魔力喰らい 〜魔女の学園でただひとりの少年〜   作:緑茶わいん

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『爆炎』vs『氷雪』

 クリスたちの進行ルートから外れた国境防衛戦はかなりの苦戦を強いられていた。

 無限と言っていいほどに尽きる気配のないゴーレムの群れ。いつ来るかわからない悪夢のような魔道具兵器。ここへ散発的に魔獣や兵士、魔女の軍勢が加わる。

 兵たちは日に日に疲弊し、怪我人の治療が追いつかなくなりつつある。魔女の力で掃討するにせよ、断続的に攻められては魔力は消耗するばかりだ。

 

 同時に、隣国側も焦れる頃合い。

 

 単に消耗戦が続くのであれば望むところだろうが、クリスたち『調和の魔女団』がいる。

 『城塞の魔女』エルフリーデ以外は数年以内に学園を卒業したばかりの若い魔女だが、いずれも称号を得てもおかしくないほどの凄腕揃い。

 一騎当千の実力でせっかくの兵力をなぎ倒されてはたまらない。

 放っておいたら首都に到達してしまう可能性だってあるのだ。その前に戦局を動かす必要がある。

 

 ──そして、遂に隣国の切り札と言っていい魔女が動いた。

 

 『氷雪の魔女』。

 予兆は、とある国境の砦にゴーレムが()()()()()()こと。

 さらに一帯から動物の気配がなくなりだし、次いで気温の低下。

 

 果たして、一人の女が戦場に現れた。

 

 白銀の髪に透けるように白い肌。

 暑さも寒さも物ともしないかのように薄い白のドレスを纏い、ヒールのついた靴を履いている。

 彼女の母は北の小国から嫁いできた公爵令嬢。母譲り、いや母以上の美貌と魔力を備え、幼少期から畏怖と尊敬を集め続けてきた。

 戦いに臨む彼女は常に冷気を纏い、周辺の気候さえも変動させる。

 見た目の歳は二十代前半。

 実際には倍近い年齢のはずだが、涼しげで透明感のある声はそれを全く感じさせない。

 

「凍えるのが嫌ならば撤退しなさい」

 

 短い警告と共に空からは雪が降りはじめ、やがて吹雪となった。

 撤退しろ、と言われて兵たちが頷くわけがない。彼らは砦中の外套をかき集め、季節外れの暖炉を稼働させて寒さに抗った。

 その間、魔女はただ雪の中に立ち尽くすのみ。

 不思議と魔女の身体を雪が覆うことはなく、どこか亡霊、あるいは妖精のような姿はずっとその場にあった。

 

 ただ、そこにあるだけ。

 

 それだけで『氷雪の魔女』は数多くの兵士を行動不能に陥らせる。

 打って出ようにも吹雪の中では歩くのもおぼつかず、視界も悪い。

 魔女の定番攻撃魔法である火球も寒さの中では十分な威力を発揮しない。

 春になり、薪の備蓄はちょうど尽きかけたところ。

 

「相手はなにもしていないってのに……」

 

 全滅さえも覚悟しなければならない。

 砦の責任者が歯噛みし、天に祈ったその時。

 

 一人の魔女が吹き付ける雪を払い、溶かしながら飛来した。

 

「来たのね」

 

 白銀の魔女の呟きと共に吹雪が強さを増すも、やってきた女──紅蓮の髪をした美女はそれを物ともしなかった。

 纏うのは熱気。

 正反対の力が寒さを打ち消し、そして、砦の前に降り立ったクローデット・フォンタニエは右手を差しのべると小さく唱える。

 

「《爆炎よ》」

 

 特大の炎球がまともに炸裂。

 深く降り積もった雪を溶かし、白い姿を呑み込んで。

 荒れ狂う炎を冷気が抑え込み、払いのける。

 

「初めまして、『爆炎の魔女』クローデット・フォンタニエ」

 

 『氷雪の魔女』はなおも静かに、淡々としていた。

 悠長とも言える挨拶にクローデットはしかし、こちらもただ応じる。

 

「こうして相まみえる日が来るとは思いませんでした、『氷雪の魔女』様」

「仕方ありません。国に仕えている以上、戦闘となれば協力するのが当然というもの」

「では、貴女は新女王に賛同しているわけでは」

「無論、彼女のやり方には思うところがあります。けれど、王位を戴いている以上、彼女が私の君主です」

 

