魔力喰らい 〜魔女の学園でただひとりの少年〜   作:緑茶わいん

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『吸血の魔女』との戦い 2

 戦いが始まって僅かな間のことだった。

 『吸血の魔女』は自身の爪で手のひらを傷つけたかと思うと、複数の血のつぶてをフランシーヌへと放った。ロッドが弾かれて床に転がるも本人は無傷。

 義姉の足が止まっている間にミシェル先輩が肉薄。振るわれた刃は見事に魔女の右手を断ち切って──。

 

「駄目よ、防いで!」

 

 噴き出した鮮血が烈風で吹き散らされたのはギリギリのタイミングだった。

 

「あら、残念」

 

 飛び散った血は精密な操作で魔女の身体に戻っていく。

 落ちた右手もひとりでに浮き上がって見る間にくっつく。

 ミシェル先輩は剣を構えたまま後退しつつ息を吐く。

 

「なにそれ、反則じゃない……!?」

「魔女の争いは反則と反則の戦いよ。そんなことも理解していないの?」

 

 奴隷の血を操れたのだから本人の血を操れないはずがない。

 加えて高い再生能力。

 血自体にも「武器になる」以上の効果があると見たほうがいい。例えば、

 

「血を吸った相手を奴隷にする。要は血を媒介に魔法をかけているわけでしょう? ……なら、自身の血を与えることでも」

「正解。私の血を少しでも取り込めば魔法の影響下に入る。魔女ならある程度は抵抗できるにしても、大量に取り込んだらどうなるかしら?」

 

 最初に傷つけた手のひらは治癒されず、そこからは血が広がっていく。

 普通に考えれば血液には限りがある。『永遠の魔女』のようにどうやっても死なない、というわけじゃないし、紺比べが続けば向こうが不利だと思うけれど、

 

「私は血を濃縮して溜め込めるの。体内の血液量は常人のざっと十倍はあるわ」

 

 ぶわっと広がり襲ってきた血をミシェル先輩とフランシーヌは風と爆発で吹き散らしながらさらに後退した。

 僕もようやく奴隷の魔力を処理し終えた。

 

「クリス!」

「うん!」

 

 二人と交代で前へ。

 霧状に散った血を魔力光で吹き飛ばしながら魔女へ攻撃。これは防壁でかるがる防がれ、お返しに血が殺到してくる。

 吸引での無力化が追いつかない。

 触れた端から魔力の影響下から離れるも、微細な刃物と化しているらしい血液は触れた端から僕の肌を浅く傷つける。

 そのうち開いた傷口から血が一気に入り込んで、身体がびくん、と震えた。

 

「ふふふっ。油断大敵、よ?」

「そうね。貴方も、ね?」

「なっ!?」

 

 ミシェル先輩の放った小瓶から油が拡散、風でまんべんなく広げられたそれに《劫火》が追いついて、僕と『吸血の魔女』ごと一気に燃え上がる。

 屋内なので可燃物はいくらでもある。

 すぐに床に火がついて燃え上がり、魔女もまた炎に囲まれてしまう。

 

「あなたたち、自分の仲間を──っ!?」

「お生憎様。クリスはこの程度じゃびくともしないよ」

「いや、さすがに熱いし怖いんですけど……」

 

 僕の体内に入り込んだ魔法が行き乗れるわけがない。

 血がいきなり増えたせいで少しびくっとしたけれど奴隷化の影響はまるでない。炎の一次的影響も同じく無効化できるので、後は炎を突っ切って仲間のところへ戻れば良かった。

 当然『吸血の魔女』も脱出を試みるも、僕たちのシューターがそれを阻む。

 熱で体力を奪われれば血液の操作だって鈍るはずで、そうなれば抗う手段は、

 

「──この程度で、私を倒せると本気で思った?」

「っ!?」

 

 突如、床が突き破られて()()()()が飛び出してきた。

 臓器だ。

 正確には違うのかもしれない。でも、透明な膜のようなもので覆われた心臓に似た何かはぱっと見ではそういうものに見えた。

 臓器はひとつじゃない。無数に、後から飛び出してきて、

 

 ぱん、と。

 

 一斉に割れるのを見た僕たちは本能的な恐怖を覚えた。

 

「ふふふっ。あははっ。あーっはっはっは!!」

 

 哄笑が響く中。

 僕の魔力放出が屋根まで一気に穴を開け、フランシーヌの《爆炎》が一時的に血液の波を押しとどめ、ミシェル先輩の魔法が三人まとめて空へと舞い上がらせた。

 ある程度空へ逃れてしまえば後は自前の魔法で飛べる。

 おまけに何発か魔法を叩き込んで屋敷を破壊するも、魔女とその血液はまるで堪えた様子もなく空へと浮かび上がってきた。

 

