魔力喰らい 〜魔女の学園でただひとりの少年〜 作:緑茶わいん
──それから。
季節は巡って、また春がやってきた。
公爵邸内に用意された私室の窓から咲き誇る花々を見つめ、オリアーヌは目を細める。
「あなたがいなくなってから一年が経ちました、クリス様」
浮遊城塞での戦いはオリアーヌたちの勝利で終わった。
少なくともこの世界、この時代から『永遠の魔女』を排除したのだ。戦いの目的は十分に果たしたと言っていい。
時間移動の魔法によって大量の魔力を失った城塞は安定性を失い、やがて高度を下げていくことになったものの、オリアーヌが城を脱出する頃には仲間たちが離脱の手筈を整えていた。
簡易陣地には助け出された旧王族──王女が一人。
魔力をえんえんと吸い取られ憔悴しきった状態ではあったものの、救出後の療養によって今はすっかり回復し、唯一生き残った王族として故郷の復興に尽力している。
浮遊城塞は落下の影響も考えて可能な限り空中で破壊した。
クローデット、フランシーヌの母娘による共同作業である。半ば城に埋まってしまった移動城塞も爆破されてこれに貢献。
どこを破壊すれば最大限の効果が出るかは『予見の魔女』ドミニクによる指示があった。細かく砕かれて落下した残骸はマノンが残る魔力で可能な限り大地に変換。
『永遠の魔女』の野望はとうとう潰えることとなった。
乗り物を失ってしまった一行は帰る方法にも困ることになったものの、幸い、一日で大量の魔力を回復するオリアーヌと、それから魂を抜き取られたクリスの肉体があった。
二人の魔力を使ってエルフリーデが新しい城塞を作り、前のものと比べるとさすがに乗り心地は悪かったものの、無事に国へと帰りついた。
勝利の報告に国は湧き、周辺各国からも感謝の意が示された。
『永遠の魔女』を生み出した国としてこちらを糾弾する声もあったものの、むしろ強い抗議を受けたのは隣国のほう。
国民の大部分を失い、国力がゼロに近くなった隣国は協議の末、隣接する各国によって分割。
元の国の名を残すのは一領地程度の広さしかない僅かな範囲だけだ。それでも国の名が残ったのは唯一、かの魔女に反抗して幽閉されていた最後の王女の存在があったからである。
『私は生涯をかけて償います。王族の罪を。そして何もできなかった私の罪を』
僅かに残った国と王家を愛する者たちはこれを支持。
再び土地を耕し家や畑を作るところから一歩ずつ進んでいる。
「オリアーヌ様。たまには外に出ませんとお身体に障りますわよ?」
「リア姉様。一緒にお散歩に行きませんか?」
部屋のドアがノックされ、フランシーヌとルシールが入ってくる。
すっかり大人っぽくなった二人は揃ってオリアーヌの心配をしてくれる。変わらず傍にいるコレットが「本当ですよ!」とここぞとばかりに同調して、
「リア様のお気持ちはわかりますけど、根を詰めてばかりでは倒れてしまいます」
「でも、コレット。できることはしておかなければ」
オリアーヌの部屋には国中、果ては他国からも集めた様々な書物がある。
学園を卒業して戦争も終わり、することのなくなったオリアーヌは研究に熱を入れている。
ついつい時間を忘れてしまい睡眠時間を削ることもままあるほどだ。
「……それに、クリス様のお傍にいたいのです」
視線を向けた先には特別に設えられたベッドがある。
フランシーヌは「本当にもう」とそちらに視線を向けて、どこか寂しそうに呟いた。
「早く帰って来なさい、この馬鹿」
ぴくりともせず横たわるクリスはまるで眠り姫のようだ。
寝息は規則正しく立てているものの、これはただの生理反応であって目を覚ますことはない。コレットやネリーが食べやすいものを無理やり与えて栄養を取らせているものの、やはり限界があるのか少しずつ痩せてきている。
魔力の問題がなくなって健康体になって久しいオリアーヌとは徐々にその儚げな容姿が逆転しつつある。
学園を卒業して一人前の女性となったルシールが微笑を浮かべて、
「お姉様もお兄様を待つために結婚を控えていらっしゃいますものね」
