魔力喰らい 〜魔女の学園でただひとりの少年〜 作:緑茶わいん
「本当にいいの、リア? 僕がその、他の人と子供を作っても」
これだけは確認しておかないといけない。
夜、時間をもらえるようにお願いすると、少女は自分の部屋に僕を招き入れてくれた。
寝室と共用なので傍らにはベッドが置かれている。寝間着姿のリアはその上に腰かけると、僕に隣を勧めてくれた。
薄着の想い人にどきどきしながら、コレットさんが控えていることに少し気まずい思いをする。
でも、そのコレットさんが僕の愛人候補とか言われているわけで。考えるほどわからないというか、そんな美味しい話があっていいのかと思う。
リアはこれに微笑んで、
「構いません。……と、言いたいところですが」
青い瞳に一瞬、嫉妬の炎を宿した。
「正直に言えば複雑な気持ちです。……けれど、わたくしはコレットにも幸せになって欲しい。それも間違いなくわたくしの気持ちなのです」
「リア様。コレットはこのままあなたにお仕えできれば──」
「そうやって自分の幸せを投げ出そうとするのはコレットの悪い癖です。……クリス様のこと、憎からず思っているのでしょう?」
「……それは」
ちらりと向けられた視線に思いがけず熱が籠もっているのに気づいて、僕は胸が締め付けられるような嬉しさを覚えた。
「コレットがこの先、子供を宿すとしたらこの方の子供以外にはないだろう、とは」
「だったら叶えましょう。わたくしはあなたと一緒に幸せになりたい」
「……リア様」
コレットさんの瞳に涙が浮かぶ。
普段は明るく穏やかな彼女だけれど、本当はけっこう感じやすくて傷つきやすい人だ。それをわかってくれるリアはいい主人だと思う。
けれど、メイドをこれからも続けるのなら嫁の貰い手は限られる、というかほぼなくなるわけで。
リアとのつながりのためにコレットさんを利用しようとする相手を排除したらほとんど誰も残らない。
「コレット様がオリアーヌ様のお傍に仕える限り、ご主人様とも生活を共にするわけです」
ネリーが橙に近い瞳に苦笑を宿して、
「だったら、ご主人様のお相手をするのが一番手っ取り早くもありますね」
「手っ取り早いとかで決めるものでもないと思うけど」
「気心の知れた相手と将来を共に、と思うのはおかしなことじゃないでしょう? ……私だって、考えなくはありませんし」
「え」
「知っているでしょう? 男性の専属になる時点で『夜の相手をしているんじゃないか』という噂くらいは立つんです」
前にもそういう話はした。
ネリーの場合はいろいろ選択肢がなかったわけだから仕方ない部分もあったんだけど、それが時間と共に逆転したとしたら?
「……いや、うん。ものすごく嬉しいというか、男としては喜びたくなる状況なんだけど。なんだか僕にばっかり都合が良すぎないかな」
「クリス様は意外と女好きなんですね」
「ご主人様、そういうところはしっかり男性ですよね」
「男は魅力的な異性から口説かれたら反応してしまうものなんです」
これは生理現象というか本能的なものなのでどうしようもない。
女性はそういうの、男に比べたらあんまりないんだろうけど、これは生物的な違いが関係しているんだと思う。
「身体の仕組みから言っても、男性が多くの相手を得るのは理にかなっています。貴族家の婿養子に入った男性が二人以上の妻を娶る例も少なくはありません」
既に言われている通り、魔力量の多い男子は希少だ。
僕の子供が多く世に残ることは国としても願ってもないこと。女子なら高確率で魔女になるだろうし、男子が生まれた時、果たして魔力はどうなるのか研究的な意味でも価値がありそうだ。
「……じゃあ」
「はい。約束さえ守ってくださるのであれば、問題はありません。コレットたちの子供ならばわたくしも自分の子のように愛せると思います」
リアにとっても重い決断だったと思う。
でも、それが力と地位を持った人間の「責任の取り方」なのかもしれない。人を使うというのはその人の人生を背負うということでもあるのだ。