 人ではなく国に仕える。

 彼女の思想はクローデットによく似ている。新しい君主が気に入らないというだけで反旗を翻していたら割を食うのは民だ。

 しかし、例えばイヴォンヌ・マルチノンが王位を手にしたとしたら、クローデットはきっとそれを打倒するだろう。

 

「民のためにも、愚かな王は排除すべきです」

「見解の相違ですね」

 

 『氷雪の魔女』の心は冷え切っている。

 結論は決まっており、言葉は宣言に過ぎない。冷静であることを強いてはいても内側では激情の渦巻いているクローデットとは対照的だ。

 立場も対立している以上、話し合いでは決着がつかない。

 

「『爆炎の魔女』様! 我々も加勢を!」

「止めなさい。貴方たちは砦に籠もって──いいえ、今すぐに全員、この場を離れなさい」

「し、しかし」

「これは警告です。『氷雪の魔女』との決戦において、貴方たちに注意を払う余裕はありません」

 

 右手から爆炎を放てば、白銀の魔女は鏡合わせのように手を持ち上げて吹雪を操る。

 二つの力は相殺されて消滅。

 後に残るのは力の余波による衝撃と、拡散した水蒸気がもたらす霧。

 この程度なら命に影響はない。しかし、もし、いずれかの力が上回ったら?

 

「総員、撤退する! 『爆炎の魔女』様の戦いを妨げてはならぬ!」

 

 急激な温度変化を避けるため、一帯にはゴーレムも現れていない。

 つまり、ここでクローデットが戦い続ける限り、砦周辺は防衛が可能。

 一つ後ろの防衛ラインまで兵が戻り補給を行う時間を稼げれば、それだけでも利がある。

 

 出撃する前、マノンからはこう言われた。

 

『倒せなくても構わない。でも、絶対に死なないで。クローデットちゃんはこの国の要なんだから』

 

 要ならもう、クローデットの他にもいる。

 クローデットの跡はフランシーヌが継いでくれるだろう。ルシールの才能はクローデットのそれとは異なり、そしておそらくクローデットを超えている。

 クリスとオリアーヌは新しい時代の魔女たちを牽引する光だ。

 『爆炎の魔女』がいなくともなにも困りはしない。

 この場を絶対に守り切るためにも死力を尽くす。

 

 ただし、もちろん、

 

(……死ぬつもりはない!)

 

 砦の人員が大急ぎで撤退していく中、炎と吹雪が幾度となくぶつかり合い、せめぎ合った。

 決着はつかない。

 その場を見た者は「実力伯仲」と噂を広めるだろう。けれどこれはそういう類のものではない。

 

「これで、邪魔はもう入らないかしら」

 

 その証拠に、周囲から人が離れていくにつれて吹雪が強くなっていく。

 

「手加減を止めても構わない? 『爆炎の魔女』」

「もちろん、どれだけの吹雪だろうと吹き飛ばすわ、『氷雪の魔女』!」

 

 クローデットも相手も、まだまだ本気など出してはいなかった。

 

 

   ◇    ◇    ◇

 

 

 クローデット・フォンタニエは不器用な魔女だ。

 ひととおりの魔法は修めているものの、最も得意なのは最大火力をただ敵にぶつけること。炎による爆発はわかりやすく、広く破壊を撒き散らせるため特に好んでいる。

 故に、つけられた称号は《爆炎》。

 その名は嫌いではない。長女が憧れを持ってくれていることも嬉しく思うし、国の要として扱われていることを誇りにも思う。

 同時に、あの『調律の魔女』が健在であったなら、自分よりもずっと多くのものを国に齎せたのではないかとも、思う。

 

 だからこそ、クローデットは力を振るう。

 

 少しでもシルヴェール・レルネに追いつけるように。

 シルヴェールの身体を奪い、悪辣の限りを尽くす『永遠の魔女』を滅ぼせるように。

 

「《爆炎よ》《連なれ》!」

 

 一撃で街を吹き飛ばす威力のある爆炎を連射。

 周りに誰もおらず、かつ、度を超えた強敵相手でなければ決して使えない魔法を惜しげもなく解き放つ。

 対する魔女はそれだけの相手だ。

 

「《氷雪よ》《鎮めよ》」

 

 吹雪。

 目に見える現象としてはそうだが、本質は冷気。全身から発する冷気が外気温そのものを下げ、自分以外の全ての活動を制限する。

 雪も氷もその副産物のようなものに過ぎない。

 冷気の中ではすべてのものが力を失って倒れ、そして静寂が訪れる。

 

 炎と爆音を響かせるクローデットとは大違いだ。

 

 反対で、対極で、だからこそ、

 

「楽しい」

「───」

 

