魔力喰らい 〜魔女の学園でただひとりの少年〜   作:緑茶わいん

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『吸血の魔女』の噂

「さっさと出ていってくれ」

 

 初めて村ではなく街にたどり着いた時。

 街の代表者だという初老の男は怒るでもなく僕たちに言った。

 この街にも若者の姿はない。都に取られたのかと尋ねると「その通りだ」と言う。

 

「略奪するほどの物資も残ってはいない。こんなところに長居してもあんたたちに得はないはずだ」

「そんな状況になってまで何故、新女王に従う。武力をもって女王を倒し、平穏な生活を取り戻したらどうだ」

「我々が魔女に敵うはずがないだろう」

 

 憎々しげな視線が僕に向けられて、

 

「魔力に恵まれたお前たちにはわからないだろうが。虐げられる側の人間は苦境に慣れている。どれだけ理不尽だろうが従うしかない。それが生まれた時からずっと続いているんだよ」

「くだらないな。この国の君主はよほど民を虐げるのが好きらしいが、だからと言って『はいそうですか』と従っているお前たちも気に入らない」

 

 あくまでも女王エルフリーデは冷淡な立場を崩さなかった。

 魔力のほとんどない、身体も思うようには動かないだろう男を堂々と見据えて、

 

「問おう。敵国の者が訪れたら攻撃するよう、お前たちの女王から命じられなかったか? 命じられているのならば、何故今、こうして話し合いの場を設けている」

 

 代表は苦々しい表情を浮かべて「……我々とて死にたいわけではない」と答えた。

 

「もし、我らが武器を持って攻撃したらお前らはどうする?」

「抵抗する者がいなくなるまで数を減らすだろうな」

 

 リアがなにか言いたげに口を開いたものの、結局、なにも言わずに唇を結んだ。

 できるなら荒事は避けたいけど、攻撃してくる相手に容赦するほどお人好しじゃない。こうやって城塞から出て離していること自体、本当はリスクがある。

 返ってきたのはため息。

 

「勝てない相手に挑んでも仕方がない。だから早く出て行ってくれと言っている」

「いいのか? 反逆の罪で虐殺されるかもしれないぞ?」

「そうなった時はそうなった時だ」

 

 僕たちの国への亡命を勧めてみたけれど「故郷を捨てることはできない」との返答。

 国境にまだ近かった村と違ってある程度距離もある。元気に溢れた若者がいなくなった状況でそこまでしよう、という気にもならないらしい。

 エルフリーデは「話にならんな」とため息をつくと踵を返した。

 

「時間の無駄だった。さっさと進むとしよう」

「……そうですね」

 

 置いていけるほどの物資もない。

 後ろ髪を引かれつつ、僕も城塞に戻ろうとして、

 

「ちょっと、あれ!」

 

 ミシェル先輩の声。

 指さされたほうを見ると、遠くの空から飛行型ゴーレムが何かを運んできている。

 魔道具兵器。

 まさか、こんなところで使おうとするなんて。城塞は防壁で守れても街の人たちはひとたまりもない。街に残っている人たちにはもう用はないとでも言うのか。

 エルフリーデは舌打ちすると僕を見た。

 

「時間がない。……クリス、頼めるか?」

「わかりました」

 

 僕は頷くとすぐに風を纏って飛び上がった。

 

「おい、何をする気だ!?」

「あれを止めるんだよ。そのままにしておいたらお前たちはまとめて死ぬ」

「な……っ!?」

 

 飛行の魔法も昔に比べてだいぶ上手くなった。

 速度も安定性も十分。街の中心にさしかかるよりも早くゴーレムたちに接敵。

 敵は攻撃してこない。

 魔道具兵器を下げているから手いっぱいなのか。それなら好都合。僕は下から支えるようにして魔道具兵器──大振りの魔石そのものの外見のそれに触れる。

 もちろん手袋は外しているので、触れた箇所から魔力が流れ込んでくる。

 ゴーレムたちはようやく異常を察したのか、兵器を吊り下げていたロープを切り離してそのまま投下しようとしてくる。

 ずっしりと身体に圧し掛かる重み。

 僕は飛行魔法をさらに強めると、

 

「今のうちに、もっと上に──っ!!」

 

 自分の身体ごと魔石を上空へと持ち上げた。

 切り離されたことが鍵になっているのか、それとも『魔力喰らい(マナ・イーター)』のせいで不安定になったからか。

 魔道具兵器は徐々に輝きを放ち、そして空の上で炸裂した。

 

