魔力喰らい 〜魔女の学園でただひとりの少年〜 作:緑茶わいん
僕のお披露目は公爵家のお屋敷にて。
リアの誕生パーティは制服だったけど、こっちはドレス。パンツスーツにしなかったのは「もう今更だし」っていうのと、僕への変な求婚を避けるためだ。
女の子の格好をしていれば女性からのアプローチは減る。
男性からのアプローチは「男なので」で断れるから問題なかった。
──まさか、こっちにも王子・王女殿下が来るとは思わなかったけれど。
陛下や王妃様の名代という意味もあるらしい。
妹の婚約者とは仲良くしておきたい、と言われてまたまた困った。
この日までにいろいろ催しがあったおかげで国内の主要貴族の顔と名前はだいたい、なんとなく、ある程度は覚えられたと思う。
「この先、戦場で肩を並べることだってあるかもしれないわ。きちんと憶えておきなさい」
そう言うフランシーヌはどうなのかというと、
「憶えているに決まっているでしょう? 私が何度、この手のパーティに出席したと思っているの?」
さすが、生まれながらのお嬢様は年季が違った。
ともあれこれで僕も正式に公爵家の子供として認知された。横やりを防げることにほっとしつつ、できるだけ周りの人と話すようにしながらパーティを終えて、
「……防壁ってけっこう扱いが特殊じゃないかな?」
僕は新しい魔法の習得に苦戦していた。
フランシーヌに相談すると彼女は「そうかしら?」と眉をひそめて、
「迫りくる脅威を妨げるイメージよ。簡単でしょう? ……ああ、貴方の場合、大概の魔法だと脅威にならないもののね」
「うーん……そのせいなのかな?」
見えない壁、あるいは盾っていのがイメージしづらい。
力を放出するんじゃなくて自分の傍に固定するっていうのも性に合っていない感じだ。
これに関して、珍しく家に戻ってきたクローデットの見解は、
「幼少期から魔法に触れていなかった弊害かもしれませんね」
小さい頃は当然、今よりも非力だ。
身の危険もそれだけ大きいわけで、身を守る意思を形成しやすい。
「クリス。貴方の場合、自己と他者の境界線が曖昧なきらいがあります。それもまた『拒絶』の魔法習得を困難にしているかもしれません」
「境界線……?」
「ご主人様は人の事情まで自分のことみたいに悩み過ぎだってことです」
「『
ただ、魔法による攻撃ならともかく、魔法を介して、あるいは普通の武器で物理攻撃をされた場合は「拒まず受け入れる」わけにもいかない。
頑張って防壁を身に着けるか、それとも他の方法を試すか悩んだ末、僕が選んだのは、
「喰らいなさい!」
「喰らわないよ……っ!」
フランシーヌの魔道具から放たれた弾を、不可視の
力を失った弾はぽとっと地面に落ちて無力化。
「なるほどね。まあ、落としどころとしては良いんじゃないかしら」
「ありがとう。……うん、このほうが性に合ってると思う」
防壁を固定化するのは難しかったので「要は防御できればいいんだよね?」と、浅く魔力放出して攻撃を迎え撃つ方向にしてみた。
これなら魔力放出の応用なので得意分野だ。
難点は魔力効率が悪くなることだけど、リアのおかげで魔力はたくさんある。
義姉は少し呆れたような表情を浮かべて、
「毎日のように訓練しているくせに減るどころか魔力が増えているでしょう? ……貴方、ますます肌や髪が繊細になっているわ」
「あはは、そうだね。実は、そろそろちゃんとした下着が必要になりそうなくらいなんだ」
下じゃなくて上の話。
自分の胸が膨らんでいるのは変な気分だけど、一方で周りのみんなに「ある」ものだから、むしろそのほうが自然な気もしている。
同席していたルシールがにっこりと笑って、
「リア様も最近、綺麗になりましたよね? 大人っぽくなったっていうか」
「ありがとうございます」
「リア様もクリス様もお年頃ですからね」
微笑んで応じるリアと、笑顔でこっちを見るコレットさん。僕はこほんと咳ばらいをして誤魔化した。
「後は卒業式かあ」
