魔力喰らい 〜魔女の学園でただひとりの少年〜 作:緑茶わいん
フランシーヌ・フォンタニエに与えられた役割はマノンたちとはまた別の陽動だった。
場内を進みながらとにかく雑魚を蹴散らしていく。敵の手がこちらに割かれれば割かれるだけ本命であるクリスたちが楽になる。
もちろん、ただ彼らに任せておくつもりもないが。
ひとまずは小規模の火球を弾けさせてゴーレム、魔獣の掃討に専念。多少壁や床が崩れても敵地なので特に問題はない。城が崩れようとクリスたちは自力で脱出するだろうし、『永遠の魔女』も死にはしないはずだ。
「それにしても、キリがありませんわね」
突入時に高い火力を出してしまったために魔力が心元なくなりつつある。
仕方なく荷物から一本のポーションを取り出す。どろりとした薬液は試作品、
身体に大きな負担がかかること、製造コストが高すぎることから持たされたのは一本きり。
ため息をついてからぐっと飲み干すと身体が熱くなり、同時に魔力が満ちていくのがわかる。体感でほぼ完全な状態まで回復した。
これで、まだまだ戦える。
──それにしても、新開発の装備や兵器の大盤振る舞いだ。
この戦いを契機によくも悪くも、魔女と世界の在り方は大きく変わるだろう。
こちらが勝っても相手が勝っても。けれど、あの魔女が支配する世界に絶望しか待っていないことだけは間違いない。
「さっさと雑魚をおしまいにして本命にきていただきたいと──」
もう何度目になるかわからない火球を放って雑魚を吹き飛ばしたフランシーヌは、敵の死骸・残骸の奥に見慣れないものを見た。
背筋に走る悪寒。直感に従い後退しながら火球を放つと、それは爆発の直撃を受けながらも何事もなかったかのように前進してきた。
異形だ。
印象としては食虫植物あるいは軟体動物。柔らかそうな身体に複数本の触手が生えており、上部に大きな口が開いている。
魔獣。
それも量産型ではなく強力な個体。
「あら。素直に出てきてくれるなんて、案外律儀なのかしら」
言いつつ、火球ではなく《劫火》を放ってみるも、敵はそれを何事もなかったかのように無視した。
舌打ち。
どうやら防御力が異様に高い相手らしい。確認のために氷や雷を放つと、こちらは体表に傷がつくことがわかった。となると炎に強い敵。フランシーヌやクローデットを想定して作られたモノか。
シューターを引きぬいて二、三発発射。
傷はつくものの致命打にはならず、しかも傷口は徐々に再生を始めている。一気に焼き払いたくとも炎は効かない。
もちろん、相手もただ見ているだけではなく、接近しながら触手を振るってくる。
さらに口からはどぷっと酸のようなものが吐き出された。
防壁で防いでさらに後退。
閃くものがあり、床に落ちた液体に火をつけてみると案の定、勢いよく燃え上がる。
あれを浴びたうえで火を用いようものなら火だるま。死ぬのはフランシーヌのほう、というわけか。
「……面白いですわね」
難敵の出現に、しかしフランシーヌは唇の端を吊り上げた。
そうこなくては始まらない。
彼女は頭の中で魔獣の攻略法を組み上げながら、まずは触手をなんとかしようと魔法を紡いだ。
◆ ◆ ◆
ミシェルが遭遇した強敵は四、五人がゆうに並んで通れる通路を埋め尽くすような巨体だった。
ゴーレムだ。
腕や足は丸太のように太く、それぞれ四本ついている。明らかに雑魚とは違う威容。
分厚い装甲は業物の刃を軽々と弾き、重い体重が風による牽制をすべて無効化してしまう。対人戦を基本とする騎士のセオリーにはない相手だ。
機動力と応用力が売りのミシェルにとってはやりづらい。
クリスなら懐に飛び込んで胴体に触れるだけで無力化できるかもしれない。
フランシーヌなら大火力で押してあっと言う間に片付けられるだろう。
「やっぱり、私たちが来ることを予想してたってことかな……っ!」
振るわれる腕を跳躍してかわしながら呟く。