僕はしばらくそのことを噛みしめてから、
「わかった。ちゃんと責任を持つよ。みんなで必ず幸せになろう」
リアは今度こそ微笑と共に「はい」と答えてくれた。
「リア様。クリス様。……コレットは本当に、お二人とめぐり合えてよかったと思います。この人生を後悔する日はきっと二度と来ないでしょう」
コレットさんの涙が止まるまで、僕たちは手を握り合ってベッドに座っていた。
◇ ◇ ◇
学園での用事が終わった後、僕たちはすぐに城へと召喚された。
用件が用件だったので今回はパンツスーツで。リアは最上級のドレスを纏って、揃って謁見の間に跪く。
「この度、オリアーヌとクリス・フォンタニエを婚約させることになった」
例の処置に関連して陛下と王妃殿下にもあらためて許可をもらう必要が出た。
なにしろ王女様の身に傷をつけるのだから「別に構わないでしょそれくらい」では済まない。
もちろん、交際を認めてもらった時点で婚約したようなものなので断られる可能性はほぼなかったのだけれど、それはそれとして公の手続きも必要だということで、こうしてあらためて場が設けられた。
城内、貴族社会でも予想されていたことではあったはず。
ただ「早すぎる」ということで居合わせた人間は若干ざわつく。
「結婚は急ぐ話ではない。少なくとも二人の学園卒業を待ってからとなるだろう」
婚約が早まったのは戦争を控えているから、というのもある。
隣国の狙いはこの国。そして『永遠の魔女』の狙いは僕とリアだ。魔女も最終的にはこの国を滅ぼすなり乗っ取るなりしようとするだろうけれど、僕たちを差し出すことで戦況を遅らせられる、と考える者がいてもおかしくない。
そんな時、婚約が効果を発揮する。
僕またはリアに結婚を申し込んで手に入れることもできなくなるし、王女と公爵家養子のペアを隣国に引き渡すなんてことをしたら国賊として処刑は確実だ。
「クリスよ。オリアーヌを守り、これからも勉学に励むがよい」
「はい。必ず、働きをもってこのご恩をお返しいたします」
婚約の承認はつつがなく終了。
これで僕とリアは正式に陛下から結婚を認められたことになる。
陛下も言っていた通り、結婚は早くて二年後。結婚したら城の中に部屋をもらうか、あるいはどこかに屋敷をもらってそこで生活することになる。
フォンタニエ家の屋敷に住むでもいいけれど、それはちょっと「養子が大きな顔をしている」とか変な噂が立つかもしれないし、なるべく避けたほうがいいかもしれない。
「いっそ静かな場所に居を構えるのもいいかもしれませんね」
「そうだね。のんびりできそうだし……。でも、ルシールやみんなが寂しがるかな」
現実的に考えると『永遠の魔女』の件が片付くまで人の少ない場所にはいかないほうがいい。
学園でやることもまだまだあるので都に屋敷をもらうのが一番かな、とは思う。
「まあ、まだ先の話だもんね」
「ええ。周知の時間も必要ですし、式の準備もしなければなりません」
「お二人とも育ちざかりですから、衣装を仕立てるのも大変ですね」
「あ、そっか。あんまり早く作り始めるとサイズが変わっちゃうかもしれないんですね」
魔力問題が解決してからリアも少しずつ成長しているし、僕も背が伸びたり、胸が膨らんだり、望ましいのもそうでないのも含めていろいろ成長している。
「ルシールさんも大きくなっているでしょうか」
「あの頃の子は急に成長したりするもんね」
お城から馬車に乗って公爵邸へ。
少し前に二か月過ごしただけなのに、前庭に降り立つと「帰ってきた」と感じる。二回くらい後期の間にも戻ったのでそんなに空けていたわけでもないんだけど。
ゆっくりと庭の植物を楽しみながら屋敷の前までたどり着くと、中からルシールが飛び出してきて僕に抱きついた。
「お帰りなさいませ、お兄様っ」
「ただいま、ルシール」
本当に少し背が伸びたかもしれない。
