魔力喰らい 〜魔女の学園でただひとりの少年〜   作:緑茶わいん

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ポーションと相談と二度目の宣戦布告

「こちらが処理していただきたいポーションの第一弾です」

 

 赤に青、緑に紫、果ては黒や多色(色が混ざりきっておらずまだら状態)まで。

 多種多様な、綺麗というよりはどんな効能があるのか怖いポーションのぎっしり詰まった箱が僕の前へと音を立てて置かれた。

 フェリシー先輩の研究室は部のエントランスと違って綺麗に整理整頓されていた。場所は二階にある一室。ずらりと並べられた棚には学術書や薬の材料となる草や花(硝子瓶入り)、完成品のポーションなどがきちんと分類されている。

 窓は閉まっているものの、魔道具(マジックアイテム)によって常時換気が行われているらしく嫌なにおいはほとんどしない。さすがにちょっと薬っぽいにおいがするのは否めないけれど、薬品を使っている以上、そのくらいは仕方ない。

 それにしても、

 

「……いっぱいありますね」

「製作を優先しているとどうしても処分が後回しになってしまうのです。治験も十分に行えているとは言い難いですし」

「治験というのはなにを行うのでしょう?」

 

 リアが尋ねるとフェリシー先輩は穏やかに微笑んで、

 

「主に平民の方へ対価を支払い、ポーションの効果を実証していただくのです」

「それは、その、命の危険はないのでしょうか?」

「実施の前に契約書にサインをしていただいていますし、報酬もリスクを踏まえた金額にしています。それでも『やってもいい』と言ってくださる方は多くないのですが」

 

 それは「失敗していたらどんな効果が出るかわかりません。最悪死にます」なんて代物を飲みたいと思う人はなかなかいない。いくらお金がたくさんもらえると言ってもよっぽど困っていない限りは手を出したくないはずだ。

 貴族にとって平民の命なんて動物同然。

 可愛い女の子が無理やり貴族の愛妾にされた、なんて話もたまに聞くくらいだし、前もって説明して報酬も支払われているだけマシなんだろうけど、フェリシー先輩もやっぱりちょっと研究に狂っているというか、いわゆるマッドなタイプだ。

 僕はきっと美味しくはないだろうポーションの数々をじっと見つめて、

 

「これ、僕も飲んだ方がいいんでしょうか?」

「そんな、危険ですクリス様」

「リアさんの言う通りです。クリス君にお願いしたいのは『処分』であって『治験』ではありませんので方法はお任せします。液に直接触れさえすれば魔力を抜けるというのならそれでも構いません」

「はい。触れば吸収はできるので大丈夫です。……触っただけで指が焼けるとかだと困りますけど」

「瓶には異常がでていませんので、強い酸などの可能性は低いと思いますよ」

 

 逆に言うとちょっとは可能性があるし生体にだけ作用する毒の可能性はあるということだけど、もし身体が傷つくようなことがあればその分の回復ポーションはただでくれるそうだ。

 そういうことなら、と、僕は仕事を承諾する。

 

「作業は別の場所でやった方がいいですよね? どこか良い場所はありませんか?」

「屋上に出られますのでそちらはいかがでしょう? 屋内の騒音も気にならなくてちょうど良いかと」

 

 先輩によると急ぎの仕事ではないそうなのでシビル先輩に頼まれた分と並行して進めることにする。

 

「助かります。ポーションは特に『そのまま捨てる』のが難しいですので」

 

 ポーションとは「魔法効果のある薬」の総称だ。この世界の物はほとんどが魔力を含んでいる。

 複数の品(多くの場合は植物)を混ぜ合わせ、そこに製作者の魔力や魔法を加えて色んな効果の薬を作り出すのがポーションの調合だ。

 使用する素材の種類や組み合わせ、分量、籠める魔力や魔法などによって効果が変わるのでとても繊細だ。当然、失敗作を適当に捨てると悪影響が出かねない。色んな種類のポーションを捨てるのなら猶更だ。

 

「前払いということで一本お分けします。痛みが続くと眠りも浅くなるでしょう?」

「ありがとうございます。助かります」

 

 渡されたポーションが実はやばいやつ──なんていうこともなく、飲むと傷が治っていった。それを観察していたフェリシー先輩は「即効性が重要のようですね」と呟く。

 

「効能を犠牲にしてでも薬効を早く……研究しがいのありそうなテーマですね」

 

 毒とかに応用されたらすごく怖そうな研究だ。

 先輩がなにやら考え始めたのを見て、僕はこの場を後にしようかと思う。ただ、その前にせっかくだから聞いてみたいことがあった。

 

