真剣で私に恋しなさい~その背に背負う「悪一文字」~   作:スペル

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負けるな!!!―――――相楽誠


決着

その一撃が百代に衝突した瞬間、会場は確かに振るえた。

 

 

ドオンッ!!

 

 

巨大な大太鼓から奏でられる音が振動と共に、身体全身で音を感じるような感覚が、会場にいる全員が感じると共に、鈍い音が響いた。

その衝撃と共に、会場から全ての音を奪い去った。先程まで鳴り響いていたはずの興奮は、波を引く様に静まり、先程までとは対極の無音が辺りを支配している。

そしてその中心にいる悠介と百代の両者は、銅像のように沈黙していた。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

その一撃が放たれてた瞬間、異変は世界各地で起きた。

 

バリン!

 

「おっ!びっくりした。急に茶碗が割れやがった。

とりあえず、ゾズマなんか拭く物持ってきてくれ……ゾズマ?」

 

「わっ!びっくりした。何の音だ?」

 

「多分、誰かが壺を割った音じゃない?」

 

「何だよ~。脅かすなよな。なあ、林。…林?」

 

「大丈夫かい?何処からかボールが飛んできて、窓ガラスが割れたみたいだけど、怪我はないかい…アキ?」

 

「隊長!前方に地雷が多数存在しているようです。先程の音も地雷のせいかと…隊長?」

 

「「「「――――――」」」」

 

根拠などありはしない。しかしその刻、壁を越し彼ら彼女らはふと直感した。

全員が強さの壁を越えたと称される者達、その強さは文字通りそうで無い者達とは次元が違う。

故に対抗する事が出来るのは、同じ壁を越えた者しかありえない。

何より、彼ら彼女らとその他を分断するのは、強固な壁。

あまねく努力をあざ笑い、信念さえも無にきす無情なる防壁。才無き者たちがどれほど努力をしても、相応の才能が無ければ上ることさえ赦されない、選ばれた者達(・・・・・・)だけの領域。

今まで数多くの武術家たちが、その壁の前に破れ、才能に敗北してきた。

どれだけ血の滲むような努力を成そうと。どれだけ尊い信念があろうと。どれだけ破れぬ誓いがあろうとも。

如何なる例外さえ許さず今日に至るまで、才ある者と才なき者を分かつ鉄壁の城壁。

しかし、今日この日、彼ら彼女らは確かに聞いたのだ。

会場にいるも者達は、その技の衝撃音で。そうで無い者達は、偶然か必然か近くで起きた音で。

彼ら彼女らが聞いた音は、砕かれる(・・・・)音。

その圧倒的な天才達しか、入ることを赦されない領域を護る壁が砕かれ、自分たちの常識外の何者か(・・・)が、自分たちと同じ領域に足を踏み入れた音(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)を。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

その場所から全ての音が消え去った。沈黙が場を支配する。誰も言葉を発さない、否発すことが出来ない。

観客達はただ、銅像のように止まっている二人を見つめる事しか出来ないでいた。

一体どれだけのどれだけの時間が経っただろう。終わりの見えない沈黙は、突如として破られた。

ドサ。

何の前触れも無く、両者が倒れ込んだ。一瞬にして会場がザワつきだす。大佐は慎重に二人に近づき、様子を確認する。

 

――――これは…

 

誰よりも近くで確認したが故に察する事の出来た結末。

だからこそ、かの少年は起こした奇跡に等しい結末(・・・・・・・・)を伝えねばと感じる。

武神と引き分ける(・・・・・)。それがどれほどの偉業であるのか、大佐はよく理解していた。

ましてや、少年の才能で生み出したのだ。称賛しかない。

故に、この決闘の審判としての役割を果たさんとマイクを強く握った瞬間…

 

ザッ!

 

息を切らせながら相楽悠介は立ち上がった。

その事実を確認した大佐の口が驚愕で大きく開く。普段からスペシャルな男たらんとする大佐らしからぬ表情。

その事実は大佐達からすれば、信じられない奇跡なのかも知れない。しかしそれは決して奇跡などではない。

ずっと土にまみれてきた。最早、土にまみれる事は、日常だった。口に入る不快な土の味、ジャラジャラと髪に混じる砂粒の不愉快さ、五感全てで感じる土の感覚は、己の弱さの証明でもあった。

意識を失うなど、当たり前。むしろそこから如何にして速く目を覚ますを考えた。

全ての体力を出し切った。もう立てないなんてのは、ザラだった。

そこから立ち上がる為の努力をした。

ああ、だからこそ…

 

「はぁ…はぁ…はぁ――――」

 

倒れたから立ち上がる(・・・・・・・・・・)

それは相楽悠介にとっては、奇跡でも何でも無い当たり前の常識なのだ。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

