魔力喰らい 〜魔女の学園でただひとりの少年〜 作:緑茶わいん
「どうですか? この花は私の新しい魔法で育てたんです」
屋敷の中庭は綺麗に手入れされて、訓練場も丈の低い草で覆われていた。
冬が終わるまでにはここもまた荒地になるんだろうな、と思いつつ、ルシールが案内してくれた一角へ移動すると、そこは花壇のように仕切られていて白い花が咲いていた。
たしか、開花の時期が長くて育てやすい種類だったはず。
花壇の中もいくつかに区切られてブロックにより成長具合に差があるみたいだ。
「ルシールさん、もしかして植物を育てる魔法を?」
「はいっ。これ、全部同じ日に植えた花なんです」
全部いっぺんに植えた上で世話の仕方は変えず、与える魔法だけを変えた実験用の花壇。
「何も魔法をかけていないものと、魔法で栄養を与えたもの、さらに水を与えたものに、魔法の光を加えたものです」
「実験方法は私がアドバイスしたの。見るのはこれが初めてだけれど、上手くいったようですわね」
「うんっ。お姉様のお陰だよ」
植物を育てるには肥料と水、光が大事。
普通に育てる時も気を遣うけれど、魔法を使って大事に育てるとさらに効果が出る。
手をかけて育てた植物は早く成長したり大きく美しい花を咲かせたりする。
「なかなかの出来栄えね。もっと上達すれば食物生産力の向上にも役立つんじゃないかしら?」
「本当ですか……っ!?」
僕のほうを振り返った義妹に「そうだね」と答える。
「もちろん、この分野も研究が盛んだけど、これからもっと必要になるだろうし。優秀な魔女がいたら心強いと思うよ」
「そうなんですね。じゃあ私、もっと勉強してみようかなあ……?」
「それは良いことですけれど。ルシィ、どうして私ではなくクリスに確認したのかしら?」
「だってお姉様、ときどきほめ過ぎるくらいに褒めてくれるから……」
本当にすごいのかどうか知りたい時は役に立たなかったりする、と。
妹思いだからこそ信頼できないという理不尽にフランシーヌが少し仏頂面になった。
「クリスももっとルシィの相手をしなさい」
「僕のせいなんだ……!?」
愕然として言い返せば、義妹に「本当にお二人は仲が良いのですね」と笑われてしまった。
◇ ◇ ◇
サミュエルさんやクローデットからの情報によると、隣国との交渉は難航しているらしい。
こっちは『永遠の魔女』の討伐協力あるいは引き渡しを求めたものの、隣国はこれに法外な対価を要求。
自国出身の魔女を討伐する、というスタンスを批判し、魔法院の不祥事などもあわせてこの国の問題点を指摘してきている。
最初から仲良くする気なんてないらしい。
万が一、要求が通るならそれはそれで利益になるし、のらりくらりと交渉を行いながら裏で戦争の準備を進めている。
こっちもできるだけ時間を稼ぎたい状況なのでお互い様ではあるけれど、あまり気持ちのいい態度とは言えない。
「他国との話し合いもあまり上手くは行っていないんだ」
「他国から見れば『永遠の魔女』など別の国で大昔に起きた伝説に過ぎません。果たしてその危険性をどこまで把握できているか」
人は突然発生した大問題に弱い。
日々を平穏に送れていればいるほど「そんなこと起こるわけがない」と思ってしまうからだ。
自分の常識から外れた事態はぜんぶなかったことにして、結果判断を誤ってしまう。国の上層部であってもこうならないという保証はない。
「隣国はともかく、他国との関係は保ちたいですよね?」
「もちろん。二つ以上の国から同時に攻められたら不利は避けられない」
単に隣国と言った場合に表される国は最も国境線の広い一国だけれど、この国と国境を接している国は一つじゃない。
そちらの国からは絶対に攻められたくない。
隣国が交渉を引き延ばしてくれているのは他国との交渉をするうえでも役立つ。ここでなんとかいい条件をまとめて少しでも立ち位置を良くしたい。
「政治に関しては大人に任せておいてくれ。君たちは自分を高め、未来を見ることに専念して欲しい」
「どうしても役に立ちたいと言うのなら自由な発想を飛ばしなさい。技術の面で年長者には敵わないのだから、貴方たちに求められるのは大人が思いつかないような突破口です」