幸い、相手の動きは速くない。問題はリーチの長さと防御力。
「どこかで今も見てるのかな。まったく、悪趣味にも程があるんじゃない……!?」
ひとまずは一つ一つ試してみるしかない。
ポーチの中から爆発する魔道具を取り出して投げつける。すばしっこくはないゴーレムはこれの直撃を受けたもののの、装甲は多少の傷がついただけでほぼ無傷。
この程度の爆発ではやはり駄目か。
「なら、これはどうっ!?」
フェリシー謹製の酸性ポーション。
頭を狙って投げ割ると、さすがにこれは一定の効力を発揮した。液体が触れたところからじわじわと腐食が始まる。
ついでに視界を潰せるとありがたかったのだけれど、残念ながらそうはいかなかった。ゴーレムは痛みに呻くことも怒りの声を上げることもなく腕と足を振るい続けてくる。
「一本や二本じゃ倒せないか」
ならばまた次の手だ。
ミシェルは片手に剣を構えたまま、次々と異なる攻撃を繰り出していった。
◆ ◆ ◆
『九番』の吐き出した炎は僕の手のひらに吸い込まれて消えていった。
「……どうやら『
「疑似魔法にも効果があるなんて、本当に反則級の能力ですわね」
「疑似魔法?」
「改造によって生物的な機能として施された魔法のことです。術式は体内で完結しているために
答えながら『四番』──おそらくこの国の側室であったはずの女性が床を蹴る。
速い!
リアのシューターをその速度をもってかわし、あっという間に迫ってくる。前に踏み出して迎撃を試みるも、相手のつまさきがあっさりと懐に潜り込み、僕の腹に突き刺さった。
息が詰まる。
さらに、振るわれた拳が顔に食い込む。
殴り飛ばされながら、僕は『四番』がリアのシューターをかわしながら後退するのを見た。
「……ここが通路なのは幸いでしたね」
空間が限定されているために射撃攻撃が当てやすい。
これならいくら相手が速くともある程度、シューターで牽制が可能だ。
と、思ったら、
「なら、場所を広くしましょうか?」
『九番』が鱗に覆われた腕をふるい、通路の壁を力づくで砕いた。
どん、と。
広がった衝撃は壁を大きく崩れさせる。次いで床を蹴った『四番』が反対の壁を殴れば、壁の向こうにあった部屋と繋がって空間が広くなる。
後退して状況を戻そうとしても無駄。
「暴れながら戦えば良いということでしょう?」
炎の
彼女のスピードはまだ『四番』に比べれば常識的。左手に握ったシューターで牽制しつつ迎撃しようとすると、彼女は攻撃にこだわらずに横へ飛んで、自分の身体をもって壁を砕く。
破壊の音と衝撃に気を取られた隙に再び『四番』が接近。
リアのシューターに腕を焼かれながらも構わず僕たちに近づくと、
「はあっ!」
「ぐっ!」
無事なほうの壁に僕の身体を叩きつける。
「クリス様!」
悲鳴を上げながらもリアは近づけない。敵が僕の首を掴み、壁に押し付けたからだ。下手に近づけば僕を武器にして殴られかねない。
だけど。
「……駄目ですね」
「っ!?」
腹部に尋常じゃない衝撃。
僕の身体を通して背後の壁が砕け散る。『四番』はしかし追撃はせずに後ろに跳んで仲間と合流した。
「接触の度に魔力が奪われます。拘束は有効ではないでしょう」
「焼き殺すのが一番。……まあ、それも寿命が削られるのですけれど」
「寿命……?」
「私たちの身体は魔力がなければ維持できません。戦えば戦うだけ死期が近づく──そういう身体なのですよ」
「そんな身体にさせられながら『永遠の魔女』に感謝を口にするのですか、あなた方は!?」
「当然です。私たちにとってあの方は全て。あの方のお役に立てないのならば生きている価値などありはしません」
言い切った二人の王族は攻撃を再開。
「クリス・フォンタニエは後回し」
「狙うべきはオリアーヌ王女殿下!」
「リア……っ!」
二人に肉薄されるリア。
身体強化をしていると言っても相手の動きは常識外れだ。防壁を張って直撃を防ぐも、完全には威力を殺しきれずに殴り飛ばされてしまう。
