度用意しておくものの、僕の体型だとかっちり男性用を仕立てるよりも女性の男装に近づけた方が映える。

 

「最低限の数だけは急ぎで仕立てていただくとして、当面、クリス様に着ていただく服が足りませんね」

「あの、別に服がないわけじゃないので……」

「そうは参りません。屋敷内であればお目こぼしも可能ですが、それにしても全く問題がないわけではないのです」

「そうね。やっぱり私が去年着ていたドレスかしら?」

「身長の問題がございますが、バストやウエストは問題なさそうですね。スカート丈は多少調整可能な造りになっていたはずですし、その方向で進めましょうか」

 

 念のためにとっておいて良かった、と話し合うメイド長とフランシーヌ。

 

「ちょっと待った。フランシーヌはいいの? たった一年前に着てたドレスなんでしょ?」

 

 すると令嬢はふん、と鼻を鳴らして、

 

「どうせ私にはもう着られないもの。もちろん綺麗に洗濯されているわけだし……まあ、貴方が洗濯済みのドレスからありもしない私の残り香を探すような変態なら話は別なんだけれど」

「そんなことしないよ……!?」

「では問題ないでしょう。まあ、残していたのはルシィの希望もあったのだけれど」

「フランシーヌ様とルシール様ではお似合いになるデザインも異なりますので、新たにドレスを仕立てる方が良いかと」

 

 僕の髪と目は地味めな色合いなのでわりとどんな服でも似合う。茶色もまあ、広く言えば赤系だし。フランシーヌのドレスなら似合わないということはない。

 

「残念ですけど、お兄様に活用していただく方が私としても嬉しいです」

「そっか。ありがとう、ルシール」

 

 にっこり微笑む義妹を見て、僕は姉妹の厚意を受け入れることにした。

 実際に他の女の子が着ていたドレスを着る、っていうのにドキドキしてしまうのはどうやら僕だけみたいだし。

 

「クリス様。どうしてもと仰るのでしたらリア様の予備のドレスをお使いになりますか?」

「それはいろいろ問題があるので止めてください」

「そうよ、コレット。クリス様とドレスを交換するのも少し、楽しそうではあるけれど」

 

 リアの提案はなんだか変な扉が開かれてしまいそうな気がするので今回は辞退させてもらうことにした。

 

「スカート丈の調整程度でしたら本日中に対応可能です」

「では、そちらもお願いします。……これでひとまずなんとかなりそうですね」

「すみません、ただでさえいろいろと良くしてもらってるのに、新しい服までたくさん用意してもらって……」

「何を仰います。むしろ、一族となられた方に十分な環境を提供できないようではフォンタニエ家の名折れです」

「貴方は現時点で学園と王家、魔法院に貢献しているのだからむしろ足りないくらいよ。申し訳ないと思うのなら魔法の発展にさらに貢献しなさい」

 

 さしあたっては魔道具の廃棄に協力し、能力の研究も受け入れろということだ。

 そのくらいなら願ってもない。僕はフランシーヌの言葉に「もちろん」と笑って答えた。

 

 

   ◇    ◇    ◇

 

 

 丈を調整されたフランシーヌのドレスは驚くほどぴったりと合った。

 子供用ということもあってウエストも余裕をもった造りになっていたのが良かったらしい。これなら僕でも十分に着られるというか、

 

「僕には勿体ないくらいのドレスだなあ」

 

 シャルによる着付けを受けた僕は自分の姿を鏡に映してそう呟いた。

 一年前のフランシーヌのドレスは今の令嬢が着ているものよりフリルが多く、可愛らしい造りになっている。半面、母への憧れからか深い色味のものが多いので派手になりすぎてはおらず、いい具合に公爵令嬢らしいバランスが保たれていた。

 派手な容姿をしていない僕が着るとインパクトでドレスに負けてしまうくらいだ。

 

「クリス様にはクリス様の良さがあると思います。このドレスもよくお似合いですよ」

「そうかな?」

「はい。……それに、人目を惹く容姿の方はそれはそれで苦労があるかと」

「ああ」

 