マノン先生の率いる研究部が強いのもそういうところにあるかもしれない。
あそこのメンバーは優秀である以上に自由な研究馬鹿だ。前例にとらわれずにあれこれ試して新しいものを作り出せる。
ルシィみたいな若い才能もこういう分野では強いかもしれない。
「せっかくですから、ルシィも交えてなにか面白いアイデアがないか考えてみましょうか。うまくいけば採用されるかもしれません」
「そうですね。訓練ばかりでは身体がもちませんし、息抜きにもなります」
僕、リア、フランシーヌにルシィ。
それぞれ忙しい合間を縫ってお茶会を開き、面白そうなアイデアを出し合った。
「ルシィの得意分野ですし、作物の育成でなにか新しい方法はないかしら」
「そうですね……。食物の生産におけるネックは生育期間と場所、ですよね」
「場所かあ。って言っても空に作るわけにはいかないもんね」
「建物の屋上に畑を作る発想は実際にあります。実際に行っているところもあるはずですが、敢えて建物を建ててまで行うことではありませんからね」
「ねえお姉様、建物の中にも畑を作ることはできないのかな? あとはほら、地下とか!」
「屋内や地下は日が当たらないのがネックなの。太陽の光は植物の育成に欠かせないわ」
屋内なら壁をガラス張りにするとかで多少はマシになるけど、地下は完全にアウト。
地面をガラスに置き換える? そこまでするコストを他に回したほうが絶対にいい。
「太陽の光を魔法で作れればいいんだけど……」
「光と一口に言っても、あれは複雑な光よ。再現するには特別な感覚が必要でしょうね」
「そうなの? 私、結構できそうな気がするよ?」
「本当ですか、ルシールさん?」
ルシールは実際に試してみてくれた。
太陽の光に似た、温かみのある光。合っているか間違っているか判定する方法がないのでなんとも言えないけれど、少なくとも僕には真似できない魔法だと思った。
フランシーヌも同じだったらしく、ルシールの生み出した光を見た後、自分の手のひらをじっと見つめて──はあ、とため息をついた。
「太陽光の再現。十分に賞賛に値する技術よ。……ルシィには『陽光の魔女』の称号が似合うかもしれないわね」
新技術、新魔法の多くは特殊な感覚を持った本人専用の特殊魔法を解明するところから生まれる。
僕やリアの体質が新しい魔道具を生み出しているように、もしかするとルシールも将来、大きな成果を挙げるかもしれない。
お茶会を終えた後、妹の部屋を出たフランシーヌはこうも呟いていて、
「植物育成に携わるのなら安全な場所にいられるでしょう。……私としては一石二鳥よ」
僕としても同意見。
だけど、生まれ持った才能が破壊に向いていた少女は救われないし、その才能のせいで過酷な戦いを強いられる。
彼女にも絶対に生き残って欲しい。
そう思った僕はフランシーヌに告げた。
「この休み中に防御魔法を練習するよ」
すると紅の少女は炎のような瞳を僕に向けて、
「むしろ、今まで手付かずだったのが信じられません。さっさと最低限は使えるようになりなさい」
◇ ◇ ◇
冬休み中には僕のお披露目とリアの誕生パーティが立て続けに行われた。
リアの誕生パーティは学園にて。
マノン先生が大盤振る舞いで広いホールを貸してくれ、学園のスタッフも給仕として使わせてくれたので思ったよりも盛大な催しになった。
代わりに魔法のかけられた招待状がないと参加できない仕様。
それでも、現王女の誕生パーティとあってか多くの人が参加。
「今日の料理は私も手伝ったの。自信作だからぜひ食べてね!」
料理屋の娘であるニーナは食堂スタッフと仲良くなったのを活かして調理面でも活躍。
「これからは本格的にお手伝いをさせてもらおうかなって。いろんな料理方法を覚えたらあとあときっと役に立つでしょ?」
実家の料理屋を盛り立てると共に、戦争でも料理で協力する。そんな夢のために彼女もいろいろ動き始めているらしい。
「ここが学園……。みんなが学んでいる場所なんですねっ」
初めて学園を訪れたルシールは可愛らしいドレスを纏い、目を輝かせながらあちこちを眺めていた。
