魔力喰らい 〜魔女の学園でただひとりの少年〜   作:緑茶わいん

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下町の料理屋にて

 両腕と両足で計四つ。

 お洒落の邪魔にならないよう袖やスカートに隠れるデザインで、それぞれに異なる精神防御の効果が施されている。

 魔力の自動吸収効果は施されていないので定期的に補充してやる必要はあるものの、洗脳や支配を受ける可能性は劇的に低くなる。

 リア自身の非常識な魔力量と合わさればまさに万全と言っていい。

 

 『永遠の魔女』の能力も非常識だったらしい。

 

 これで絶対に乗っ取られないとは言い切れないものの、無いよりはずっとマシ。先生は追ってさらなる対策を講じてくれているらしい。

 

「常時見つけていると少し窮屈なのですけれど」

「仕方ありません。リア様をお守りするための措置なのでしょう? しっかり身に着けていただかなければ」

 

 物理攻撃から守るアクセサリーも一応身に着けているものの、暴漢に襲われた場合などは基本的にコレットさんたちや僕が頼りだ。

 

「まあ、オリアーヌ様に危害を加えるような愚か者がいた場合、店ごと潰すことになってもおかしくないですけどね」

 

 あっけらかんと怖いことを言うネリー。

 これは店の利用客に不心得者がいた場合の話であって貴族からの刺客とかはまた別ではあるけれど。

 

 それはそれとして。

 

 平民街に入ると僕たちの馬車はものすごく道行く人からの注目を受けた。

 

「なんか、すごく偉くなった気分……」

「……わたくしもです」

「お二人とも十分偉いんですから自覚してくださいね?」

 

 そうは言っても元平民と社交経験のほぼない王女様だ。

 主な人付き合いの経験が学園内だけなのでなかなか「自分は偉い」とは思い切れない。

 

「あ、きっとあのお店ですね」

 

 馬車ですれ違うのはとても無理な狭い道に入った馬車が一件の店の前で停まる。

 店の前には人だかりができていて、馬車が来ると慌てたように道を開けてくれた。

 人だかりが散った後には腕組みをした一人の少女。

 店の手伝い中だったのか、つぎはぎだらけのエプロン姿。汚れるといけないからかさすがに制服は着ていない。

 

「まったくもう、来てくれたのは嬉しいけどもうちょっと大人しい方法で──」

 

 と、文句を言おうとしたニーナはドアを開けて僕たちが降りていくと、ぽかん、と呆けたように口を開けた。

 

「あれ? クリスとリア、だよね? 別の貴族様じゃないよね?」

「そんなに貴族っぽく見えるかな?」

 

 首を傾げて自分の格好を見下ろすと「見えるよ!」と駆け寄ってきて、

 

「リアはもともとお姫様みたいだったけど、ドレスを着てると猶更だし──クリスもそういう格好だとまるで貴族のお嬢様みたい」

「あはは。……一応、これでも『お坊ちゃま』なんだけどね」

「クリス。自分で言ってて変な感じしない?」

「するよ」

 

 僕たちは顔を見合わせて吹き出した。

 

「うん。中身は変わってないみたい。ちょっと会わない間にすっかり貴族になってたらどうしようかと思った」

「そんな簡単に中身は変わらないよ。……その様子だと、連絡は届いたみたいだね?」

「そりゃもう。公爵家からお客さんが来るってみんな大騒ぎだったんだから」

 

 苦笑して応えるニーナ。それでこの人だかりか。

 野次馬の中から一人が「な、なあニーナちゃん」と声を上げて、

 

「お貴族様とそんなに普通に話して平気なのか? 目が合っただけで首を刎ねられてもおかしくないんだろ?」

「あははっ。クリスもリアもそんなことしないよ。学園の友達だもん」

「でもよお……」

 

 なおも不安そうにする彼の前にコレットさんが進み出て笑顔を浮かべ、

 

「ご安心ください。こちらがお邪魔している立場であることは十分承知しております。よほどのことがない限り、みなさまに危害を加えるつもりはございません」

「……お、おお。ならまあ、少しは安心か」

 

 一同に安堵が広がるとニーナがふっと笑って、

 

「ま、せっかく来たんだし食べて行ってよ! できれば思いっきりお金を使ってくれると嬉しいな!」

 

 僕はリアと顔を見合わせると同時に頷いて、ドレスの裾が翻らないようにゆっくりと一歩を踏み出した。

 

