魔力喰らい 〜魔女の学園でただひとりの少年〜 作:緑茶わいん
登城はもう何度目かになるけれど、いっこうに慣れる気がしない。特に今回は相手が相手だ。
「いざという時に動けるようパンツスーツのほうがいいですかね?」
「敵意がないことを示すために敢えてドレス、というのも良いかと」
服装についてはネリーとコレットさんの意見が割れた。
折衷案ということで制服にアクセサリーをつけて登城することに。ついでなので軽くお化粧もしておく。魔道具や武器の持ち込みは事情が事情だし、信用のおかげで許可してもらえた。
「シューターの鞘はスカートの中に隠しておきましょう」
「僕はそれでいいけど、リアは困るんじゃないかな?」
緊急時とはいえスカートをめくりあげるのはどうかと思う。
「リア様の分はコレットが持っておきます」
「ええ、お願いね、コレット」
「……まあ、さすがにいきなり襲ってきたりはしないと思うけどねー」
言いつつ、遠い目をするマノン先生。
城へ向かう馬車に揺られながら詳しく尋ねると、
「クリスちゃんたちは女王陛下について知ってる?」
「はい、少しくらいなら」
『城塞の魔女』エルフリーデ・ラ・プリンツェンツィング。
現在二十三歳。
側室の娘で、十六歳の時に先代から女王の座を引き継いだ。理由は若い王族の中で最も魔法の才があったという一点だけ。
先代女王にしても亡くなったとか病に臥せったわけではなく、五十を過ぎて能力に衰えを感じ始めたための引退。つまりエルフリーデは先代から「今の自分よりも強い」と認められたということ。
配偶者はなく子供もなし。
プリンツェンツィングでは王族の中で最強の魔女が王位を継ぐ伝統なので、エルフリーデ自身が子を産む必要は必ずしもないものの、早急な結婚を求める声はやはり多く、内外から求婚が殺到しているとか。
「うん、それだけ知ってれば十分かな。かの国──プリンツェンツィングは伝統が示す通り実力主義。エルフリーデ陛下も横暴というか我が儘というか傍若無人というか……」
「我が儘……フランシーヌみたいな感じですか?」
「フランシーヌちゃんなんて可愛いほうだよ。あの子が女王の立場なら他の国にいきなり乗り込んだり絶対しないでしょ?」
「確かに……」
義姉の場合は女王という役割の重荷にいっぱいいっぱいになって潰れてしまうほうがありえる。
エルフリーデはそういう状況でも飄々と自分のやりたいことを貫ける人、ということか。
「先生。僕、会いたくないです」
「そう言わないで会ってよ。向こうの目的の一つみたいだから会わないと帰ってくれないよ」
「……女王が留守にして国は大丈夫なのでしょうか?」
「執務に関しては先代女王もサポートできるだろうし、大丈夫なんじゃない? もし他国から攻められても移動城塞で帰ればいいし」
スケールが規格外過ぎてなんかもうよくわからない。
「結局、先方の狙いはなんだったんですか?」
「直接対話」
けっこう自由な性格のはずのマノン先生でさえ「ほんとなんなのあの人」という顔でため息をついて、
「『永遠の魔女』の件とか伝聞だけじゃ判断できないからって陛下に直談判したうえ、お城の書庫を使わせろって。しかも本人がものすごく強いんだから目も当てられないよ」
「はた迷惑を絵に描いたような方ですね……」
と、ネリーでさえ遠い目になって呟く始末。
「じゃあ、僕が呼ばれたのは『永遠の魔女』関連なんですね?」
「そうだね。クリスちゃんならあいつを倒せるかもしれない、って言ったら『じゃあ会わせろ』って」
それは確かに会うまで帰ってくれなさそうだ。
どんどん気が重くなってくるけれど、僕が完全に覚悟を決める前に馬車は城へと到着してしまった。
いつもより厳重な護衛に囲まれて案内されたのは、謁見の間でも城の奥でもなく、
「お城の大書庫──」
建国以来、集めに集められた数々の書物が収められているこの国の知の集大成。
訪れるのは初めてだけれど、広大な空間を埋め尽くすように存在する無数の本棚、そこに納められた本の数々に息を呑むしかない。
本独特の匂いが空間を満たしていて、勉強が得意じゃないニーナあたりはここにいるだけで眠気を訴えそうだ。
「これでも全部じゃないよ。特に重要な書物は奥に保管されてるから」