フランシーヌが「仕方ありませんわね」とか言いながら案内していたのできっと将来に向けての見学としても役にたったと思う。
休み中なので生徒の中には参加できない人ももちろんいたけれど、来てくれた人はみんなリアの誕生日を祝ってくれた。
マノン先生はもちろん、クローデットやサミュエルさんまで顔を出してくれたし──さらにはリアの兄や姉、つまり王子殿下や王女殿下まで姿を見せたので僕は心臓が止まりそうになった。
堅苦しくない格好で、というドレスコードで、在学生はみんな制服だったのが良かったような悪かったような。
リアの婚約者として挨拶するのは本当に緊張した。
それでもなんとか応対して、パーティは盛況のうちに終了。
「さあさあ、片付けは私たちに任せて二人はのんびりしてなさい!」
ニーナたちが気を利かせてくれて僕たちを先に返してくれたので、
「少し、静かなところに行こうか」
「はい」
久しぶりに寮の中にあるリアの部屋を使うことにした。
学園付きのメイドやコレットさんが定期的に掃除してくれているので部屋は万全の状態。魔法によって防音も施されているので、ここなら落ち着いて話ができる。
「……ちょっと暑いかも」
「そうですね……。少し、お酒を飲み過ぎてしまいました」
主役であるリアはもちろん、傍にいた僕もさんざん勧められて断りきれなかった。
お酒にはそんなに弱くないけれど量を飲めばどうしても影響は出る。
「お二人ともお疲れ様でした。お部屋の中ですから楽な格好でも構いませんよ」
コレットさんとネリーが僕たちの服を脱がせてくれて少し楽になる。
昔に比べたら使用人のいる生活にも慣れてきた。ネリーが平然とスカートまで脱がせてきたのはどうかと思うけど。
「どうせご主人様、下着でも男かわからないじゃないですか」
「そうだけど、せめて羽織るものが欲しいかな」
「こんなこともあろうかとクリス様の分もご用意しております」
どんな想定だ、とは言いづらい。
コレットさんの抜け目ない配慮に「ありがとうございます」とお礼を言って薄い羽織りもので肌を隠した。
「ネリー。あれを出してくれる?」
「やっと渡すんですね。いつ出すのかと思ってました」
リアへのプレゼント。
何にしようかさんざん考えた末にすごく普通な品物に。
小さな箱に入ったそれをメイドから受け取り、リアの前に跪いて差し出すと、少女は丁寧な手つきでそれを受け取って、
「開けてもよろしいですか、クリス様?」
「うん」
開かれた箱の中に入っていたのは、指輪。
嵌まった石の色は青。
「少し遅くなったけど、婚約の証も兼ねてこれがいいかなって。……どうかな?」
「……はい」
リアは箱ごと指輪をぎゅっと抱きしめると、呟くようにして答えてくれる。
「ありがとうございます。大切にいたします」
婚約の際のプレゼントは特にこれ、と決まっているわけじゃない。
貴族だと花束の他に何かアクセサリーを贈ることが多くて、ネックレスやピアスなんかが特に人気があるらしい。求婚に指輪を贈るのはむしろ平民の作法。
豪華なネックレスは本当に高いので素材次第で安く抑えられる指輪が選ばれるんだと思うけど、そこは僕なりに心をこめたつもりだ。
「この石は魔石、ですか?」
「うん。先生にも協力してもらって自分で作ったんだ。……リアを思い浮かべたら自然にその色になってて」
豊富な魔力に任せて何度もやり直し、一番いいのを使った。
指輪自体にも防御の魔法がかかっていて、効果が低めな代わりに長く持続するようになっている。魔力がなくなったら僕がまた籠めればいい。
「鎖につないで首にかけてもいいし、少なくとも護身用には使えるかなって。もちろん気休め程度だから無理に使わなくても──」
「クリス様」
「わっ」
腕を引かれた僕は少女のベッドに導かれ、半ば強引に寝かされた。
仰向けになった僕の傍に少女が手をついて、
「必ず大事にします。だから、そんな不安そうな顔はなさらないでください」
「……リア」
お互いの顔が近くにある。
「世界に一つだけの指輪。あなたの気持ちは深く胸に染みました」
重なった唇から熱い感情が湧き上がって僕たちの胸を満たした。