ウマ娘に転生したけどやべえのと同期なんですが… 作:sannsann
UmaPedia@JPより一部抜粋
アサオンクライ
20☓☓年〜20☓☓年まで活躍した日本のウマ娘。
俗に言うレジェンドの1人。
その多くの記録は現在に至るまで、いまだ塗り替えられていない。
二重の綺麗な瞳、艶やかな鹿毛と前髪に輝く美しい流星、小顔で脚が長く(少しガニ股なのは禁句)均整の取れた体格と文句なしの見た目素晴らしいグッドルッキングウマ娘。なお中身…
●現役期間 20XX〜20XX年
●和名表記 アサオンクライ
●欧名表記 AceOnCry
●香港表記 朝女呼喚
●毛色 鹿毛
●生誕 19XX年4月15日
●デビュー年 20XX年
●引退日 20XX年3月9日
●出生国 日本
●競走成績等
◆タイトル URA賞最優秀シニアウマ娘、他多数
※日本ウマ娘初のKGVI & QES覇者として国民栄誉賞も受賞(*1)
◆生涯成績 25戦23勝
(日 本) 19戦17勝
(ドバイ ) 2戦 2勝
(香 港) 1戦 1勝
(イギリス) 2戦 2勝
(フランス) 1戦 1勝
◆世界リーディングポイント
最高1位(2年連続)
◆主な勝利レース(GⅡ以下は省略、括弧内は同レース勝利数)
・国内GⅠ
ホープフルステークス、桜花賞、オークス、秋華賞
エリザベス女王杯(4)、有馬記念(3)、大阪杯
・国外GⅠ
ドバイSC(2)、KGVI & QES(2)
凱旋門賞、香港カップ
その伝説
国内どころか国外でもその名を知らぬ者はいないと言えるレジェンド級ウマ娘の一人。
国内初のKGVI & QES覇者であり、無敗でのG1連続勝利数の世界記録保持者でもある。(有馬記念での同着を含む)
日本においてレジェンドと聞いて思い浮かべるのは彼女かその終生のライバルのどちらかという人が多いだろう。
今でこそ、数多のウマ娘が世界へ羽ばたいているが、当時はまだまだ世界との壁は厚く高かった、それをぶち壊してくれた先駆者の一人でもある。
当時悲願と言われていた、凱旋門賞とKGVI & QESを獲った人物の一人で、またその後、両レースを取得したのは未だ彼女たち二人だけである。
日本ウマ娘のこれからの活躍に期待したい。
さて、彼女の記録だけを見れば、華やかに勝つ姿、圧勝、それこそまさにレジェンドな姿を思い浮かべる人もいるかもしれない。
しかし当時のレース映像を見てもらえればわかるとおり、彼女の勝利はまさに泥にまみれてという表現がふさわしい。
幾度となく限界を乗り越え、ライバルに競り勝ち、なんとか勝利をもぎ取る。
名門と呼べる家の出でもない彼女が、どんな困難も乗り越えて掴み取る姿や、またその泥臭い勝利を見て元気をもらった国民も多いのではないだろうか。
だから、その輝かしい栄光の記録の中にある、よくわからないギネス記録のことを決して口に出してはいけない。
また、彼女の中身はおっさんではないかと妄言をはく輩がいるが、決してそんなことはない。
他ウマ娘のパンチラにいち早く反応したり、相方の日焼け跡に鼻息荒くして魅入ったり、世界トップクラスのウマ娘達の胸を堪能してアヘ顔を晒したりしているが、決して違うのだ。
さて、彼女の戦績を見て疑問に思った方も多いのではないだろうか。
そう、驚くのはその現役年数もだろう。
大体のウマ娘が3年前後を現役年数とするなか、彼女は(とそのライバルもだが)その約2倍ともなる6年間も現役で走り続けた。
さすがに終盤こそ体調管理に苦労し出走数は落ちたものの、お互いに直接対決以外は無敗を更新しつづけ、大きな怪我もなく国内外のGⅠ勝ち星を二人揃ってあげ続けた。
狙っているのか狙っていないのかは公言されていないが、二人が走るレースは基本的にかぶることはなかった。
が、織姫と彦星のごとく、年末の有馬記念で年に一度の
なお、その有馬での直接対決は合計5回。
これまた仲良く2勝2敗1引き分け(1位同着)となっている。
参考動画:【これが "伝説" の初敗北】20XX有馬記念【ジタバタギャン泣きwww】
引退後については、トレセン学園での特別コーチをつとめたりしつつ、メディアで引っ張りだこであった。
そのアホな朗らかな性格もあり、皆にいじられる愛されるキャラで人気を博した。