「なっ……!? 違うわ、私は別に。無理に私が継ぐ必要がなくなったから相手を探していないだけ」
クローデットが三人目の子供を懐妊したからだ。
まだ生まれてはいないものの、医者の見解、魔法による診断、ドミニクの『予見』ともに男子である可能性が高いと出ている。
男の子がいるのであれば当主にはそちらの方が相応しい。
弟が成人するまでの間、フランシーヌが中継ぎを務めるにしても結婚、妊娠を急ぐ必要はひとまずなくなっている。
その気になれば本当に「子供は産むが結婚はしない」という選択肢を取ることだってできるだろう。
「ルシィこそ、本腰を入れて婚約者を探していないでしょう」
「一年前まで戦時だったのですよ? どこも慌ただしくてそれどころではありませんし、それに私は跡継ぎに関係ありませんから、お兄様を待っても構わないはずです」
「貴女までそんなことを……。こいつのどこがそんなにいいんだか」
とはいえ実際、クリスの子を欲しがっている女性は多い。
エルフリーデはさすがに王配を迎える決心をしたらしいが、それでも「予約は取り消さない」とはっきり宣言している。
シビル、ミシェル、フェリシー、ララ。研究部の面々も未婚のままたまに様子を見に来るし、コレットにネリーもいる。
ニーナでさえ「私はもともと結婚とか急ぐ必要ないし。優秀な子供がいればいろいろ捗りそうだし」とクリスを狙うようなそぶりを見せている。
今のところはオリアーヌを尊重して強硬手段には出てこないものの、このままの状態が続けばどうなることか。
「……オリアーヌ様が早く孕んでくだされば、なんて」
ネリーが呟いたのがまさにそれだ。
クリスは魂がここにないものの、身体は生きている。彼の肉体に干渉する魔法を
順番待ちが解消されれば後は一気に解禁されて──。
「貴女たち! どこまではしたないことを考えているの!?」
「ふふっ。フランシーヌ様も仲間に入りたいのでしたらそう仰ればいいのですよ」
寂しくなった夜にクリスの身体に触れたりキスしたりして紛らわせているオリアーヌは自分が咎められたような気分になり赤面しつつ、
「わたくしは待ちます。何年でも、何十年でも」
あらためて親しい女性たちに宣言した。
「『永遠の魔女』は二百年と言いました。ならばそれだけ生きながらえればクリス様と会えるはずです。……いざという時のための研究はしておくべきです」
「オリアーヌ様。クリスと再会するために『永遠』を継ぐおつもりですか?」
「必要とあらば。ですが、わたくしはわたくしのまま時を超越します。他人の身体を奪うような真似はいたしません」
未だに若いままのマノンや肉体を若返らせてみせたドミニク、特殊な方法で延命していた『吸血の魔女』の例もある。
魔法を使って長生きする方法は一つではないのだ。
多くの魔女は本気で不老を目指そうとはしていないが、オリアーヌはどうしてもクリスにもう一度会いたい。それも若い肉体のままで。
「魔力はいくらでもあるのです。わたくしならばきっと可能なはず」
「……もう。リア姉様もシルヴェール様も無茶をなさりすぎです」
ルシールが困ったように呟く。
クリスの母──『調律の魔女』シルヴェール・レルネも無事に支配から解放されて自我を取り戻した。
『永遠の魔女』の片棒をかつぎ大災厄となった経験は彼女を強く苛んだものの、クローデットをはじめとする知人たちのケアによって今はなんとか落ち着きを取り戻している。
代わりにシルヴェールは学園内に借りた研究室にて独自の研究に没頭。
その内容は「過去に戻るための魔法の研究」だ。
『クリスがこちらに戻ってくる際に必要になるはずです。……あの子が一日でも早く戻って来られるように研究成果を残さなくては』
理論上、未来に向かうよりも過去に戻るほうが難易度が高い。
過去への移動は「既にある歴史」を書き換えることになるからだ。それは不可能、あるいは歴史に分岐点が生まれて別の世界が生まれるだけだとする説もある。
けれど。
もともとこの時代に存在していた人間が魂だけ未来に行き、また魂だけで帰ってくるのなら?