髪を優しく撫でながら口に出すと、少女は嬉しそうに「わかりますか?」と微笑んだ。
「お兄様、リア様。また新しい魔法を覚えたんです。見てくださいますか?」
「うん、もちろん」
「わたくしも楽しみです」
ルシールは身長だけじゃなくて表情も少し大人っぽくなっていた。
これは戦争の可能性について聞かされたからだ。
前に三人で屋敷に戻った時、彼女は「私も立派な魔女になって国のために戦います!」とフランシーヌの前で宣言した。
『駄目よ。ルシィが行く必要はないわ』
令嬢は彼女にきっぱりと返答。
どうして、と尋ねられればにこりと微笑んで、
『適材適所よ。あなたの魔法は戦いに向いていないでしょう? 壊すのは私に任せなさい』
『でも、それじゃ私は足手まといです!』
『そうね。学園で十分に学んでもいない魔女なんて確かに足手まといよ。……だからこそ、あなたはまず学園を卒業しなくっちゃ』
もちろん、フランシーヌだってまだ卒業生ではないけれど、
『学園長も陛下も、在学生に戦う許可はお出しにならないでしょう。ですから、私たちも戦えるのは二年後。……そして、ルシィの場合は四年後です』
開戦の気配が少しずつ高まる中ではあまりにも長い期間。
逆に考えると、
『安心なさい。あなたが卒業するころには全て終わっているわ。この国を舐めないでちょうだい。なにしろ、この国にはお母様がついているんだから』
『そう、ですね。そうですよね、お姉様』
このやりとりによってルシィは焦るのを止めてくれた。
代わりに今まで以上に意欲的に勉強に取り組んでいて、戦闘以外の方法でみんなの役に立とうと頑張っている。
治癒魔法があれば傷ついた人を癒せるし、土や水を操作する魔法は荒れた土地を修復するのに役立つ。応用して雨を降らせる魔法なんかを使えれば作物の成長を早めることだってできる。
直接戦うだけが戦争で役に立つ方法じゃない。
シビル先輩やフェリシー先輩が得意分野で頑張ろうとしているように、ルシールにもルシールのやり方がある。
「私、学園に入ったら研究部に入りたいんです。いいですよね、お兄様?」
「えっと、僕としては大歓迎だけど……」
「フランシーヌ様が難色を示しそうですね……」
リアと共に抱いた懸念は当たっていて、この話を聞いた義姉は、
「研究部なんて怪しげなところに入らなくとも、気の合う先生に師事して研究を手伝えばいいでしょう。あんな部にいたらクリスの毒牙にかかってしまいかねないわ」
「毒牙? お兄様、血を吸ったりできるんですか?」
「で、できないよ。……あれ? できるのかな?」
「クリス。そこで不安にならないでちょうだい」
牙を生やすくらいなら身体強化等の延長でたぶんできる。
体液を用いた魔法もあるので血にも魔力が含まれているはずで、もしかすると『魔力喰らい』が使えるかもしれない。
もちろん、そこまでする意味もないので「できない」とは答えたんだけど、
「吸血プレイって、ご主人様、さすがにレベルが高すぎませんか?」
「しないよ!?」
僕の専属メイドが変なことを言い出したせいでリアまで変な顔をして、
「血を吸われるのはきっと痛いのですよね? ……ですが、クリス様になら……」
「だからしないってば!?」
ちなみに他国には『吸血の魔女』なる魔女も存在しているらしい。
冗談がきっかけ、というわけでもないけれど、休みの間に自国、他国の魔女についても調べておくことにした。
もしかしたら実際に戦うこともあるかもしれないし、知識は多いに越したことはない。
「お兄様、リア様。こちらにはどれくらいいられるのですか?」
「えっと、二、三日おきに学園と行ったり来たりしようかなって」
「忙しいわね。まあ、仕方ないけれど」
そう言うフランシーヌもリアの誕生パーティに協力してくれているのでけっこう忙しい。
「パーティにはぜひ来てくださいね、ルシールさん」
リアがそうして声をかけると、義妹は「はいっ」と明るい声で答えた。