魔力喰らい 〜魔女の学園でただひとりの少年〜 作:緑茶わいん
具体的にはこうだ。
エルフリーデの魔法で移動城塞の下部に太い筒を多数、形成する。城塞側の穴はしっかり塞いで、外に向いているほうの穴は開けておく。この筒の中で強力な爆発を起こすと力が一方に流れ、文字通り爆発的な加速が得られる。
起こす爆発の威力にもよるけれど、これをうまく使えば移動城塞のような大きなものをいっきに飛ばすこともできる。
「爆発と言えばクローデットちゃんと出番だねー」
「けれど、やり過ぎた場合、城塞を破壊することになるのでは?」
「筒を魔法で保護しておけばいいだろう」
「ああ。それに最悪、床が多少抜けても問題はない。底部は頑丈に作ってあるしな」
爆発を起こす前には魔法で城塞を軽く浮き上がらせておく。
これで飛ばす労力はぐっと減る。
ちなみに今回、身の周りの世話をしてくれるメイドたちは同乗していない。止まらず進み続けるなら数日で浮遊城塞に到達できる見込みだったのでいなくて問題ないし、壊すつもりで突入する以上、むしろ邪魔になってしまう。
最低限の家事はコレットさんとネリー、フランシーヌの専属メイドがいるし、「私も行く!」と言って聞かなかったニーナも調理担当として残ってくれている。彼女たちは最低限の魔法と体術があるので戦いの場でも自分の身くらいは守れる。
吹き飛ぶように接近する間、僕たちは急激な加速による圧力を受ける。
これに耐えつつ、やらないといけないのは城に張り巡らされているはずの魔力防壁をどうにかすることだ。
城塞をぶつけるだけだとさすがに不安。
そこで、可能な限りの大火力をぶつけて一時的、部分的にでも守りを弱めてやらないといけない。
「この役割はクリスとフランシーヌに任せる」
「まあ、適任ですわね」
「ここが大事ですからね。できる限りの威力をぶつけます」
リアとエルフリーデは激突に備えて魔力防壁を全開に。
シビル先輩たちは攻城兵器として持ってきたゴーレムが壊れないように保護しつつ、突入後にいち早く起動できるよう待機。
生身の戦闘においていちばんバランスが良く苦手のないミシェル先輩は突入後の斬りこみ隊長だ。
「わたしとドミニク様も暴れるよ。まだ変な魔女が残ってないとも限らないし、できるだけ陽動するつもり」
「師匠、結局戦ってるところを見たことないんですけど、大丈夫なんですか?」
「馬鹿を言うな。まだまだお前たちに道を譲るつもりはない。……戦いとなれば奥の手もあるしな」
エルフリーデやリア、クローデットも突入が終わったら城へ突入する。
「用済みになった城塞は残りの魔力をすべて使って爆発させる。少しはダメージを与えられるだろう」
「私やシビルは運び出せるだけの物資を運び出して簡易的な陣地を築きます。脱出の手筈も一応、用意しておきますので」
「でも、敵も迎撃してくるはず。正直、何が来るか予想できない」
「高度な柔軟性を持って各自、適切に対処しろ」
「それ、行き当たりばったりってことですよね……?」
でも、偵察している余裕がない以上は仕方ない。
しかも相手は何百年も前の魔女なのだ。何をしてきてもおかしくない。
「一番槍はミシェルに任せるが、クリス、お前はしばらく残っていろよ。お前とオリアーヌには一緒に行動してもらう」
「わかっています。……『永遠の魔女』とは僕とリアが一番戦いやすいはずですから」
これにリアも頷いて、
「ミシェル先輩。くれぐれも無理はしないでくださいませ。ご自分の身を守ることを最優先に」
「わかってるってば。まずはシビルたちが落ち着ける場所を作ることからだね」
接敵までにかかった日数はたったの二日だった。
予想よりも早い。向こうから近づいてきてくれたお陰だ。
もちろん、出発した時点で全ての準備は終わっている。
作戦を始める頃合いが来たのはほぼ正午。うってつけのタイミング。
見えてきた敵の浮遊城塞はまさに圧倒的な威容を示していた。
城というか、城の敷地全てが浮いている。地下部分や地面まで丸ごと持ち上げているのでちょっとした島のようにさえ見えた。
黒塗りの城壁は敵対する者に恐怖を植え付ける。
外壁に無数に取り付けられた長大な砲はあの魔道具兵器を撃ち出すためのものだろう。その数に背筋が寒くなると共に、いったいどれだけの人が建設、魔力の負担を強いられたのか恐ろしくなる。
砲からは実際にあの兵器が撃ち出され、僕たちの移動城塞を狙ってきた。
近いとはいえ移動中。そうそう命中はしないし、当たっても魔力防壁が防いでくれたものの、外が全て輝きで包まれるのはいい気分じゃない。
こんな攻撃が都を狙ったら。
敵が僕たちの国に近づいてきているということは、それだけ狙える場所が増え、正確さも増しているということ。本当に時間をかけてはいられないし、失敗したら多くの人が死ぬ。
だから、絶対に勝たないといけない。
「行くぞ」
突入が始まるより前に僕とフランシーヌは城塞の屋上に陣取った。
衝撃に備えて身体を固定。
城塞が撃ち出される前から魔力を集中し全力の攻撃を準備して、
──来た!