利用者の身分によって閲覧可能な本には制限がかかる。
マノン先生によるとエルフリーデは一番奥、王族および国王から許可された者だけが入れる場所にいるらしい。
僕たちも本来は入れないけれど今回は特別。護衛やメイドたちからも途中で見送られ、先生とコレットさん、ネリーだけを連れて僕とリアは大書庫の最奥へと踏み入った。
古びた本の匂いが特に強い。
歴史の重みだろうか。入っただけでも緊張を覚える。
そんな空間の真ん中に、まるで当たり前のように一人の女性が立って、何やら手にした本へと目を落としていた。
少し離れたところにはドレス姿のクローデット・フォンタニエ。よく見るとアクセサリーとして様々な魔道具を装着していてかなりの警戒態勢なのがわかる。
「うん?」
本を読んでいた女性は僕たちの接近に気づくと顔を上げ、笑みを浮かべた。
焦げ茶色の長い髪。
瞳も同色。僕と似た色合いなのに印象としては「地味」よりも先に「威厳がある」が来る。整った顔立ちの美人、まだ二十三歳に過ぎないはずなのにクローデットや師匠と同等のプレッシャーを感じる。
頬に触れられたままなので膝を深く折らず軽く曲げる程度に留めながらスカートを摘まむ。
僕としてはなかなかうまくできたと思うのだけれど、
「良いではないか。ほら、そのままスカートを持ち上げるだけだ」
「ちょ、ちょっと」
右手に触れられて操られそうになる僕。
一歩、踏み出すようにして割り込んでくれたのはリアだ。
「恐れながらエルフリーデ女王陛下。わたくしにもご挨拶をさせてくださいませんか?」
「これは失礼」
鷹揚に笑って僕から身を離すエルフリーデ。
彼女は「だが、お前のことも知っているよ」と告げて、
「オリアーヌ王女。最強の魔女の卵にして『
「……っ。わたくしたちの子供は、決して化け物などにはいたしません」
エルフリーデは魔力、才能的な意味で言ったんだろう。
けれどリアは嫌なものを感じたみたいだし、僕もあまりいい気分にはならなかった。
「エルフリーデ陛下。先に用件を済ませていただけませんか?」
クローデットが冷ややかに釘をさすと「ああ、そうだった」と思い出したように言って、
「クリス。お前は魔法を喰らうそうだな?」
「はい。僕の身体は魔法も魔力も吸収して自分の力に変えます」
覗き込むようにして向けられる瞳を僕はまっすぐ見返した。
「ほう」
感嘆の声。直後、なんの前触れもなく僕たちの間に光が生まれた。
反射的に手のひらをかざすと光はそこに吸い込まれ、
魔力が少なかったのはたぶん、エルフリーデの力量のせいだ。才能と技術が高効率の魔法攻撃を可能にしている。普通の人が喰らったらきっと無事じゃ済まなかった。
右手の手袋が焼けただけ、という結果に終わったのを見てエルフリーデは目を丸くし、
「これは凄いな。服は守れないようだが、それでも驚異的な力だ。並の魔女では全く太刀打ちできないだろう」
「だから言ったでしょ? うちの秘蔵っ子は魔女に対する切り札なの。『永遠の魔女』相手だってやりようによっては十分──」
「いや、それはどうかな?」
マノン先生が若干むっとしながら放った言葉はあっさりと女王によって遮られる。
威厳とは裏腹にしなやかですべすべした指が僕の両肩に置かれ、首へ。さらに頬を包み込んで撫でまわして、
「一定以上の実力者ならやりようはある。それに、魔法に強くとも通常の攻撃──弓隊による狙撃などには弱いだろう。私の城塞には物理攻撃を行う機構も備えてあるぞ?」
とうとう抱き寄せられた僕はドレスに包まれたエルフリーデの胸に顔を埋めた。
大人の女性らしい、すっきりとしていながらもどこか魅惑的な香り。混ざって香るりんごのような香りは香水だろうか。
柔らかい。
母さんに抱きしめられた時を思い出して切ない気分になるも、慌ててなんとか抜け出して、
「確かに、僕はまだまだ未熟です。でも、ただ守られているだけではいたくありません。残された時間で力を身に着けて『永遠の魔女』と戦います」
「だが、相手はお前の母親なのだろう? 殺せるのか?」
「殺します。あれは母さんじゃない。話してみてはっきりとそう感じました」
母さんか母さんじゃないかくらい会えばわかる。
