魔力喰らい 〜魔女の学園でただひとりの少年〜   作:緑茶わいん

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『永遠』の追放

「まだまだ治癒魔法は未熟ですが、魔力をいくらでも使えるのならこの程度の怪我、どうということはありません」

「この……っ!?」

 

 みるみる治癒していくリアの怪我。

 魔女はさらに槍を作り出そうとするも、リアの干渉によって作ったそばから砕かれてしまう。

 『魔力喰らい(マナ・イーター)』の影響下では魔法は本来の力を発揮できない。リアが直接、魔石と繋がっている今、床や壁からの攻撃は怖くない。

 その間に接近を終えた僕は母さんの身体──魔女の細い腕を引き寄せ、背中側から拘束する。触れたところから魔力を奪って魔法の行使を妨害。

 

「こうしていれば、お前はそのうち消滅する」

 

 魔女は僕の腕に囚われたまま笑った。

 

「気の長い話ね。今の私はここにある魔石すべての魔力を使えるのよ?」

「すべての魔力を吸収しきるまでこのままでいればいいだけだよ」

 

 この三年で『魔力喰らい』も進化している。

 魔法であって魔法ではないこの能力は処理能力とは別物だ。リアと同時に使っても十分、普通に吸収するくらいはできる。

 けれど、さらに念には念を入れておく。

 

「もう一つ対策があるんだ」

「今まで隠しておいて本当に正解でしたね」

 

 僕はリアとの同調を深め、同時に行使されている『魔力喰らい』をリンク。

 身体の感覚が曖昧になりかけるのを必死で抑えながら安定化し、強固になった不可視の繋がりが広がりを生んで、円を描くように吸収の力場を広げていく。

 

「……これは」

「魔力を吸引するんじゃなくて、『魔力喰らい』自体の効果範囲を広げた。触れたものは例外なく魔力を吸い尽くされる」

 

 もちろん、これだけ大量だと時間はかかるけれど。

 一分、一秒ごとに敵の戦力が減り、こっちの戦力が増していく。これは分のいい我慢比べだ。

 

「さっさと私を殺してしまえばいいものを」

「もちろん、必要ならそうするよ。でも、もしかしたらお前もまだ切り札を残しているかもしれない」

 

 いざという時に乗り移る用の身体を隠してあって、自動で移行するようになっているとか。

 だとしたらその魔法が使えなくなるまで魔力を奪ったほうがいい。

 

 はあ、と。

 

 『永遠の魔女』は息を吐くと「本当に愚かな」と吐き捨てるように言った。

 

「この程度でこの私が滅びると本気で思っているのかしら?」

「……何?」

 

 状況に似つかわしくない余裕。

 

 僕とリアは本来ありえないほどに『永遠の魔女』の天敵だ。

 無限に等しい魔力を持つ天才。本当なら《爆炎》レベルの魔法を息するように炸裂させてきたはず。もしもそれをどうにかしたとしても、追い詰めれば乗っ取りが待っている。

 最高レベルの魔女が束になったとしても敵わない相手。

 この城と彼女なら本当に世界を牛耳ることだって可能かもしれない。

 そうされなかったのは僕たちが相手だったから。僕たちには魔法が効かない。そして奥の手を隠している可能性がある以上は下手な攻撃ができない。

 

 加えてクローデットたちのサポート。

 さすがの彼女でもこれには苦しめられたはず。間違いなく追い詰めているのはこちら側なのに。

 

「自爆させるまでもない。この城の魔力を奪い去れば、浮遊能力は失われて下に落ちるわ」

「……!?」

 

 これだけの重量物が落下すればただでは済まない。

 落ちる場所を調整することはできるかもしれないけど、中にいる人間は全員大変なことになる。

 そして落下が始まるのは魔女を消滅させるよりも早い。

 

「私はゆっくり再生すればいい。けれど、あなたたちはどうかしら?」

「問題ありません」

「なに?」

「お前を連れて飛んで逃げればいいだけだ。城の落下に付き合う必要はない」

 

 僕が魔女を拘束している間にリアが治療を終えて立ち上がる。

 彼女は魔女が伝声に利用していた魔道具を壁の一点に見つけ出すと、それを逆用して城内に声を届けた。

 

『みなさま、今後、城が落下を始める可能性があります。少しでも異変を感じたらただちに脱出してください。……わたくしたちも自力で逃げ出します』

 

 これでいい。

 これで仲間たちも逃げ出せる。城が落ちて魔女との繋がりが断たれれば魔力吸収も早く済むだろう。

 

