魔力喰らい 〜魔女の学園でただひとりの少年〜 作:緑茶わいん
家並みのゴーレム。
人間から見れば圧倒的とはいえ、城塞と比べると大人と子供くらいの差がある。
激突すれば少なくともダメージは与えられるだろうけれど、
「まあ、そう来るだろうな」
ゴーレムたちは横並びになって城塞を
「だが、それでは良い的だ」
エルフリーデは城塞を減速させると砲門を開いて斉射を開始。
シューターから放たれた小火球は着弾すると爆発を起こして石巨人の身体を砕いていく。小さな破片が無数に飛び散って効果を示すも──。
土煙の向こうに同じようなゴーレムの新手が小さく見えた。
これじゃキリがない。一か八か体当たり勝負に出た方がマシだっただろうか。ただ、接近しすぎるとシューターで狙いづらくなる。
敵はとにかく城塞を足止めするつもりか。
敵が攻め込んできているのはここ一箇所じゃない。
別の砦も同時進行で攻められている以上、このルートを捨ててでも主力を抑え込むつもりかもしれない。
「であれば、早急に蹴散らす必要がありますわね」
「頼めるか、フランシーヌ・フォンタニエ?」
「もちろん。こちらの火力があのシューターだけだと思ったら大間違いよ」
この程度の相手なら城塞から出る必要もない。
前方に空いた小窓から顔と手を出して、
「《爆炎よ》!」
放たれた大火球がゴーレムの第二陣に命中、大きな爆発を起こすと十数体を一撃で吹き飛ばした。
「まあ、こんなものね」
「さすがフランシーヌ!」
歓声を上げて褒めると、義姉は「それでいい」とばかりに胸を張った。
もう少し育ってくれれば、とたまに嘆いているのを僕は知っているけれど、均整の取れた彼女の身体もとても魅力的だと思う。
ゴーレムが吹き飛んだ後には地面に開いた穴と飛び散った破片だけが残って、
「ふむ。悪路だが、この程度ならなんとかなるか」
城塞は大きく揺れながらも穴を乗り越えていく。
行く手に現れた第三陣を再びフランシーヌが一掃、さらに第四陣、第五陣と続いて、
「いったいどれだけいるのよ……!?」
えんえん続く似たような迎撃にさすがの『劫火の魔女』も悲鳴を上げた。
クローデットの爆炎は威力の分、魔力消費も激しい。フランシーヌが使っているのは独自に研究して自分なりに消耗を抑えた改良型だけれど、ぽんぽん使い続けていたらそのうち底を尽く。
「消耗戦をするにしても大盤振る舞いが過ぎると思うのですけれど」
三年間の研鑽で知識を蓄えたリアはゴーレムの無駄遣いという不思議な戦術に眉をひそめる。
「ゴーレムをここまで歩かせる魔力が勿体なさ過ぎます。国中の魔女を総動員しているとでも言うのでしょうか」
「しているのかもな。私は会ったことはないが、『永遠の魔女』とやらのやり口が自分本位なのは見ていればわかる」
まあ、イヴォンヌも規模こそ違うものの似たようなことをしていたわけだし、母さんの才能と『永遠の魔女』の知識によってゴーレムにも画期的な技術が使われているのかもしれない。
「そう言われると気になってきた。二、三体生け捕りにして欲しい」
「生きてはいないので『生け捕り』にはならないと思いますが、クリス君、お願いできますか?」
「わかりました」
シビル先輩とフェリシー先輩の頼みで次に来たゴーレムには僕が立ち向かう。
「そろそろ何かしら仕掛けてきてもいい頃だしな。クリスに行ってもらえば安全だ」
僕なら急にゴーレムが爆発とかしても被害を抑えられる。
いったん停止した城塞から飛び出して向かうと、見た目は今までのゴーレムと同じ家ほどの巨体。
十体以上はいるのでとりあえず数を減らそうと腕を持ち上げて魔力を放出。
無造作に持ち上げられた手からは太くて大きな光が飛び出した。
精度も瞬間的に吐きだせる量も、魔力の密度も飛躍的に上がっている。
一発目で三体が吹き飛び、次で二体。
「特に何もないのかな……?」
それならこのままもう少し数を減らそうかと思った時、残るゴーレムのうち二体の身体がなにもしていないのに飛び散った。
「っ!?」
