魔力喰らい 〜魔女の学園でただひとりの少年〜 作:緑茶わいん
「リアが魔法を使えるようになる、って本当ですか?」
場所を移動して行き来のしやすくなった研究部の部室。
訪れる人は相変わらず部員以外ほとんどいないものの、マノン先生は顔を出しやすくなったのか若干やってくる頻度が増えた。
たいていの場合は先輩たちとなにやら話し合っていて忙しいことに変わりはなさそうだったのだけれど、その理由は、
「本当だよ。上手くいけばリアちゃんでも魔法が使えるようになるし、精神支配により強くなる」
想像以上の研究。
「ただし、けっこう強引な方法だから二人にも覚悟してもらわないとだけど」
「ですが、わたくしが魔法を使えればみなさまのお役に立てます」
魔法が使えないことで歯がゆい思いをしてきたリア。
彼女にとってはこれ以上の朗報はない。僕としてもより安全になるのなら大歓迎だ。
マノン先生も「そうだね」と微笑んで、
「でも、慎重に判断して欲しい。二人の一生に関わるから」
「なんか、かなりの大ごとですね」
「大ごとだよ。……まあ、まずは順を追って説明するね」
先生が最優先で研究していたのは『永遠の魔女』の乗っ取りに対抗する手段だ。
精神防御系の魔道具を装着するのが基本だけど、これだと効果が足りなかったり、この前のように破壊されてしまったりする。
本人が魔法を使えるのならさらに抵抗力を高められるけれど、この方法は使えない。
「そこでね、別のところから解決策を思いついたんだ」
「思わぬところ、ですか?」
「そう。少年の能力研究」
「クリス君への魔力供給を安定化させる方法を流用できないかという話になったんです」
リアから僕へ魔力を渡す方法は未だに接触以外にない。
これをより簡単にする方法としては、
「クリスちゃんとリアちゃんを魔法的に繋ぐ。そうすれば永続的に魔力が供給され続けるでしょ?」
要するに、離れていても接触しているのと同じ状態になる。
確かにそれならぐっと楽になる。
「でも、そんなことできるんですか? あと、魔力を吸い過ぎてリアが困るんじゃ……?」
「接触して魔力を渡す流れがあるでしょ? あれに干渉してやれば不可能じゃないよ。吸い過ぎのほうも移動する量を調節してやれば大丈夫」
リアは尋常じゃない魔力回復能力も持っているので生半可な量なら自然回復量のほうが多くなる。
「なら、むしろクリス様の身体のほうが心配ですね……」
「それね。クリス、今でも魔力受け取るたびに悶えてるんでしょ?」
「なんで知ってるんですか!?」
「あはは、まあ、だいたいわかるよ。……で、それが一日中ずっと続くことになるんだけど、大丈夫そう?」
言われた僕は想像してみて、
「そのうち慣れる、とは思います。痛いとか苦しいとかじゃなくて気持ちいいわけですし……」
「大丈夫ですか、クリス君? 下着とかにおいとか、対策できますか?」
「……っ」
言われて真っ赤になる僕。
なんというか、夏休みが明けてから先輩たちとの距離がさらに近くなったというか、男の子扱いされなくなった気がする。
ミシェル先輩が苦笑して、
「いっそ女の子になっちゃったほうがその辺は楽かもねー」
「吸水素材を仕込むとか対策はしやすい」
「はい。その、まあ、その程度で済むならぜんぜんかまわないかなって」
ただ、それだけだと乗っ取り対策にはならない。
「その上でなにかするんですよね?」
「うん。二人の間に繋がりを作ったうえでそれをさらに強固にするんだ。感覚をある程度同調させられるくらいに」
「感覚を……」
「同調……」
リアの感じていることを僕も感じられるようになるし、その逆もあるってことだろうか。
「そうするとリアも『アレ』を体験することになるんですか?」
「そ、それは少し気恥ずかしいのですが……」
