魔力喰らい 〜魔女の学園でただひとりの少年〜 作:緑茶わいん
血とは命である。
『吸血の魔女』は幼い頃から生き物の血に強い興味を示していた。
虫を殺し、動物を殺し、やがてその血を味わうことを覚えた。興味が人へ向かったのはある意味当然のことであり、また、その魔法が魔女の中でも特異と言えるものになったのも当然だった。
血を活力に変え、犠牲者を奴隷に変える。
通常の精神支配やゴーレムを使役するのとはまるで違う。人の思想・性格そのものを書き換え、人の命を取り込む力。
彼女は自身を「全能の支配者」だと認識した。
国内ではその存在は異端扱い。
貴族であり魔女である彼女でも「人間」はそうそう手に入らず、少々退屈していたところに『永遠の魔女』から誘いを受けた。
最初は半信半疑だったのだが、
「街一つプレゼントしてくれるなんて、なかなか気前がいいじゃない」
荒廃した街とは裏腹に、彼女の棲み処はすみずみまで清められ、贅沢品で溢れている。
もともとは領主が住んでいた屋敷だ。
どうせなら城に住みたいところだったが、さすがにそこまでは許されなかった。
もちろん、あの魔女に服従したつもりはない。
いずれ挑み、どちらが上かわからせるつもりでいるが、今はまだその時ではない。
しばらくはこうして街一つで我慢しておくつもりだ。
「この生活もなかなか悪くはないしね」
侍らせるのは吸血鬼に変えた若い男たち。
ワイングラスになみなみと注がれているのは若い処女の生き血。肉は血がしたたるくらい生焼けなもの、野菜はたっぷりと汁の詰まったトマトを好む。
歳を取った人間は労働奴隷。
自分以外の人間がどうなろうと知ったことではない。平民も他の魔女も全て道具。生かすも殺すも気分次第。ある程度の数は取っておいて繁殖させ、新しい『餌』を作らなければならないが、まあ、それもまた一興だろう。
新鮮な血をたっぷりと摂取している彼女は若く健康的な肉体をしている。
身体に魔力が満ちているおかげだ。
彼女に言わせれば『永遠の魔女』など己の肉体を信じられなくなったくだらない女に過ぎない。自慢の魔法によって自身を真に生かし続けることこそが魔女にとって一番の誇りだ。
時間はたっぷりある。
この国が亡びるか亡びないかは知らないが、亡びるなら適当なところで手を切るとしよう。どうせならあの魔女の最後を見物したいところだが、
「報告いたします」
若いが見目の良くない奴隷は戦闘用や雑用に使っている。
その一人がやってきて余興の始まりを告げた。
「例の者たちが街に侵入いたしました。現在、迎撃に当たっております」
「そう。どれだけ死のうと構わないわ。必ず仕留めなさい」
聞けば、この街にやってきた者たちはみな見目麗しい魔女らしい。
もし、ここまでやってくるようなら相手をしてやってもいい。
「魔女の血は特に貴重なのよね」
もしかすると、たっぷりとその血を口にできるかもしれない。
そうでなくとも少しは楽しませてもらわなくては。
グラスに入った血を悠然と口にしながら、『吸血の魔女』は微笑んだ。
◆ ◆ ◆
剣が肉体を断ち切る感触は決して気持ちいいとは言えないものだった。
騎士の剣術を覚えたミシェル先輩から練習相手にさせられている間に僕の剣もそれなりに上達している。身体強化のおかげで真剣でも軽々と振るえる。
普段なら手加減しやすい木剣を使いたいところだけど、この状況では真剣を持ってきて正解だ。
吸血鬼たちは意識があるにも関わらず理性は失っているらしく次々に襲い掛かってくる。
魔法だと吹き飛ばしてしまいそうだし魔力も節約したいところなので、僕たちは身体強化を用いた白兵戦を選んだ。
僕とミシェル先輩の振るう剣は吸血鬼たちの腕や足を次々と斬り、胴体と離れさせていく。
それでも、エルフリーデが言っていた通り彼らの動きは止まらなかった。
「ご主人様の敵!」
「死ね!」
罵詈雑言を浴びせられ続けるのもいい気分とは言えない。
複雑な気分に陥っていると、襲い掛かってきた中年女性の吸血鬼をフランシーヌが伸縮型の金属製ロッドで殴り倒しながらため息をついた。
「キリがないわ。やっぱりシューターを使いましょう」