 特大の閃光と爆音。

 

 着ていた服が焦げてほつれていくも、爆発のほとんどは僕の身体に吸い込まれて威力を発揮せずに消えていく。

 完全に爆発が収まったのを確認した後、辺りを見回すと飛行型ゴーレムは余波を喰らって消滅するか飛行能力を失った落下、破損していた。

 ほっと息を吐いてみんなのところへ。

 

「ご苦労。……中に何か仕込んでいるかとも思ったが、そんなこともなかったな」

「はい。一応、防御する用意もしてたんですけど……」

 

 あれだけの魔石なら単に爆発させたほうが威力は高い。

 僕だけを狙い撃ちにするにしてもさすがに割に合わないか。

 

「あ、あれはなんなんだ!?」

 

 代表たちは完全にパニックになっている。

 魔法の大部分は吸収したので大した爆発にはならなかったけど、それでも直撃していたら家の二、三件は拭き取んでおかしくなかった。

 

「だから、魔女の作った兵器だよ。お前たちごと我々を殺そうとしたんだろう」

「お前達のせいで殺されそうになったって事か……!?」

「そうだな。我々もお前たちのせいで余計な危険を冒した。自分たちだけ守るならあの城塞に籠もれば済んだんだがな」

 

 実際は全員中に飛び込めるかギリギリのタイミングだった。

 危険を冒して止めたのはそれもあったのだけれど、ここは噓も方便だ。

 

「そもそも我々は敵だぞ? こうして冷静に話をしてやってるだけ有難いと思え」

「……女王が狂っている事を今、あらためて痛感した。お前達が奴に比べれば理性的だという事も」

「それで、どうする?」

「俺達の生活もギリギリだ。それでも、提供できる物は提供する。だから女王を倒してくれ」

「約束はできない。だが、我々の目的はもとよりそれだ。できる限りのことはさせてもらうとしよう」

 

 街からはいくらかの食料と水、それから情報を提供してもらえた。

 

「ここから馬車で半日ほどの場所に大きな街がある。そこは今、化け物の住む街になっているはずだ」

「化け物? 魔獣のことか?」

「いや、化け物になった人間だ。あいつらはまともじゃない。馬鹿力だし痛めつけても平気で動く。そして主人の言うこと以外は聞く耳を持たない」

「なるほどな。……『吸血の魔女』か」

 

 次の目的地はそこに決まった。

 

「あの、みなさま。次にいつ同じような攻撃があるかわかりません。可能であればこの街を離れることをお勧めいたします」

「おい、オリアーヌ。そんなことを言っても無駄だ」

「……いや、忠告感謝する。確かに、無駄に殺されるくらいなら逃げるべきなのかもしれない」

 

 彼らがその後どうしたのかはわからない。

 ただ、できれば一人でも多く生きていて欲しいと思った。

 

 

   ◇    ◇    ◇

 

 

「本当に『吸血の魔女』の仕業なんでしょうか」

 

 城塞に戻って移動を開始。

 次の街に着くまでの間に作戦会議だ。そこでまずリアが口にしたのはそんな疑問だった。

 

「かの魔女はこの国の所属ではないはずです」

「ああ、別の国の魔女だな。他国がここと同盟を結んだという話も聞かん。……だが、あの魔女は頭がおかしいからな。個人で勝手に動いてもおかしくはない」

「凄腕の魔女っていうのは頭のおかしい連中ばかりなのかしら。……もちろん、お母様は除くけれど」

「クローデット・フォンタニエなんて力押ししかできない脳筋だろうが。むしろ頭のおかしい筆頭だ」

 

 いろいろエルフリーデ自身に突き刺さっているような気がしたけれど、ここは口にしないでおく。

 

「魔女の中には国に縛られない者も多い。学園だって建前上は独立した組織だろう」

「わざわざ個人でこの国についたっていうんですか? どうして」

「だから、頭がおかしいんだよ。奴は()()()()()()()()何よりも好きなんだ」

 

 血は人にとってとても重要なものだ。

 生命そのものと言っても過言じゃない。だから『吸血の魔女』は血を吸う。他人から活力を取り込むために。

 

「一説によると吸血によって魔力さえ回復するらしいな」

「それって、魔力を吸収してるってことですか?」

「いいえ。取り込んだ力を使って回復力を促進しているようです。魔力そのものを取り込んでいるわけではありません」

「だが、奴が危険なのは『眷属を増やせる』って点だ」

 

