真剣で私に恋しなさい~その背に背負う「悪一文字」~ 作:スペル
そんなことはさておき、楽しんでもらえたら嬉しいです!!
―――――見届けよう。何が起きてこの結末だけは、絶対に。 松永燕。
この時をいつも夢を見ていた。だからこそ、その為の準備を怠った日はなかったと自分は胸を張れる。
『悠介君。また観てたの!!武神の試合。私が出ていく前も観てたよね』
『たりめえだ。数少ない、モモの公式での試合があるんだ。癖やら拍子やら、盗めるもんは、全部盗んどかねぇと、意味ねぇだろ』
悠介の言葉に燕は、底なしの尊敬を覚える。自分は情報は大切にするが、此処まで一つの情報を分析することはないだろう。
納豆小町の仕事があり出ていったのが、午前の9時。そして今は、夕方の4時である。その間に多少の修行やらで、抜けたであろうが、それでも時間で考えれば膨大だというしかない。
先ほどからも自分の言葉に答えながらも、その視線は映像内で戦う武神である川神百代と武術四天王の一人である九鬼揚羽の動きに向けられている。
何千とその映像を見る中で、悠介は何かを見つけ出す。
『これは……上手くいけば突破口になるかもしれねぇな』
いつかその時の為に。積み上げて来た物が、今試される。
大佐の開幕の合図と共に、悠介と百代は地面を蹴り一気に肉薄する。両者ともに、拳を第一の武器とする者同士。故に初撃は、ともに何百何千と放ち、ある時は勝負を決め、またある時は自分の流れを生み出してきた…
「はあっ!!」
「オラぁッ!!」
自分が誇れる正拳突き。出し惜しみをすると事などなく、両者ともにこの一撃をもって決着をつけるつもりで放たれた一撃は、ドン!と乾いた音を会場に響かせる。
一瞬の硬直、それを破るのは…
「ぅうらぁっ!!」
全身を捻じり、その場で足を踏み込むことで得られるエネルギーを重ねることで、悠介の拳が百代の拳を押し返す。
打ち負けたことで百代の上半身が大きくグラつく、その隙を突かんと、悠介がもう片方の拳を握る。が…
「甘いっ!」
あえてグラついた勢いに身を任せることで、大きくバク転の要領で回転することで、サマーソルトキックの要領で百代は鞭のようにしなる鋭い蹴りを放つ。
その動きは流麗であり、少なくとも悠介がその動きを攻撃だと判断したのは、回避も間に合わないタイミング。「チィ」と舌打ちをこぼしながら悠介は、攻撃を中断し、その蹴りを腕を盾にすることで防ぐ。
バチィン!という音が、その蹴りの威力を物語る。百代は両腕で地面を押し、自分の足と悠介の腕の接地面を中点とすることで、悠介を軸に一回転し、頭上を取る。
「川神流————天の槌」
悠介が反応を見せるよりも早く、百代の踵落としが悠介の頭に叩き込まれる。その威力故に、悠介が大きく前のめりの体勢になる。しかし…ガシィ!と悠介は倒れることなく、叩き込まれた百代の足を掴む。
「ッ―――!!??」
「シィ」
紐を手繰り寄せるように百代の足を引っ張り、大きく体勢を崩させる。
「お返しだぁ!!」
強く握られた拳が放たれ、百代を貫く。が…
――――チィ、流石に甘くねぇか
「今のは、軽く危なかったぞ‥」
