魔力喰らい 〜魔女の学園でただひとりの少年〜 作:緑茶わいん
「これはもう、攻めるにも守るにも適さないな」
クローデットが勝利した、という連絡はマノン先生からもらった。
戦いの跡を見に行こう、とエルフリーデが主張するので寄り道をしてみたところ、砦周辺の一帯は爆炎によってあちこちに大きな凹凸ができているうえ、雪解け水によってひどくぬかるんでいる場所まであって、徒歩はもちろん移動城塞でさえ進行が難しい有様だった。
「やっぱり迂回──」
「仕方ない、浮かせるか」
結局、城塞自体を浮かせて強引に突破。
僕たちはそのまま都まで戻ってクローデットやマノン先生と合流した。
吸血鬼の街から助け出した人たちはいったん城に引き渡した。スパイじゃないという保証はないし、保護した後でどうするのかまでは判断できないからだ。
城塞は都の傍に留めて整備と補給中。
戦争のために物資は不足気味だけれど、学園は自給自足の体制をかなり整えていたのでまだまだ元気だ。
そこにはルシール考案の陽光の魔法も使われている。
地上および地下に渡ってフロアを作り陽光の魔道具を使って育てる栽培施設は好調で、魔力を必要とする代わりに省スペースかつ高速で質の良い作物が育てられる。
「みんな、お疲れ様。お陰で我が国の戦いはかなり楽になったよ」
「当然だな。欲を言えばあのまま都まで攻め入ってしまいたかったが」
「それは止めておいて正解だったと思います、陛下。情報によると敵はさらなる策を用意しているようですから」
「ほう。その情報というのは『氷雪の魔女』からか?」
「ええ。抵抗されるかと思いましたが、意外にもすんなりと口を割ってくれました」
激戦の末に倒された『氷雪の魔女』は全身かなりの大火傷だったものの、治療によってなんとか一命を取り留めた。
隣国に仕えていた魔女だ。
殺してしまってもいいところだったけれど、結果的に生かしたのは正解。
彼女は目が覚めた後でこう言ったらしい。
『捕虜が相手国に従うのも当然のこと』
義理を果たすのも終わり。彼女なりのけじめはつけたのだから、直接戦闘に加わりはしないものの、悪しき女王を打倒する手伝いくらいはしてくれる──と、言うことらしい。
「今は魔道具兵器での攻撃も止まってる。ゴーレムの攻撃も散発的になった。これが品切れっていうことならいいんだけど……」
「次の作戦の準備、かもしれないってことですよね?」
「それで先生。敵の作戦はなに?」
「移動城塞には移動城塞。向こうも『攻撃に使える拠点』を用意しているらしいんだよ」
それは、衝撃的と言っていい話だった。
「移動城塞が私以外に作れない、とは決まっていない。魔道具を用いれば似たようなことは可能だろうが──それはまた思い切ったな」
「ええ。あの移動城塞はエルフリーデ陛下の魔法があってこそ。同様の城塞を作るだけでも単独では数倍以上の負担となるでしょう」
「でも、逆に言うと『国を挙げての事業なら』あれ以上の攻撃拠点だって十分に作れる」
まして相手は『永遠の魔女』だ。
ゴーレムを馬鹿みたいに量産し、魔獣まで放ってきた。砦一つを消し飛ばすような魔道具兵器をも大量に運用するその能力を考えればどんな魔道具を作ってもおかしくはない。
多くの人が魔力を引き出すためだけに使われているという情報もある。
「……一定以上の魔力を持つ人々が魔道具製作のためだけの装置にされているとしたら」
「えげつなさすぎて考えたくないけど、怖いなんてものじゃないよね」
僕たちは思わず遠い目になってしまう。
吸血鬼の巣窟と化した街を見てしまった後ではとても「ありえない」なんて言えない。魔女の中にはそうやって常識外のことをしてでかす輩がいくらでもいる。
だから、