「卒業と言っても、今年は魔法院に入る生徒が例年よりも多いわ。貴方のところの先輩のように学園へ残る者も相当数いるから、そこまで寂しくはならないでしょうね」
地方に行ってしまう先輩もいるので全員とはいかないものの、結婚して家に入る先輩ともパーティなど顔を合わせる機会はある。
社交が重要視される貴族社会もこういう時には良いものだと思う。
◇ ◇ ◇
卒業式。
卒業生は「生徒の立場ではなくなった」という意味を込めて制服ではなくドレスで出席する。
着飾ったフェリシー先輩は本当に綺麗で、どこからどう見てもおしとやかな貴族令嬢にしか見えなかった。
「クリス君? それは普段の私が令嬢に見えないということですか?」
先輩にはミシェル先輩が代表して花束を渡した。
髪をまとめて凛々しい装いをしたミシェル先輩はどこか男っぽくも見えて、穏やかなフェリシー先輩と並ぶととても絵になった。
戻ってきた彼女は「どう、決まってた?」といつも通りだったけれど。
「これからもクリス君にはポーションの処理をお願いしますね」
「は、はい。できればお手柔らかにお願いします」
処理するポーション・魔道具の量は日に日に増えている。
作られる量が増えているのもあるけれど、依頼人自体が増えているせいだ。
さすがに処理しきれなくなってきたので、魔力を抜いたアイテムを廃棄するお手伝いを友人たちに依頼することにした。
平民出身の生徒はお小遣いが少なくてアルバイトを求めているので嬉々として手伝ってくれる。これで僕はその分、魔力抜きに専念できる。
魔力抜きと言えば、ようやく「触れただけで吸収する」状態を止められるようになった。
「じゃあ少年。魔道具を掴めるようになったってこと?」
「はい。まだ意識してないと吸収しちゃうので使いどころは限られますけど……」
例えば右手だけ吸収を止める、なんてこともできる。
「ふっふっふ。それは良いね。実に良いよクリスちゃん」
「マノン先生? いったいどうしたんですか?」
「魔道具が持てるようになったなら、リアちゃんみたいに武器を使えるでしょ?」
「あっ」
僕は魔道具がなくても攻撃できるけど、リアのクロスボウやフランシーヌのアレは意識して魔力を動かさなくても使える、という利点がある。
魔力の収束率も高くて威力が出るので戦闘には有効だ。
「実はリアちゃん用の新装備がほぼ完成してるんだ。だから古いのはクリスちゃんに使ってもらうのもいいかも」
「それはいいですね。クリス様が使ってくださるなら何よりです」
リアの新装備は形状をクローデット製、フランシーヌ用の新型と同様にした軽量型。
「便宜的に
軽く小さくなったことで取り回しが大きく向上。
非力なリアでも運用しやすくなったうえ、魔力効率も以前より良くなっている。
「威力は前のより抑え目にしてみたよ。人に当てても死にはしないくらい」
威力の低下は良しあしだけれど、護身用に使いやすくなったのは大きい。
襲撃者を無力化したいけど殺したくはない、という時だってある。威力が足りなければ連射すればいい。
リアの新型に合わせて前のクロスボウも弓部分を排除、すっきりした形に改良されて僕の手に渡った。
「ありがとうございます、マノン先生。大切に使いますね」
「うん、そうしてよ。リアちゃんが活用してくれれば予算も増えるかもだし」
前に「魔力効率が悪いから他の子には使いづらい」と言っていたシューターも改良によって前よりは使いやすくなった。
誰でも一律の魔力攻撃が行えて狙いもつけやすい、というのは武器として画期的だ。
戦争を見据えた今の状況、大量配備も検討されているようで、そうなれば国から予算が入ってさらなる研究・量産が可能になる。
「現実的に考えると魔石から魔力を供給する形式?」
「そうだねー。トリガーから高速かつ大量に魔力を引き出すやり方だと急激な消耗で倒れかねないし」
フランシーヌのシューターには吸収機能がついておらず、代わりに本人の魔力運用能力で補っているものの、それはそれで誰にでもできるわけじゃない。
「魔石を素早く交換できるようにすれば極端な話、一般兵でさえかなりの戦力になりそうですね」