身体から広く魔力を吐き出して衝撃を殺すと、僕は
蜂の形をした飛行ゴーレム。
本物の蜂と比べると数倍のサイズがあるものの、ゴーレムとしてはかなりの小ささだ。飛ばせることを考えると、エルフリーデが前に使っていた鳥型や蜘蛛型よりも高度な技術。
お尻の部分からは鋭い針が飛び出していて、いかにも「毒を持ってます」という感じだ。
『少年。その小さいのも欲しい』
「無茶言わないでください……!?」
呑気な声にツッコミを入れつつも再度の魔力放出。
広範囲に低威力で打ち出したそれは衝撃波と同じようなもの。小さなボディで受けた蜂型ゴーレムは大きく揺さぶられ、動きを止めるもの、飛べなくなって地面に落下していくもの、方向感覚を見失ったように方向を変える者など影響を受ける。
念を入れてもう一度放てば戦闘能力を残した個体はいなくなった。
蜂型に気を取られている間に残る大型ゴーレムが迫ってきている。そろそろ残り少ないので、こいつらに関しては威力を絞った魔力光で足だけを砕いて動きを止めた。
「回収をお願いします」
「よくやった少年。大収穫」
「これは調べ甲斐がありそうですね」
蜂型の方は瓶に放り込んで、大型の方は腕も取り外したうえで魔法で浮かべて運んだ。
裏方チームは嬉々として調査を開始。
フランシーヌの消耗もあるし、進めば進むほど抵抗の激化が予想される。今日はこの場で休むことになった。
休んでいる間に同じ大型ゴーレムが進軍してきて、最初の人間大のゴーレムとは違い城塞を狙ってきたものの、
「とりあえず私が潰しといたよー」
ミシェル先輩の活躍によって事なきを得た。
中から飛び出してくる蜂型も風の使い手であるミシェル先輩にとっては雑魚同然。
捕獲する必要がないなら僕たちにとっては大した相手じゃない。
「しかし、これはなかなか厄介だな」
蜂型ゴーレムが保有していた毒の分析は夜が明ける頃には終わっていた。
「即効性のある神経毒ですね。最低でも半日は身体が痺れてまともに動けなくなります。すぐに解毒魔法を使わなければ思考まで痺れて、寝ているのと同じ状態になるでしょう」
一体の大型ゴーレムから蜂型ゴーレムが数十体。
一刺しで一人が無力化されるとして、あれが完全に暴れたら百人規模の犠牲者が出る。
大型ゴーレムを撃ち漏らした状態でそんなことになろうものなら後には惨状だけが残るだろう。
「要するに、あの大型は蜂型を隠す他に運ぶ意味もある。あのサイズじゃ長時間は飛べないだろうからな」
「私たちにとっては取るに足らない相手ですが、一般の兵士や魔女に戦わせたくはありませんね」
僕たちは連絡用にマノン先生と繋がる遠話の魔道具を預かっている。
それを使って連絡するとさすがの先生も「うわぁ」と呻いていた。
『本当にやることがえげつないね。魔女ならもっと魔法で勝負すればいいのに』
そんな殊勝な心掛けがあったら他人の身体を奪ってまで生き延びようとは思わない、ということだろう。
『わかった。この件は陛下や騎士団長にも報告しておくよ』
ついでに先生から聞いたところ、やっぱり他の砦にもゴーレムによる波状攻撃が行われているらしい。
『魔獣や人間の攻撃はいったん収まってるけどね。このまま物量で押されるとまずいかな。例の魔道具兵器もあるし』
先生は少し考えたうえで僕たちにこのまま侵攻するように指示を出してきた。
他の応援に回るのもいいけど、それじゃ結局物量戦を続けることになる。だったら一つのルートだけでも穴を開けて戦況を変えた方がいい。
『もちろん、退路も確保しきれていない中の強行になるけど……』
「心配するな。退路を強引に作り出すためのこの城塞だ」
『城塞の魔女』エルフリーデの助力が本当にありがたい。
「よし。じゃあ、このまま進んで敵にプレッシャーを与えよう」
方針を決めた僕たちは再び城塞で進み始めた。
ゴーレムは面倒なので出会い頭に吹き飛ばす。
「これ、私の負担が大きすぎるのではないかしら?」
「じゃあ、僕が交代するよ」
爆炎の魔法は得意ではないけれど、僕も一応使えるように練習はした。