「皮膚感覚とかは慣れれば切り離せるようになるんじゃないかと思ってる。むしろメインは魔法的な感覚のほうだよ」
「あっ」
「クリスとリアが繋がって魔力が絶えず流れてる。その状況って、つまり触ってなくても『
普段の魔力吸収量は抑え目にするとしても、いざという時、多めに魔力を持っていくこともできる。そこは僕が調節できるはずだ。
だとすると、リアにかけられた魔法を外から打ち消すこともできる。
「リアが乗っ取られても『永遠の魔女』を封じられる──!」
「彼女に好き放題させてしまう危険が大きく下がりますね」
「さらに、理論上はリアちゃんがクリスちゃんの魔法操作能力を借りて魔法を使うこともできるはず。もちろん、要練習だけどね」
「少年は能力を持て余し気味だから、少し減らした方がむしろいいかもしれない」
僕もリミッターにもなるうえ、乗っ取り対策にもなる。
かなり理想的な方法だ。
こんなの、やるしかないような気がするけれど、
「いろいろ問題もあるよ。ひとつ、リアちゃんの身体に魔術文字を刻む必要がある」
僕とリアの繋がりを固定化するために必要な措置だ。
「ひとつ、一部とはいえ女の子の身体に他の人が干渉できるようになるんだ。リアちゃんはお嫁に行ける身体じゃなくなる」
貴族社会は女性の清らかさにうるさい。
身体に傷ができただけで縁談がなくなることもあるくらいだから、確実に嫁の貰い手は激減する。
「ひとつ、解除するのも簡単じゃない。試してみて嫌ならすぐやめる、とはいかない」
この方法は『魔力喰らい』の基本機能を利用して僕たちの繋がりを作るものだ。
うまくいけばリアの身体が僕の身体の一部みたいに扱われる(逆も同じ)ので、魔力の受け渡しなんかもできるようになるけど、逆に言うとリアへの良い魔法干渉も防いでしまいかねない。
もちろん『魔力喰らい』でも解除できないので、やるなら覚悟が必要だ。
「二人に添い遂げるつもりがあるのならば問題の多くは解決します。……ただし、もちろん、愛し合っている者同士でも、感覚の共有なんて躊躇いがあって当然です」
信頼できる相手なのは大前提。
そのうえで一生を費やす覚悟があるか、普通の結婚以上にひとつになる気があるかという話。
「正直、わたしとしては実行しなくてもいいと思う。戦場に出るならこれ以上ない保険だけど、厳重な警護のもとで守られるなら過剰な対策だしね。魔力供給の安定化だけ施してももちろんいいよ」
「……そうですね」
これは確かに人生のかかった問題だ。
僕たちは自然と黙ってしまって、
「クリス様は、どう思われますか?」
リアが遠慮がちに、けれど意を決したように尋ねてきた。
彼女の青い瞳を見つめて、僕は「そうだね」と答える。
「僕は、やりたい。それでリアが安全になるなら。リアがこれからも生きていけるなら、それが一番だと思う」
少女の瞳が見開かれた。
「よろしいの、ですか? 一度選んでしまえば、わたくしと添い遂げる以外の道はなくなります。クリス様には他の女性と幸せになる道だって──」
「僕は落ち着いたらリアと結婚するつもりだったよ」
他の女性、というところで前に師匠が言っていた「フランシーヌと恋人同士になっていたかもしれない」という話が思い浮かんだ。
それからシビル先輩が冗談なのか本気なのか「私、私」とでも言いたげに自分を指さしたものの、それにはあえてツッコミを入れずに、
「だから、僕にとってはどっちでも何も変わらない。リアが必要ないと思うならやめよう。……でも、僕たちの間にその繋がりができれば、お互いが生きている限り、リアが魔力に殺されることは本当になくなる」
離れていても魔力を共有し続けられる。
忙しくて魔力が溜まり過ぎてしまうこともなくなって健康に生きられる。普通の魔道具が使えるようになれば生活もずいぶん楽になるはずだ。
だから、
「どうかな、リア?」
少女は深く深呼吸をして、気持ちを落ち着けてからこう答えた。
