魔力喰らい 〜魔女の学園でただひとりの少年〜   作:緑茶わいん

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最後の戦い

 城内に爆発の音と振動が何度も響く。

 戦いの影響だろう。でも、数が多い。クローデットやフランシーヌだけでなく敵も爆発系の攻撃、あるいは罠を使っているのかもしれない。

 だとすると。

 

「『永遠の魔女』は城を守るつもりがない……?」

 

 僕の呟きをまるで聞いていたかのように、どこからともなく声が響いた。

 懐かしく、なのにどこか耳障りな声。

 

『その通りよ。私はこの城がどうなると構わない』

 

 依然として母さんの名前を使い続ける過去の怨霊。

 『永遠の魔女』は確かにこの城に存在しているらしい。さすがに遠方から声だけ届けるなんて魔力の無駄遣いが過ぎる。

 そうなると猶更、城を使い捨てる意味がわからないけれど。

 魔女の声には余裕の色が感じられた。

 

『私は永遠。私は不滅。たとえこの城全体が爆散しようと、私は死なない。死ぬのはあなたたち定命の者だけ』

 

 もし肉体がばらばらになっても彼女はそこから復活できる。

 城が爆散しても、というか、いっそ爆散させてしまった方が僕たちを確実に葬り去れる。後はゆっくりと再生して野望を再開すればいい。

 浮遊城塞なんていう恐ろしいものを邪魔者の排除のためだけに使う。

 命も寿命も関係ない不死の化け物でなければ出て来ない発想だ。

 でも。

 

「いいえ、『永遠の魔女』。あなたは自分ごと城を滅ぼしたりはしません」

『……なんですって?』

 

 リアの冷静な声が魔女の余裕を崩した。

 

「あなたは未だにシルヴェール様の肉体を使っている。これは別の魔女に乗り移ると不都合があるからです。そして以前、バラバラになった肉体を再生させるためにあなたは三年の時を費やしました」

 

 三年という年月はかなり長い。

 永遠に比べたらごく僅かではあるけれど。

 

「三年あれば周辺各国で結束を固めるのは容易です。なにしろ、あなたは十分なほどの『実績』を残しました。あなたを滅ぼさねば世界が危ういと誰もが認識するでしょう」

 

 こうなると、せっかく手に入れたこの国は惜しい。

 トップである『永遠の魔女』がいなくなれば今の軍事態勢は終わる。少なくとも魔獣やゴーレムの量産は停止あるいは減速せざるを得ないだろうし、その前に農村部が立ちいかなくなって物資の供給ができなくなるかもしれない。

 僕たちだって三年あればもっと強くなれる。

 敵に準備期間を渡して、自分は一からスタート。

 長い眠りからようやく覚めたと思ったら何度も予定外を経験し、やっとの思いでここまでこぎつけた彼女にはとても耐えられないだろう。

 

「あなたは三年を惜しんで自分を滅ぼせない。だから、この城は墜ちません」

 

 実際、何度も爆発は響いているし、ぱらぱらと城の欠片がこぼれたりもしているけれど、根幹部分にダメージが行く様子はない。

 爆発の威力が加減されているか、爆発する場所は選んでいるからだ。

 もしかすると大事な部分には強化も施されているかもしれない。

 

『愚かな。必ずそうなるという保証はないでしょうに。……第一、私が脱出手段を用意している可能性も』

「あなたが脱出できるのならば、私たちも脱出できます。最大の好機を活かさずどうするというのですか」

『っ』

 

 迷い。

 僕たちを揺さぶるつもりだった魔女が逆に揺さぶられている。

 

『私の依り代となるためだけに生み出された人形が』

「いいえ。私はオリアーヌ。人形などではありません」

「僕が保証する。リアはお前のものじゃないし、お前も永遠なんかじゃない」

『シルヴェール・レルネの息子──! 二人揃って忌々しい!』

 

 言うだけ言って声は途切れてしまったけれど、これで十分。

 いくつも言葉を交わしたお陰で声がどこから来ているのかは特定できた。そのあたりを調べれば難なく伝声用の魔道具を発見。

 細かな魔法を得意とするリアが探知の魔法をかけると、どこから声が送られてくるのか突き止められた。

 

「下です」

 

 目を閉じて集中していたリアがやがて瞳を開いてそう告げる。

 

「『永遠の魔女』は地下に潜っているようですね」

「そっか。脱出手段を用意している、っていうのもあながち嘘じゃなかったのかな」

 