 魔女の従える鮮血の量は常人の十倍どころじゃない。

 

「私の体内には十倍と言ったけれど、予備がないと言った覚えはないわ」

 

 『吸血の魔女』の再生能力はおそらく『永遠の魔女』以上だ。

 もちろん「血がなくならない限り」という但し書きがつくけれど、彼女はそのデメリットを大量のストックによってカバーしている。

 そして血があればあるだけ攻撃手段も増える。

 魔女を守るように覆い尽くした鮮血は曖昧な人型を取り、一体の巨人となった。二階建ての屋敷を超える体長を持つそれは僕たちを睥睨し、太い腕を持ち上げる。

 

 こいつに襲い掛かられたらさすがの移動城塞でももたないかもしれない。

 これだけの回復手段があれば魔道具兵器で吹き飛ばされても平気そうだ。もちろん、生き残るのは魔女本人だけだけれど。

 

「さすがに非常識すぎるでしょう──っ!?」

 

 僕はまだいい。けれど、フランシーヌとミシェル先輩は傷をつけられた時点で致命傷だ。

 魔力光を、爆炎を、烈風を叩きつけて巨人を阻むも、吹き散らされた身体はすぐに修復されて元通りになってしまう。

 血液自体に魔力が保存されているせいだろう。

 『吸血の魔女』は血を魔石のように利用することができる。疑似的にではあるけれど、保有している総魔力量はリアを超えているかもしれない。

 

 本当に、とんでもない。

 

「こいつは放ってはおけない。放っておいたら『永遠の魔女』と同じだ」

「そうね。人々に多大な悪影響を及ぼす。ここで討伐しなければ被害が増していくだけよ」

「やるしかない、ってことだね」

 

 僕たちもかなりの実戦経験を積んできた。

 歳の割には、平和な時代に生まれた割には破格だと思うけれど、高位の魔女との争いはやっぱり別格だ。

 覚悟を決める。

 一歩間違えたら死が待っているかもしれない。それでも戦おうと頷きあって、

 

 フランシーヌがシューターを鞘に収めた。

 

「出し惜しみは止めるわ。……全力で吹き飛ばす!」

 

 爆炎。

 クローデットやフランシーヌがそれを披露するたび、なんだかんだで誰かが防いでしまっていため、ちゃんと見るのはこれが初めてかもしれない。

 放たれた特大の火球は血の巨人にぶつかると、これまた特大の炎を撒き散らした。

 轟音と突風がかなり離れていても感じられて、なにも知らない人からは天災と捉えられてもおかしくないと思えるほどだった。

 この威力なら血液もさすがに蒸発する。

 ごっそりと身体を削がれた血の巨人を想像しながら煙が晴れるのを待って、

 

「……なっ!?」

 

 巨人は大したダメージを受けてはいなかった。

 

『血から魔力を取り出して防壁を形成し、力を失った血は中に取り込んで魔力を補充する。ただそれだけのこと。ぼうっと攻撃されるのを見ている必要もないのだもの』

 

 魔力が多いということは防御能力も高いということ。

 あの巨人をどうにかしないと本体にたどり着けないというのに。

 

「このっ!?」

 

 立て続けに放たれる爆炎も同じ方法でいなされる。

 さらには、巨人から小さな血の塊が飛び出てコウモリの形となって僕たちに向かって飛んでくる。ミシェル先輩が風の刃を放って切り裂き、ただの血に返すも、落ちた血は巨人が取り込んで再利用する。

 キリがない。

 下を見れば、吸血鬼たちがだんだんと巨人の足元に集まっているのがわかった。彼らは至福の笑みを浮かべながら巨人に自ら取り込まれて新たな血液を供給する。

 

 地獄絵図、としか言いようがない。

 

「これが魔女大戦……」

 

 こんな戦い、起こるべきじゃない。

 

「止める!」

「当たり前のことを今更言わないでちょうだい!」

 

 残る魔力をすべて使い切ろうとするかのように放たれる爆炎。

 悠然と防ぐ巨人だけれど、フランシーヌが攻撃する隙に僕は魔力の溜めを終えている。

 

「貫け──っ!!」

 

 太く大きな光。

 それでも巨人の身体に比べると細い。それでいい。なるべく収束させて放ったそれは巨人の胴体部分に向かって飛び、展開された防壁を削り取っていく。

 さすがにこれは向こうも余裕とはいかない模様。

 あとは、

 