 フランシーヌなんかは特にそうだ。普通にしていても目立つうえ、似合う服が限られる。僕みたいに服に合わせられる方がある意味楽だ。

 納得した僕にシャルは柔らかく微笑んで、

 

「では、本日のお召し物はこちらでよろしいですか?」

「うん。ちょっと動きにくそうだけど……」

「ご令嬢は奔放に動き回るものではございません。馬車の手配も行っておりますのでお疲れになる心配もないかと」

「それはそうなんだけど……」

 

 僕は今日の予定を思いながら再び呟いた。

 

「ニーナ、さすがにびっくりするんじゃないかなあ……」

 

 

   ◇    ◇    ◇

 

 

 フォンタニエ邸の前に一台の馬車が停められていた。

 僕の要望であまり派手過ぎないデザインが選ばれている。サイズも小さめだけど四人なら十分に乗れるだろう。

 

「ご主人様、お手を。スカートの裾に気をつけてくださいね」

「うん。ありがとう、ネリー」

 

 先に馬車へと上がったネリーが差しのべる手を取って、なるべく綺麗に見えるよう気をつけながら中へ乗り込む。

 中には既にリアとコレットさんが乗り込んでいた。

 

「お待たせ、リア」

「いいえ。わたくしとコレットも先程乗り込んだばかりですので」

 

 微笑むリアは夏用の外出用ドレス姿だ。

 陽光を少しでも遮るために色は白。薄手の布を使いつつ、透けるのを防ぐために若干色合いの異なる布を要所に重ねて趣向を凝らしている。

 白いドレスは彼女の銀髪や青い目にも良く似合う。

 

「……綺麗だ」

 

 思わず呟くと少女は「ありがとうございます」と微笑んだ。

 

「クリス様もとても素敵です。その装いですとフランシーヌ様と姉妹のようですね」

「ありがとう。本当は姉妹じゃなくて姉弟なんだけど」

 

 リアの隣に座るコレットさんもふわりと笑って、

 

「クリス様。外出中は特に所作にお気を付けくださいね。初めての方からは令嬢として扱われるはずですので」

「はい。そうですよね、気をつけます」

 

 今日は思いっきりドレスなうえ、暑さを考えて髪はアップに結い上げている。

 毒舌なネリーでさえ「悪くないですね」と言ってくれた仕上がりであり、魔力吸収を防ぐため手にレースの手袋を嵌めているのが期せずしてリアとお揃いっぽくもなっていて、我ながら女の子にしか見えない。

 

「では、出発をお願いします」

 

 御者に声をかけたネリーがドアを閉じると、ほどなく鞭の音が響き、車輪の音や蹄の音と共に車体が動き始めた。

 

「大丈夫かなあ、ニーナ。腰を抜かさないといいけど」

「大丈夫でしょう。先触れも出しましたし」

「その先触れに腰を抜かす気もしますけど」

 

 コレットさんの返答にネリーが苦笑。

 さすがに突然馬車で言ったら大騒ぎになるだろうから、と、前もって「行くよ」と連絡することにしたんだけど、確かにどっちにしても大騒ぎかもしれない。

 平民街にも馬車は来る。

 ただ、その多くは荷運び用のもので、人を運ぶための馬車が来ることは多くない。来ても商人の娘や位の低い貴族がほとんどなので、よりにもよって公爵家の紋章入り馬車となると滅多にない。

 まして乗っているのが王女様(リア)だ。

 

 御者が護衛を兼ねている+御者台に護衛役が一人ついているし、いくらなんでも喧嘩を売ってくる人はいないだろうけど、迎えるほうは気が気じゃないだろう。

 

「そういえばリア。あれ、着けてるの?」

「あれというと、こちらでしょうか?」

 

 僕が前にあげた髪留めを示した少女は悪戯っぽく「冗談です」と言って、

 

「こちらですよね? もちろん、身に着けております」

 

 マノン先生から送られてきた念のための道具をそっと見せてくれた。

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