魔力喰らい 〜魔女の学園でただひとりの少年〜 作:緑茶わいん
後日談:再会
「クリス……! お帰りなさい。それから、本当にごめんなさい」
未来から帰還したクリスが母、シルヴェールと再会したのは衰えた身体を本調子に戻した後──帰還から約一か月後のことだった。
シルヴェールの方も「飛んででも会いたい」という勢いだったのだが、『永遠の魔女』に憑依されていた彼女に対する貴族社会からの風当たりは冷たい。学園で保護されている分にはいいものの外に出るのは危険ということで我慢せざるをえなかった。
本当に久しぶりに会う母の温もり。
クリスはそれを噛みしめ、お互いに涙を流して再会を喜び合った。
「母さん。……私も、会いたかった」
付き添いとしてやってきたオリアーヌが傍らで微笑む中、母子は抱擁を解いて見つめ合い、
「私? クリス、口調を変えたの?」
「あ」
母からの何気ない指摘にクリスは「しまった」と口を開けた。
「最近、つい出ちゃうんだ。未来にいる間は貴族令嬢の身体を借りてたから、普通の女の子のふりをする機会も多くて」
繰り返している間に「私」の方が自然になってしまった。
一ヶ月経っても直らないので、オリアーヌからは「もうそのままでもいいのでは?」と言われている。
「未来、ね。二百年後はどうなっていたのかしら?」
「だいぶ変わってたよ。私に身体を貸してくれて子だって魔法銃士隊の隊員を志していたし」
銃とは未来においてシューターに付けられた新たな呼称だ。
開発されたばかりの今よりもぐっと洗練され、製造コストも整備性も向上。個人で運用できる最大級の武力として攻撃魔法に取って代わる存在となっていた。
「あいつを倒すのも苦労したけど、二百年後の魔法と、みんなが残してくれた研究成果が役に立ったんだ」
「そう。なら、その未来に繋がるように頑張らないといけないわね」
そこまで話したところで、部屋の中央辺りに寝かされていた赤子がだあだあと声を上げた。
クリスはそちらへ顔を向けると愛くるしい姿に口元を緩める。
「可愛い。……この子が、あの?」
「ええ。隣国王族の血を引く子よ」
切なさと後悔に目を細めながら答えるシルヴェール。
『永遠の魔女』が行った放埓、悪逆非道を彼女は全て覚えている。その象徴が隣国王族との姦淫を示すこの赤子だ。
もちろん子供に罪はない。
だからこそ堕胎することもなくこうして産み、健康に育てている。
けれど、いつまでも手元に置いておくつもりもない。
「この子はもう少ししたら王女殿下──いいえ、女王陛下の元へお届けして養子にしていただくつもり」
「それがいいね。ここにいるよりもずっと幸せだろうから」
この国に置いておいても争いの種になる。
ただでさえ危うい立場にあるシルヴェールと隣国王族の子だ。むしろ新たな女王となった隣国最後の王女に委ねて後継者として育ててもらったほうがいい。
クリスは赤子をゆりかごに戻すと、慈愛の笑みを浮かべてその肌をそっと撫でた。
母はそんな我が子を微笑と共に見つめて、
「そうしているとまるでお姉さんね」
「あはは。うん。身体もすっかり女の子になっちゃった」
面影はあるものの、身体的特徴は女子のものに置き換わった。
自己認識が変化したことも一因だろう。とはいえ男性機能自体は魔法を使うことで再現できるので特に不便はない。
と、シルヴェールはもう一度クリスを抱きしめて、
「ごめんなさい。あなたをそんな身体にしてしまったのも私のせいなの」
「気にしてないよ。むしろ、この力のおかげでリアも、母さんも助けられた。感謝してるくらい」
そのうえでクリスは尋ねる。
「でも、聞きたかったことはあるんだ。……僕の父親って誰だったのかな、って」
「……父親はね、いないの」
「それって、死んじゃったっていう意味じゃなくて?」
「ええ。最初から存在しない。あなたは私がオリアーヌ様から抜き出した魔法操作能力と私の因子、そしてとある魔女の因子から人為的に作り出した子供だから」
