魔力喰らい 〜魔女の学園でただひとりの少年〜   作:緑茶わいん

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浮遊城塞攻略

「《貫く光よ》」

 

 廊下を殺到してくる敵の群れを光が吹き飛ばす。

 倒しきれなかった分はリアが手にしたシューターが的確に撃ち抜いていく。

 素早く靴音を響かせながらも少女の息が乱れる様子はない。魔力による身体強化はしっかりと機能してくれている。

 リアのシューターも特別製。光の矢──というか光線以外を撃ち出すことはできないものの、注がれた魔力量に応じて自動で威力が変わるようになっている。慣れれば機能を切り替える必要もなく手加減可能。逆に威力を上げることだってもちろんできる。

 それにしても、

 

「魔獣とゴーレムしか出てこないね」

 

 敵の数自体はすさまじい。

 城を埋め尽くすほど控えていたのではないかと思うほどだけど、雑魚をどれだけ揃えたところで上位の魔女には敵わない。

 フランシーヌやエルフリーデならあっさりと薙ぎ払ってしまうだろう。

 

「この期に及んで戦力を温存する意味もないと思うのですが……なにを企んでいるのでしょうか」

 

 答えはほどなくして与えられた。

 不意に敵が途切れたかと思うと、前方に人影が見えたのだ。

 身構える間もなく視界が赤く染まる。吸収できるかどうか判断がつかなかったので魔力光で吹き飛ばす。余波は相手に向かったものの、それはあっさり腕で薙ぎ払われてしまった。

 並の相手じゃない。

 相手の姿がはっきりと見える距離で立ち止まり、観察する。

 

 ──敵は、二人いた。

 

 どちらも常人とは思えない異様な姿だ。

 共通しているのは娼婦を思わせるような煽情的な衣装を身に着けていることと、下腹部に複雑な紋様を刻まれていること。

 一人は大人の女性で、彼女は下腹部の紋様に加え、顔を含む全身に茨を思わせるタトゥーを施されている。このタトゥーは発光しており、よく見ると巧妙に魔法文字が隠されているのがあわかる。

 一人は若い女性。こちらは身体の半分程度が鱗のようなものに覆われ、口には鋭い牙が生えている。

 彼女たちは僕とリアを見つめると薄く笑う。

 

「ようこそ、女王シルヴェール様の居城へ」

「陛下の命を狙う不届き者は私たちが処分します」

 

 瞳にはあの街で見た吸血鬼たちと同じ──いや、もっと深いかもしれない狂気。

 洗脳、というか改造を受けているんだろう。

 主は『吸血の魔女』ではなく『永遠の魔女』。人々の命を軽んじるどころかこんな風に作り変えて使役するなんて。

 憤りを覚えた僕の隣でリアが呟いて、

 

「もしや、この国の王族の方では」

「……なっ!?」

「ええ、仰る通り。私たちは()王族」

「今はもう、シルヴェール様にお仕えする忠実なるしもべにすぎませんけれど」

 

 彼女たちはリアの推測を認めると、むしろ今こそが至福であるというように恍惚の笑みを浮かべる。

 

「今の名は四号」

 

 大人の方が言い、若いほうが「私は九号」と続ける。

 

「人としての名は捨て、いただいた名のみを掲げております。どうかお見知りおきを」

「と言っても、死にゆく身では無駄かもしれませんが」

「……名前まで、捨てさせられて」

 

 与えられた名前がよりにもよって番号。

 本当なら悔しくて仕方ないはずなのに、感情すらも操られて喜びを感じさせられている。

 根本から改造されてしまった人を元に戻すのが難しいのは吸血鬼たちでよくわかっている。僕の『魔力喰らい(マナ・イーター)』対策なのかもしれないけれど、そんなことのために使われてしまった彼女たちがあまりにも可哀想すぎる。

 一方のリアは冷えた声で、

 

「その身体は戦うための処置ですか?」

「ええ。あいにく、我々は戦いなどしたことがなかったものですから。きちんと殺せるようにシルヴェール様が与えてくださったのです」

「慣らしは終わっていますから安心してくださいませ。ざっと百人ほどは殺しましたから、練習は十分です」

 

 百人。

 戦う練習をするためだけに、そんな人数が。

 

「それは、あなたたちの国の民じゃないんですかっ!?」

 

 返ってきたのは重なった声だった。

 

「それが、どうかしましたか?」

 