 逃げるなら上ではなく下に逃げる方が楽だ。

 人一人が通れるだけの穴を開けて密かに抜け出し、城を崩壊させる──それだって安くない代償だし、分の良い賭けとは言えないけれど、いざとなったらやるかもしれない。

 

「なら」

「一刻も早く捕まえましょう」

 

 場所さえわかれば闇雲に動き回る必要もない。

 僕たちを阻む敵も少なくなってきたところだし、ここは一気に向かわせてもらう。

 リアの指示で方向を調整して、魔力光で床を貫く。

 できた穴から身を躍らせて『永遠の魔女』に奇襲を──。

 

「《光よ》」

「!」

 

 最短距離での侵入を逆に利用された。

 僕が地下室に入った瞬間、特大の魔法が飛んでくる。こっちの魔法で相殺するも、殺しきれない。袖が吹き飛ぶのを自覚しながら『魔力喰らい(マナ・イーター)』で吸収して、

 

「リア!」

 

 警告を受けた少女も素早く防壁を展開。

 なんとか防ぎ切って床へと降り立つ。広い。まるで、というかそのまま玉座の間といった雰囲気だ。

 瞳に狂気を浮かべたメイドが十人以上、等間隔で並んで控える場。なにかおかしいと思ったら全員が全員、女性ではなく見目麗しい()だ。

 玉座には嗜虐的な笑みを浮かべ、黒のナイトドレスを纏った母さん──いや『永遠の魔女』。彼女の右手には鎖が握られており、その先には首輪を嵌められた半裸の青年がいた。たぶん、王配に指名された王子だろう。

 王配に対する扱いとはとても思えない。むしろ奴隷と言ったほうがいい有様だけれど、改造されたあの女性たちと同じような恍惚の表情。

 

「いらっしゃい、邪魔な害虫ども」

「害虫はどっちだ。平和が保たれていた世界をこんなにかき乱して──!」

「人は寿命があるからこそ文化を築き、歴史を重ねてこられたのです。それを、あなたのような者が……!」

 

 僕たちの言葉を彼女はくすくすと笑みをもって否定。

 

「まるで力のない雑魚共の意見ね。あなたたちも魔女なら、もっと傲慢になるべきだわ」

 

 確かに、それも魔女の本質の一つだろう。

 支配。吸血。そして永遠。力があるからこそ我が儘に、弱い者を虐げる。きっと魔女という存在がいる限り、こういう者は出てくる。

 それでも、

 

「そうやって見下しあっていても何も楽しくない」

「互いに認め合って助け合ってゆくことこそ尊いのです。略奪に明け暮れた先には荒野しかありません」

「あら、それの何が悪いのかしら?」

 

 ぐいっと鎖を引くと青年が倒れる。

 彼は這いつくばって魔女の、母さんの脚を舐め始める。

 

「弱い者は死ねばいい。最終的に私が生き残っていさえすればそれでいいの」

「たとえ、他の人間全員が死に絶えても?」

「最高じゃない。やっぱり、最後まで生きながらえるのはこの私だった。それが証明されるのだから」

 

 狂ってる。

 彼女はもう人間じゃない。永遠という概念に取り付かれた化け物だ。

 

「この国の人間は半分くらい使ってしまったけれど、世界にはまだまだ人間がいるものね。私だって増やす努力くらいはするわ。……ちゃんと新女王として、世継ぎを残す努力もしているのよ?」

 

 言って、お腹をさする魔女。

 誰が。誰と。

 聞くまでもない。王としての正当性を示すなら旧王族との間に子を残すのが一番。そして、王配として指名されたのは誰か。

 リアが口を手で押さえて、

 

「自分の身体ではないでしょうに……!」

「あら、自分の身体よ? 今は私がシルヴェール・レルネ。称号は『調律』ではなく『永遠』」

 

 にっこりと笑った彼女は鎖をさらに引いて、青年の頭に手を当てると、

 

「でお、これももういらないわ」

 

 魔力の光で無造作に吹き飛ばした。

 

「あ……っ!?」

 

 あっけなく。

 あっけなく、一人の王族の命が散った。首まで跡形もなく吹き飛んでは助かるわけがない。

 どさりと落ちた身体はもう、人ではなくただの肉塊だ。

 

「さて。──お前たち、行きなさい」

 

 魔女の号令に応じたメイドたちがいっせいに動き始める。

 なんの武器も持たず、大した心得もないままに飛び掛かってくる彼ら。別に殴り倒すことも簡単だけれど、なにか意図があるとすれば──自爆か。

 

「ごめん」

 

