魔力喰らい 〜魔女の学園でただひとりの少年〜 作:緑茶わいん
マノン先生は念のためにと僕たちを迎えに来てくれたらしい。
「学園内だと部外者は目立つからね。シルちゃんの顔を知っている教師だって何人もいる。もし、クリスちゃんたちを狙うなら──既に狙える状況にあるのなら、戻る直前が一番あり得ると思ったんだ」
魔法による認識阻害は強度にもよるものの、基本的には「違和感を消失させる」もの。見えなくなるんじゃなくて、そこにいることを自然だと思わせる。
屋敷内よりも屋敷外のほうが阻害の難易度は下がるし、逃走が必要になった場合も屋敷の前からならだいぶ楽になる。
条件は揃っていた、というわけだ。
クローデットも危険が大きいと思ったから見送りに来てくれた。結果的には、熟練の魔女二人がかりでも抑えきれなかったわけだけれど。
先生たちはいろんなものを人質に取られていた。
派手な魔法を使えば屋敷や使用人、僕たちまで巻き込んでしまう。
いざとなったら『永遠の魔女』を最優先にするとしても隙ができるのは避けられなかった。
ついでに言うと、クローデットは爆炎の魔法を使ってもなお防がれているわけで。母さんの才能を取り込んだあいつがどれだけ危険なのかがよくわかる。
逃げた魔女は見つからなかった。
先生とクローデットが空から見下ろし、探査の魔法まで使ったけれど空振りだ。
短い距離の転移を繰り返したのか、探査を妨害する魔道具をあらかじめ用意していたか、変装道具で特徴を変えて上手く逃げおおせたか。
門で警戒していても転移で塀を越えられるなら抜け道はいくらでもある。
都の外に馬車でも準備されていたらあっさり遠くまで逃げられる。
「とりあえず移動しよう。……残念だけど、先にお城だね」
すぐに陛下と重臣、高名な魔女だけを集めた緊急会議が開催。
師匠までしれっと参加していて、僕とリアが場違いなことこの上ない。
ちなみにフランシーヌは「後で最低限の事情は説明する」と約束して屋敷で留守番。不安がるルシールを宥めてもらっている。
「陛下。この度は大変な失態を働いてしまい、申し開きの言葉もございません」
「よい。其方らがいなければより最悪の事態を招いていただろう。むしろ、其方らの力を以てしても退けられぬ相手だと認識すべきだ」
陛下は苦々しい顔をしながらも先生たちを咎めはしなかった。
重臣たちの多くは魔女の件を知らなかったらしく「どういうことか」と説明を求める声を上げたものの、かいつまんで事情を説明されると黙った。
イヴォンヌの横暴を黙認していたり、なんらかの形で利用していた人もいるはず。責任を追及していくとさらに国が荒れることになりかねない。
「過去の話よりも今は先の話だ。……本当にかの魔女は隣国を目指したのか。その目的は当人の告げたそれが本当に正しいのか」
ご丁寧なことに魔女からは城にも書状が届けられていた。
書かれていた内容は最後の台詞と同じ。
「わたしとしては、あいつは嘘を言っていないと思います」
「マノンよ、根拠はあるのか?」
「はい。おそらく向こうにとっても今は時間を稼ぎたい状況だからです」
「どういうことですか、マノン先生?」
「リアちゃんを乗っ取れるならそうしてたんじゃないか、ってことだよ」
念のためにと与えられた魔道具はあっさりと破壊されてしまった。
壊されたにしても相手に労力を使わせたわけだから全く無意味じゃなかったけれど、それはひとまず問題じゃなくて、もっと大事なのは魔道具を壊したのにリアを乗っ取ろうとしなかったことだ。
「クローデットちゃんやクリスちゃんを殺してから、っていうのもいいけど、そんなのリアちゃんを乗っ取っちゃえば簡単だよね? だって魔力の量がシルちゃんとは天地の差なんだから」
しなかったのは「できなかったから」と考えるのが自然だ。
