魔力喰らい 〜魔女の学園でただひとりの少年〜 作:緑茶わいん
「では、クリス。始めましょうか」
「うん。……本気でやるよ、フランシーヌ」
「当然です。手加減などしたら許しませんから」
後期の日程はあっという間に過ぎて、通算四度目の試験も無事に終わった。
だんだんと基準は厳しくなっているけれど、僕たちだって成長している。学んできた成果を発揮すれば及第点を取るのは難しくなかった。
目指すのはその上。
僕は屋敷で学んだことを活かして座学をこなし、実技科目で高得点を狙った。
リアは座学の試験をほぼ網羅しつつ、いくつかの実技にも参加。試合形式の試験は武器がクロスボウしかなく、あれは威力が
そして、最後の日程。
僕とフランシーヌによる決闘形式のデモンストレーションが行われることになった。
『ぶっちゃけ、二人に関しては相手がほとんどいないんだよねー』
一年生相手だとほぼ勝ち確定、二年生以上が相手でも下手すれば普通に勝ってしまう。
そこで、マノン先生が特別に枠を設けてくれたのだ。
『派手な試合をみんなに見せれば意欲向上も狙えるでしょ?』
体のいい見世物に使われているわけだけれど、僕たちとしても気合いが入る。
好戦的なフランシーヌがノーと言うはずもなく、僕たちは屋外の決闘場にて多くの生徒に取り囲まれながら向かい合うことになった。
令嬢は動きやすいパンツスーツ。腰には何やら見慣れない魔道具? を用意している。
対する僕は身体にぴったりとしたインナーの上に短い胴衣とスカートを身に着けていた。インナーは網目状の素材になっていて、最低限の皮膚露出を残したもの。背中に念のため木剣も装着してきたけれど、基本的には素手で戦うつもりだ。
もちろん両手は別に手袋をして、この場に立つと同時に外した。
「頑張れー、クリス!」
「少年。君には期待している」
「クリス君。ポーションは用意してありますからね」
「あはは、まあ怪我しないようにね?」
先輩たちからの応援の他、ニーナから「やっちゃえクリス!」という過激な声援。
それから、
「クリス様。どうか存分に腕を奮ってくださいませ」
「うん。頑張るよ」
一番大事な人からの応援。
コレットさんもちょっと妬ましそうにしながらも「頑張ってください」と言ってくれ、ネリーも「どちらが勝っても公爵家としては誇らしいです」と遠回しな応援をくれた。
立会人はマノン先生。
「二人の実力はだいたい把握してるから、試験とは関係ないつもりで思いっきりやりなよ。今までの成果を出しきっちゃえ」
「言われるまでもありません」
「はい。僕も、フランシーヌが相手なら思いっきりやれます」
ざわついていてギャラリーも少しずつ静かになって、一瞬、静寂が満ちて。
「始め!」
合図と同時にフランシーヌが魔道具を手にした。
僕が腕を持ち上げて速射した魔力光を跳んでかわしながら、僕に向かって「それ」を突きつけてくる。クロスボウに似たトリガーが引かれると先端の穴から何かの輝きが見えて、
「───っ!?」
回避した僕の頬を熱いモノがかすめた。
思わず振り返って確認すれば、
「熱された、金属の球?」
勢いを失って地面に落ちていたのは小さな金属球だった。
この球を撃ちだす機構?