 

   ◇    ◇    ◇

 

 

 僕たちには一口から遠く、かつ主な動線からも離れた席が用意された。

 

「こ、このような所へようこそお越しくださいました。お二方にはなんとお礼を申し上げてよいか──」

「お父さん、だから大丈夫だってば。私の友達だから!」

「そ、そうか? だけどお前、いくらなんでもこんな偉い方々と友達にならなくても」

 

 ニーナのお父さんは最初、ガチガチに緊張していたものの、僕たちが横暴なことはしないとわかると少しは安心した様子だった。

 頑固な職人といった雰囲気。

 腕は太く、火を使う厨房が主戦場なせいか薄着──というかほぼ半裸。陛下とは何もかも違う男の姿にリアは目を丸くして、

 

「……わたくしやクリス様の倍以上ありそうです」

「あははっ。クリスは腕細すぎだけどね」

「なあニーナ。本当にこっちの子は男なのか? お嬢様にしか見えないんだが?」

「一応男ですよ。肉も大好きです」

 

 僕としてはこういうところの方がむしろ落ち着く。

 ざっくばらんに答えるとニーナのお父さんは「そうなのか」と息を吐いてにっと笑った。

 

「なら、たっぷり食べていってもらわないとな! 貴族様が普段食べてるような物とは大違いだが、どれも自慢の料理だ!」

「はい。ありがとうございます」

「リア様。ご無理をなさらず、食べられそうな物をお探しくださいね? お身体に障るほうが問題ですから」

「大丈夫よ、コレット。それよりあなたたちも座って?」

「ですが」

「コレットさん、ネリー。こんな場所だと立ってるほうが邪魔になりますから」

 

 僕たちの席は他と若干離してくれているものの、店内は「珍しい貴族」を見に来た客で大賑わいだ。ニーナが「いつもよりずっとお客さんが多いよ!」と驚いている。

 動線から離れていると言っても立っていたら給仕にぶつかったり蹴られたりしてもおかしくない。

 

「……では、私たちも交代で食事をいただきます」

 

 折衷案として一人が壁を背にして立ち、万が一を警戒することになった。

 

「ニーナさん、メニューをいただけますか?」

「うちにはそんな気の利いたものはないよ。あそこの黒板を見て注文するか、給仕に何があるか確認してね」

「あ、でも黒板があるんだ」

「私が買ったの。タダでもらえるお酒なんかを横流し──もとい、欲しい人に売ったりしてお小遣いにして、お父さんへのプレゼントで」

 

 黒板は石板や木の板よりも格段に見やすく、また消したり描いたりが簡単なので学園では当たり前に使われている。

 ただ、作るのが難しいので平民にはなかなか手が出しづらい。ニーナが購入したのは店をよりよくする計画の一つといったところだろう。

 それで、肝心のメニューは、

 

「豆と野菜のスープ、串焼き、揚げ芋、炒めた麺──すごい、いろいろあるね」

 

 僕たちの席からだとちょっと遠いけど、身体強化の応用で視力を強化すれば楽に読める。

 身体強化のできないリアにはコレットさんが読み上げてくれた。

 

「でしょー? お父さんが頑張ってるのもあるけど、私が学園で聞いてきたレシピなんかも応用してるんだ。……二人とも、夏に入ってすぐ来なくて正解だったかも」

 

 ニーナが帰って来てから試行錯誤を繰り返して日々、メニューをアップグレードしているらしい。

 

「これはお客さんも喜んでるんじゃない」

「そうだね。最初は戸惑ってる人もいたけど、食べてみたら上手いって言ってくれてる。上手く行けばお店を改装する資金も稼げるかも」

「じゃあ、少しは協力しないとね」

 

 料理の値段はどれも庶民的で平民でも手を出しやすい額だ。

 僕は今までに自分が稼いだ額を思い出しつつ脳内で計算して──うん、千や二千注文してもお財布の中身はびくともしない。

 

「よし。じゃあ他のお客さんも含めてこの場の支払いは全部僕が持つよ」

 

 瞬間。

 店内に圧倒的な歓声が響き渡った。

 

