魔力喰らい 〜魔女の学園でただひとりの少年〜   作:緑茶わいん

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最終章(予定)です


最終章
戦争のはじまり


 鮮血。

 斬りつけられた右腕を左手で押さえながら呻く。

 きっと睨みつけた先にいたのはたっぷりと顎髭を蓄えた初老の男だ。彼は瞳の奥にぎらついた光を宿し、鈍く輝くナイフを手にしている。

 

「あら、大変。早く治療しないと命に関わるわ」

 

 優しく涼やかなはずなのに、どす黒い何かが含まれた声。

 頭が痛い。

 絶えず送り込まれる「作られた思考」が抵抗を邪魔している。

 彼女を斬りつけた男──父親でありこの国の主であるはずの男は、女の声を聞いただけで恍惚の笑みを浮かべ、ご褒美を強請る犬のように振り返った。

 明確な隙。なんとか攻撃できればよかったが、そんな余力はどこにもなかった。かすれた声で呪文を唱え、最低レベルの治癒魔法を発動させる。なけなしの集中力を持って行かれた代わりに痛みは和らぎ、出血が少しずつ収まっていく。

 がくっと膝が折れてスカートが床に広がる。

 荒く息を吐きながら周囲を見回せば、母、兄、姉、弟、妹──この国の王族たちが父と同じ表情を浮かべて彼女を見ていた。

 

「早くシルヴェール様の物になってしまえばいいのに」

「愚かな子」

「……愚かなのはどちらですか。王族の誇りも忘れて他国の魔女に忠誠を誓うなど」

 

 わかっている。

 彼らはとっくに正気じゃない。しばらく前、隣国からやってきて父に取り入った魔女。容姿と中身がまるで合っていない邪悪で狡猾で自分勝手な彼女は魔法技術と隣国の情報を餌にこの国に巣食い、戦争のための準備を進め始めた。

 別に、それ自体は構わない。

 戦争は必要悪だ。勝てる状況で攻め込まないのはむしろ悪手。国を守るためには他国の人間を犠牲にしなければならない時もある。

 しかし、隣国が第三国と手を組んでもなお、軍備増強は止まらないどころか加速していった。

 民への負担は大きくなるばかり。

 餓死者さえ増え始めているというのに徴兵・魔道具開発が継続。これではまるで「勝ちさえすればいい」と言っているようなものだった。

 

 何度、父王に意見しても聞く耳は持ってくれない。

 

 家臣からも「王は乱心なされた」という声が聞かれる。一方で『永遠の魔女』を推す声も多い。

 このままでは完全に国が乗っ取られてしまう。

 そう思った彼女は志を同じくする者を集め、魔女を討つ計画を立てていた。後少しで実行に移せる、そんなところまで来ていたはずなのに。

 

「残念ね。わかってくれないなら優しくはしてあげられないわ」

 

 魔女が近づいてくる。

 目を合わせられない。彼女との関わりを強くする行動はこの洗脳を強化するのと同じだ。父たちと同じように狂ってしまうくらいなら、

 

「殺しなさい」

 

 唇を噛んで言えば、魔女は笑った。

 品性の欠片も感じられない哄笑。彼女は兄王子を手招きするとその顎を撫で、じゃらり。鎖付きの首輪を形成して兄の首に嵌める。

 

「殺すわけないでしょう? 王族の中で最も魔力の高い貴女を。利用価値ならいくらでもあるもの」

 

 指が鳴らされると、王族と同じく洗脳済みの騎士たちが数人がかりで拘束しに来る。魔法を使える状態にない彼女はあっけなく身動きを封じられ、どこかへと連行されていく。

 背中側から魔女の耳障りな声が聞こえた。

 

「私は貴女の兄と結婚。現王から平和的に王位の譲渡を受け、女王となるわ。……今までご苦労様、旧王族さん」

 

 悔しさから涙と嗚咽が溢れる。

 城の一角に彼女の声が響き渡るも、それを正しく理解してくれる者は誰もいなかった。

 

 

   ◆    ◆    ◆

 

 

 隣国にて女王シルヴェール・レルネが即位した。

 驚くべきその報せが届いたのは三年目の夏のことだった。

 

 隣国は『永遠の帝国』を名乗り大改革を実施。

 