ふわりと城塞が浮き上がった後、爆音と共に斜めに城塞が撃ち上がる。
視界が持ち上がり、浮遊城塞がぐんぐん近づいていく光景は正直、心臓に悪い。ぶつかるんじゃないか、どころか、これから本当にぶつかろうとしているのだ。
普通にぶつかったらひとたまりもない。
ひとたまりもないからこそ、敵の守りを打ち破らないといけない。
僕は両手を突き出し、フランシーヌとアイコンタクトをすると、準備していた高魔力を一気に解き放った。
「《貫く光よ》!」
今までは温存してきた、
研究を重ねながらも学園の外では一度も使わなかった。戦争に参加してから使うのはこれが初めて。
効果自体は大したものじゃない。
攻撃の性質自体は今までの魔力放出とほぼ同じ。ただ、魔力を破壊力に変換する効率だけが大きく違う。それと、破壊の規模よりも貫通力を重視していることが特徴だ。
成人男性の身長よりも太い光が浮遊城塞へと飛んで、
「《爆炎よ》《連なり》《劫火を撒き散らせ》!」
フランシーヌ渾身の魔法が光を追った。
光は浮遊城塞の周囲で防壁と衝突、拮抗する様子を見せながらも少しずつ、その身を押し込むようにして進んでいく。
追いついた複数の炎球がそこへ炸裂して、敵の防壁は弾けるようにして霧散、僅かだけれど大きな隙を生じさせた。
放っておけばすぐに魔力が補充され、閉じてしまうだろうけど、それまで待つつもりはもちろんない。
空いた穴に僕たちの移動城塞が飛び込む!
これで最初の関門は突破。
後は城の外壁に激突して止まり、突入を始めるだけ──。
「いえ、これは──多重防壁!」
外壁に激突するより前に、城塞が不可視の防壁に阻まれる。
二枚目。
敢えてスペースを開けて小さい防壁を中に準備していた。イヴォンヌも似たようなことをしていたけれど、あの時とは一枚目の効果とサイズが段違いだ。
これは、
『《城塞よ》!』
エルフリーデの声が内部から響き、移動城塞の正面に巨大な
残る推進力を全て乗せられる形となった衝角が防壁に食い込み、
『《爆炎よ》!』
筒を破壊しながらも放たれたクローデットの魔法がさらなる加速を生んだ。
衝突してもなお、こっちの魔力防壁は途切れない。突入前に魔力たっぷり補充しておいたし、リアが念のため、さらに魔力管理を行ってくれている。
──そして、打ち破った!