「あの、フェリシー先輩はもう二年、この学園にいるんですよね?」

「ええ。順当に行けばこの一年で卒業になりますけれど、それが何か?」

「えっと。……学園長についてなにか知っていることはありませんか?」

「学園長について、ですか。あまりにも漠然としすぎていますね」

 

 そう言いつつも先輩は目を細め、頭の中から知識を引き出してくれた。

 

「『爆炎の魔女』クローデット・フォンタニエ。広範囲の破壊・殺傷においては歴史上でも有数と謡われる高名な魔女です。その性質上、戦争でも起こらない限り能力を発揮する機会はほぼありませんが、代わりに──というか『だからこそ』魔女学園の長に任命され、務めを果たしていらっしゃいます」

「王家は彼女へ要職を与えることでその才能を中枢に留め置いている、と?」

「リアさんは聡明ですね。ええ、その通りです。もちろん、学園長としても十分な成果を挙げていらっしゃいますけれど」

 

 学園長──クローデットが都にいるというだけで他国から攻められるリスクが減る。下手をすればたった一人に貴重な兵力を根こそぎ吹き飛ばされかねないからだ。

 

「並の魔女では束になっても『爆炎の魔女』を止めることはできません。単独で対抗しうるのは世界的に見てもごく少数でしょうね」

 

 ここで先輩は僕をちらりと見た。

 

「クリス君の『魔力喰らい(マナ・イーター)』はそういった意味では学園長の天敵と言っても過言ではありません。もちろん、娘であるフランシーヌ様にとっても同様です」

「………」

「あなたが彼女と決闘を行ったことは話に聞いています。見事、勝利を収めたことも。フランシーヌ様としては気が気ではないでしょうね」

「フェリシー様はフランシーヌ様のことをよくご存じなのですか?」

「よく、というほどではありませんけれど、親交はありますよ。我が家も分家とはいえ侯爵家ですからね」

 

 フェリシー先輩は僕の質問をフランシーヌ関連だと思ったようだ。その分析もまったくの間違いじゃない。実際、学園長と戦って勝機があるのかは知りたいと思っていたし、それがフランシーヌ相手に応用できるのであればさらにありがたい。

 

「フランシーヌは学園長と戦い方が似ているんですか?」

「ええ。随分と憧れていらっしゃるようで……。実際、適性としても炎の魔法に寄っていますから、お母様の後を追うのは当然と言えば当然ですね」

 

 ここで先輩は「ですが」と言葉を切る。

 二年分の経験と生来の思慮深さから来る分析がその唇に載せられて、

 

「魔力、および魔法を吸収できる。それだけで彼女らに勝利できるとは思わないことです。おそらく、フランシーヌ様相手でも次回は苦戦することでしょう」

「そうでしょうね」

 

 僕は頷いた。

 僕の特異体質は無敵じゃない。もちろん攻略法だってある。

 だとしても、もう一度あの娘に挑まれたら断るつもりはなかった。

 

「ありがとうございました、フェリシー先輩。このご恩は仕事でお返しします」

「期待していますよ」

 

 先輩は最後まで穏やかに僕たちを見送ってくれた。

 

 

   ◇    ◇    ◇

 

 

 学園の食堂は寮と渡り廊下で接続される形で存在している。

 生徒全員が一度に座れるんじゃないか、と思えるほど広く、それでいて掃除も行き届いている。調度品も上等な品で「全部でいくらしたんだろう」と思わずにはいられない。

 メニューのかなりの数があり、しかも生徒は全部タダだ。給仕は学園雇用の従業員が行ってくれる(男も多少いるけれど大部分が女だ)。

 体験授業の初日に初めて訪れた時はもう感動した。

 あれからお昼は必ずここへ食べに来ていて、今はメニューの全制覇を目標にしている。リアはいくつかのメニューを試したうえで具だくさんのシチューが気に入ったらしく、今日はそれをリピートしている。

 

 一週間の体験期間は今日で終わり。

 僕もリアもどの授業を取るかはほぼ決まった。こうなると来週からの本格始動に向けて戦々恐々となるというもので「どんな感じになるんだろう」と話も弾む。

 席は人目につきづらい隅のほう。あまり人気がないのか空席が多めなので座る場所に困らないのもいいところだ。

 

「ねえ、あなたがクリス? あのお嬢様に勝ったっていう」

 