闘技場の外、観客席から写る闘技場の現実(じじつ)に漸く、九鬼紋白の脳が追いついてくる。それと同時に胸の内から湧き上がってくるのは、喜びだ。

確かに相楽悠介は自分をだしに使った、許しがたき相手である。しかしそれを差し引いても、憎き姉の敵である川神百代が敗北する。その事実は、表現し辛い喜びを紋白に与えた。

故に紋白が、歓喜を口にするのは当然であり、それを敬愛する姉である揚羽に向けるのは至極全うである。

 

「―――――」

 

声を出そうとした紋白の動きに一歩遅れて、ヒュームとクラウディオが気がつく。自身らもまた、目の前で起きた結果が故に放心してしまい、辺りへの配慮が一秒遅れた。

その一秒の遅れが、今悔やまれる。

 

――――いけない。今、敬愛する主の血族にそれ(・・)をさせてはいけない。

それをしてしまえば、この決闘が、少年の努力が、汚れてしまう。

 

年月を経てた老兵達は知っている。勝者の権利を。それが成される前に、部外者が、空気を終わらせる。

それは最低な行為だ。戦った両者の全てを台無しにしてしまう、我欲を優先してしまう、上に立つ者としてあるまじき行いだ。

しかし止められない。間に合わない。後悔が、己への叱咤が湧き上がる。

だが紋白が声を上げることは無かった。

 

「――――――!!??」

 

他ならぬ九鬼揚羽が、紋白の口を押さえて制止した。揚羽は紋白がしようとした行為に気がついた。

それが何を意味するかを理解したが為に、反射的に口元を押さえたのだ。

まだ終わっていない。相楽悠介と川神百代が生み出した決闘の空気は、まだ続かねばならない。

相楽悠介が、それを成すまで、この空気を部外者が破ってはいけないのだ。

そして自分もまた見届けたいと心の底から思っている。あの感覚(・・・・)が本物ならば、この結末は…

その考えの元、揚羽は紋白の口元を押さえながら、闘技場に注視した。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

視界が擦れ、呼吸は否応なしに荒くなり脳に十分な酸素が幾渡らず、意識が霞み。身体を構成する筋肉の全てが痙攣し、動くという動作を阻害する。

しかし…

 

――――関係ねぇ…。

 

倒れてしまったのならば立たねばならない。敗北し倒れてしまったのならばなおさらだ。自分の意思で立ち上がらなければ意味がない。

それは相楽悠介が己に課したルール。誰の手も借りずに立ち上がって歩むという己の誓い。

それが故に悠介は、身体の悲鳴を押し殺す。

 

――――し、試合は、どうなった…。

 

自分が何秒気絶していたのかは分からない。気絶してしまった以上、敗北したかも知れない。しかしあの拳の感覚が、もしも(・・・)を考えさせる。

 

――――追撃が来ない?

 

何秒経っただろう。漸く呼吸が落ち着き出すと、脳に酸素が行き渡り意識が戻ってくる。

戻ってきてた思考が、現状の矛盾点(・・・)に気がつく。

まさか…。その可能性が現実味を帯びてくる。しかし同時に、何処か冷静な自分が、まだ確信するな。と吠えてくる。

 

「はぁ…はぁ…はぁ…」

 

擦れてた視界が徐々に晴れてくる。自分の視界の下にあった影の正体が、明らかになってくる。

 

「はぁ…はぁ…はぁ…」

 

地面に伏していたのは、川神百代だった。倒れる百代を認識した瞬間、悠介が行ったのは、臨戦態勢を取る事だった。

歓喜はなく、あるのは疑惑。それは信頼から来る選択。あの川神百代が、このまま倒れているわけが無いと言う信頼から、勝負がまだついていないと判断した。

 

「はぁ…はぁ…はぁ…」

 

最早、立っているだけでも奇跡だが、最後の最後まで戦う事を止める事だけはしない。

拳すら握れないが、瞳はだけは前へ。

 

「はぁ…はぁ…はぁ…」

 

何秒経過しただろう。未だに動けず、倒れ続ける百代(・・・・・・・)

徐々に徐々に、その事実が悠介の中にある疑惑を確信へと変化させていく。

 

「はぁ…はぁ…はぁ…」――――もしかして…

 

今までの人生において楽な勝負は無かった。僅かに希望を持てば、世界は容易く塗りつぶしてきた。

だからこそ悠介は、希望的観測を持たないようにしてきた。只事実だけを受け入れてきた。

故に、ほんの僅か数秒先にある勝利した己の姿を受け入れる事を、敗北し続けてきた少年は失った。

現在(いま)と戦い続けてきた少年が、突き進むために捨ててしまったもの。

だが、受け入れなければ(・・・・・・・・)、先には進めない。

理解が出来ない。倒すことは想像が出来た。だが、勝つ事は想像できない。

だって今でも倒してきたから勝てたのだ。だが、今回は倒した所を見ていないのだ。何より今回の相手は、あの川神百代だ。そう簡単に、信じれられない。

 

「はぁ…はぁ…はぁ…」

 

意識はハッキリとしている。しかし根幹の部分が未だに霞んでいる。

どうすればいい。堂々巡りが頭の中を廻る。

 

――――悠介君!!