 唇を噛む。

 彼女たちはもう、元の王族とはかけ離れた存在だ。

 立ちはだかる敵。『永遠の魔女』を守る側近。

 王族の女性ということは魔力量自体は高いはず。そのうえで直々に改造を施されているとなればおそらく、かなりの強敵に違いない。

 

「もう一つ聞かせてください。この国を守るべき騎士たちはどこに行ったのですか?」

「ああ、彼らなら」

「立派な魔獣に生まれ変わりました。あなた方ももう相まみえたのではありませんか?」

「……そうですか」

 

 息を吐いたリアは、この三年ずっと一緒にいた僕でさえ見たことがないくらい怒っていた。

 青い瞳に熱い炎を宿してシューターを構え、引き金を引く。

 

「ならば、あなた方にかける慈悲はもうありません!」

 

 放たれた光線を『九号』が腕で打ち払い、笑う。

 

「あら、死ぬのはあなたたちの方だわ!」

 

 彼女の口の中から赤い輝きが漏れたかと思うと、伝説上のドラゴンのような炎の息吹が一気に放たれた。

 

 

    ◆    ◆    ◆

 

 

「クリスちゃんたちは大丈夫かな。強さは十分だけど、二人ともまだ経験不足だし──」

 

 大槌がゴーレムのボディを砕き、飛び掛かってきた魔獣を押し潰す。

 処理しきれない分は背中合わせに立つエルフリーデが腕に構成した石の籠手で殴り飛ばす。籠手が砕ければすぐさまその辺りの材料から再構築。要するにあれは「己の身に纏う城塞」。最も得意な魔法の応用だ。

 

「心配しても仕方あるまい。あいつらを殺すのは私たちでも難題だぞ」

「それはそうなんですけど」

 

 マノンは城の外に留まり、敵の雑兵を減らすことに専念していた。

 エルフリーデが城塞に満載してきたゴーレムはフェリシーらの操作によって主に城内へと送られている。お代わりを食い止めることで簡易陣地を作成する時間を稼ぐためだ。

 陣の構築はこれまたエルフリーデの仕事。

 敵を殴り倒しながら片手間に魔法を飛ばし、ごくごく小さな砦を少しずつ構築。ここにはフェリシー、シビル、ララの指示のもと、コレット、ネリーらが物資を運び込んでいる。

 

「教師としてはやっぱり、教え子のことは気になるんです」

 

 マノンには二つ名がない。

 強いて言えば金属の錬成が得意だけれど、これと言って「特別な才能」がなかったのが原因だろう。このことに思うところがないと言えば嘘になる。

 『爆炎の魔女』や『城塞の魔女』に比べたら自分は劣っている。

 学園長の座だってクローデットから譲り渡されただけだし、研究部だって元ははぐれ者の集まりだ。はぐれ者の中に異才がいたからこうやって注目されるようになっただけ。マノン自身が凄いわけじゃない。

 なんて、考えてしまうこともある。

 

「『教導の魔女』」

「え?」

「何も得意な魔法の名でなければいけないわけでもない。私はお前にそんな名が与えられてもいいと思っているんだがな」

「あはは。それは光栄ですね」

 

 ああ。

 そんな風に言ってもらえるのならそれだけで十分すぎる。

 クローデットやエルフリーデのような才能はないかもしれない。

 それでも、

 

「わたしは教師ですから。教え子のことを考えているのがいちばん性に合います」

 

 とにかく自分にできることをするだけだ。

 尖った得意がない分、マノンは周りに合わせるのが得意だ。クローデットのように厳しすぎることもなく、イヴォンヌのように腐ることもなく。みんなと上手くやることを目指しながら不足を埋めていく。

 それでいいのだと思っている。

 

「ここをなんとかすればそのぶん、早く応援に向かえるわけですし」

「ああ、その通りだ」

 

 エルフリーデは笑ってまた一体、敵を殴り飛ばす。

 二人が接近戦を行っているのは性に合っているから、というのもあるものの、魔力を温存するためというのが大きい。

 クローデットとドミニクはその分、ばんばん魔力を使っている。

 要は役割分担。

 派手なのが得意なメンバーに一気に敵を減らしてもらい、地味なマノンはいざという時のために魔力を温存しておく。

 

「フランシーヌちゃんやミシェルちゃんもいるし、なんとかなると思いたいです」

「ああ。だが、いくらなんでも雑魚だけでは終わるまい」

 

