メルトの背後から聞こえたその声は、ヒンヤリと、されど心の中にスッと入ってくる様な異質さを持っていた。
「っ!?」
突如聞こえたその声に、メルトは咄嗟に振り返り剣の柄を握って居合の構えをとる。無論その動きはアルには見えなかった。気がついたら今まで無邪気にはしゃいでいたメルトが臨戦態勢に入っていた様にしか見えなかった。
メルトが向き直った先にいたのは、1人の美丈夫。スラっとしたスタイルの高身長に、ストレートのサラサラ紫髪。髪により片目は隠れているが、もう片方の目は吸い込まれそうなほどに美しい。一見するとタダの美青年にも見えるが、彼のとんがった耳が人間でないことを示していた。
「貴様、人ではないな。かといってその身に宿す禍々しさ。獣人でもあるまい。魔族、それも最高位に位置する化け物か」
普段の、といっても初めて会ったのは昨日だが、それでもいつものメルトからは考えられないほどの真剣味を帯びた声だった。
「なるほど。その腰に下げた武器は聖剣レーヴァティン。貴方が最近現れたという今代の焔の勇者でしたか」
メルトの問いかけは無視し、興味深そうにメルトを見る美丈夫。だが、すぐにその目からは興味の色が引いた。
「しかし、話になりませんね。臨戦態勢に入るまでが遅すぎる。それに、ほら」
ゆっくりと男が手を上げ、メルトの手を指差す。
「手、震えていますよ」
そして、うっすらと笑みを浮かべる。途端にメルトは男から流れ出す魔力を感じた。
「そ……んな…」
途方もない。果てがない。底が見えない。そんな魔力が彼には内在していた。メルトをして、規格外と思うほどの怪物。
メルトは本能的に男の正体を理解した。
「その魔力……、間違いない。貴様、魔王ロードグラムだな」
「いえいえ。私はそんな大層な存在じゃありませんよ」
いや外すんかいと思ったのはアルだけである。
「自己紹介がまだでしたね。魔王直属の柱にして四帝影のニの数字を授かる者。ラムイル=スーヴァ=アールヴヘイムと申します。ダークエンペラーの方が、聞き覚えがありますかね」
優雅にお辞儀するラムイル。終始余裕なラムイルに対し、メルトは力んだまま動けずにいた。言葉を発しようにも、口が乾いてうまく舌が回らない。空気が乾いているのではないかと思うほどの緊張。相手はまだ力の一片も見せてはいない。ただ彼の魔力をメルトが少しだけ感じ取っただけである。それだけで、これほどの重圧。
「ああ、別に怖がらなくていいですよ。意味もなく殺したりしません。私のせいで人間と魔族の戦争にでもなったら荷が重すぎるというもの。まあしかし、そうなっても魔族の一方的な虐殺で終わるでしょうが、ね」
言葉が上手く頭に入ってこない。相手との実力差をこれでもかというくらい感じてしまった。奇跡が起これば勝てるとか、そんな次元の話ではないのだ。逃げた方がいいのは百も承知。
しかし、
「…アルカノイド殿の弟子として、引くわけには行かない!」
腰を落として足で踏ん張りを効かす。何処から来ても対応できる様感覚を研ぎ澄まし、必殺の一撃を放つために腕により一層力を入れた。勝てずとも、せめて一撃は入れてやろうと意気込んだ、その時だった。
「弟子?」
その声は、目と鼻の先から、本当にすぐそこから聞こえた。視界に入ってきたのは眼前まで迫ったラムイルの、らしくない鬼気迫る顔。その直後
ドゴォォン!!
と、轟音と共に腹部に激しい衝撃が走った。メルトは遥か後方に吹き飛びながら、意識を手放した。
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またもや一瞬で、今度はラムイルが消えたと思ったらメルトが姿を消していた。そんな光景をよく見るアルは考えるだけ無駄なのを知っていた。
残ったのは自分とラムイルだけ。ラムイルの顔はここからでは微妙に見えない。
が、数瞬の沈黙の後、ラムイルは口を開いた。
「弟子……と言いましたね」
アルはため息をつく。始まると。
「何故!!何故私は弟子にとってくれないのに、あんな小娘が弟子になっているのですか!!」
さらっと性別を当てられたことをメルトが知ったらこれまた仰天するだろう。何故分かったのかと。
「まあ落ち着いてください」
「やはり性別ですか!!女だから弟子にしたんですか!こうなればもう私が女になるしかないのですか!」
なんだか取り返しのつかないことを言っているラムイルにアルは本格的に止めに入る。
「落ち着いてくださいラム。俺は彼女に1度も弟子にするとは言ってません」
今度はアルの言うことが届いたのか、ラムイルはピクッと反応し停止する。
「…ですが今確かに弟子と」
「俺の方から認めたつもりはありません」
キッパリと言うアルの姿に、ラムイルは幾分か冷静さを取り戻した様だった。
「それに、彼女が俺に師事しようとしているのは戦闘技能の面ですしね」
アルがそう言うと、ラムイルは今度は懐疑的な表情を浮かべる。
「……貴方に戦闘技能を…?何もわかっていませんねあの娘は」
やれやれといった感じで首を左右に軽く振った後、いいですかと言ってラムイルは続ける。
「アル。貴方の最も優れている点は、その料理の腕にあります」
ラムイルはそう断言したかと思うと、フッと微笑を浮かべ、続ける。
「貴方の料理を初めて口にした時のこと、今でも忘れません。あの時私は全てを悟ったのです。生物が最も満たされるのは、最高級の美味に舌鼓を打っている時であると」
「え…ああ、それはどうも」
突如始まった謎の語りに、アルは少し困ったような表情を浮かべる。
「故に私は思いました。どうにかして貴方の料理を再現できないかと。しかしながら全く同じ材料を使い、全く同じ工程を踏もうとも、貴方の味を再現することは叶いませんでした」
「その話20回は聞きましたね。というかいつの間にかラムの話になっていますが」
「やはり、あの味を再現するには貴方に弟子入りするしかない。故にアル。もう1度貴方に頼みたい。私を貴方の弟子にして頂けませんか」
「嫌です。というか、料理なら教えると毎回言っていますよね」
「弟子という肩書も欲しいんですよ」
「…ちょっと何言ってるかわからないですね」
この会話も、もう何度も繰り返されている物だ。ラムイルが初めて店に足を踏み入れた時、昔のことだ。と、ここまで考えてアルは長くなりそうだからと思考を中断した。
「まあ、とりあえずこの話はいいでしょう。もう開店から30分は過ぎていますよ。他の客が来る前に私は食事を済ませたいんです」
「まあ、ラムにも責任の一端はありますがね」
懐中時計を取り出してそう言うラムに、アルは小言を言いながら店へと戻るのであった。