フランシーヌの代わりに放ったそれは威力調節が不十分だったのかむしろ大きな爆発を起こし、エルフリーデから「穴が大きくて進みづらいだろう」と文句を言われた。
「……本当、貴方とオリアーヌ様の魔力量は非常識よ」
でも、そのおかげで僕たちはこうやって戦いを続けられる。
進んでいくとやがて城塞は一つの村に行き当たった。
「寂れていますね……」
村は見るからにひどい状態だった。
戦時だというのに大した防備もなく、村人たちは抗戦に出てくるでも降伏しようとするでもなく、疲れ切った表情で「なるようになれ」とこっちを見てくるだけ。
家の修繕も満足にできていないのか屋根に穴の開いている家もあるし、子供たちは痩せ細っている。
「若い人がいないみたい」
僕とミシェル先輩で城塞から出て村の人に話しかけると、彼らは「隣の国から来たのか」と言って少しほっとした表情を見せた。
「敵国が攻めて来たっていうのにどうして安心するのさ?」
「だって、お前たちの方がうちの女王様よりマシだろう?」
彼らはこの国の状態について聞かれるままに答えてくれた。
「新しい女王様は──いや、女王様に交代する前から、この国はおかしくなっちまったんだ」
「若い者は都に取られるし、税はきつくなる。わけのわからない動く人形が昼も夜も関係なく村の傍を通り過ぎていく」
「こんなんじゃ戦争に勝ったって俺たちは飢え死にだ」
「前の王様たちはどうなったの?」
「詳しくはわからねえ。でも、女王様に従ったやつは良い暮らしをして、逆らった奴は捕らえられて魔力を奪われ続けてるって噂だ」
「魔力を……」
あの手袋みたいなアイテムを使って魔石か何かに強制的に魔力を注がせているのか。
数多くの魔女がそんな状態になっているんだとしたら、無尽蔵にゴーレムが生み出される状況にも納得できる。
「なあ、助けてくれ! 新しい女王様を倒せとは言わない! せめて当面の食料だけでも分けてくれないか!?」
エルフリーデに相談すると彼女は「駄目だな」と首を振った。
「敵国の人間に施してやる義理はない。むしろ村ごと焼き払った方が益が大きいかもしれん」
「エルフリーデ様! 悪いのは『永遠の魔女』であって民ではありません。そのようなやり方は各所からの反感を招くだけです……!」
リアが抗議すると「まあ、その通りだな」と肩を竦めて、
「だから、折衷案としてはこのあたりが限界か」
村人の前へと顔を出した女王は為政者としての威厳溢れる表情と声でこう宣言した。
「皆の者! この国にもう未来などない。今すぐ国境を目指し隣国へと亡命せよ。今すぐ村を捨てると言うのなら最低限の水と食料くらいはくれてやる。ただし、村に残りたいというのなら知らん。好きに生きて好きに死ね」
酷な選択だと思う。
でも、僕たちだって限られた物資でやりくりしている状態だ。人に分ければその分、自分たちの食べるものが減る。戦いが続いている状態でお腹いっぱい食べらなくなれば調子だって落ちる。
本当に自分たちのことだけ考えるならむしろ略奪したっていいくらいなんだ。
村の人たちはエルフリーデからの選択要求にしばらく押し黙って、
「……仕方ないのだろうな」
やがて、村のまとめ役らしき老人が決断した。
「このまま全員で死ぬよりはよかろう。もし戦争に勝ったとしても若者たちが戻ってくる保証もない。ならば、今ここにいる者だけでも生かすべきだ」
全員が賛同したわけではなかったけれど、主に小さな子供のいる親が亡命を決断。
エルフリーデは彼らに宣言通り少しの食料と水を与えると、村からその姿が見えなくなるまでの間、城塞を止めたままで見送った。
「これなら追いかけてまで物資を奪おうとする者もいないだろう」
「私たちがいなくなってからあの者たちが戻ってきたら?」
「その時はその時だ。この国は末端の民まで腐りきっているのだと理解すればいい」
行き当たる村や街はぜんぶ似たような状態で、たった二年程度でこうなってしまうのかと驚くと同時に、早くこの戦争をどうにかしないといけない、とあらためてわかった。