「よし、オッケーと」
昨日とは違い、誰からの邪魔もなく朝ご飯を食べ終えたアルは、開店前に軽く食器を磨いていた。時刻は開店まで10分を切ったところ。特にやることもないのでカウンター奥で椅子に腰を下ろそうとした。
そんな時だった。
コンコン
突如扉から聞こえたその音に、アルは中腰の体制で固まった。昨日に続いて今日もか…とアルは思う。
コンコン
「あのー、すいませーん」
開店中以外に来訪者が訪れる事は実はそんなに珍しくない。決まってその来訪者達は面倒ごとを抱えてくるのだが。
だが2日連続は勘弁してほしい。ただでさえこちらは開店まで10分を切っているところなのだ。今面倒ごとを持ち込まれたら最悪開店時間を遅らせることになる。いや、まだそれならいい。だが面倒ごとの内容によっては、今日は開店できないということにもなりかねない。
コンコン!!
コンコンコンコン!!
なので、本音を言うなら居留守でも使いたいところだが、10分後には開店である。店が始まってから面倒を持ち込まれるのはまずい。
そう考えると、
「……くそがあ」
結局出るしかないのである。中腰の体制を戻し、扉へと向かい手をかける。
ガチャ
そして扉を開けた。ほんのちょっとだけ。
「おはようございます!師匠!」
10センチほど開けた扉の向こうに覗くは、つい昨日面倒ごとを運んできた焔の勇者、メルト=セピルムである。
「ああまあ、挨拶は大事ですよね。おはようございますメルトさん。それで、早速言いたいことがいくつかあるのでいいですか」
「?はい!なんなりと!」
「まずですね。昨日も言いましたが俺を師匠と呼ぶのはやめてください。それと、こういうのは普通新キャラが出てくるもんなんです。連続して出てこないでください。最後に、もう教える事は何もないと言いましたが、今度はなんの御用でしょう」
もしかしたら開店する前に用事が済むかもしれないという僅かばかりの可能性にかけ、アルは早口でそういう。
「ん?あー何のようかって質問ですか!それはもちろん修行しに来たです!」
「最後しか聞こえてないじゃないですか。ですから、昨日教える事は何もないと」「師匠がボクの魔法に失望したのはわかってます!でも、まだ全ての実力を見て貰ってません!」
腰に下げた聖剣の柄を握りながらメルトは言う。
「せめて、剣の実力だけでも見て下さい!」
剣の実力こそアルが見せられて1番困るものである。魔法ならまだしも、剣など久しく振っていない。実は昔は最強の剣聖だったとか、そんなかっこいい過去もない。それが勇者の剣技を見せられてどうすればいいのか。
「いやあのですね、見せられても困ると言いますか」
「お願いです!チャンスをください!」
これはお得意の話を聞かないスタイル。相手はこちらの本意を微塵も汲み取ってくれない。先日勇者の師匠をやる実力はないと伝えたはず。なのにこの食い下がり。これはもう、見るしかないのか。
目先の解決法なら既に浮かんでいる。適当に流し見した後、お前は実力不足故に弟子には取れないと言えばいい。しかしこれは解決法というにはあまりに粗が多すぎる
まず、アル自身の実力がそれはもう高いのだとメルトの中の勘違いが加速することは間違いない。下手をすればそれを色々な人に言いふらす可能性すらあるだろう。それに、この言い方だと更に実力をつけて再度訪れかねない。
なので、この解決法は却下だ。もっと、根本的に解決するにはどうしたらいいか。実は方法はあるにはある。先日メルトは炎属性以外の魔法はからっきしといっていた。剣の実力を見て、教えることを了承してから全く剣とは関係ない炎以外の属性魔法について教える。
まあ、ある程度教えたら満足してくれるだろう。馬鹿っぽいし。と、アルは結論を出した。
「はあ、わかりました。見てみましょう」
「ほ、ほんとですか!やったー!」
言うと同時に柄を握るメルト。そしてアルに対して横を向くような姿勢を取る。剣技を見やすくしてくれているのだろう。しかし、剣技の程は先ほども言ったとおり問題ではない。適当に流せば後は簡単に…
「あの、どうでしょうか」
突如構えを解いてこちらに向き直るメルト。その顔はさもやり遂げましたと言った風である。
「…え、え?」
全く事態が飲み込めないアル。何がどうでしょうかなのか。メルトのやったことといえばただ突っ立って構えだだけである。強いて何か言うのであれば、姿勢が良かったと言うことくらいだ。
と、そこでアルに電撃が走る。なるほど、と。まずは姿勢から見せたのかと。ならば適当に褒めておこう。
「まあ、いいしせ」「今のがボクが放てる最高の技!4連撃葬です!」
違ったらしい。どうやら既に技は決まっていたのだと言う。
(いやいや、え?)
そんなはずはないだろうとアルは思う。多少考え事はしてたが、それでもメルトから目は逸さなかった。なのに、微動だにしないと思っていたうちに実は4回も剣を振っていたなど、ありえない………
(いや、そんなこともないか)
アルは頭の中で適当な知人を思い浮かべたが、割とこれくらいのことならやってのける人は十分にいる。しかしやはり目に見えないほどの速さというのは信じがたいもの。
「ちょっと待っててください」
アルは扉を一度締め、台所へ向かった。そしてゴソゴソと漁ると小走りでまた扉へと向かう。そして今度は扉を全開にし、メルトと向き直った。その右手にリンゴを持ちながら。
「今からこのリンゴをメルトさんに放ります。メルトさんは先程の剣技をこのリンゴに向けて放ってみてください」
「なるほど。ちゃんと命中させられるかを見るのですね!」
違います。本当に剣を振っているのか確かめるのです。などとは口にせず、適当に誤魔化しながらリンゴを放る。
「では、いきますよ」
サッと放られたリンゴはアルの手を離れ、放物線を描きながらメルトへと向かい、
「うわっとと」
そのままメルトの両手へと収まった。アルの見た限り、メルトは剣の柄にすら触れた様子はなかった。ただ、本当に普通に放られたリンゴをキャッチしただけ。そう見えた。だが、
「えと、これでいいんですかね」
メルトの掌には、綺麗に6等分されたリンゴがのっかていた。
「食べやすい様に切ったので、4連ではなく3連にしたのですが、良かったんですかね」
しかも食べ易さにも配慮している余裕ぶりである。なるほど。確かにこの勇者はハッタリではなく本物の実力を持っている様だ。まあ、昨日の炎魔法の時点でなんとなく察してはいたが。
これは本格的に面倒くさいことになってきた、と、アルは1人ため息をつく。しかし、この後の対処は既に決めていた通りだ。手筈通り行けば問題はない。
気が重いが…‥仕方ない。
「……わかりました。弟子にする、なんて大そうなことは言えませんが、出来る限り助力しましょう」
「ほんとですか!!いーやったー!!!今更やっぱりダメとかやめて下さいよ!やったー!弟子だー!」
「いや、弟子にするなんて言ってないと今」「でーし!でーし!でーし!」
とっても嫌そうな顔でそう言ったアルとは対照的に、メルトはそれを聞くと飛び上がって喜んだ。喜びすぎでよくわからないテンションになっているくらいだ。
「っち……。落ち着いてください。とりあえず話を聞いてください」
相変わらず話を聞かないメルトをアルが嗜めようとした、その時だった。
「開店時間を過ぎたから来てみれば、何やら騒がしいのがいますね」
そんな声がメルトのすぐ背後から聞こえた。