「──本当に、あなたたちは」

 

 絶句するように口をぽかんと開いた『永遠の魔女』はようやく我に返ったように呟いて、

 

「私を殺した後、今度はあなたたちが脅威と見做されるというのに」

「───」

 

 それは、全く考えなかったわけじゃない未来。

 今の僕とリアは世界最高の魔力を有し、かつ、魔女に対する絶対的な切り札を持っている。

 邪魔に思われて命を狙われてもおかしくない。

 

「あなたたちのやっていることは結局、ただの自己満足。人は自分の都合しか考えない。なら、私が私の都合で動いて何が悪いのかしら」

「なら、僕たちも僕たちの都合でお前を殺す」

「シルヴェール様の身体を返してもらいます」

 

 『永遠の魔女』の言うことには一理あるかもしれない。

 平和が一番、というのだって僕たちの理屈だ。自然界は弱肉強食。強い者が弱い者を従えるのが本当の在り方なのかもしれない。

 それでも、僕たちは僕たちの我を通す。

 母さんの身体を奪ったのも、無数の人の尊厳と命を奪ったのも絶対に許せない。

 

「……仕方ないわね」

 

 そうしてようやく、魔女は観念したように全身の力を抜いた。

 僕も心の中でほっとする。

 これで後は待つだけだ。もちろん警戒はするけれど、ようやく、あと少しで平和が戻ってくる。

 と。

 気を抜いていないつもりで僕が僅かに隙を作った時、

 

「あまり、品のない真似はしたくなったのだけれど」

 

 内側から、僕の両腕を砕くような凄い力が突如として生まれた。

 

「なっ……!?」

 

 『永遠の魔女』は拘束を振りほどくと僕の身体をただ無造作に殴りつけてくる。

 衝撃。

 身体が玩具のように吹き飛んで壁に激突する。

 視界が歪んですぐには立ち上がれない。

 

「クリス様!」

「よそ見をしている暇があるのかしら?」

 

 床を蹴る魔女。その動きは意外にもそれなりに様になっている。何度も身体を替える過程で腕に覚えのある者にでも行き当たったのか。

 後退しようとするもリアはすぐに肉薄されて、腕を掴まれ、魔石の床に押し付けられる。細い腕にもかかわらず信じられない力が出ているらしく、リアの身体が身体強化を施されていてなお悲鳴を上げているのがわかる。

 

 こんな。

 

 ただ単に()()()()()()()()()()()()()なんて方法で突破されるなんて。

 『魔力喰らい』の空間が持続している今、まともな魔法は使えない。まがりなりにも機能するのは自分の体内に作用する魔法くらいだ。

 それだって尋常じゃない魔力を消耗するはずだけれど、逆に言うと魔力さえあれば使える。

 天才的な魔法処理能力を持つ『永遠の魔女』は身体強化だって使おうと思えば天才的だ。

 

「《劫火よ》!」

「無駄よ」

 

 魔女の全身が炎に包まれ焼けていくも、身体強化と同様に身体に作用する「自分への治癒魔法」が傷をあっという間に癒していく。

 光も、氷の槍も、鎖による拘束もやっぱり役に立たない。

 抵抗もむなしく、リアの左腕が本来ありえない方向に曲がって、

 

「クリス、様」

「──っ、《我が身と彼の身を入れ換えよ》!」

 

 僕はさらなる奥の手を切った。

 半ば同一化している僕たちの身体。その本来ありえない状態を応用した、両者同時の短距離瞬間転移。

 つまり瞬時に位置を入れ換えた僕は、驚きに目を見開く『永遠の魔女』を思いきり殴りつけて、

 

「《貫く光よ》」

 

 その左胸を渾身の魔力光で大きく穿つ。

 心臓を吹き飛ばされて生きていられる人間はいない。再生するのは折りこむとして、生まれた隙にさらに四肢や肩へと攻撃を加えて、

 魔法の行使に制限をかけられている『永遠の魔女』はすぐには再生しきれない。

 こうしている間にも刻一刻と魔力はこっちに流れ込んできていて、

 

 今度こそ。

 勝利したと感じた時。

 

「──あなたたちの()()は、私の脳を吹き飛ばさなかったことよ」

 

 僕たちは、今までに一度も見たことのない現象を見た。

 

 部屋全体が発光し、母さんの身体が床へ倒れる。

 けれど残像のように魔女はその場に立ったまま。その像が徐々に全く別の人物へと次々に移り変わっていって、最終的に一度も見たことがない一人の魔女の姿へと変わった。

 