ちなみにコーチをつとめ、直接指導した教え子達は、なぜか彼女のライバルであるもう一人のレジェンドの教え子の勝利をよく阻んだりしている。
このコーチにしてこの教え子ありといったところか。
特にこれはひどい、と世間に評価された事件は、相方レジェンドの偉大な軌跡を記念して開催された、相方の名を冠したレースにおいて、2〜4位がその相方の教え子のなか、なんと1位をかっさらっていった事件である。
このように彼女の教え子たちの戦績もまた素晴らしく、これからの日本の未来は明るいと言えるだろう。
他にも、ウマ娘達のトレーナーとして育成体験ができる大人気アプリ『ウマ娘』にも特別監修として携わっている。
また、数多の現場でその保育園レベルの英語を披露し、これからの時代は国内外問わず英語が大事であると身をもって証明をした。
このように、引退後も常に楽しい話題を提供してくれる偉大なるレジェンドの一人である。
アサオンルール
20XX年に行われた、有馬記念以後、主にネット掲示板やSNSで使われるように成った
名前のとおり、とあるお方、そう、日本史上初のキングジョージ覇者であるかのレジェンドお笑い芸人ウマ娘が由来。
その日をもって、それまでブラックボックスであったURAの写真判定基準について、明確な基準が設けられた。
当時の写真撮影技術及び人力による目視判定の限界値とされる『1cm以下の着差』に関しては同着とするルール。
写真撮影機能や画素数の向上、またAI技術の発展に伴い、1mm以下の判別まで可能となった現代であるが、URA公式レースに関してはいまだ当時の基準が残されている。
陸上競技などにおいては、同タイムなのに着差がついたりするが、ウマ娘レース界において未だに同タイムで同着が存在するのはこのせいである。
まあそもそもここまでの僅差はめったに起こらないのだが。
ちなみに、現在において同着の最高人数は1位同着3人が最高記録である。
忖度では?と思った貴方、気持はわかるが、それは間違いである。
確かに本件発生時、お互い直接対決以外は無敗。
日本初の凱旋門賞とキングジョージ優勝、しかも同年で。
そんな覇者同士の対決、どちらに軍配があがってもアレなことになるような対決だったのだ。
同着、ドラマチックな決着、誰も悲しまないウィンウィンな終わり方、そのためにはちょっとした忖度程度と思うことは全くもって自然な流れだろう。
だがこれに関してはURAが当時のゴール板通過時の写真を公開しており、当時の画像解析技術ではなんら不自然な点はないことが証明されている。
また、世界的に見ても、1cm未満は同着とする国が当時多数存在していたこともここに明記しておく。
レース当日、掲示板に同着と発表される直前に発表された結果については、即日謝罪会見が行われたとおり、レース結果解析班がほぼ全員同着判定をだしていたにもかかわらず、過激なファン思想をもつ職員が暴走して表示した結果だと判明している。
なお、このアサオンルールという言葉は、基本的には
みんなレジェンドのことをいじりまくるので、ことあるごとに全く関係ないにもかかわらず「あーあ、またアサオンルールかよ」「はいはいアサオンアサオン」とか言っている。
最近は死語となりつつもあるが、一時は流行語大賞まで受賞し(なおそれを聞いてギャン泣きしたレジェンドの写真が再び新聞の一面を飾った模様)未だネット界隈では常用語として使用されている。
あまりにいじられすぎて、いい歳こいて「うるさいうるさいうるさーい!!同着だって言ってんだろ!ばーかばーかばーか!」とガチ泣きしながら語彙力ゼロになり、有馬記念の特番で一緒にゲスト出演していたジュニア期のウマ娘(※レジェンドの15歳年下)に泣き喚いた動画は1日で1000万再生を記録した。
無論、次の日のスポーツ新聞の一面は言うまでもないだろう。
ちなみにその後、その年下ウマ娘に慰められて頭を撫でられている動画はもう一人のレジェンド誰かによって削除されたが、同等の再生数を稼いでいた。
補足であるが、汚い泣き顔で新聞の一面を飾った回数ギネス記録1位という大変不名誉な記録もこの時彼女のトレーナーによって申請され、見事受理された。
なお、本ルール制定後、2cm差に泣いたとある緋色の女王がいるらしい。