「わたくしにとって、クリス様との出会いは奇跡であり運命でした。あの日の誓いは今でも変わっていませんし、胸には恋も愛もあります」
右手を持ち上げた少女は前に僕があげた髪留めに触れて、
「あなたを愛しています。他の誰にも奪われたくありません。……わたくしに縛られて、くださいますか?」
「うん」
差し出された左手を僕は取った。
「一緒になろう、リア」
◇ ◇ ◇
先輩方から思いっきり冷やかされた後、じゃあさっそく完了させてしまおう、といければ良かったんだけどそこまでうまくはいかなかった。
準備もあるし、僕たちの身体を慣らしていくためにも何段階かに分けて施術を行うことになり、すぐにとりかかれたのは第一段階、魔力供給を自動化する部分だけだった。
施術のために地下の一室に移動して、
「じゃあ、リアちゃんには脱いでもらおうかな」
「じゃあ、僕は外に出て──」
「出なくていいよ。どうせクリスちゃんにはリアちゃんに触れたままでいたもらわないといけないんだし」
魔術文字を刻み終えるまで傍にいないといけないから脱ぐところだけ見なくてもあまり変わらない。
「それに、身も心も一つになろうっていうのにいまさら恥ずかしがってどうするの?」
「それはそうですけど、さすがに恥ずかしいですよ!?」
「諦めよう少年。女の子の裸なんて見慣れてるでしょ」
「何割かはシビル先輩のせいなんですけど……?」
などと言いつつ、リアが下着姿になるまで後ろを向いているということで妥協した。
「コレットとしてはリア様の肌に傷がつくのは気が進みませんけれど……」
「大丈夫よコレット。傷ではなくて魔術文字だもの」
「じゃあ、リアちゃん。どこに刻もうか? おすすめは下腹部かな」
「どうして下腹部がいいんですか?」
「子宮の上に描くと魔法的な効果を発揮しやすいから」
「……っ」
もうちょっと包み隠して話して欲しい。
「心臓の上でもいいんだけど、文字が傷つく可能性が高くなるからね」
命を狙われる場合に攻撃されやすいのはどこか、という話。外傷によって文字が不完全になると効果がなくなる恐れがある。
「もしくは背中かな。後ろ側は限られた相手にしか見せないだろうし」
「下腹部ですと、ドレスのデザインによっては開きますからね」
「わたくしは肌を見せるデザインは好みませんので……下腹部でお願いいたします」
「了解」
施術には一時間ほどかかった。
その間、僕にできるのはリアの手を握っていることだけ。刻むと言っても流すのはインクではなく魔力。ただ、針を刺すことには変わりないのである程度の苦痛は発生する。
反対側の手をコレットさんに握られ、暴れないように足や肩を押さえられたリアはハンカチを噛んで痛みを和らげながら耐えきった。
「……さすがに『魔力喰らい』のせいで施術が難しかったよ。でも、成功」
終わると、リアの下腹部には複雑な魔術文字による白い輝きがあった。
手を離しても彼女の魔力がひとりでに流れこんできて僕の身体を満たす。熱い疼きがえんえん続く感覚はなかなかにもどかしい。
さすがにリアも疲労困憊の状態だったので、その日はもう二人揃ってゆっくり休むことになった。
「ですが、これでいつでもクリス様を感じられます」
「うん。……僕もだよ」
リアから熱いものが注がれ続けてその日は一睡もできないかと思ったけれど、疼きに耐えながらベッドに横になっていたらいつの間にか意識が落ちていた。
残念ながら「起きたらすっかり慣れていた」とはいかなかったし眠りもだいぶ浅くて、翌日の授業は自主休講としたものの、二日目、三日目と経つごとに身体の感覚に慣れて、感じつつも動けるようになった。
毎日、魔力がどんどん入ってくるようになったので戦いのための備えもばっちり。
リアのほうも数日すると本調子に戻って、僕たちは第一段階をクリアした。