今度こそ、と思ったところで目前に位置する砲塔から輝き。
至近距離からの高威力攻撃をこちらの防壁が防ぎ切り、城壁を突き破って、
「ああもう、どれだけ用心深いのかしら!?」
「でも、ここまで来ればこっちのものだよ……!」
「《錬金よ》!」
今度の声はマノン先生だ。
衝角を金属で覆い耐久力と貫通力を強化。ついでに魔力まで載せて、三度目の正直、僕たちの移動城塞は地響きを立てながら地面を滑り、城の壁へと激突、瓦礫を生み出しながらようやく停止した。
成功した。
いきなり予想外続きだったけど、なんとか乗り込めた。
「ミシェル先輩!」
「もちろん、この時を待ってたよ!」
剣やナイフでしっかりと武装したミシェル先輩が風を纏って飛び出していく。
「さてと。……敵もさっそく迎撃を出してきたか」
「師匠!」
続いて飛び出してきたのは師匠──『予見の魔女』ドミニクだ。
彼女が見据えた先には城の窓から飛び出してくる無数の飛行魔獣と飛行型ゴーレムの群れ。
「《光の雨よ》」
呟きと共に無数に生み出された光弾が敵に向けて飛び、回避軌道を描く相手の思考を先回りするように次々と着弾。面白いように撃ち落としていく。
「なんですか、今の」
「予見だよ。数秒先程度の未来ならほぼ確実に見える」
遠い未来を変えるためには使いづらいけれど、今この場で起こっている戦闘を有利に進めるには反則級の能力。一人だけ答えを知った上でテストをしているようなもので──これは確かに、師匠が戦いに自信を持っていたのも、ごたごたを避けるために身を隠していたのもわかる。
この一撃で敵の数はだいぶ減ったものの、後から後から魔獣とゴーレムは湧いてきてきりがない。
さらに、地上からも歩行する魔獣やゴーレムがわらわらと。
ミシェル先輩がいくら強くてもこの数は、
「やっぱり僕も──」
「いいから、貴方はしばらく休んでいなさい。オリアーヌ様が来るまでね」
身を乗り出そうとしたところで、僕の代わりにフランシーヌが城塞から身を躍らせた。
彼女は一度だけ僕を振り返るとくすりと笑って、
「どうせ敵地だもの。派手にやっても構わないのでしょう──!?」
小規模な火球を次々に爆発させて敵を吹き飛ばしていく。近づいてきた敵には《劫火》が襲い、容赦なくその身を焼き尽くす。
「さっすが。私も負けてられないね!」
ミシェル先輩は剣を引きぬくと風を纏い、敵の群れへと突進。
一直線に一体を斬り伏せたかと思えば周囲の敵を風の刃で一気に切り裂き、さらに上へ飛び上がって空中の敵を薙ぎ払っていく。
空中に足場があるかのようにジャンプ、急降下、その三次元的な動きは次に何をするのかを敵に悟らせない。
『こちらのゴーレムも戦線に投入します』
『大盤振る舞い』
中からフェリシー先輩たちの声。
「わたしも行ってくるよー」
マノン先生も大型ハンマーを錬成すると敵でも城壁でもお構いなしにどっかんどっかん、力づくでぶん殴り始める。
なんというか、いろんな魔法使える癖にあの人はこう、肝心なところでハンマーとかの物理に頼っている気がする。ミシェル先輩みたいに白兵戦が好きってわけじゃないはずなんだけど、ハンマーに振り回されているようでしっかり振り回しているのがすごい。
これならなんとか、
「って、砲塔が!?」
見れば、城壁に取り付けられた砲塔のいくつかが百八十度回頭してこっちに向こうとしている。
自分たちもまきこまれかねないのに攻撃? いや、あの魔女ならやりかねない。
さすがにこれは見過ごせないと僕は腕を持ち上げて、
「必要ありません」
クローデットの声と共に砲塔が一気に複数爆破。
「先に全て破壊してしまいましょうか」
役目を終えた『爆炎の魔女』は敵の遠距離攻撃手段をまず潰しにかかった。敵もこのままだと勿体ないと見たのかばんばん各砲塔から発射し始めるも、内側に向けられた砲は優先的に潰されるためにこっちへの被害はない。外に放たれた分もろくに狙っていないわけだからそうそう当たらないはずだ。
「なかなか楽しいことになってきたじゃないか」
ぽん、と、僕の肩を叩くようにして立ったのは、
「エルフリーデ様」
「私も交ぜてもらうとしよう。これだけ物が多いなら私としても戦いやすい」
『城塞の魔女』には自分の城だろうと敵の城だろうと関係ないのか、彼女はひと呼吸のうちに落とし穴を作ったり壁やゴーレムの残骸から武器を作ったりやりたい放題し始めた。
みんなが次々に参戦していくのを僕はぽかんと見送って、
「お待たせいたしました、クリス様」
銀色の妖精──いや、銀の美姫が僕の隣に立った。
学園の制服、それから騎士服に似せて作った凛々しくも美しい制服。腰には二丁のシューターを装備し、背中には最低限の装備が詰まった丈夫なリュック。
王女の一人にして若手有数の魔女であるオリアーヌ──リアが、僕に手を差し伸べて微笑む。
「参りましょう、クリス様」
「うん」
僕たちはぎゅっと手を握り合うと、ようやく敵地へと降り立った。
いったん手は離すけれど、物理的なつながりにこだわる必要はない。僕たちは魔力的、魔法的にいつでも繋がっている。
「行こう、リア」
目指すはただひとつ──きっとこの城のどこかにいるはずの『永遠の魔女』のところだ。