 近寄られる前に対処したほうがいい。

 僕は威力調節した魔力光で彼らの心臓を撃ち抜き、その命を奪った。

 幸いそれで自爆は止められたらしく、彼らはただ倒れ伏して動かなくなる。

 

「観念しなさい、永遠の魔女」

 

 リアがじっと相手を見据えたままに宣言。

 

「あなたの本領は戦場に立たず、暗躍し、全てをかきまわすこと。こうして姿を現した以上、わたくしたちにも十分すぎる勝機があります」

「勝機? 勝機ね? ……果たして本当にそうかしら?」

 

 誤魔化そうとしている、としか思えない反応。

 母さんは才能こそ素晴らしいものの魔力量は少ない。いくら準備をしようとそれだけは変えられないはず。なら、本人が打てる手段は限られてくるはずなのに。

 魔女が鎖を捨てて、床に手をかざす。ほんの一部が浅く砕かれたかと思うと、その下にある()()が露わになった。

 

「これ──っ!?」

「そう。この地下室は天井以外、周囲全てが魔石で囲まれているの。その魔力は私なら自由に扱えるわ」

 

 見れば、ドレスの下、母さんの下腹部に何やら紋様が刻まれている。

 

「あなたたちも似たようなことをしているのでしょう? なら、お相子よね?」

「母さんの身体をこれ以上弄ぶな……っ!」

 

 放った魔力光はいともあっさりと防壁に弾かれた。

 魔女が指を弾くと床が全面持ち上がってゴーレムへと再構成されていく。数は大したことないものの、かなり人に近い形をしており、その動きは速い。

 

「《光の流星よ》」

 

 呪文と共にリアが魔法を発動。

 ゴーレムの全てを撃ち抜くも、残骸を元手にすぐさま再生。数は減っているけれど、今度は壁が崩れて材料となり、むしろ総数は増えてしまう。

 魔力がある限り再構築が止まらない。

 倒しても倒しても終わらないんじゃ明らかに不利だ。

 

 こうなったら。

 

「《風よ》!」

 

 ゴーレムを無視して最速で前進。

 魔力光を放ちながら『永遠の魔女』に近づいて、その身体に手を、

 

「残念」

 

 伸ばそうとしたところで烈風に押し戻される。

 さらに加速しようとする僕を魔女は憐れむように見て、

 

「いいのかしら? 大事な人を一人にして」

「え──?」

 

 床から。

 新たに床となった魔石から()()()()()()()()()()()()()()()()、魔力の光がリアの身体を貫いた。

 一瞬のこと。

 見事に、身体へ光を注ぎ込まれたリアはぐらりと身を揺らがせて、

 

 ──笑った。

 

 揺らぎかけた身体が靴音と共に体勢を立て直し、引き抜かれた二丁のシューターが連続して『永遠の魔女』を脅かす。

 さすがの魔女もこれには目を見開いて、

 

「まさか。これは再生ではなく──」

「ええ。『魔力喰らい』です」

 

 魔法的に深く繋がった僕とリア。

 今のリアは僕の魔法処理能力を全て使うことができる。そしてそれと同時に『魔力喰らい』さえも共有できるようになっている。

 その気になればもう、僕とリアの魔力に境界なんてない。

 僕の身体はリアの身体であり、だから、リアの身体も魔力を吸収できる。

 

「馬鹿な」

 

 何人もの人間の身体を乗り換えてきた魔女が信じられないと首を振る。

 

「自分の身体を他人の裁量に委ねるなんて。……いいえ、それほどまでに深く繋がりあえば身体どころか精神まで──」

「そうですね」

 

 微笑んで、リアは流星を再び放つ。

 ゴーレムを砕ききったうえで自らしゃがみ込み、魔石の床に手のひらを当てる。そこに含まれる莫大な魔力を奪って自分のものへと変えながら、

 

「わたくしとクリス様でなければきっと、できないでしょう。ですが、わたくしたちならば」

「お前を、倒せる」

 

 僕は飛ぶのを止めて自分の足で魔女へと接近。

 阻もうとする不可視の防壁をただ触れることで無効化、物理的な壁が立ちふさがれば吹き飛ばす。

 舌打ちした魔女が床を槍に変えてリアを突き刺すも、少女は上手く致命傷を避けて笑みを浮かべる。

 

「治療するための魔力をくださるなんて、お優しいのですね」

 

 魔石でできた槍が触れるということは魔力がそこから流れこんでくるということ。

 『永遠の魔女』が用意したふんだんな魔力は逆に僕たちの糧になる。

 そして、一人になった魔女と違ってこっちには二人いる。

 

「終わりだ、『永遠の魔女』」




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