 完全な軍事国家として生まれ変わったことを周辺国に知らしめると共に、自国への協力あるいは服従を強く要求し始めた。

 気でも狂ったとしか言いようがない。

 まともな同盟なんて結ぶ気がないと言っているなものだ。当然、周辺国は反発し批判を繰り返したけれど、『永遠の魔女』はまったく聞く耳を持たなかった。

 

 数か月後、冬のはじめに大きな事件が起こった。

 

 隣国を間に置いた反対側にある国──その国境付近の砦が一夜にして()()したのだ。

 当然、砦に詰めていた兵も全滅。

 後には大爆発が起こった痕跡だけが残っており、その有様は『爆炎の魔女』を連想させたという。

 もちろん、クローデットがやったわけがない。

 けれど、考えてみればそのくらいのことはできて当然だ。母さんが自分ごと『永遠の魔女』を殺そうとしたのも魔法による爆発。あれにはクローデットの魔法と同じかそれ以上の威力があったはずで、それなら母さんを乗っ取ったあいつにだって同じことができる。

 二年も期間が空けば魔道具開発だって進んでいたはず。

 例えば巨大な魔石を使って使い捨ての魔法兵器を作り、それを投下した、という可能性だってある。

 

「かの『永遠の魔女』を君主としている以上、かの国は我が国の敵である」

 

 陛下はすぐさま宣戦を布告し、女王エルフリーデが治めるプリンツェンツィングもこれに同調。

 

「あの魔女は世界を滅ぼすまで止まらないだろう。ならば、戦って止めるしかあるまい」

 

 兵士や騎士・魔女からなる複数の部隊が編制され、大規模な侵攻作戦が開始。

 プリンツェンツィングからも物資や人員提供という形で協力があり、これなら快勝も可能、と大きく活気づいたのだけれど、

 

 ──隣国の好戦性は予想をはるかに超えていた。

 

 迎え撃つ敵軍の構成は魔獣、ゴーレム、そして人間の騎士や兵士からなる混成部隊。

 特に魔獣とゴーレムの数が多く、彼らは「向かってくる者」「戦わない者」すべてを攻撃対象とされているらしく、臆病風を吹かせたり戦争に嫌気がさしてこっちに投降しようとする自国の人間たちにも容赦なくその矛先を向けた。

 結果、退路を断たれた人間たちは死に物狂いで向かってくる。

 生き残るためには殺し続けるしかない。鬼気迫る、としか言いようのないその様子はこちら側の兵士たちに恐怖と憐憫を抱かせたという。

 

 もちろん、こっちだってただ二年待っていたわけじゃない。

 

 量産されたシューターを騎士や魔女が操り、遠距離から魔力の矢の雨を降らせた。

 普通の弓矢やクロスボウと違って魔力が続く限り連射がきくこの武器は戦いにおいて画期的だった。研究によってできる限りの軽量化が施されたこともあって取り回しもききやすく、大きな戦果を挙げた。

 ただ、それでも「数の不利」は完全には覆せない。

 

 さすがに魔獣には限りがあると思われたけれど、ゴーレムはまるでえんえんと生産が続けられているかのように後から後から補充されてまったく減る気配がなかった。

 魔力の続く限り動き続ける彼らは疲れも知らないし、朝も夜も関係ない。

 放っておけば国境を越えて進軍し、目についた街や村を容赦なく攻撃するだろう。だからこっちとしても止めないわけにはいかず、おかげで徐々に戦力を削られ、早々に不利な消耗戦の構図が出来上がってしまった。

 

 こっちも同じような戦力で応じられれば良かったのだけれど、イヴォンヌの一件があったため人外の戦力、特に魔獣に関しては忌避が広がっていて量産には踏み切れていなかった。

 ゴーレムはある程度の数が生産されたものの、魔力供給の都合を考えるとむしろ拠点防衛用とするべきで侵攻側の戦力としては不向き。

 シューターの量産を優先したのは判断としてきっと間違っていなかった。

 

「ふん。雑魚がいくらいようと関係ない。そんなものすり潰してしまえばいいのだ」

 