 そうして僕が今日のチョイス──白身魚のバターソテーをパンと一緒に味わっていると、僕たちの座っている席に一人の一年生が寄ってきた。

 白リボン。僕と同じ五級の生徒だ。日焼け具合や筋肉の付き方から言ってこれも僕と同じ平民。たまたま魔力があったから合格したタイプだろう。

 彼女は何故か似合わない短髪で、泣きはらしたように瞼を赤く腫らしている。

 リアと顔を見合わせてから「そうだけど」と答えると、

 

「お願い! あのお嬢様をなんとかしてよ! あんなの酷すぎる!」

 

 テーブルに両手を叩きつけんばかりの勢いで僕に向かって訴えてきた。

 

 話を聞いたところ「あのお嬢様」というのは当然フランシーヌのことだった。

 昨日、彼女はフランシーヌと決闘をしたらしい。発端は本当に些細なこと。道を歩いていた際に「はしたない大股は止めなさい」と注意されたことだった。

 そうは言われても彼女だって自分なりに気をつけてはいた。育ちが悪いのだから貴族のお嬢様みたいにはいかなくても仕方ない。そう言い返したところ「なら決闘しましょうか」と返された。

 本当ならそんな挑戦、受ける必要はない。

 けれどここは貴族中心の学校だ。平民の肩身は狭い。面白がってフランシーヌの側に加担する生徒は周囲に何人もいて、気づいたら後に退けなくなっていた。

 結果は惨敗。

 

「決闘でできた火傷は医務室で治してもらえたけど、あいつ『育ちの悪さに相応しい髪型になりなさい』って私の髪を燃やしたの!」

「……ひどい」

 

 リアが呟くと彼女は「でしょう?」と言った後で複雑そうな顔をした。同情してもらえたのは嬉しいけれど、リアを自分たちの仲間だとは思えない。むしろフランシーヌに近い立場だと考えているようだった。そして、貴族だ、という意味ではそれは間違っていない。

 

「他にも平民の子が被害に遭ってる」

 

 フランシーヌが平民に因縁をつけては決闘を行っている、という話は僕も聞いていた。どうやら毎日のようにそんなことを繰り返しているらしい。ただの腹いせなのか、それとも。

 

「ねえ、なんとかしてよ。あなたなら私たちの悔しさもわかるでしょ? それに一回勝ってるんだから次だって勝てるんじゃない!?」

「待ってください。いくらクリス様でも勝てるとは限りません。それに怪我をする可能性だって──」

「あら、いいじゃない。平民ならお仲間の訴えは聞いてあげるべきじゃなくて?」

「フランシーヌ」

 

 噂をすれば。まるでタイミングを見計らったかのように紅髪の令嬢が僕たちのテーブルに近づいてきた。実際は単に昼休みだから食堂に来ただけなんだろうけど。

 僕たちに訴えていた少女は怯えたように僕の背後に回る。昨日の今日じゃその反応も仕方ない。僕の後ろならある程度安全だろうし。

 フランシーヌは僕をきっと睨むと「呼び捨てにして良いと言った覚えはなくてよ、平民」と吐き捨てるように言った。

 

「決闘ならいつでも受ける。そう言ったのは嘘だったのかしら?」

「嘘じゃないよ。やりたいって言うなら相手になる」

「そう。……今更『やっぱり止めた』と言っても無駄なのでそのつもりで」

 

 令嬢の後ろから一年生が二人ほどやってきて「そうだそうだ」とばかりに頷く。取り巻きか。貴族は力関係がいろいろとあるのでこういう派閥的なものができやすい。

 相談してきた子がほっと息を吐き、リアが心配そうな表情になる中、フランシーヌはにっこりと笑って、

 

「私が勝ったら──そうね。跪いて無礼を詫びてもらおうかしら」

「なら、僕が勝ったらその髪を短く切ってもらおうかな」

 

 これなら意趣返しにもなる。

 拒否されるかと思ったけれど「いいでしょう」と同意が返ってきた。自分が負けることなんて考えていないのかもしれない。

 僕のほうは先日のフェリシー先輩の言葉をもちろん忘れていない。

 確実に勝てるとは限らない。フランシーヌはきっとなんらかの対策を用意しているはず。

 だとしても、跪いて謝るくらいなら安いものだ。貴族と平民じゃプライドの価値が全く違う。

 

「決闘はいつにしようか」

「今日の放課後、決闘場を借りて行いましょう。噂も広まるでしょうから多くの生徒に貴方の醜態を見てもらえるわ」

 

 そして僕の懸念通り、フランシーヌは『魔力喰らい』の攻略法を準備していた。

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