いや、球を何発も収納しておけるスペースはない。だとすると、生成したうえで撃ち出しているのか。穴から続く空洞の奥で熱風あるいは小さな爆発を起こして、生み出した球を飛び出させている。
「オリアーヌ様の弓にヒントを得て、お母様が作ってくれたの」
「おお。やるね、クローデットちゃん」
確かに言われてみると、フランシーヌが手にしている道具はクロスボウから弓自体を排除したような──射出機構だけを取り出したような構造をしている。
魔力を撃ちだすだけなら弓の形に拘る必要はない。
あのほうが小型化できるし、その分だけ軽量化もできる。狙いをつけやすいという利点はそのまま残っているので合理的だ。
「魔力効率が良くないのが難点ですけれど、貴方相手には有効でしょう──!?」
連続して撃ち出される球を僕は止まらず走り続けることでかわす。
狙われてから避けられない速さじゃないけど、少しでも油断したら当たる。
魔法自体は空洞の中で完結しているのなら吸引もしづらい。
そして。
「もちろん、魔道具だけでは終わりません──!」
逃げ続ける僕を押しとどめるように熱波が押し寄せる。
熱した空気を押し出す、炎と風を複合した高度な技術。熱さによって体力が奪われ、同時に風が動きを鈍らせてくれる。
そこを魔道具に狙われれば、
「なら!」
僕はフランシーヌに向き直りながら地面を蹴った。
金属球をかわしつつ風を纏い、斜め上に高速で跳躍。
すかさず魔道具を向け直してくる義姉に向かって拡散型の魔力光を放った。目くらましの効果もあるので相手の動きを止め、後退させることに成功。
互いの距離が多少詰まったことに安堵しつつ僕は地面に着地して、
「!?」
さっきまで少女が立っていたその場所が大きく陥没する。
「かかった!」
駄目押しの熱波。そして射出される金属球。
唇を噛んだ僕は手のひらを向けて、奇をてらわない高威力の魔力光を撃ち出した。
光が相手の魔法を呑み込み、押し返して。
魔力攻撃を防壁でいなしたフランシーヌは、ため息をついて宣言した。
「私の負けね。……本当、貴方とは相性が悪いわ」
歓声の中、マノン先生が宣言。
「勝者、クリスちゃん!」
実質、これが一年生の学校生活の締めくくりになった。
◇ ◇ ◇
僕の『魔力喰らい』はただ存在するだけで魔女に対する牽制になる。
フランシーヌもいろいろ対策をしていたけれど、持久戦も封じられている以上、物理的な攻撃だけでなるべく早く僕を倒さないといけない。
あの魔道具は一発撃つごとに魔力を持って行かれるうえ、連発すると本体が熱くなって変型してしまう。そのため冷気の魔法を使って冷やしながら撃っていたらしく、なおさら燃費が悪かった。
加えて、動きを止めたうえで攻撃してもその上から吹き飛ばされたのではあまりにも分が悪すぎる、という話。
僕の四度目の勝利は見ている人が多かったのもあって生徒たちの間で広く噂になって、
『一年生・年間首席:フランシーヌ・フォンタニエ』
数日後に発表された首席情報にすぐ打ち消された。
「当然ね。貴方もオリアーヌ様も苦手分野がはっきりしすぎだもの」
「って、どうして僕たちの家で紅茶を?」
「だって、寮や食堂にいると騒がしいじゃない」
当の義姉は発表の後、わざわざ家に来て自慢を始めた。
専属メイドさんの淹れてくれた紅茶を傾けながら悠然と語るその姿はなんというか自由。刺々しいよりはよっぽど良いし、本人としても嬉しかったんだろうと思うと少し可愛いけれど。
「ああ、そうだ。貴方たちも二位と三位、おめでとう」
「あはは。うん。ありがとう」
一年生での成績はリアが二位、僕が三位だった。
「悔しいけど、嬉しい結果かな。こんなに頑張れるとは思ってなかったから」
「なら、来年はもっと頑張りなさい。私たちには立ち止っている暇なんてないわ」
フランシーヌ・フォンタニエは本当に強い。
学園生活が後二年、ちゃんと残っているかもわからない中、慌てず腐らず前を向き続けている。
彼女には心底憧れるし、自分もこうありたいと思う。
「冬も忙しくなりそうだよね」
「そうね。貴方のお披露目もあるし、オリアーヌ様の誕生パーティ、それに、冬が明けたら卒業式」
リアの誕生パーティは学園で行うことに正式に決まった。
当然、準備が必要になるし、僕に関しては頼まれている仕事もいろいろあるのでちょくちょく学園に戻ってくることになりそうだ。
卒業式も忘れちゃいけない。
一年の節目ということは学園を去る人もいる。親しい人の中だとフェリシー先輩だ。ララ先輩は事情があって留年なので僕たちにとっては少しマシというか、寂しさは和らげられるけれど、それでも名残惜しいのは間違いない。