「最初は騎士とか魔力の低い魔女からだろうから、さすがにそこまで行き渡るのは先の話になりそうだけどねー」
戦える人が増えればそれだけいろんな事態に対応しやすくなる。
「……もちろん、高位の魔女に対抗できるのは高位の魔女だけだけどね」
◇ ◇ ◇
事件が起こったのは入学試験──僕たちの二年生への進級が近づいてきたある日のことだった。
準備や各種作業から学園に戻っていた僕たちは噂を聞きつけてきたネリーによってその話を聞いた。
「王城に緊急の伝令が来たようです。……他国からの襲撃だと」
「え……!?」
隣国ではなく他の国から。
最悪の形での開戦の気配に緊張が走る。
国境から都までは遠いのですぐにここが戦場になることはないだろうけれど、心構えくらいは必要になるかもしれない。
と。
やきもきしている間に続報が入って、
「どうやら『城塞の魔女』──女王御自らおいでになられ、国境の警備兵に都までの案内を希望したそうです」
「え、ちょっと待って、それって……!?」
「はい。攻撃ではなかったみたいですが、ある意味余計に厄介ですね」
さらに遅れて入ってきた詳しい状況は、こうだ。
国境警備兵はある日、国境の向こうから
城塞は国境をまたぐ直前で止まり、その中からはかの国の
『貴国の王と話がある。都まで案内せよ』
城塞の魔女。
その名の通り、自分の魔力を使って城塞を築くことを得意としている。
移動してきた城塞には下に無数の車輪がついていたそうで、それによって重い本体を受け止めながら自走を可能としているらしい。
人間だって杖をついて三本足になれば体重を支えやすくなる。無数に分散させれば耐えられるのも理屈ではあるけれど、
「走る城塞に乗って女王が直接来るって……」
「常識外れもいいところですね……」
かの国はこの国と違って「魔女が国を統べるべし」という思想を持っている。
強い王にこそ民は従う、というのも一理ある。そして、今の女王はまさに「力」を象徴するかのような実力者、大きくて堅牢な城塞を単独で作り上げてしまう異才の魔女だ。
最近、他の国の魔女について調べていたところだし、彼女についてももちろん触れていたけれど、噂通り、いやそれ以上に豪胆かつ大胆な女性らしい。
「あはは。まあ、馬車と違って中に部屋もあるわけでしょ? ある意味移動しやすいのかも」
「だからって城塞で王都まで来られたら大問題だよ……?」
中には兵や他の魔女も載せられるわけで。
むしろ「戦争しに来ました」って言われたほうがわかりやすいくらいだ。
「かと言って突っぱねてしまえば開戦を受け入れているようなものですね……」
コレットさんの見解に僕は「確かにそうですね……」とうなった。
「では、要求を呑むしかないのでしょうか」
「そうでもない。城塞から降りろと要求する権利はあるはず」
「どうするかは陛下の裁量次第ですが……」
陛下は結局、女王と城塞をそのまま受け入れることにしたらしい。
「女王が囮、という可能性を考慮したのかもねー」
女王は単独でも城塞を作れるわけで。
兵と引き離すために移動城塞から降ろしたと思ったら都付近に新しい城塞ができてしまいました、となってもおかしくない。
さらに言えば「本当に『城塞の魔女』が女王なのか」という問題もある。
影武者が城塞を操って女王を名乗っていた場合、いろんな意味で最悪だ。『城塞の魔女』を懐に入れたまま、国境付近で置かれたままの移動城塞にも対処しなければならなくなるかもしれない。
それよりは友好を示したほうがあとあとのため、という判断。
「さて、うまくいくといいけど……」
都の傍まで移動してきた城塞はものすごい迫力だった。
学園の中にいてもその姿を遠目で見られる。
都の中の警備もものものしくなり、人々に緊張が走る中、女王との直接の会談がマノン先生やクローデットの立ち合いの元で行われ、
「クリスちゃん。悪いけど一緒に来てくれる? 女王陛下が会いたいってさ」
疲れた顔で帰ってきたマノン先生に僕は驚くべきことを求められた。