 魔法を振るう手を止めないままに『氷雪の魔女』が唇を笑みの形に歪めた。

 

「私がこれだけの力を振るって、生きていてくれたのはあなたが初めてよ」

「生憎だけれど、私の全力を止めていいのは貴女じゃない──!」

 

 戦いは、まるで予定調和の演武のように長く続いた。

 砦の人員はもうとっくに遠くまで行ってしまっただろう。お互いに高い攻撃力を惜しげもなく披露しながらも、その実、余力をできる限り残している。

 この戦いが長くなることを最初から知っていたかのように。

 熟練の技であり、類稀なバランス感覚の賜物でもある。

 もちろん、魔法を封じ込めた使い切りの魔道具や魔法を補助するアイテムも可能な限り携帯している。相手もおそらく同じだ。

 

 この場にはあの『城塞の魔女』でさえも立ち入ることは容易ではないだろう。

 だから、驚愕した。

 

「もっと冷やしても構わない……?」

「くっ……!?」

 

 冷気すらも本質ではなかったのかもしれない。

 気温がさらに下がり、吹雪は止んだ。しん、と、全てが凍り付いたような静寂の中、視界が白く染まったような錯覚を覚える。

 あるいは錯覚ではないのか。

 『氷雪の魔女』を中心として()()()()()()()()が広がっていく。

 彼女の魔法、その本領は冷やすことでも吹雪を生むことでもなく、環境そのものを書き換えること。

 

「私が住みやすい世界を作るとみんな死んでしまうの。あなたは、耐えてくれる?」

「っ」

 

 クローデットは唇を噛んだ。

 壊すこと、焼き尽くすこと。激情を吐き出すことを考えてきた自分とはレベルが違う。

 『氷雪の魔女』はありのままだ。

 ありのまま、あるがまま、世界を浸食して氷で閉ざす。『永遠の魔女』や『支配の魔女』『吸血の魔女』と比べれば分別がある分だけずっと穏便だが、結局のところは排他的で、独善的で、常人の考えなど理解してはくれない。

 トップクラスの魔女とは超越者なのだ。

 思えば、あのシルヴェールでさえも「度を超えた自己犠牲」という形でその異常性を示していた。

 

 ──フランシーヌがクリスに負け続けたのも、その差によるものか。

 

 プライドを捨て、義務感を捨て、コンプレックスを捨てなければ殻を破れない。

 簡単に揺らぐような人間は頂点に手を伸ばせない。

 

 冷たい世界は爆炎すらもものともしない。

 炎球をも世界の一部として包み込み、和らげ、受け止めてしまう。温度低下が速すぎて対処が追いつかない。

 

 寒い。

 

 視界がかすみ、身体がふらつく。

 走馬灯のように過去の情景が次々と浮かび、明確に死を意識する。

 特にはっきりと見えたのは学園に在学していた頃の記憶。

 シルヴェールから笑いかけられ、仏頂面を返した。不本意だったはずなのに、こうして思い返すとひだまりのように温かな時間。

 春。

 本来ならばこの地はもっと温かいはずなのに。

 

「知ったことじゃない」

 

 爆炎は止めた。

 全身から熱を発して周囲の空気そのものを温めていく。

 フランシーヌの《劫火》、そしてルシールの《陽光》。クリスが得意とする全身からの魔力放出もまたヒントになった。

 

「私は私よ。それを否定させないし、否定されたくもない。私は私のまま、私の敵を倒す」

 

 結果として生まれたのは温かな世界。

 『氷雪の魔女』とは逆の力が世界の在り様を正し、冷たい世界を押し戻していく。白銀の魔女は笑みを浮かべて世界をさらに強固にする。

 けれど。

 フランシーヌの広げた世界は際限なく温めるためのものではない。

 激情の全てを吐き出し、ぶつけ、相手の凍り付いた平穏を溶かす。後には本来の春だけを残す、対『氷雪の魔女』専用の魔法。

 

「《爆炎よ》」

 

 今度は熱で身体と頭がおかしくなりそうになるのを感じながら、クローデットはそれでも、最も得意とする魔法を詠唱した。

 中和された世界は炎球を抑え込むにはとても足りない。

 『氷雪の魔女』は飛び来るそれを不可思議なものでも見るかのように眺めた後、にこりと微笑み、そっと右の手のひらで受け止めた。

 

 制止。

 

 一瞬の沈黙。ただの手のひらに炎球が僅かに押しとどめられた後、荒れ狂う炎が今度こそ、白い美女を呑み込んだ。

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