「こっちも作戦を変えよう。精鋭を集めて敵の城塞を攻撃する。『永遠の魔女』がそこに籠もるつもりなら逆に好都合だよ」
「それならば、話がとてもわかりやすくなりますね」
マノン先生の宣言にリアが深く頷いた。
「お、リアちゃん。もしかしてやる気?」
「じりじりと戦い続けてもこちらが疲弊するだけです。双方の被害を減らすためにも、短期決着は望むところです」
方針は決まった。
陛下からもこの作戦について承認が出た。みんなの疲れを癒す意味でもこの準備期間はとてもありがたい。
学園では帰還を祝うパーティまで開かれた。
やり過ぎな気もしたけれど、ルシールのようにはらはらしながら待っていてくれた人たちもたくさんいる。みんなを安心させるためにもこれは必要なことだった。
そうして、一週間ほどが過ぎた頃、僕たちは緊急に城へと集められた。
「少し前、魔女の遠見によって隣国王都の異変が察知された」
隣の国の都までの遠見なんて普通はできない。
魔法による妨害があるし、魔力がかかりすぎるからだけど、今回はどういうわけか妨害がほぼなかった。戦時である今は魔力を費やしてでも確認する価値もある。
それから、異変を察知できた理由はもう一つ。
現れた移動城塞があまりにも巨大、かつ、特異な機能を持っていたからだ。
「移動城塞となったのは隣国王城そのもの。そして、敵の城塞は
「───っ!?」
エルフリーデの城塞も短時間なら飛ぶことはできる。
けれど、それは魔法で無理やり飛ばしているだけ。機能として飛べるわけじゃない。
なのに、もっと大きいだろう城が飛ぶ。
「なるほどな。さしづめ浮遊城塞か。これは面白い」
空に浮かんだ巨大なものだ。居眠りでもしていない限りは見落とさない。
「空を飛べるなら地形も関係ないな。行きたいところへ直接乗りつけられる」
「師匠、予見はできなかったんですか?」
「悪いな。この戦いの行方は混沌としていて見通しがきかん。下手に口にするくらいなら言わない方がマシだよ」
代わりに師匠はシューターの製作などにも尽力してくれている。
「それより、今この状況をどうするか考えるべきだろう」
「うむ。飛行する城というのはにわかに信じ難いが、かねてからの作戦通り、かの城を墜とすしかあるまい」
「では、陛下。クリスちゃんたちに委ねる、と?」
「いや。マノン、クローデット、そしてドミニク。其方らにも同行を命じる。我が国最高峰の魔女を総動員して作戦を実行せよ」
これには重臣たちから反対意見も出た。
三人がいっぺんに出撃すればその分守りが薄くなる。いざという時に対処できなくなるかもしれない。
けれど、
「城が飛ぶのだ。この城に籠もっていれば安全、などという保証はどこにもない。もはや守るのではなく攻めることでしか安寧を確保できないと考えよ」
この判断が正しかったことは半日ほど後に証明された。
──国境付近の砦の一つが突如として、再び消滅したからだ。
詰めていた人員は「ほぼ」全滅。
全員が死ななかったのは爆発の範囲がズレていたせいだ。おかげで瓦礫に埋もれながらも何人かが生き残った。
彼らによれは、今回は魔道具が運ばれてきた様子は「なかった」という。
さらに半日から一日の間を置いて国のあちこちが同じような攻撃を受けた。警戒を強めていたため、この攻撃の原理はおおよそ掴めた。
空高く位置した城から長い筒を使って、魔道具が「発射」されているのだ。
「これでは本当に逃げ場などないではないか!」
常識外の威力を持つ魔道具兵器を超長距離から「砲撃」できる。
「まずいな。どうやら他の国にも同様の攻撃が仕掛けられているらしい。今頃、あそこと国境を接する国はどこも大混乱だろう」
「他の国全てを敵に回すつもり?」
