魔力喰らい 〜魔女の学園でただひとりの少年〜 作:緑茶わいん
「念のために剣を習っておいて良かったわ」
スカートを跳ね上げると、腿に装着した鞘からナイフを引き抜く。
剣、と呼ぶには短いものの、フランシーヌが握って魔力を籠めると光の刃が生まれて片手剣程度の長さになる。
シューターの応用だ。
習った、と言っても手慰み程度、ミシェルはおろかクリスにも勝てない腕だが、大した知能も持たない魔獣相手ならそれで十分。
強化された視力と身体能力で襲い来る触手を一つずつ斬り払っていく。
時折放たれる粘液は風で防御。
短くなった触手が再生するには時間がかかるため、敵は攻めれば攻めるだけ攻撃手段が限定されていく。
動きが単調になったところにシューターで射撃を加える。倒せなくともダメージを与えられればそれでいい。相手の魔力も無限ではない。
魔獣にも焦り、という感情が備わっているのか。
敵は新たな攻撃に出てきた。短くなったものを含め、触手の全てを床へ向けて一気に己の身体を押し出す。勢いよく跳躍する形となった本体から大量の粘液が飛び出そうとして、
「───ええ、待っていたわ」
フランシーヌはシューターを後ろへ放り捨てると指向性の強い炎のつぶてを敵の口へと放り込んだ。
口の中には、爆発的に燃え上がる性質の体液。
当然、起こったのは大爆発だった。魔獣の身体を内側から吹き飛ばし、巻き起こった熱風を自らも風を生み出すことで相殺、後ろへの跳躍と合わせて最低限の被害に抑える。
それでもなお、肌や服のあちこちに焼けたような痕が残ってしまったが、
「この程度、嫁入りに支障はありませんわね」
荷物からポーションを取り出して嚥下。
息を吐くと、落ちたシューターを拾い上げて自身の状態を確認。思ったよりも手こずってしまった。まだまだ魔力は残っているものの、親玉を相手にするには心許ない。
かといって仲間の元へ戻るのは気が引ける。
フランシーヌは数少ない主力の一人だ。彼女が欠ければその分だけ他のメンバーが辛くなる。ならば、ギリギリまで戦い続けるべきだ。
そして。
少女のそんな想いを助長するかのように、通路の奥から這い出してくる影があった。
今しがた倒したあの魔獣と同型が、三体。
「ああ」
少女はくすりと笑みを浮かべると、瞳を燃え上がらせた。
「どうやら退屈する暇はなさそうね」
◆ ◆ ◆
土系統の魔法で陥没させた穴にゴーレムの足が見事に埋まる。
バランスを崩す敵。その頭部めがけて跳躍すると、酸で脆くした箇所へと剣を突き立てる。小さくひび割れるような音を立てて先端が埋まった。
ボディを蹴って無理やり剣を引きぬくと再度、今度は後ろへと跳躍。
それと同時に巨大ゴーレムは床を蹴り壊しながら無理やり自分の身体を引き抜いた。
「本当に馬鹿力だなあ」
しかし、足場の乱れは確実に機動力を削いでいる。
悪路でも動くための四脚なのだろうが、自分で暴れて悪路を増やしては本末転倒だ。
問題はミシェルのほうも動きづらくなることだが、
「伊達に風が得意じゃないよ……っ!」
風を纏って前進し、今度は剣ではなくナイフを、さっき開けた穴へと突き立てた。
ナイフを手離し敵の背後へと退避。
柄にはめ込まれた魔石が輝き、刀身ごと爆発して頭部を内側から爆散。ようやくダメージらしいダメージが入るも、
「んー。この程度じゃ止まらないか」
命を持たないゴーレムは痛みを感じない。
魔力が尽きるか物理的に動けなくしない限りは戦い続ける。となると手足を落とさなければならないわけだが、
「さすがにバランスは崩れてる」
なんらかの方法でミシェルの存在を察知しているようだが、巨体のせいで振り返るのもままならない様子。腕を振り回して周りの壁を破壊し、無理やりスペースを作り始めた。
本末転倒というか、どっちが防衛側かわかったものではない。