瞳に涙を浮かべて、シルヴェールはクリスを見つめた。
「でも、これだけは信じて。お腹を痛めてあなたを産んだことも、あなたを愛していたことも本当。……男の子でも女の子でも、あなたは大事な私の子供よ」
クリス、と名付けられたのも、クリスが男になっても女になっても、平民のままでも貴族になっても大丈夫なようにという配慮があった。
短い名前ならクリストフやクリスティーヌなどに改名しやすい。
「疑ってないよ。母さんがいつも一生懸命だったのはもうわかってる」
そのうえで、さらに疑問を付け加えるなら、
「もう一人の因子って、誰の? 私の知っている人?」
「ええ。私の身近にいた魔女の中で、最も魔法の才に優れていた子。彼女の髪の毛から取り出した因子を使わせてもらったの」
才能ある魔女二人分の才能を受け継いだことでクリスはオリアーヌの常識を外れた魔力さえも制御する魔法操作能力を得た。
この話にオリアーヌがくすりと笑って、
「では、クリス様は本当に、フランシーヌ様やルシールさんと血縁関係にあったのですね」
当主の血は入っていないためにフォンタニエ家を継ぐ資格はないものの、クローデットがフォンタニエ公爵夫人である以上、かの家に迎えられる理由は十分にあった。
シルヴェールがクリスをクローデットに託そうとしたのもある意味では必然だったのだ。
◇ ◇ ◇
戦いが終わってようやく平和が戻ってきた。
母、シルヴェールともこれからは会いたい時に会える。
居を新しい領地に移すとなると距離は遠くなってしまうけれど、いざとなったら飛んで会いに来ればいい。
「クリス様。快復されたばかりで恐縮ですけれど、やるべきことが山積みです」
「うん。家を建てて、結婚式を挙げて──隣国の復興も手伝いたいしね」
フォンタニエ家に戻って前庭に足を下ろしたところで、
「お兄様! 元気になられて気がかりも無くなられたのですよね? では、私との時間も作ってくださいませ……!」
「クリス。貴女、わかっているでしょうね? せめてルシィには真っ当な道を歩ませて頂戴」
「少年。早くリアとの子作りを済ませて欲しい。後がつかえている」
「あはは。クリス、私は別に急がないんだけどさ。その、久しぶりに手合わせするくらいは許して欲しいな……って、思うんだけど、駄目かな?」
「クリス君。私はもうすっかり行き遅れてしまいました。責任を取れとは言いませんが、情けをかけてくてもいいですよね?」
「えーっと、ボクは別にどっちでもいいんだけど、クリスならいろいろ都合がいいんだよね。というわけで、ついでに面倒見てよ」
「クリス! 私も貴族料理上手くなったの! まだまだ病み上がりなんだからたくさん食べなさい! それで精をつけたら私にも、ね?」
この時を今か今かと待っていた旧友たちに囲まれた。
主の危険にメイドたちはなにをしているのかと言えば、困った顔で苦笑しているだけで。
「あらまあ。なんと申しますか、クリス様はこうでないといけませんよね」
「まったくもう……このご主人様に生涯お仕えすると思うと気が重くなりますけど、まあ、これも乗りかかった船ですよね」
どうやらこの窮地ばかりは誰も助けてくれそうにない。
もちろん男冥利に尽きる状況ではあるのだけれど、まがりなりにも男であるうちにこの状況を迎えたかったような、男の本能に従い過ぎた結果がこれのような。
「……少年? なんなら少年が産んでくれてもいいんだよ?」
囁かれたクリスがぞくっとしたところで、オリアーヌの手がクリスの柔らかく抱き心地のよくなった身体を引き寄せた。
「駄目です! クリス様はわたくしのものですから!」
「ほう? オリアーヌ、約束は忘れていないだろうな? 子種も寄越さぬというのならこの国を攻めてでも奪わせてもらうが?」
目覚めの報を聞いて一か月かけて予定を空けてきたらしい女王陛下まで現れ、事態はさらなる混乱を迎えた。
どうやら、まだまだのんびりできるのは先の話になりそうである。