「マジかよすげえ!」「さすが貴族様だ!」「持つべきものは友達だな!」「じゃあニーナちゃんの手柄じゃねえか!」

「ちょ、ちょっとクリス大丈夫? そんなこと言ったらみんな死ぬほど飲み食いするよ!?」

「大丈夫だよ。家のお金を使わなくても僕だってけっこう稼いでるんだから」

「ええ、まあ。足りなくなることはないと思いますが、いざとなれば別に予算もあります」

「ならいいけど……うん、ならいっか!」

 

 気持ちを切り替えたらしいニーナはにっと笑うと声を張り上げて、

 

「みんな! このクリスが奢ってくれるって! 好きなだけ食べて飲んでいいよ! ただし、材料もお酒もなくなったら終わりだからね!」

 

 再びの歓声。

 怒号と言ってもいいレベルの騒音に僕は苦笑してリアを振り返り、

 

「リア、大丈夫? びっくりしてない?」

 

 少女は呆けたような表情からようやく立ち直って「ええ」と頷いた。

 

「驚きました。……平民の料理店というのはこういったところなのですね」

「みんなガラが良くないからねー。でも、みんな元気で楽しいよ」

「そうですね。そうなのだと思います」

 

 お金は自分持ちなんだから遠慮する必要もない。

 僕たちは食べたいもの、目についたものを片っ端から注文した。

 

「こりゃ料理が間に合わねえ! ニーナ、こっち手伝え!」

「はいはい! ……じゃ、二人とも、楽しんでいってね!」

 

 厨房も給仕もフル回転。

 うるさすぎるくらいの活気の中、料理を口に運ぶと──。

 

「あ、美味しい」

 

 素材は決して上等とは言えない。安物の中から少しでもいい物を目利きして仕入れるしかないような状況だろうけど、たぶん料理の仕方がいいんだと思う。

 火の入れ方、包丁の使い方、調味料の利かせ方。料理は細かな気配りでぜんぜん味が変わってしまう。

 さすが料理人。僕の素人料理なんかより数段美味しい。

 

「どうかな、リア?」

「……はい、美味しいです。なんだかほっとする味ですね。クリス様とお会いした頃を思い出します」

「そういえば、当時はクリス様がリア様に料理を作っていらしたんでしたね」

 

 コレットさんが目を細める。

 学園の上等な食材で作る素人料理。それなりの素材でプロが作る料理。いろいろ違うけど、庶民の料理というところは同じだ。

 先に席について料理を口に運んだコレットさんは目を細めて、

 

「思ったよりもずっとまともな料理です」

「……コレット?」

「……コレットさん?」

「いえ、その。貶したいわけではありませんよ? ただ、コレットにとっての『素朴な料理』とは『粗末な料理』のことでしたので」

 

 コレットさんはリアに出会う前、相当劣悪な環境にいたらしい。

 最低限命を繋げさえすればいい。そんな考えから提供されていた食事は「味」を追求しない、動物の餌に等しいものだったろう。そんな思いでしかないのならそれは怖がって当然だ。

 だけど、

 

「もちろん、貴族の上等な料理には及びませんけど。工夫すれば安くてもいい物は作れるんです」

「……そうですね。コレットだって知っているはずだったのに」

 

 少しだけ涙ぐんだコレットさんは目元を拭って、

 

「職を失った時のために庶民の料理ももう少し研究してみましょうか」

「もう、コレット? わたくしがあなたを手離すと思う?」

「そうですよ。リアがいらないって言うなら僕が雇いたいくらいです」

「ふふっ。ありがとうございます」

 

 ちなみにネリーはというと「……まあ、悪くはありませんね」といった反応だった。食べられるけど絶賛するほどでもないといったところ。ある意味素直な反応なのでこれはこれで良い。

 お酒のほうは値段が味に左右されやすいので残念ながらほとんどがリアたちの口には合わなかった。

 僕もしばらく高いお酒ばっかり飲んでいたので「こんな味だったっけ?」と肥えてしまった舌に複雑な気持ちを抱いてしまった。

 結局、お店の中ではかなり高級な部類に入るワインをボトル単位で頼んでみんなで飲んだ。

 

「こういった場所もいいものですね」

「そうですね。……短期間に二度以上は勘弁欲しいですけど」

 

 コレットさんたちとしてはやっぱりいろいろ心配らしい。

 

「これだけお金使ってくれるならうちは大歓迎なのに」

 

 と、名残惜しそうにするニーナに多めの金額を支払い、僕たちは帰りの馬車に乗って屋敷に向かった。

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