中の魔女だけを殺すのがベストだけれど、母さんだって僕が負けるのは望んでいないはず。そうじゃなかったら自分を犠牲にしてまで魔女を滅ぼそうとしたりなんかしない。
エルフリーデは「なるほどな」と笑みを浮かべる。
今度のそれはただ楽しそうなだけのものではなく、為政者としての凄みも含んでいて、
「だとしても、だ。話は既に個人の争いの域を超えている。この国と隣国との争いには周辺国全てが注目している。どちらにつくか、あるいはどちらにもつかないか。これは打算に満ち溢れた政治の話だ」
『永遠の魔女』がどれだけ危険でも自分の国に攻めてこないなら無害と同じ。
この国と隣国が争って疲弊したところを叩けば楽に利を得られる。そういう考え方だってあるし、かの魔女が強いと言うのならそっちに着いたほうが得策だとも言える。
僕があいつを殺したとしても、その後で他の国に攻められて殺されるかもしれない。
「それでも『永遠の魔女』と戦うのか」
「戦います」
きっぱりと答える。
リアが隣に立って僕の手を握ってくれる。こくんと頷きあってからエルフリーデを再び見据えた。
「あいつは危険です。放っておけばきっと世界が飲み込まれます。だから、なんとしてでも討たないといけない」
「命を賭けてでも、か?」
「彼女とわたくしたちには因縁があります。他人事でない以上、持てる力を尽くして戦うべきです」
「……そうか」
プレッシャーが弱まる。
どこか優しい感じに変化した笑顔に僕はほっと胸を撫で下ろし、
「ならば、その覚悟と力、試させてもらおう」
女王エルフリーデはとんでもないことを言い出した。
◇ ◇ ◇
「お前たちで私と我が城塞を打ち破ってみせよ。ただし、大人の魔女の参戦は禁止だ。そうだな……学園の在学生までは許してやる。人数は十名以下。この条件で私に勝てれば信用してやる」
陛下と王妃殿下も交えた応接間へと移動した後、『城塞の魔女』はそう告げてきた。
「もちろん、これは余興だ。戦争行為ではない。できる限り命は奪わないと約束するし、都にも被害は及ぼさない。勝敗に関係なく一度、国に帰るとしよう」
ここで「ただし」と彼女は付け加えて、
「私を納得させられなければその時は我が国の出方も変わってくる。それが最も得だと判断すれば我が国は貴国を攻める。それは覚えておけ」
「なに言ってるの。そんな勝手な条件呑む必要なんて──」
「別にそれならそれで構わない。非殺と言ったところで我が城塞は兵器。壊して殺すのが役割だしな。ただ、断れば断ったでこちらは『その程度の相手』と判断するだけのこと」
力を持つ魔女で女王。
らしいと言えばらしい、直球すぎる判断。だからこそこっちとしては厄介だし、できれば突っぱねたいところだけれど、
「……まともな外交で方針を決める気はないということか」
陛下の苦々しい声にエルフリーデは飄々と、
「部下同士で遠回しなやり取りをしていても話が進まないからな。私は何よりも自分の目で見たものを信じる。……今のところお前たちを信じていいと思っているが、お前たちに協力するにはまだ足りないな」
つまり、勝てばエルフリーデとその国を味方につけられるかもしれない。
断るか負けるかすれば先のことはわからない。
「やるしかないと思います。やらなくても先の見通しは立たないんですから、戦ったほうがいいはずです」
「相手は城塞よ。勝てる見込みはあるのかしら」
クローデットが珍しく険しい顔で尋ねてくるも、それに僕は頷いて、
「エルフリーデ陛下。そちらはあなた一人で戦うんですか?」
「ああ。供の者も連れてきているが、全員手出しはさせないと誓おう。それくらいしなければ公平ではないからな」
「なら、一対十。こっちにも十分勝機はあります。僕だって壊すのは得意なんだ」
「ならば、成立だな」
ぎゅっと拳を握る。僕の肩にそっと触れたリアが小さく頷く。彼女にも戦ってもらうしかない。本当に戦争に参加するならこれはいい練習だ。
マノン先生がため息をついて「ひとつだけ確認させて」と、
「制度上、今年の卒業生は今月末までうちの生徒。彼女たちを参加させるのは問題ないよね?」
「ははっ。それくらいは構わない。『学園』の長もなかなか抜け目がないな」
なら、僕が頼る相手はもう決まっている。