「はっ!どの口が言いやがる」
百代は腕を十字に盾とすることで、悠介の拳を直撃を避ける。更に体を上へと捻ることで、衝撃を軽減し、ダメージを減らす。
そしてバシィ!と百代は、打ちだされた悠介の腕を掴む。悠介は何かされる前に腕を引こうとするが…
――――動かねぇ…
「川神流――――炙り肉」
「ッ――――っ」
瞬間、百代に掴まれた部分が熱く燃え盛り、悠介の腕を焼いていく。その炎は容易く、腕を意思を殺しいく、悠介は掴まれていない方の腕で拳を作り、穿たんと構える。…が
「見え見えだっ!!」
その動きを予期していた百代が、その拳に対応せんとした瞬間…
「…だからどうしたっ!!」
「なにッ――――っ!!??」
掴まれ、今もなお燃えている方の腕を先ほどの攻防の時のように体をひねり、無理やり掴まれていた方の腕を百代へと叩き込む。逆側の拳に意識が向いてしまったため、完全に不意打ちの形となり、モロにくらってしまう。その拳の衝撃で、二人の間合いが開く。
ビリビリと互いにもらった一撃の個所から伝わる痺れが、否応なしに闘争心を刺激する。
『解説を挟む暇もない、力の応酬!!不覚ながらも、解説の仕事を忘れて、魅入ってしまいました―――!!』
観客たちも大佐の言葉により、今まで魅入っていた事に気が付き、熱い歓声を上げる。一連の中で繰り広げられた僅かな攻防。それを見た実力者たちは、静かに次を見据える。まだ戦いは、此処からだと知っているから。
「行くぞぉ!!」
悠介。宣誓と共に再び大きく駆けだす。悠介の声に百代は獰猛な笑みを浮かべ、自身も悠介に向かって駆けだす。
両者の間合いが再び、交わる。瞬間、両者ともに先ほどと同じように拳を握り、放つ。先ほどと同じ展開、ただし…
「らぁ!!」
「川神流――――無双正拳突き!!」
先ほどの以上の熱をもって、両者の拳が乱れ舞う。両者の間合いの中で、二人の絶対の武器が時にぶつかり、時には相手を貫く。
拳から貫かれた身体から、感じる衝撃が痛みが、何より自分を見据えるその瞳が、その全てが百代を歓喜させる。
そして…
――――押し込まれやがる…
自分の全力を飲み込まんとする相手の拳の威力。明らかに打ち込む数も威力も向こうが上手だ。その事実が悠介の思考に僅かに暗いものがかかる。が…
――――今更関係あるかっ、ボケっ!!
「うおぉっ!!??」――――なんだ…?急に悠介の動きのキレが上がった…
―――—うんなもんはなぁ、燕のとの戦いでとっくに割り切ってんだよっ!!今更、才能程度で、嫉むかっ!!
直線的だった拳の起動が、変則的に百代の拍子を縫うように繰り出される。今まで戦い同様に沸き上がる闘争心がかえって悠介をムキにさせ視野を思考を狭めていた。だが、弁慶たちとの一戦が、より強く悠介の技と力を肯定し、与一たちとの一戦で多角的で広い視野を、義経との戦いで疲労時の効率的な身体の動きを、燕との一戦がより思考をクリアに、そして石田との一戦が悠介の背を押す。
此処にきて漸く、悠介は全てを出し切れる場所に立つ。
―――――迎え撃ってたら、意味がねぇ。多角的に揺さぶれッ!!