「元からそのつもりだったのならどうということもあるまい。怖気づいて『自分たちだけ助かろう』という国が出ないとも限らないが」
「そうなる前に敵を滅ぼすべきでしょう」
砲撃の間、僕たちもただ待っていたわけじゃない。
短い間だけど可能な限りの準備は整えた。
「ただでさえ遠距離だ。狙った的に当てるのは難しいんだろう。最初に砦が消えたのは敵にとっての幸運と見るべきだ」
「それでも、あちこちに大穴が空くのは十分怖いですけど」
「当たったら運が悪かったと思うしかない。そして、狙いが甘いってことは『動いているもの』はそうそう狙えない」
作戦は単純。
移動城塞に乗って浮遊城塞の近くまで突撃。その後、総力を挙げて攻撃する。
「運の問題と言っても本当に『当たったら終わり』などと言うわけでもない。今までと同じく防壁は張る。……いや、今まで以上の守りで臨むさ」
長期戦を見越した場合と短期決戦を挑む場合では用意できる物資も違ってくる。
大型の魔石で使っていないものはしこたま積み込んだし、高位の魔女が三人も増えるとなれば使える魔力の量も大きく変わる。
当然、張れる防壁の強度だって上がるというものだ。
「クリス様。……思ったよりも早くチャンスが巡ってきましたね」
「そうだね。その分、大きな賭けになっちゃうけど」
出発の夜、僕はリアと二人で決意を語り合った。
「構いません。元より危険は覚悟していました。わたくしたちで全てを終わらせる覚悟も」
「うん。僕たちで終わらせよう。そして、生きて帰ってこよう」
思ったよりも長い時間が経ってしまった。
でも、リアの言った通り、戦争が始まってからの期間は短い。卒業してから何年も戦う覚悟をしていたのだから、ここでこうして決戦を挑めるのはむしろ幸運だ。
戦いが終われば平和が戻ってくる。
結婚式だって挙げられるようになる。
月明かりが照らす中、僕たちは指を絡めて誓い合った。
「必ず勝ちましょう。わたくしたちの未来のために」
「勝とう。この世界の未来のために」
今回の魔女大戦は過去最短で、過去最高の脅威に見舞われることになった。
とある国では無謀にも従来型の軍を率いての攻勢が行われ、砲撃によってその軍の三分の一が一瞬にして失われたらしい。
退くか攻めるかの選択を迫られ、無謀にも攻めることを選択した彼らには無数のゴーレムが襲い掛かった。
「『調和の魔女団』。そして我が国が誇る魔女たちよ。……頼む。我らに勝利を貰たしてくれ」
出発式には陛下をはじめ王族の面々までもが並んだ。
楽団によって勇壮な曲が鳴らされる中、僕たちは移動城塞に乗り込み、そして出発した。
今回はあらかじめ設定したルートで敵の都まで一直線。昼も夜も問わず走り続けるのでかなり早く到着するはずだ。
敵の位置は一日に何度か確認してルートを微調整。
どうやら向こうもこっちを目指すつもりらしく、ゆっくりとした速度で近づいているのがわかった。
砲撃も来るけれどやっぱり当たらない。
「向こうから来てくれるとはありがたい。話が早くて助かるな」
「失敗したら都が危機に見舞われる、ということでもあります。あまり楽観ではできません」
「失敗した時のことを考えてどうする。勝てばいいだけの話だ」
エルフリーデの言う通りだ。
他の国との連合軍を組織している暇はない。三人の魔女に協力してもらっても勝てないなら僕たちにはもうどうしようもない。
勝つ。それだけの話。
「それで、結局どうやって浮遊城塞に乗り込むの?」
「生身で飛んでいくのはさすがに無謀だと思いますけれど……」
裏方チームの質問にエルフリーデはにやりと笑って、
「簡単だ。帰りのことなど考えなければこの城塞でも十分飛べる。城塞自体を砲弾代わりに向こうの城へ突っ込む」
明快にして豪快な一手を宣言した。