24日 朝
「おはようございます、先輩。」
私はいつも通り、先輩の家で朝ごはんを共にする。
兄さんの、私に対する扱いに見かねた先輩が、私に家の合鍵をくれたのが始まりだった。
私はその時から先輩の家に結界が張られていた事も、先輩が魔術の鍛錬をしていた事も知っていた。
けど、けど先輩の優しい笑顔の前に私は私を許してしまった。
「おはようございます、藤村先生。」
先輩の家の事、魔術の事、それらを話してくれれば私は近づかなかったのに…なんてのは結果論に過ぎず、私はそれを知った上でも通ってしまっていただろうと、今になっては思う。
「そういえば、桜。」
「最近、学校に行ったら体調が悪くなったり…なんてことはないか?」
私はとても話題を逸らしたかった。
きっとこの話題は魂喰いについてで、先輩はそれに対して兄さんが犯人だと目星を付けて、私に話しているのだと、そう感じたからだ。
心臓がキュッとなった。
「…いえ、私は特に、ですが最近はインフルエンザ等も流行っていますから、注意しないとですね。」
「そうだな、とはいえ桜に何も無いなら良かった。また何かあったら言ってくれ。」
「はい、分かりました。」
と、それ以上の答えが見つからず、少しの沈黙が流れた。
束の間、沈黙は彼女によって破られた。
「衛宮くーん、お邪魔するわ、」
遠坂先輩が先輩を迎えに来たのだ。
「藤村先生、おはようございます。桜もおはよ、」
「おはようございます、遠坂先輩。」
「悪いけど衛宮くん、今日早く出られるかしら、すこし手伝って欲しいことがあるの。」
ニンマリする大河を横目に、士郎は申し訳なさそうに桜を見る。
「悪い、桜、片付けお願いしてもいいか?」
「大丈夫ですよ先輩、まだ時間に余裕がありますから。」
支度して門をくぐる。少し歩いた所で凛は歩くスピードを緩めた。
「単刀直入にいうと、魂喰いの犯人が分かったわ。」
「衛宮くんの送ってくれた通り、慎二で間違いないようね。」
一昨日から2日間、士郎なりに目星を付けたやつを探偵紛いに観察をしていた。
気になる行動をするやつが居れば遠坂に報告し、そいつを調査してもらいながら地道に刻印を破壊していく。
そんな中で、誰もいない教室や放課後の図書館に出入りする間桐慎二を発見し、特定に至った。
「刻印の成長具合からして、あと2日も持たないと私は見てるわ。」
「今日明日で決着を付けたいのだけど、どうかしら?」
桜のことが浮かんだ。
慎二と決別したらきっと桜はうちに居られなくなる。
でもこれは桜の右手に令呪の跡があったときから決まっていたことで、それを見逃し許してしまった自分が向き合わねばならぬもの、聖杯戦争とはそういうものなのだと認識させられるものなのだと思う。
「分かった。タイミングが合い次第、今日にでも行こう。」
凛はあえて言わなかった。きっと士郎の方も分かっていて決断に至っているのだろうと察したからだ。
「じゃあ、そういうことでよろしく。」
2人は別れ、それぞれの教室へと足を運んだ。
2階、教室までの廊下で女子に挟まれた慎二とすれ違った。
目が合って、互いを過ぎる瞬間。
「早く止めた方がいいかもな、衛宮。」
ニヒルに笑う彼に、士郎は眉間に皺を寄せた。
4限目、授業中にそれは襲った。
ドッと重く、しかし質量を持たない重圧にほとんどの生徒は昏倒し、教室は呻き声に溢れた。
しばらくして、凛がこちらの様子を見に来た。
「衛宮くんっ!」
「俺は大丈夫、遠坂は?」
「大丈夫、私は平気よ、でも…これ!」
凛はひどく焦った様子でこの惨状を見渡した。
「ああ、みんな気絶してる…けど、大体5時間は持つと思う。」
焦燥を露わにする凛に対し、恐ろしいほど冷静にこの状況を分析する士郎に、凛はある種の恐怖を覚えた。
「…そう、ありがとう、衛宮くんのおかげで冷静になれたわ。」
壁に手を当てて範囲探索を終えた士郎が凛の元に戻ってきた。
「図書室に魔力が集中してる、あそこに慎二が居る。」
士郎の瞳孔は開いており、眼力だけで圧倒されてしまいそうだった。
「衛宮くん。」
「魔術師の抗争っていうのはね、冷静じゃなくなった者から死んでくの、」
「前にも言ったけど、お願いだから
倒れた人々に極力目を当てず、士郎を宥める。
「ああ…すまん、今セイバーを呼んでるからその間に少しでも近づこう。」
セイバーと合流し、状況を伝えた間に、図書室は目と鼻の先となった。
追い風が吹くように背中を押される感覚がするほど魔力の流れが分かりやすく、濃い。
(結界ね、ここ自体を魔力の塊にでもしようって言うのかしら。)