「くっ…」
百代の一撃一撃に悠介の身体は、とてつもない衝撃を受ける。それでも悠介は、グラつきかける身体を意思と身体操作を駆使することで堪え、一撃でも多くと百代に叩き込む。
一撃一撃が確かに百代のその身に毒のように痺れを与える。その痺れがゆえに、動きだしに生まれる遅れが、悠介の拳を更に叩き込ませる。
そしてその揺さぶりが、より強く悠介の正面突破を…
「オラぁッ!!」
「ぐ――――っ!!」
煌めかせる。多角的な一撃に対処せんとした瞬間、痺れと意識が裂かれたが故に生まれた僅かな隙に悠介の拳が直撃する。
貫かれた拳の威力に、体が不意飛ばされる刹那、モモの掌が悠介の目の前に出される。
「しまっ――――」
「致死蛍」
深く打ち込んだがゆえに対処は、不可。蛍のように煌めく気弾が、悠介の顔面をとらえる。打ち込まれている状態での気弾の発射。踏ん張りがきかずに、殴られた勢いと気弾の勢いもあって、大きく間合いが開く。
開いた間合い。足で勢いを殺すさなか、百代は拳を握る。広がる煙の中から、当然のように悠介が駆けてくる。体勢の都合上、待ちの構えになる。しかしその分百代は、冷静に悠介の動きを見据える。
それは悠介も理解している。それでも悠介は止まらない。
「ふぅ――――」
大きく息吐く。チャンスは一度、此処で一気に流れを引き込む。
――――くる!!あと一歩…
その気配を察して、百代が構えを取る。二人の間合いが重なる刹那…
「シィ」
「なっ―――――!!??」――――下?深い…
ダン!と悠介は重力落下を加速する力に変換し、一気に百代の下を通り過ぎ、後方へと立つ。
――――しまっ、後ろを取られ…
「隙だらけだっ!!」
完全に不意を突かれた百代が慌てて対処せんと動くが、それよりも早く悠介の拳が放たれる。
ドゴン!と試合が始めって今迄で一番の一撃が、百代に直撃する。
『き、決まった―――――!!相楽選手の渾身の一撃に、百代選手闘技場端まで、吹き飛んだ――――!!』
――――今の一撃。ただ打ち込んだだけではない。後方に回り込んだ時に見せた動きの勢いを殺さぬように軸回転と螺旋回転を体で行うことで、少しのもれなく力を相手に与えている。如何に川神百代という赤子といえど、あの一撃は、安くはない。が…
闘技場に伏した百代の姿に観客たちが大番狂わせを想像し、熱気に満ちる。しかし、猛者たちは冷静に鋭い目で状況を見る。
――――悠介よ、わかってると思うが…
――――ここが勝負どころだヨ
――――ここを乗り越えられねぇんじゃ、話にならねぇぞ
――――さあ、根性見せてみろ
そしてそれは悠介も理解している。だからこそ、鋭い瞳で百代を見据える。
「はぁ…はぁ…」――――ここからだな…
「ハハハッ」
小さな笑い声。だがその声は不思議とこの会場全てに響く。
「ハハハハッ!!いいぞ、悠介っ!!やっぱり、お前は最高だッ!!」
獰猛に笑みを浮かべながら起き上がる百代。その動きは、先ほどまでに悠介が与えていたダメージを全く感じさせていない。
「はぁ…体力万全ってか…はぁ」
そう。それこそが川神百代が武神と呼ばれる所以、
今までも百代に強大なダメージを与えた相手がいなかったわけではない。しかしその努力を無にするのが、瞬間回復である。
今まで多くの猛者たちが、その壁に阻まれ敗北を期してきた。その壁が当然のように悠介の前に立ちはだかる。
必然か偶然か、相手の全力を受け止めたうえで、その相手の実力を飲み込む。そのあり方は、横綱相撲の形と化している。
対する悠介は、既に全力で挑みその体力は息が切れ疲弊し、その身には無視できないほどのダメージが体にたまっている。
たった一手で、先ほどと状況が180度逆転してしまう。
しかし、そんな事は、それこそ今更だ。悠介は一度瞳を閉じ、先にある百代の姿を見据える。そして悠介は、闘技場の端へと駆けだす。
「うん?」
悠介の行動に疑問を持つが、直後にその行動の意味を理解する。
「なるほど、隠していたのか」
「まあ、な」
あの試合の後から闘技場の端、土の中に埋め込んでいたそれを引っ張りだす。
「はぁ、これ以上…はぁ出し惜しみはなしだッ!!」
決意と共に悠介は、相棒を構える。その構えに百代は、次に悠介が何を仕掛けてくるのかと、獰猛な笑みを浮かべた。
――――斬馬刀・斬左、出陣
ああ、この結果は分かり切っていたはずだ。
だから挑め、この程度は何時もと何ら変わらねぇだろ、悠介。――――釈迦堂刑部。
――――次回【持たざる者 傷だらけの挑戦者】