まあ、それはそれでいい。
ゴーレムが振り返るまでの間に呼吸を整えたミシェルは、剣を両手で握って、
「ゴーレムの弱点は、関節!」
腕の付け根に渾身の一撃を叩き込む。
入った。三分の一程度まで刃が食い込む。しかし、振るわれた腕に振り回されて後ろへ吹き飛ばされてしまった。攻撃を受けた右腕の一本に剣が食い込んだままになってしまう。
その代わり、さらに隙ができた。
「……じゃあ、奥の手」
袖の中に隠していた『柄だけの剣』とでも呼ぶべきものを取り出すと、機動。
魔力の刃を形成する魔道具だ。かなり魔力を食う代物のため、ミシェル用のこれは持ち主ではなく内蔵された魔石の魔力を使うようになっている。
その分、使用可能時間は短い。
だけどそれだけあれば十分だった。
「隙だらけだよ……っ!」
身体強化を全開にして敵へと飛び掛かる。
狙うのは関節、それから頭部の破壊された跡。
魔力で作られた刃は装甲の脆い部分へと見事にダメージを与えていく。もちろん、ゴーレムの猛威をすべていなすことはできなかったものの、ミシェルは止まることも諦めることもしなかった。
多少のダメージは覚悟の上。
斬って、斬って、とにかく斬りつけて。
魔力切れで光の刃が途切れると用済みになった鞘を捨て、刺さったままだった剣を奪い返す。
「これで、どう……っ!?」
最後は、跳躍からの烈風。
単純に、上から強い力を叩きつけられたゴーレムは四本の脚を軋ませ、バランスを崩した。万全の状態なら踏ん張りがきいたかもしれない。けれど、満身創痍となった今の状態では、
「もう一発!」
脚が砕け、動く力を失うのを止められなかった。
脚が三本になり、腕もボロボロ。それでも起き上がろうとするそいつを見下ろして、思う。
ゴーレムの弱点、そのもう一つは動力源。
多くの場合は核となるようなものが埋め込まれているのだが──。
身体の中に埋まっているのか外からではわからないそれを壊すべきか、悩んだミシェルは不穏な気配に気づいた。
ゴーレム巨体が徐々に熱を放ち始めていたのだ。
内側で動力源が暴走している? だとすれば、この後で起こるのは、
「自爆──!?」
悲鳴と共に逃げ出した少女の背後で、大きな魔力の爆発が起こった。
◆ ◆ ◆
六本腕の魔獣。
クリスの師、ドミニクにとってそれはかなりの難敵だった。
翼に補助された飛行能力。高い身体能力。それに加えて瞬間的に防壁を張り、さらには隙を見て火球までも放ってくる。
『予見の魔女』ドミニクにとって一対一の戦いは得意分野。
予想外の起こりづらい状況、かつほんの数秒の先読みならほぼ確実に見える。そうして敵の隙をついて一気に勝負を決めるのが本領なのだが、この魔獣は「ただ強い」。
防壁を破るには強力な一撃を叩き込まなければならない。
しかし、次々と繰り出されてくる腕の一撃が準備を許さない。防壁を張らせて動きを止めようにも、複数ある頭が別々に思考するため隙らしい隙が生まれない。
攻めあぐねているのは『爆炎の魔女』クローデットも同じだった。
彼女には強力な爆炎の魔法があるものの、機動力の高い敵には当てづらい。下手に使えば味方を巻き込みかねない。
なんともいやらしい敵だ。
──仕方ない。
ドミニクはやり方を変えることにした。
「クローデット! 出し惜しみはなしだ。まずは片方を潰す。確実に殺せる一撃を確実に殺せる方法で叩きこめ!」
「! ……かしこまりました」
クローデットは即座に意図をくみ取り、準備を始める。
お互いに自分の相手を引きつけつつ飛翔。高い位置までやってくると螺旋を描くようにして空中戦を演じ──不意をついて距離を落とす。
動きのバランスは『予見』でドミニクが適度に調整。
敵との上下関係が素早く入れ替わり、魔獣たちは慌てて
つまり、この状況ならば、
「あいつらを巻き込む心配はない」