硬い床に叩きつけられる少女の身体。
魔力光を飛ばして牽制すれば、二人はいったんリアから離れると僕に接近、容赦ない蹴りを見舞ってきた。
「靴越しならば問題ありませんからね」
「なら……服を消せばいいわけだよねっ!?」
僕は痛みをこらえつつ、全身から魔力を放出。
周りのものを無差別に光へ包み込むと、特に魔力強化は施されていなかったのか、二人の煽情的な衣装はただの残骸と化して床へと落ちた。
改造されてなお、見事だと思える裸身。
本当にどうしてこうなってしまったのか。
「ああ、面倒ですね……っ!」
舌打ちした『四番』が瓦礫から大振りの石を拾いあげるとそれを振り上げて僕を狙う。
そこへ。
「《貫く光よ》!!」
強い破壊力を宿した光。
けれど、僕にはなんのダメージも与えない。純粋な魔力による攻撃は『魔力喰らい』を持つ僕にとっては餌と同じだ。
一方で、敵は影響を免れない。
「ご無事ですか、お母様」
「……あなた」
一瞬の間に『九番』が『四番』を庇ったらしい。
竜を思わせる鱗はことごとく剥がれ落ちて、後には火傷したようにただれた皮膚だけが残っている。
再生能力は発動しているもののすぐには完治しないし、そちらに魔力を割かれればその分、戦闘可能時間は減っていくことになる。
「オリアーヌ殿下が、あれだけの魔法を」
「とっておきです。可能な限り伏せておこうと決めておりました」
「僕とリアは魔法的なつながりを持っている。今はもう、僕の魔力操作能力を全てリアに明け渡すこともできるんだ」
理論上、リアは僕と同じ魔法を使える。
というか、頭のいいリアのほうが僕よりも魔法制御は上手い。一人分の能力を分け合っているわけなので同時には魔法を使いづらい、という制限があるけれど、
「上手くフェイントになりましたね」
シューターの光が容赦なく手負いの『九番』を撃ち抜いて行く。
「貴様!」
「行かせない!」
怒りの声を上げて飛び掛かろうとする『四番』の腕を僕が掴んでその場に留める。
触れ合った部分から魔力が流れ込むと同時に身体強化が不安定に。と、茨を模した紋様が強い輝きを放って、
「死ね!」
『四番』は全身を音を立てて軋ませながら僕の身体に生のつま先を叩き込んだ。大きく吹き飛び、叩きつけられる僕。
さすがに治癒魔法を使わないと動くのが厳しい。
疑似魔法によって行動の隙を軽減し、圧倒的な身体能力で押してくる。僕たちにとっては相性の悪い相手。
だけど。
荒い言葉遣いは余裕のなくなってきた証拠。
対して、僕たちにはまだ奥の手が残っている。
傷ついた『九番』を庇うようにしながら前進する『四番』。
空いている手でリアの放った魔力光がその左腕を吹き飛ばし、
「取った!」
細くしなやかな指が見た目とは裏腹の力強さで少女の首を掴む。
めしめしと聞こえてくるような凄惨な光景。けれど、剣かなにかを用意していなかったこと──すぐにリアにとどめを刺そうとしなかったのが失敗だ。
リアは袖の下、腕に装着していた魔道具を敵へと向けて、
──高温を伴う烈風が『四番』の身体を直撃した。
身体強化を施されてはいてもベースは女性のもの。軽く吹き飛ばされた彼女は未だ立ち直り気っていなかった娘と激突、二人して床を転がって。
「ごめん」
「せめて、あなた方の誇りだけは守らせてください」
僕の放った魔力光とリアのシューターがとうとう、改造された母娘の命を奪い去った。
念のため、しばらく様子を見てみただけれど彼女たちが動く様子はない。
遺体に手を当てると心臓が止まっていることも確認できた。
どうにかして助けるべきだったのかもしれない。
このままじゃ『永遠の魔女』を倒しても国を治めるべき王族がいなくなってしまう。
それでも。
「『永遠の魔女』。お前は、絶対に倒す」
今の僕たちにできるのはただ、先を目指すことだけだった。