 この状況で名乗りを上げたのが『城塞の魔女』エルフリーデ。

 自ら参戦を表明すると、作り上げた移動城塞をもって文字通りゴーレムの群れをすり潰していった。防壁に守られ、無数の砲を持つ城塞には魔獣も人間の兵も成す術がない。

 後退気味だった戦線は一気に押し戻されて攻勢に転じられると思われた頃、

 

「やられたよ。自慢の城塞が一発で半壊だ」

 

 飛行するゴーレムによって運ばれてきた魔道具兵器が爆発、たった一発の爆発で継戦能力を奪われたエルフリーデはやっとの思いで退却し、都まで戻ってきた。

 

「飛ぶゴーレムは我が国の専売特許ではないということだな。まあ、あの魔道具にしても気軽に使えるほど安いものではないはずだが」

 

 同じ兵器があといくつ残っているかはわからない。

 数えるほどかもしれないし、十や二十はあるかもしれない。その全てが街や村に落とされたとしたら、たとえ戦争に勝っても被害は甚大。

 土地や人への影響というのは今よりも未来に災いを招く。できればそんなことは避けたい。

 

「これは本腰を入れないと負けるのはこちらだな」

 

 そう。

 こっちもまだ打つ手をすべて打ったわけじゃない。

 むしろ一番の戦力である魔女についてはできるだけ温存している。部隊に配備したのは比較的魔力の低い魔女たちであって、『爆炎の魔女』クローデットも『予見の魔女』ドミニク師匠も動いていない。

 開戦から数か月。

 戦いは新たな局面を迎えようとしていた。

 

「そうそう。……卒業おめでとう、クリス。これでいつでも結婚できる身だな」

 

 冬が終わって春が来た。

 僕やリア、フランシーヌもとうとう卒業だ。

 卒業を待たずに戦争が始まった時はどうなることかと思ったけど、なんとか間に合った。

 研究部の後輩たち、僕たちより二年遅れて入ってきたルシールにはお祝いと共に泣かれ「行かないで欲しい」とまで言われてしまったけれど、そういうわけにはいかない。

 

「出るんだろう? 『永遠の魔女』を倒すために」

「はい。少しでも被害を減らすためにも」

 

 卒業式が終わった後、僕たちは拠点に集まった。

 去年建てられた『調和の魔女団』専用の建物だ。

 学園内にあるうえ、基本メンバーが研究部出身なのであまり使われていなかった(先輩方がほいほい部のほうに顔を出すからだ)のだけれど、これからは本格始動する。

 

「さあ、団長様? なにか気の利いたことを言ったらどうかしら?」

 

 からかうように僕に言ったのはフランシーヌ。

 彼女もメンバーに加わってくれることになった。

 出会った頃はまだまだ幼さの残っていた彼女だけれど、今はもうすっかり一人前の女性としての魅力に溢れている。

 

「いや、ほんと、僕が団長って。他の人でいいんじゃないかと思うんだけど」

「貴方以外にいるはずがないでしょう。いいから、さすがに覚悟を決めなさい」

「そうですよクリス君」

「少年、諦めが肝心」

「クリス。そういう面倒なのは任せるよー」

「まあまあ、ボクも雑用なら手伝うからさ」

 

 最年長のフェリシー先輩なんてだんだん大人の女性になってきている。

 隣で微笑んでくれているリアも、僕と一緒に成長してすごく綺麗になった。

 

「クリス様、自信を持ってください」

「……うん、そうだね」

 

 そっと重ねられる手。その温もりを噛みしめるようにしながら、僕はみんなに宣言した。

 

「戦おう。誰も欠けずに戦って、平和を取り戻そう。戦争で悲しむ思いをする人が一人でも少なくなるように」

「おー!」

 

 女性の高い声が唱和する。

 僕の声もその中で異彩を放つことはない。『調和の魔女団』唯一の男──だけれど、僕もまた魔女の一人だ。

 この二年、できる限りの鍛錬をしてきた。

 あの頃よりはずっと強くなったし、いろんなことができるようになったつもりだ。今ならきっと、僕もみんなの役に立てる。

 

「勝って戻ってこよう、リア」

 

 出会った頃よりずっと強く逞しくなった少女は笑顔で頷いて、

 

「はい。必ず結婚式を挙げましょうね、クリス様」

 

 学園長であるマノン先生の指示の元、僕たち『調和の魔女団』は隣国との戦争への介入を表明した。

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