クローデットが再び速度を上げて敵に肉薄。
敢えて懐に飛び込んだ上で、魔獣に得意の爆炎を叩き込んで──。
ドミニクはもう一体の魔獣から四肢を拘束されながら、自分とクローデットを防壁で守った。
爆発。
魔獣の四肢が飛び散り、もう一体の魔獣ごとドミニクは吹き飛ばされる。弾みで拘束が緩んだのを見て、彼女は笑みを浮かべた。
「クリスに無茶振りをして手に入れたとっておきだ」
腰に下げていた短杖を向け、起動。
先端から放たれたのは破壊的な輝き。
クリスの用いる魔法を時間をかけて最大威力で保存した使い捨ての魔道具。その威力は防壁を貫いて敵を呑み込み、ひと息に葬り去るのに十分だった。
これで、やっかいな敵は倒した。
敵の雑魚もあらかたいなくなっている。
これでようやく本命に向き合える。
「……まあ、少々力を使い過ぎたがな」
『予見』の代償である頭痛と魔力の消耗による疲労を感じながら、ドミニクは地上へと落下を始めた。
◆ ◆ ◆
鎖で縛りつけて大槌を叩き込む。
壊せばそのたびに敵は鎧を作り変えて重要部位を守る。
そして少しずつ学習しているのか、何度目かの攻撃で自分を縛ろうとする鎖を先んじて斬り落とし、大槌の攻撃から逃れた。
隙を作ったマノンを襲ったのは盾による殴打。
「ぐっ!?」
痛みに視界が霞む。
強引に痛覚をシャットアウトすると、作戦を変更。地面を利用して生み出した無数のくさびを敵へと飛ばし、継ぎ目に綻びを作っていく。
一つ一つは小さくとも、失った質量は取り戻せない。
別の個所からの補填が積み重なって少しずつ鎧を削り取っていく。
どうやら、敵にとって胸は重要部位らしい。
となるとやはりあの魔石が鍵か。
しかし、鎧に守られていては有効打が出しづらい。一方、敵は痛みも衝撃も物ともせずに剣を振るい、こちらの攻撃を最小限に抑えてくる。
鎧を削ったら削ったで重りを失って動きが素早くなる。
このままでは埒が明かない。
「さて、工夫をするとするか」
「そうですね……っ!」
同等の敵を相手にするエルフリーデと笑い合い、それぞれに動きだす。
エルフリーデは辺りに散らばった鎧の破片を集めると籠手に形成、その頑丈さを逆手に取って敵を殴りつける。鎧が削れれば削れるだけ籠手は大きく頑丈になり、『城塞の魔女』は勢いに乗っていく。
「どうした、もう打ち手なしか!?」
驚異的な性能も、慣れてしまえば対応できる。
エルフリーデの様子を見てふっと笑ったマノンもまた彼女なりの方法で敵の鎧に対処することにした。
小さな身体を利用して振るわれた剣をかいくぐり、盾に阻まれると、
「まずはこれを
魔力を流して分解、無数の短剣に作り変えると敵に向かって降らせた。
音を立てて削れていく鎧。
強引に振り払いながら突っ込んでくる敵を、大槌を振るって迎撃。
「駄目だよ、単調な動きは」
地面に穴を開けて敵を落とすと鎖で縛りつけて雁字搦めにする。
もちろん長くはもたないけれどそれで十分。剣が封じられた隙に鎧に手を伸ばしてこちらにも干渉。秘められた魔力を強引に上回ると自身の槌に融合させて、
胸に埋まった赤い魔石を思いっきり殴りつけた。
ガラスが割れるような音を立てて砕け散る魔石。悪しき魔女に狂わされた悲しき犠牲者は必要な力の供給を失ったのかびくびくと痙攣を始める。
振り返れば、エルフリーデもまた敵の両腕を砕き折ったところだった。
「やれやれ、これで終わりだな。悪いが、元に戻してやる余裕は──」
「まだです、二人とも!」
不意に、フェリシーの声。
はっとしたマノンは痙攣を続ける敵、そして地面に倒れた腕なしの敵から高い魔力を感知。
「エルフリーデ様」
「ああ。……まったく、手を焼かせてくれる」
残る魔力を全て使っての自爆。
生まれた炎と爆風を、二人は生徒たちを背にする形で防壁を張り、とにかく必死に抑え込んだ。