「先輩もちゃんと送り出してあげないとね」
「……と言っても、私は学園に残りますけどね」
「先輩」
噂をしていたら当のフェリシー先輩が研究部の部室からこっちにやってきた。
「先輩、学園に残るんですね。先生になるんですか?」
「ええ。薬学の先生の助手を務めつつ、研究部の副顧問を務めることになりました。マノン先生は忙しくて部室に来られないことが多いですからね」
「では、これからもお話できるのですね」
「はい。みなさんと離れ離れにならずに済んで幸いです」
貴族令嬢であり、有能な魔女でもあるフェリシー先輩には縁談も来ていたらしい。
「正直、結婚なんてピンと来ていませんでしたので、私としても良い結果なんですよ」
「……結婚は貴族令嬢の務めでしょうに」
「フランシーヌと違って私は跡継ぎ候補でもなんでもありませんからね」
進路についてはある程度自由がきくのだとフェリシー先輩は語った。学園に務め、給料の一部を家に納めれば家としては国への貢献と最低限の利益確保ができる。それはそれで貴族家として選択肢の一つに入るのだ。
「クリス君がもらってくれるのならそれでも良かったんですけど」
「なっ……!?」
「あら。なかなか女性から人気があるようね、クリス?」
「それはもう。クリス君に想いを寄せている女性は多いのですよ?」
初耳だ。学園に入ってから告白なんてなかったし──って言っても、僕にはリアがいたから当たり前なんだけど。
フェリシー先輩自身は冗談だとして、他の子の話は、本当に?
「まったくもう。この子のどこがそんなにいいのかしら」
「あら。フランシーヌ様もおわかりなのでは? 無骨な男性を苦手、あるいは嫌悪している魔女は多いですから、同性に近い感覚で付き合えるクリス君は優良物件なのですよ」
クローデットもサミュエルさんのような優しげな男性を選んでいるわけで、その話には確かに頷けるところがある。
と。
「……フェリシー先輩。クリス様はわたくしの恋人です」
リアがむっとして僕の腕を取る。
恋人同士になってからこうやって嫉妬してくれるようになったのは正直、とても嬉しい。リアみたいな可愛い子を独り占めしていると実感できるからだ。
だからこそ、僕は他の子の好意を受けるつもりは、
「ですから、どうしてもと仰るなら愛人でお願いいたします」
「リア!?」
この前「奪われたくない」って言っていたのに。
咎めるわけじゃないけれど、驚いて少女を見つめると、
「クリス様を奪われたくはありません。ですから、正妻はわたくしです。それは絶対に譲れません」
「あれ? えっと、それでいいの?」
この辺りは貴族と平民の感覚差かもしれない。
平民は普通一夫一妻だけど、貴族は愛人を囲ったり第二夫人を取ったりすることも多い。フランシーヌのところは平和だけど、家によっては夫人同士の権力争いがあったり、そのせいで子供たちまでいがみあったりしていることもあるらしい。
王族であるリアなら猶更。むしろ、彼女のほうが二人目の夫を取ることもできなくはないくらいなわけで。
するとリアはちらりと後ろに目をやって、
「コレットにも責任を取るのでしょう? でしたら、二人が三人になっても同じことです」
水を向けられたコレットさんは恋する乙女のようにほんのりと頬を染めた。
いつもならもっと冗談めかした反応をしてくれるのに、それじゃまるで本人もそう望んでいるみたいで。
「……クリス様の子供は多いほうがよろしいかと。リア様に何度もお身体の負担をかけさせるのも心苦しいですし」
僕は思わず呆然としてしまった。
確かに責任を取るとは言った。でも、そこまで想定していたわけじゃないというか。いや、確かにそういう意味にも取れるし、あんなことをした以上、できることは全部やるべきなんだけど。
どうしていいのか混乱する。
「それとも、クリス様。コレットではやはり不足でしょうか……?」
「そんなこと、絶対にありません」
これだけはきっぱり答えると、可愛らしい年上のメイドさんの顔に安堵が浮かんだ。
すると今度はリアが頬を膨らませて、
「クリス様。本気になるのは絶対に許しません。それから、結婚も出産もわたくしが一番先ですから。それは約束してくださいませ」
「う、うん。約束する」
なしくずしに答えた僕は、くすりとフェリシー先輩が笑うのを見て、
「これは、本当に立候補してしまいたくなりますね」
「やっぱり冗談だったんじゃないですか……!?」
意外と茶目っ気の強い先輩に恨みがましい視線を送った。