 

「ぁ―――――」

 

それは偶然だった。悠介の視界の端に、二人が映り込んだ。

歓喜の表情を浮かべる燕。感涙の表情を見せる天衣。誰よりも相楽悠介の努力を知る二人の女性の表情は、少なくとも悠介が信じるに値するものだ。

 

「はぁ…はぁ…はぁ…」

 

未だに己では描けぬ姿。しかしあの(・・)二人が自分に向けたあの表情を、疑えるだろうか。

応えは否だ。

 

――――ああ、勝ったのか、俺…

 

先程の葛藤が嘘のようにその事実がすんなりと入ってきた。次に受け入れた勝利に漸く、頭が追いついてくれば、湧き上がってくるのは、勝利の味。

思考の霞が晴れ、歓喜が湧き上がる。

そうして、悠介は改めて地面に伏した百代を見る。今まで100を越える数挑み、その全てで敗北し、何度も彼女を見上げ、見下されてきた。

その時の苦みは、己の心を何度も折れ欠ける程に強烈だった。一生掛かっても勝つ事なんて出来ない。生涯、百代を見下ろす事は出来ない。そんな考えが何度も脳裏をよぎった。

それでも必ずその文字を、あの背に追いつく為に、進んできた。決して報われるか分からぬ、暗い道を歩んできた。

そして今日、生と死の狭間、勝利と敗北の境にて、微睡みの中で得た答え。全てが定まった中、遂に決して見下す事が出来なかった相手を見下すことが出来た。

勝者が敗者を見下し、勝利の余韻を味わう。それは勝者にだけに許された権利であり、敗北を相手に突きつけるという義務である。

見下すことで、より明確となった己の勝利。

たった一度の勝利だ。戦歴にすれば、1勝100敗強。この勝利で、あの苦みの全てが払拭されたわけでは無い。むしろ、勝利できたからこそあの苦みは深みを増す。

まして、これで終わりでは無いのだ(・・・・・・・・・)。道はまだ続いていくのだ、満足している暇など凡人の自分には無い。

 

「ぁ―――――」

 

それは分かっている。しかしそれでも、漸く報われたのだ。

暗い暗い、灯すら見えぬ道。ましてや、この勝利を確信できたのは、己一人では無いのだ。

だからこそ、今だけは…どうか。

そんな思いが湧き上がった悠介は、唇を噛みしめる。

 

「ッ―――――」

 

ああ。今だけ…いや今だからこそ、その歩みを止めるといい。お前はそれだけの結果を残したのだから。誰も責めはしないさ。

無言だった悠介の心理を、読み解いた四人の師は、薄く笑みを浮かべ、その心理を肯定する。

今は立ち止まっていい。ただ、それ(・・)を噛みしめろ!!

沈黙が続く中、無意識の内に悠介が動いた。

勝鬨を吠える事が出来ない喉に変わり、悠介の本能が決断した勝鬨である。

 

「―――――」

 

胸の内から噛みしめながら悠介は…。右腕がボロボロになりながらも、消えなかった惡一文字が刻まれた羽織を掴み…。

考えたわけでも無い。何故と言われれば説明は出来ない。それでも、これ以上に無い、勝鬨だった。

それを見た瞬間、大佐は全てが終わった事を悟り、己の役目を全うする。

 

「エキシビションマッチ。武神・川神百代VS惡一文字・相楽悠介。勝者は―――――

 

この歴史的決闘の勝者を告げる。

 

 

――――相楽悠介ッ!!」

 

 

瞬間、観客達から万雷の拍手が巻き上がる。それは武神という現人神(かみ)を打ち倒した凡人(ひと)に送られる喝采。あり得ぬ奇跡を起こした少年に対する感動。

あらゆる感情が拍手として闘技場に鳴り響く。

その中で惡一文字の羽織を掲げ、天に向かって突き上げられた悠介の二重の極みを打った拳(誇り)である右拳は、何も語らない。

しかし聞こえる者達には聞こえていた。相楽悠介の二つの誇りから発せられた無言の叫びが…。

そして相楽悠介は、全身で観客達の喝采を受けながら、勝利の実感を、歓喜を、湧き上がる全てを噛みしめていた。




おめでとう!!――――相楽美咲


――――次回【エピローグ:惡と誠のこれから】

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