 きっと、これが『永遠の魔女』本来の姿なのだろう。

 

 だとしても、これはいったい。

 透明化したとか転移したとかそういうのじゃない。まるで、存在自体がぼやけているような。

 

『予想外もあったけれど、あなたたちが作ってくれた「揺らぎ」を利用させてもらったわ』

 

 不思議な響き方で聞こえてくる声。

 

「なにをしたんだ、『永遠の魔女』」

『魔法を起動したのよ。残っている魔力全てを使って』

「魔法。なにを──」

()()()()()()()()

 

 意識だけを未来へ飛ばし、その時代にいる誰かに乗り移る魔法。

 意識だけで生き続ける魔法の究極系。

 

「嘘です。時を超える魔法なんて──」

『別に不可能ではないわ。理論的には魔力も技術も足りないというだけ』

 

 魔力ならここにはいくらでもあるし、技術だって『永遠の魔女』以上の術者は存在しない。

 

『時を超えるにはこの時代の私の存在を曖昧にしなくてはならない。そこに果てしない労力を要するのだけれど、魔石への「魔力喰らい」の干渉が術式に本来ならありえない揺らぎを産んでくれた』

 

 曖昧になった術式が存在の曖昧化を達成した。

 僕には彼女が嘘を言っているのかどうか判別がつかない。ただ確かなのは、実際に魔女がここからいなくなろうとしていること。

 

『おめでとう、あなたたちの勝ちよ。あなたたちが死ぬまで私は現れない。そうね、二百年も先なら十分でしょう?』

 

 勝ち、と言われてもなにも嬉しくなかった。

 だって、これじゃ結局魔女を滅ぼすことはできていない。母さんは帰ってくるし世界も平和になるけれど、後の世でまたこいつが復活してしまう。

 

『今度はイレギュラーはいない。その時こそ私が勝利するわ。定命の者は大変ね、本当に』

「……だとしても、二百年後の世にあなたの居場所はありません。わたくしたちが必ず、あなたの脅威を伝えます」

『記録は風化し、伝聞には嘘が混じるわ。二百年の後にも私の付け入る隙は必ずある』

 

 僕は唇を噛んだ。

 このまま行かせるわけにはいかない。魔力光を放って魔石を破壊してみるけれど、魔法が止まる気配はない。きっともう発動は終わってしまっているのだ。

 後は時間移動が終了するのを待つだけ。

 なら。

 

 思い切って手を伸ばす。

 曖昧となった魔女の身体にはもちろん触れられない。けれど、触れたところから僕の身体もまたブレ始める。

 

『なにを』

「『魔力喰らい』で魔法を吸収してるんだよ。もう発動してる未来移動の魔法を、魔法のまま」

 

 できるかどうかは賭けだった。

 でも、どうやら成功したらしい。一秒ごとに身体に力が入らなくなって、認識と実際の体勢にズレが生じていく。

 僕が認識している僕の身体は立ったまま、本当の僕の身体が倒れていくのだ。

 

「クリス様!」

『リア。同調を落として』

 

 このままだとリアまで移動に巻き込まれかねない。

 同調率を下げれば巻き添えにはならなないはずだ。こいつと一緒に行くのは僕だけでいい。

 

『ちょっと行ってくるよ。行って、決着をつけてくる』

「待ってください、クリス様! 約束したではありませんか、結婚式を挙げると!」

 

 振り返れば青い瞳に大粒の涙が浮かんでいた。

 けれど、愛する人の姿さえうまく見えなくなり始めた。とうとう転移が近いのかもしれない。

 結婚式。

 できれば挙げたかった。すぐに。

 でも。

 

『大丈夫。絶対に帰ってくるから。だからそれまで、僕の身体を預かってくれないかな?』

「──っ」

 

 精神が抜けても身体が死ぬわけじゃない。

 僕の身体はリアと繋がっているからなおさら大丈夫なはずだ。時を超えても、魂だけでも繋がりが残るかはわからないけれど、リアのいるところならきっと僕は戻ってこれる。

 だから。

 

『これは死にに行くんじゃない。全部終わらせて帰るために、今は行かせて』

「……本当に、あなたという人は!」

 

 立ち上がったリアが駆け寄ってきて手を伸ばす。

 けれど、その指は触れるか触れないかのところで止まって。

 

「行ってらっしゃいませ。……必ず、帰ってきてくださいませ」

『うん』

 

 そうして、視界と意識がぐらりと歪み。

 僕は『永遠の魔女』と一緒に遠い遠い時の彼方へと吹き飛ばされた。

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