「意思が弱く、魔力量も少なかった子供時代なら簡単に乗っ取れたかもしれない。でも、シルちゃんに抑え込まれている間にリアちゃんは成長してしまった。魔力量が多くなりすぎて『永遠の魔女』でも乗っ取れなくなってしまったんじゃないかな」
「……シルヴェールの決死の時間稼ぎが役に立ったのね」
「うん。だから乗っ取るならもっと準備が必要。誘拐してからなら可能かもしれないけど、さすがにこうなるとクローデットちゃんが邪魔でしょ」
自分だけを転移させるのと重い荷物を持って転移するのでは難易度も魔力消費量も変わるし、クローデットの相手をしながらリアに近づくのはさすがに難しい。
リアを攫えたとしても王都から出られるかという話もある。
さすがに人一人を隠しながらになるとかなり大変だ。
「じゃあ、どうしてわざわざ現れたんですか?」
「今日試してみて初めて不可能だとわかったのかもしれない。もしくは言葉通りクリスちゃんの始末が優先だったのかもしれないね」
「そこまでして僕を殺す必要があるんでしょうか?」
「あるよ。だってクリスちゃんは世界で唯一、絶対に乗っ取られないし魔法では殺せない人間なんだから」
魔法の副産物では死ぬので『
僕が成長すればするほど、僕を殺せる状況は減っていくわけで。
「クリスちゃんならあの魔女を本当の意味で殺せるはずだしね」
今のあいつにとって、リアよりも僕のほうが重要なターゲット。
「なるほどな。……それで隣国の手を借りるか」
「そうです。イヴォンヌ・マルチノンは隣国とも交渉を行い、いざとなればこの国を攻めてもらう約束も取り付けていた。わたしたちが迅速にぶっ倒しちゃったのでその話はなかったことになったんですけど」
「イヴォンヌの手引きした『永遠の魔女』復活を受け入れる土壌はある」
隣国にとって魔女は大きな戦力になる。
この国が混乱している間に戦力を整えて戦争を仕掛け、国ごと手に入れてしまおうと考えてもおかしくない。……というか、あの魔女にはそうさせるだけの力がある。
「戦争が、始まるのですか……?」
リアの悲痛な呟きが事態の深刻さをみんなに実感させた。
「もちろん、今すぐという話ではない」
陛下がみんなを落ち着かせるように厳かに宣言する。
「隣国へ使者を送り、『永遠の魔女』の引き渡しを要求する。同時にかの者の危険性を訴え、協力を考え直すように誘導しよう」
「少なくとも時間は稼げます。……拒絶されたとしても、向こう側も戦の準備を整えるのに時間を要するはず」
「あいつが参戦する一番のメリットは本人が戦うことよりも魔道具の開発にあるからね。新しい魔道具を提案して量産させる時間は少なくとも必要なはず」
「他の周辺国にも同時に交渉を行い『永遠の魔女』包囲網を敷く。仮想敵が増えれば増えるだけ迂闊には動けなくなるはずだ」
今すぐとか、数か月後には本格的な戦争になる──なんていうことにはおそらくならない。
「シルヴェール・レルネの死から三年半。その期間、かの者が既に隣国にいたという可能性は?」
「墓が掘り返された跡──実際には中から出てきた跡ですけど、あれが偽装でなければありえないと思います。行って戻ってくるだけでもそこそこ時間がかかりますし、大した魔道具開発はできません」
「うむ。早急に戦の準備を整えるのは大前提として、開戦までの間にさらなる戦力を加える努力もすべきであろうな」
「残念ながら、人は畑から生えてはきませんけどね」
イヴォンヌのせいで大量の処刑者を出したばかり。
国内の戦力は慢性的に不足していて、とても一年二年では大幅な戦力アップを見込めない。
「あの、陛下。……もしも、他国が隣国に同調してこの国を攻めた場合はどうなるのでしょうか?」
「無論、全力で抗うしかない。クローデット・フォンタニエにはその本領である大規模破壊を行ってもらうことになるだろう」
「ご命令とあらば従いますが、そうなればかの『氷雪の魔女』をはじめ、各国の魔女たちも黙ってはいないでしょう」