「ミシェル先輩!」

「うん、行っけえ、クリス!」

 

 得意の風魔法の補助を受けた僕は限界を超える速度で巨人へと向かっていく。

 消耗戦でこっちが不利になったのなら、取れる方法は一つだけ。

 

『そうよね。やっぱり、切り札はあなた──っ!!』

 

 突っ込んだ僕はとぷん、と、まるで迎え入れられるかのように血の海に呑み込まれる。

 と、思ったら落ちて行く。

 僕の身体が触れた箇所がただの血に戻って支える力を失っていくからだ。それは海で溺れているようなもの。浮かび上がることも呼吸することもままならない。

 だから、血の内側から風を放ってスペースを作り出す。

 お腹から破裂する狂人。流れ込んできた外気を吸い込みながら魔力を放出して血の身体を吹き飛ばし、

 

「見えた!」

 

 狂喜の表情で僕を見下ろす『吸血の魔女』へ。

 巨人の身体が砕けて雪崩のように襲い掛かってくるも、魔力放出で全て吹き飛ばす。

 やがてたどり着いた僕を、魔女は両腕を広げて迎え、

 

「捕まえた」

 

 拘束しようと伸ばした腕をかいくぐり、小さな両手が僕の頬を包み込んだ。

 飛行魔法による急加速で僕の虚をついたのだ。

 はっとした時にはもう、魔女の牙が直接僕に食い込んでいる。

 

『私の魔法とあなたの能力、どちらが上か試してみましょう──?』

「ぐっ……!?」

 

 魔女が、流れ込んでくる。

 血を吸われるなんて不快で痛いだけのはずなのに、なぜか甘美な心地がする。頭がくらくらして、目の前の魔女が世界で一番の美女に見えてくる。

 魔法の影響は端から無力化しているけれど、ほんの一瞬の干渉だけでもえんえん続けられるときつい。

 接触による魔力の減少は巨人から血液を取り込み、排出し、さらに取り込む作業の繰り返しで補っている。魔力が尽きる前に僕が堕ちれば向こうの勝ち、僕が耐えきれば──。

 

 なんて。

 

「我慢比べは、しないよ」

「なっ……!?」

 

 ようやく、魔女が驚愕の声を上げた。

 心臓を貫かれた彼女は慌てて肉体の再生を始めるも、その間に僕は彼女の四肢を撃ち抜いていく。

 胸の痛みは無視した。

 小さな女の子の姿をしているという程度で攻撃できなくなるんじゃ、母さんの身体を使う『永遠の魔女』なんて絶対に倒せない。

 僕に触れている限り再生の魔法もロスが大きい。

 気づいて牙を外してももう遅い。自由になった頭を吹き飛ばせば、ぱん、と、残っていた巨人の身体も弾けてただの血に戻り、街を赤で染め上げていった。

 

 落下していく『吸血の魔女』()()()()()をフランシーヌの炎が包み込んで焼き尽くす。

 死んだふりもこれでできない。

 

 街は荒廃し、屋敷は壊れ、残っている建物も多くが赤く染まってしまったけれど。

 

「もう、これ以上、化け物に変わる人はいない」

 

 一度戻って報告した後、元気の残っているメンバーで屋敷跡を探索したところ、生きて正気の人たちを何十人か発見することができた。

 みんな若い女性たちだ。

 餌にするために人間のまま生かされていたらしい。さすがにこの人たちに関しては放っておけないということで、エルフリーデも城塞に載せることを許してくれた。

 

「一度、退却するとするか」

 

 非戦闘員を送り届ける意味でも物資を補充するためにも。

 城塞を国境へと向けた僕たちは本国への報告のために通信の魔道具を起動して、

 

『みんな、今どこ!?』

「街一つを落としたところだが、どうした? 緊急か?」

『緊急も緊急だよ! とうとう「氷雪の魔女」が動き出したんだ!』

「……ほう」

 

 『氷雪の魔女』。

 『爆炎の魔女』クローデット・フォンタニエと並び称される凄腕の魔女。互いが互いのカウンターと称され、どちらが上だと議論する者も多い。

 だからこそ、明らかな脅威だと言えるその魔女が、ついに。

 

「それで? 奴を迎撃しろということか?」

『違う、逆だよ。すぐにたどり着けないならちょうどいい。クローデットちゃんとあいつとの決戦には絶対に関わらないで。邪魔になるだけだから』

 

 ついに、本当の意味で戦う時が来たらしい。

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