「うーん。フランシーヌ様も随分こういう荒事に慣れたよね」
「ことあるごとにそこのクリスに殴りかかられていれば嫌でも慣れるわ」
言いながら宣言通りにシューターを引きぬくフランシーヌ。
彼女の使っているのは高級な素材をふんだんに使った特別製。魔力効率も威力も段違いで、側面についたパーツを調節することで発射する弾を切り替えることもできる。
ここで選んだのはオーソドックスな魔力光。
正確に顔面を撃ち抜かれた吸血鬼はさすがにコントロールを失って地面に倒れた。それでもしたばたと暴れているあたり、やっぱりこれは人とは言えない。
「……嫌だよね、こういうの」
僕は剣を鞘に収めると、襲ってきた一体を素手で拘束した。
触れた箇所から僅かな魔力が流れ込んでくる。けれど、拘束を解こうと暴れる様子は変わらない。
「これもエルフリーデ様の言った通りだ」
単に『
拘束を解いて突き飛ばすと、魔力を放って心臓を貫く。
「早く『吸血の魔女』を探そう」
「なにか宛てはあるの、クリス?」
ミシェル先輩もいちおうシューターは持っているものの、剣の方が得意なので引き続き向かってくる敵を斬り飛ばしている。
今のところはまだまだ余裕があるけれど敵がどれだけいるかもわからない。
フランシーヌがふん、と笑って、
「そんなもの、ご主人様のいる方向へ向かえばこいつらが必死に抵抗するでしょう?」
「なるほどね……っ!」
僕もシューターを抜いて前衛一、中衛二のパーティで強行突破を図る。
まともな戦闘を避けられたと知った吸血鬼たちは「そうはいくか!」とある方向を重点的に守る。
どうやらフランシーヌの作戦が成功したようだ。
僕とフランシーヌで重要部位を撃ち抜いて敵を無力化しながら一気に走り抜ける。敵の多い方向を見ると、どうやら街で一番大きな建物──領主の屋敷を守ろうとしているらしい。
「なんだ。一番わかりやすいところにいるなんて、ちょっと拍子抜けだね」
「それだけ自信があるのかもしれませんけれど」
固まって立ちはだかられるとシューターでも手間がかかる。
小さめの炎球を弾けさせて吹き飛ばし、そのまま突っ切った。
「というか、場所がわかったなら飛んだ方が早いね」
「そうしましょうか」
空からなら領主の屋敷まではあっという間だった。
弓矢を持ち出してくる敵もいたけれど、風を纏っているのでそもそも当たらない。
降下しながらシューターで撃ち抜いて前庭へ。
屋敷の正面扉が開いて飛び出してきたのは十人以上の若い男だった。今までの吸血鬼も人間を超えた身体能力を発揮していたけれど、今度の奴らはさらに速い。
「身体強化を併用しているの……!?」
「騎士とまではいかないけど、それなりに魔力が高いみたいだねっ!」
素早く動かれるとシューターは当てづらいし、当たっても異様にタフなせいで決定打にならない。
あっさり取り囲まれてしまったところでフランシーヌが舌打ちした。
「まったく面倒ですこと。男ばかりで華もないわ」
「フランシーヌ。この人たちだって好きでこうなってるわけじゃ」
「そんなことはわかっているわ。けれど、操られたのは自己責任でしょう?」
話している間にも男たちは武器を手に襲い掛かってくる。
人数比は三対一かそれ以上。
かなり厄介だけど、
「速い相手の隙をつくなら──」
「攻撃の瞬間、ね……!」
飛び掛かってきた彼らを魔力光が、風が、炎が吹き飛ばし、離れた壁や地面へ叩きつけた。
さすがにダメージが大きかったのかすぐには起き上がってこない。よろよろと動くそいつらをシューターで撃って戦闘不能にすると、
「ようこそお越しくださいました」
屋敷からロングのメイド服を纏った少女たちが現れた。
どこか狂気を孕んだ瞳。
首筋には牙による噛み跡がはっきりと残っている。
「……男でも女でも、歳もお構いなしとはね」
吐き捨てるように言ったフランシーヌは「それで?」と彼女たちを睨んで、
「ご主人様のところに案内してくれるとでも言うのかしら?」
「はい。ご主人様がお会いになります。どうぞこちらに」
屋敷の中は街の中とは大違いだった。