「『魔女大戦』。もしかしたら今回が過去最大規模になるかもね」
伝説の『永遠の魔女』が復活してしまったのだ。
あいつがいなくならない限り混乱は収まらない。
「伝説を覚えているなら『永遠の魔女』に従うような馬鹿な真似はしないはず。……だけど、イヴォンヌみたいな底抜けの馬鹿も実際にいた」
「何が起こってもおかしくない、か。……最悪の事態もやむを終えんな」
国内は急速に開戦ムードを高めていくことになる。
もちろん、国民には「すぐさま戦争にはならない」と言って聞かせることにはなるだろうけど、その一方でいつ攻められてもいいように準備を整えていく。
並行して開戦までの期間が長引いた時のために魔道具を開発したりポーションを作ったり、武器を用意したりと色んなことをする。
「学園は、どうなるんですか?」
嫌な想像からそう尋ねると、マノン先生がにっこりと微笑んだ。
「安心して。もちろん学園は存続するよ」
「未来のために人材を育てる場だ。戦争に勝ったとしても次世代が育っていないのでは意味がない。疲弊したところを食い殺されるだろう」
「……では、わたくしたちはこれからも学べるのですね?」
リアがほっと息を吐く。
「うん。戦時中でも可能な限り存続する。幸い、生徒たちが寝泊まりする場所は十分あるしね。後は今のうちから野菜とか果物を育てておこうか。余っている敷地を畑に変えて食べ物を増やしておくの」
「森付近に空いている土地ができたのでしょう? その辺りは丸ごと使えるのではないかしら?」
「そうだね。魔法院とも連携して効率的な栽培方法も模索しようか」
なんだかちょっと楽しそうな話になってきた。
「僕にもなにかできることがあったら言ってください」
「もちろん。……っていうか、クリスちゃんには今まで以上に頑張ってもらうことになるよ。なにしろ魔道具やポーションの開発が進むんだから」
当然、失敗作もたくさん出る。
楽に廃棄する方法は積極的に使うべきで、つまり僕はマジックアイテム処理係として今まで以上に頑張らないといけない。
と、ここで重臣の中から声が上がる。
「陛下。クリス・フォンタニエであればかの魔女を殺せるのでしょう? 刺客として隣国へと送り込んでは?」
「ならぬ」
僕がびくっとした直後、陛下の強い声が響いた。
「下手に刺激すれば戦の時期を早めた上に切り札を失うこととなる。情を殺して判断したとしても悪手としか言いようがない」
「では、どうするのですか! 現状で隣国と開発競争を行い、勝利できるとしても!?」
「勝ちが見えないからと言って博打に出るくらいなら堅実に足掻いた方がマシだ。……加えて言えば、戦となるのは我が国にとっても好機と言える」
「『永遠の魔女』は平時よりも戦時、街よりも戦場の方が殺しやすいだろうな」
今まで黙っていた師匠──『予見の魔女』が口を開いた。
「考えてもみろ。敵味方が入り乱れている状況で悠長に乗っ取りなんてしていられるか? 私なら魔女の姿を見た瞬間、近くの味方もろとも全力で吹き飛ばす」
「さすがにかなり乱暴な意見だけど、流れ弾の危険もあるし、警戒も強いだろうからね。その辺の騎士に乗り移るつもりならともかく、魔女に乗り移るのは難しくなる」
戦争になった方が魔女にとっては危険。これは意外だった。
「でも、じゃあどうして向こうから戦争を仕掛けてくるんですか?」
「『永遠の魔女』には出てくる気がないからだよ。人をけしかけて殺し合わせるのが一番楽でしょ?」
自分はお膳立てだけして高みの見物、か。
あれ? だとしたら、
「戦争になったら、戦場にいた方が安全ってことですか?」
僕の質問にマノン先生の表情が強張る。
「いや、それはさすがに──」
「いいえ。ある意味ではそう言えるでしょう。特にクリス、貴方とオリアーヌ殿下に関しては」
集中する視線。
リアが胸の前できゅっと手を握り、僕のほうを見た。