 予想はほどなくして現実のものになった。

 外の敵が減り始めた頃、マノンたちの前に今までとは明らかに異なる敵が姿を現したのだ。

 クローデット、そしてドミニクに向かったのは翼と巨体を持つ怪物だ。腕と足が六本ずつついており、そのうちの各四本は女のそれ。

 化け物に変わった男の頭部のほか、腹に女の顔を二つ備えたその怪物がそれぞれ一体。クローデットたちの魔法攻撃を防壁で防いだうえで襲い掛かった。

 

「なにあれ。……もしかして」

「ああ。人を素材にした魔獣だな」

 

 男は騎士。女は魔女か。

 騎士の身体能力を魔獣製造技術で底上げし、さらに魔女二人分の魔力を与えている。これは単なる三人分の戦力、ということにはならない。

 三つの頭でそれぞれに考えて行動できるかもしれないし、最初から高い身体能力を持つ魔獣が身体強化を使えば恐ろしい化け物が誕生する。

 

「クローデットちゃん、気をつけ──」

「マノン!」

 

 エルフリーデの声にはっとして振り返り、不可視の盾で攻撃を弾く。

 そこには全身鎧を身に着けた戦士がいた。本来、両手用だろう剣を片手で保持し、もう一方の手には盾を構えている。

 一気に接近してきたその速度、軽々と鎧や剣を維持する筋力。こちらもまた並の相手ではない。ひょっとすると中身はまともな人間ではないのか。

 この戦士もまた一体ではなく、エルフリーデにも同じような鎧が向かっていた。

 

 無造作に引き戻され、再び振るわれる両手剣。

 マノンは身体強化を強めると槌を振るって迎撃した。大きな音を響かせながら後ろに逸れる剣。鎧の戦士はそれを何ごともなかったかのように引き戻そうとして、

 

「だったら!」

 

 彼(?)の足に鎖が巻き付いて動きを封じる。

 巻き付いた端から鎖はみしみしと悲鳴を上げるも、一瞬の足止めにはなった。その隙に渾身の一撃を腹に叩き込んで、

 

 ──砕けた鎧の下に異様なものが見えた。

 

 男の腹。その中央に大きな赤い魔石が埋め込まれている。

 魔石はどこか有機的な質感を備えており、脈動するかのごとく明滅を繰り返す。

 

「それは」

 

 寒気がした。

 生理的な嫌悪感から一瞬動きが止まる。幸い、戦士は攻撃をしてこなかったものの、代わりにその鎧が修復されていく。

 単純に再生させることはできないのか、周りのパーツを奪って再構築。

 魔石が隠れるとマノンはむしろほっとしてしまった。

 

 あれはたぶん、人を素材にした魔石だ。

 

 素材は心臓そのものなのかもしれない。おそらくそれを()()()()()()に埋め込んで第二の心臓、そして魔力源としている。

 本来、男の身ではありえない高魔力を疑似的に再現。

 できる限り魔力を高めようとしたのだとすれば素材になった二人が誰かもだいたい想像がつく。

 それによって生じた力は、

 

「驚いたな。その傷がすぐに再生するのか」

 

 もう一体の戦士の片腕をエルフリーデが千切り飛ばしたことで証明された。

 千切れた腕がまだ空中にあるうちから肩から肉が生まれ、欠損箇所を埋めていく。驚異的な速度で腕を取り戻した戦士はエルフリーデを蹴り飛ばして距離を稼ぎ跳躍、手離してしまった盾を再び掴んだ。

 用済みになった腕は地面にぐしゃりと落ちる。

 何事もなかったように再開される。攻撃。二体の戦士による攻撃は鎧が軽くなった分だけ速く、鋭くなったような気がした。

 

「この鎧は枷だとでもいうのか?」

「あるいは──」

 

 試しに火球を作ってぶつけてみると、鎧はそれを軽々とはじき返した。

 風にしても光線にしても同じ。氷の槍でも貫けない。考えうる限りの防御強化が施されている、といったところか。

 

「なるほど。戦う相手を交換したらあいつらが苦戦する仕組みか」

「では、こいつらはわたしたちが」

「倒すしかないようだな……っ!」

 

 鎧さえなんとかしてしまえばいくらでもやりようはある。

 防御を剥がせば剥がしただけ強くなる敵。

 しかも、人の姿をしているせいでやりづらい。悪意の塊のような化け物、魔女殺しの敵にマノンは「ごめんね」と謝る。

 

「こっちも容赦をしている余裕はないんだ」

 

 立ちはだかる敵は誰であろうと倒す。

 

「たとえ王族でも、ぶん殴らせてもらうよ!」

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