 吸血と同時に独自の魔法を流し込み、対象の身体を作り変えると共に精神を犯す。

 こうなった人間は吸血によって生命維持を行う化け物になって死ぬまで命令に従い続ける。

 

「……最悪じゃん、そんなの」

「魔力持ちなら抵抗できるがな。人間を元手にしてゴーレムを作成しているようなものか。都市に籠もっているのは餌を確保するためか」

 

 眷属に変えず餌として一定数を生かしておくことで軍勢を維持できる。

 魔力を消費する必要がないうえにゴーレムよりは賢い兵士。確かにこれは厄介だ。

 

「エルフリーデ様。犠牲者を助ける方法をご存じありませんか?」

「知らんな。『吸血の魔女』を殺すのが大前提として、それだけではおそらく魔法の影響は消えないだろう。……クリスの力を使えば可能性がある、という程度か」

 

 僕の『魔力喰らい』もあくまで魔法や魔力を吸収するだけ。

 作り変えられてしまった身体や心まではどうしようもない。

 

「どうしたものか。楽に片付けるなら街ごと破壊すればいいが」

「余計な被害が増えすぎます。できるのであれば被害は最小限に抑えられないでしょうか」

「そうだな。……まとめて壊すと『吸血』を殺せたかどうかわからなくなる。確実に仕留めるためにも地道に行くべきか」

 

 少数精鋭で街に侵入して『吸血の魔女』を探す。

 

「さすがに『吸血』を怒らせるような真似は『永遠』もしないと思うが、念のため、例の兵器への備えも必要だな。オリアーヌ。私と一緒に城塞の中に残れ」

「かしこまりました」

 

 拠点を守るメンバーもどのみち必要だ。

 そうすると、街に侵入するのは、

 

「僕とフランシーヌ、それからミシェル先輩……かな」

「妥当ですわね。ですが、クリス。降りかかる火の粉は払いますからそのつもりで」

「うん。……全員殺さずに済ませるのは無理だろうね」

 

 人間を殺すのは気が引ける。

 想像しただけで気分が悪くなってくるけれど、躊躇っていられる状況じゃない。

 

「『吸血鬼』どもは腕一本、足一本千切れた程度では平気で動く。油断するなよ」

「わかりました」

「それはそれとして少年、服を着替えた方がいい。わりといやらしい格好になっている」

「ここには女性しかいませんから構いませんけれど、外に出るのであればその方がいいでしょうね」

「や、僕が男なんですけど……」

 

 自分で言ってて説得力がない。

 最近はもう面倒なので基本的に女性で通してるし。女性のメイドに世話してもらうのが普通になってるし。

 

「……着替えてきます」

 

 着替えたものの、馬車で半日の距離は少し遠い。

 結局、途中で一夜を明かして朝に乗り込むことにした。吸血鬼のおとぎ話だと彼らは光に弱い。『吸血の魔女』やその眷属にはそういう弱点はないはずだけれど、単純に夜だと視界が狭くて不意を突かれやすい。

 そうしてたどり着いた街の前には、

 

「まるで亡者の群れだな」

 

 数百からなる『吸血鬼』が僕たちを待ち受けていた。

 彼らの後ろには街の防壁。無理やり増設したのか固く厚くなっているのが窺える。さすがに突撃すると城塞にも少なくないダメージが来そうだ。

 防壁を張る魔力だって無限じゃないのでここは温存したいところ。

 

「ちまちまシューターで削るとするか。囮になってやるからさっさと行け」

「わかりました。遅くても夜までには一度戻ってきます」

 

 最小限の荷物を詰めた鞄を背負って、フランシーヌ、ミシェル先輩と一緒に城塞を飛び出した。

 

「どきなさい!」

 

 『劫火の魔女』の炎が吸血鬼たちを牽制し、ミシェル先輩の生み出した突風が正面に突破口を作る。僕たちは飛行魔法を使ってそこを一気に突き抜けた。

 街の門は閉じているものの、

 

「クリス!」

「任せて!」

 

 飛行しながら放った魔力光で門に大穴を開けて突破。

 入り込んだ街の光景は、

 

「……ああ。この街はもう駄目ね」

 

 およそ、まともな人間が住んでいるとは思えない有様だった。

 あちこちに血の痕が残り、元がなんだったのかわからないものが腐臭を立てている。動くものは全てが吸血鬼で、彼らは僕たちを見ると「敵」「敵だ」「殺せ」「血を吸い尽くせ」と呻くように口にして、

 

「死ねえ!」

 

 一斉に僕たちへと襲い掛かってきた。

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