綺麗に掃除された廊下を進んでいくとまるで別世界のようで、逆に不気味に感じられる。ここは外国で、戦争中で、しかも吸血鬼たちの巣窟。
いったいなにが待ち受けているかわからない。
緊張を抱きながら歩いて行くと、通されたのはお城で言うところの謁見の間、領民たちと会うためのスペースだった。
大きな扉がメイドたちによってゆっくりと開かれる。
念のために防御の備えもしていたけれど、いきなり攻撃されることはなく。
「ようこそ、若い魔女たちよ」
大人の男が座るために作られた大きな椅子には、ちょこん、と血色の髪の少女が腰かけていた。
傍らには半裸の若い男たち。
テーブル代わりに使われている人までいるというのに全員が恍惚の表情を浮かべているのがとても異様だ。
漆黒のドレスを身に纏い、ワインではなく血が入っているらしいグラスを手にした彼女は大人びた仕草で足を組むと悠然と笑みを浮かべて、
「ここまでたどり着いたことを褒めてあげる。どうかしら? 戦いを止めて私のしもべになる気はない?」
「馬鹿なことを──っ!!」
冷笑したフランシーヌが溜めもなしに火球を放ち、爆発を起こした。
屋内なので『爆炎』ほどの威力はないものの、並の人間なら軽く絶命させる威力。その証拠に、少女の周りにいた男たちはのきなみ吹き飛んで苦しげに呻き始める。
けれど。
当の『吸血の魔女』は防壁に守られて無傷だった。
僕とフランシーヌのシューターが連続で攻撃を仕掛けてもその守りは破れない。魔女は手にしたグラスを手離してすらいない。
「……本当、魔女は見かけによらないよね」
ミシェル先輩が苦笑気味に呟いた。
子供みたいな見かけの魔女といえばマノン先生だ。十分な歳を重ねた魔女が若い見かけをしている場合、それはむしろ力の強さを示している。
こっちを馬鹿にしているように見えるのはそうできるだけの実力があるからだ。
「『吸血の魔女』。どうして『永遠の魔女』なんかの味方をするんだ」
「別に。あの女の部下になったつもりはないわ。ただ、この街をくれたから敵の撃退を手伝ってあげているだけ」
「民を無駄に費やして、王にでもなったつもりなのかしら?」
「身分なんて関係ないわ。私は『吸血の魔女』。血を吸って、吸って、吸い続けるだけ。私以外の人間は全てが餌よ」
「……わからない。一人で生き続けてなにが楽しいんだ」
「わからないのは、あなたたちが若くて愚かだからよ」
くすくすと妖艶に笑う少女。仕草と容姿のアンバランスさが怖い。
「それにしてもあなた、不思議な匂いをしているのね。もしかして、あなたが例の『男の魔女』かしら」
「っ」
「来てくれて嬉しいわ。唯一無二の存在だもの。絶対にその血を飲んでみなくてはね」
次の瞬間、倒れたまま呻いていた男たちが一斉に
傷口から噴き出す鮮血。振り返れば僕たちを案内してきたメイドたちも同じように血を噴き出させていた。
宙を舞う血はひと塊ごとに分離すると刃の形を形成して、
「《盾よ》!」
咄嗟に形成した防壁と音を立てて衝突した。
衝撃にはあまり強くないのか、血の刃は砕けて元の液体に戻るも、すぐにまた刃の形を成し始める。
さらに血の量は一秒ごとに増え続けていて、その全てが刃になっていく様は紛れもなく『吸血の魔女』が凄腕であることを示していた。
「この子たちは特別製なの。こうやって血を操れるように仕込んであるのよ」
血を操る魔女。
血液すべてが彼女の武器なのだとすれば、それは確かに恐ろしい。配下を作り出すこともできる以上、戦場においても強力だ。
間違いなく一騎当千の域にある相手。
「
右腕から拡散させた魔力光で服の袖を内側から破った僕は腕を上に持ち上げると、周りにある魔法と魔力全てを吸引。
残っていた防壁まで吸い込まれるけれど、それで構わない。
魔力を吸われた血はただの液体に戻って地面へと落ちていく。魔力を奪われる前にということか、我先にと刃が殺到してくるも、それは魔力を吸いやすくする結果にしかならない。
「お生憎様」
「私たちのリーダーはあらゆる魔女の天敵よ!」
剣を抜いたミシェル先輩、ロッドを構えたフランシーヌが床を蹴って『吸血の魔女』へ。
戦いが本格的に開始された。