「ランサーに今刻印を壊して回らせてる。セイバーなら大丈夫だろうって、」
「頼もしいね、ありがとうリン、ではシロウ。行こうか。」
勢いよく開けた扉の奥は夕暮れのような薄暗さに包まれていた。
本棚を始めに、床や照明までもがこの部屋以上の広さまで続いている。
「待っていたよ衛宮。」
「良いだろう?そこそこ大きな結界さ。」
「アーチャーじゃ受け止めきれない魔力を結界の中で巡回させているんだ。」
アーチャーの、布に巻かれた左腕がやけに目に入る。
「間桐くん、素直に言ったらどう?”アーチャーに回せる満足な魔力がないから、魔術師にあろうことか一般人に手を出しました”…って。」
「気配で分かる結界を張るなんて三流のすることよ、懲りたならはやくこれを解きなさい。」
「……なぁ、サーヴァントも寄越さないなんて随分舐めてるじゃないか遠坂。」
「いけアーチャー、分からせてやろうよ、コイツらにさぁ!!」
「衛宮くん!」
二振りの中華剣をアーサーが受け止める。
何度か打ち合った後、刃がこぼれ割れる。
「はぁっ!」勝負が決した勢いで剣は振り下ろされた。
が、剣がないはずのアーチャーの両手には剣があった。
まるで手品のような戦い方、しかしアーチャーの太刀筋にはどこか慣れを感じる動きで、士郎はずっとそれを凝視していた。
「どんな宝具の英雄だってのよ…あいつ、この様子だとまだ隠してるのが何個かあるわよ。」
しかし、アーチャーから双剣以上の武具や宝具が出てくる気配がない。
一撃、二擊、三撃とアーチャーは早々に地面に倒された。
「なにもたついてる!」
「令呪を以って命ずる!宝具を出せ!アーチャー!」
直後、天の鎖が慎二ならびにアーチャーを縛った。
「させないよ、アーチャー。」
「遅くなったね、リン。」
刻印を全て壊し終わったエルキドゥが凛を守るように立ち、敵を封じ込んだ。
「ありがとう、ランサー。助かった……って待って、」
縛り上げられたアーチャーの口が開く。
「…
「
外見にそぐわぬ英語の詠唱を淡々と口にする。
「
エルキドゥの天の鎖は縛りの強さをあげた。
ギチギチと音を立てて体が悲鳴をあげる。
「痛っ、おい!何やってんだよアーチャー!今すぐ詠唱を止めろ!」
「
「
「
「ランサー!」
エルキドゥの強化された手刀がアーチャーの首元に迫る。
「
が、すんでのところで手は止まった、受け止められた。
肩を始めとした体中から剣が生え、エルキドゥの手刀を受け止める。
最後の一節を告げる。
「
「来い、エミヤシロウ。」
間も無く士郎とアーチャーの2人のみ、白い殻のようなものに包みはじめた。
「ちょっ!衛宮くんっ!!」
2人はお互いを睨んだままその殻が閉じるのを待った。
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「アーチャー…何がしたいんだ。」
「なるほど、気づかないのも無理はない。」
「魔術回路を回したまま俺を見ていろ。」
赤い布を解くと、妙に筋肉のついた、右腕とはいささか質感の違う左腕が露わになった。
「俺は召喚時、記憶にノイズがあった。」
「しかしお前を見た時、自分が何者か、なぜ自分がこうなったのか、ほとんど全てを思い出した。」
「俺はお前だ。」
「しかしお前は俺では無い。」
「…は?」
アーチャーの言ってる意味が分からず、そのほとんどを理解できてなかった。
固有結界「
ただ眼前に広がる白い地面は地平線が見えるまで続いている。
地面に白化した剣が連なるばかりのつまらない風景だった。
「この剣は俺の記憶だ。」
「この固有結界において俺にしか触れられず、触れたそばからこの
「だが、今だけは戦うために展開したんじゃない。」
「お前と俺は”起源”を共にしている。」
「故に、お前はこの魔術を扱える。」
次から次へと入り込む情報に士郎は呆然とするばかりだった。
「…まぁいい、理解は後からでも遅くない。」
「エミヤシロウ。」
「俺の代わりに、この力で聖杯を壊せ。」
少しの沈黙があった。
様々な思いが錯綜する。
「この戦争が始まってから理解出来たことなんてほとんど無い、無いがら」
「その腕を見た時、お前と似た人を見た。」
「お前や俺より年齢が上で…きっとそれも俺なんだろう。」
正義の味方になれるなら。
「お前がその力を俺に預けてくれるなら。」
弱き者を、助けられるのなら。
「俺は、何だってする。」
「ありがとう、エミヤシロウ。」
やっと思い出した大切な人の名前を噛み締めるようにひねり出す。
「……サクラを守ってくれ。」
アーチャーの右手を士郎の頭に当てる。
「