『矛盾は発生しないかもしれません。人が増えるわけでもありませんし、同じ人間が二人になることもありません』
未来はまだ確定していない。
クリスがここに帰ってきた時点で「未来に行って帰ってきたこと」が確定する。それが確定した歴史となって運命に刻まれる。
今から研究を進めておけば未来の世界でクリスが戻る方法を掴む可能性が高くなる。
シルヴェールはまた別の方法でクリスと会うために励んでいるのだ。もちろん、オリアーヌはシルヴェールともときおり会って意見交換を行っている。互いに集めた書物が互いの役に立つこともあるからだ。
「みなさま、あなたの帰りを待っています。ですからクリス様、早く帰ってきてください」
オリアーヌは待ち続けている。
待って。待って。待ち続けて。
寂しい一人の夜を幾度となく乗り越えて。
満月の夜。クリスの眠る私室の窓から満月を眺めて。
「今日もまた、あなたに出会えませんでした」
寝間着の下、下腹部にある刻印を撫でる。
彼との繋がりは断たれていない。けれどあの頃のような熱さはない。きっとクリスの魂が入っていないから繋がりが不完全になっているのだ。
ぽた、と。
両手で支えたワイングラスに水滴が一つ、落ちた。
二百年待つと言ったのは嘘ではない。
けれど、どうしても寂しくなることはある。
「クリス様。早くしてくださらないと、わたくし、浮気してしまいますよ」
心にもない呟きを投げかけ、帰って来ない返事に苦笑して、
「──それは、困るな」
「っ!?」
ワイングラスがこぼれ落ちて絨毯の上に転がる。
残っていたワインが染みを作るも、それを対処すべきコレットもネリーもそれどころではなかった。驚愕の表情を浮かべてただ一点だけを見つめている。
反射的に立ち上がったオリアーヌもまた彼から目が離せなかった。
瞳が、開いている。
一年前よりもさらに可憐で美しくなった。
さすがにすぐには身体が動かしづらいのか、首だけを曲げて彼はリアに微笑んでくれる。
「ただいま、リア」
「クリス様……!?」
オリアーヌはすぐさまベッドに駆け寄った。
短い距離なのに転びそうになって、ベッドに半身を預けるような形でたどりつく。
頬に触れるとぴくりと反応がある。
ああ。
「本当に、クリス様なのですね?」
「うん。……ごめん、待たせちゃったみたいで。細かい時間の調整まではできなかったから」
そんなの、どうでもいい。
帰ってきてくれたのなら、それで。
「『永遠の魔女』は、滅ぼしたのですね?」
「うん。話せば長くなるけど、今度こそきっちり倒したよ。これでもう、世界が騒がされることはない」
「では、その未来にこれから繋げていかなくてはなりませんね」
魂だけで赴いたクリス。
彼がどうやって『永遠の魔女』を滅ぼしたのか。その話はゆっくりと時間をかけて聞いていこう。
これから、時間はたっぷりとあるのだから。
オリアーヌはクリスの手をぎゅっと両手で包み込むと、涙を浮かべながら笑った。
「結婚式を挙げましょう。それから、私たちの家を建てましょう」
「家、か。どこか良い土地はあるかな?」
「ありますよ。わたくしたちの、領地が」
割譲された隣国の土地。
王はその一部をオリアーヌに譲ってくれた。最も「現在の隣国」に近い部分。
クリスの帰りを待つ間は代理人を立てて管理してもらっている。
「陛下は『好きに使って構わない』と言ってくださっています。ですから」
「うん。それは最高だね」
二人はどちらからともなく口づけると、笑いあった。
「作ろう。魔女と人間が共存し合える場所を」
「作りましょう。わたくしたちが穏やかに暮らせる家を」
◇ ◇ ◇
後世において、クリス・フォンタニエとオリアーヌ・ヌベルリュンヌの両名はその血統から数多くの高名な魔女を輩出した。
その功績、そしてかの『永遠の魔女』を打倒した偉業からこう呼ばれることになる。
闇を払い、新しい夜明けを齎した魔女。
『黎明の魔女』。
その称号は存命中に与えられた『調和』の称号と共に永く語り継がれ、やがて伝説となった。
本作はこれで完結となります。
お読みくださいました方、ありがとうございました。
各キャラの補完エピソードとかもあったほうがいいかもですが、だいたいエロいことになりそうなので控えておこうと思います。