1話.奇天烈おばあちゃん。
西住流の本流は、第二次世界大戦まで遡る。
開祖は従軍経験者であり、戦後、自衛隊に教官として招かれた事がある。その際に開祖は大戦時に培った知識と経験を技術として体系化したのが西住流の始まり、そこから更に戦車道と呼ばれる競技向けに改良が加えられたものが今の西住流となっている。故に西住流には、師範代以上と認められた者にだけ伝えられる実戦向けの秘術があり、家元だけに伝わる西住流の歴史に関わる口伝が残されている。口伝のほとんどが開祖に関わる情報であり、西住流の成り立ちから試行錯誤、その末に得た奥義とも呼べるものが延々と語り継がれている。
そして、そこからわかる開祖の人柄というのは大層、破天荒であったことが推測できるのであった。
そんな彼女の最期もまた奇天烈なものであった。
百歳を超える大往生。老医師に死亡を確認された時、それを知った曾孫が大声で泣き喚いてしまったのである。まだ五歳程度の彼女は曽祖母に可愛がられていた。歳を老いても悪戯好きで寝たきりになっても介護をしてくれる身内を驚かせて楽しませるのが大好きだった。結局、最後までボケることもなく、ある日、忽然と誰にも迷惑を掛けないまま、縁側で座ったまま息を引き取ったのである。まるで、今日はおひさまが気持ちよいから、と安らかな顔で逝ってしまった。あまりにも唐突な死に誰もが信じる事が出来ず、涙も流せぬままに掛かりつけの老医師が呼び出される。
誰もが開祖の死を受け止められない中、老医師が断じた事で現実味が帯びてしまった。そこに敏感に反応したのが曾孫であり、もう二度と会えないことを感じ取った彼女は泣き出してしまったのである。周りの人間もやりきれない思いを抱えて、言葉を発する事もできずに目尻が熱くなり始めた時の事だった。
冷たい手が曾孫の頭を優しく撫でる。
「……なんだい、そんなしみったれちゃ死ぬに死ねないね」
開祖が上半身を起こして、ケラケラと肩を揺らす。
誰よりも驚いていたのが医師である。確かに脈はなかった、心音も消えていた。まるでお化けでも見たかのように、あんぐりと口を開いたままの老医師を尻目に開祖は、曾孫の頭に手を添えたまま、皆に向けて笑みを浮かべる。言葉にせずとも伝わるものがあった。
再び開祖が倒れた時、もう誰も泣いちゃいなかった。
呆気に取られた後、誰からともなく笑い始める。最初は含み笑い、しかし次第に笑い声は大きくなり、最後は大爆笑の渦に包み込まれた。「婆さんならやりかねない」「最後まで破天荒な御方だった」「こりゃ不甲斐ない姿を見せてっとまた化けて出てくるぞ」と悲しい涙は笑いの涙に変わってしまった。
そんな中で開祖の曾孫は、ポカンと口を開いたままだった。
頭を撫でられた感覚だけがずっと残り続けていた。
現在、開祖の仏壇はまだ片付けられていない。
彼女が亡くなったのは何十年と昔の話、今はもう毎日のように
しかし鈴の音が一日に一度も鳴らない事はない。普段は鈴を鳴らさないような身内も大会や就活、試験を受ける時に祈願の代わりに鳴らしている。うちの家では、寺に行くよりも御利益があるとされていた。
まあ、あのような大往生をしてのけた曾祖母である。居るかどうかも分からない神や仏に祈るよりも御利益がありそうなのは分からないでもない。もしも彼の世が存在するのであれば、今も西住流の行く末を見守ってくれているはずなのだ。
曾孫は今、西住流の師範となった。
二人の子宝にも恵まれた彼女は、静かに鈴を鳴らして祈りを捧げる。
私の事はもう良いので、次はあの子達を見守ってください。と軽い気持ちで頼んでみた。
幽霊を信じている訳ではないのだけど、あの曾祖母なら何かやらかしていても不思議ではなかった。
◆
吾輩の名は詩織、今は孤児院に預けられる身の上だ。
両親は知らぬ、情報も得られなかった。気付いた時には孤児院におり、門前に捨てられていたのを発見したとの事だ。それから先は職員達の世話を受けて生きている。小学校、中学校と地元の学校に通学し、多少の問題を起こしながらも成績は優秀で通していた。
まあ学業なんてものはコツとやる気だ。
どうしても駄目な奴は居るもんだが、必要最低限の根気と才能があれば、時代が多少違っていてもどうとでもなる。むしろ見識が広くなった分だけ、勉学も楽しくなるってもんだ。私の場合は、前世の時から頭が優秀だったもんで教科書を一回読んだだけで覚えてしまうのが難点だがな。おかげで授業は居眠りしてしまうことが多くって、寝起きに問題を答えろと言われて解いてやれば、それはそれで機嫌を損ねてしまうので、自然と授業をサボる事が多くなってしまった。
そのせいで担任殿からは疎まれてしまっているが、私が志望校以外の名門校にも余分に受験するといえば、校長や教頭の方が味方になってしまった。おかげで今は放任されており、退屈な授業の時間帯には屋上に出ている。鍵はピッキングで開けた、絵に書いたような不良娘である。
でもまあ、それぐらいの自由は許して欲しいもんだ。
前世では、あれやこれやと柵が増えて、国内から出る事も許されず、戦車道の本場である独逸などに足を運ぶことができなかったんだ。今生だと世界を飛び回ると決めている。青空に手を伸ばす、その先には飛行機が雲を引いている。昔に比べると良い意味で世界は狭くなった。パスポートのひとつも持っていれば、ちょっと気が向いた時に海の外まで出て行ける。
良い時代になったもんだ、とケラケラと笑ってみせた。
私の身内もよくやっている。
弟子達ががんばってくれたようで私が立てた流派は今も戦車道の王道であり、西住流の色が濃い黒森峰女学園は9年連続で優勝を果たしている。この9年目には、西住まほってのも関わっているんだ。すげぇだろ? 私の曾々孫なんだよ。私が知る頃と西住流の在り方も変わっちまったが、私が家元をやっていたのは半世紀以上も前の話。今更、私が出しゃばる訳にも行くまいさ。
でもまあ孫が可愛かったんだ、曾孫でさえも可愛かった。なら曾々孫も可愛いに決まっている。
高校での進路で今後の全てが決まる訳でもあるまい。今は学生の身分、学生気分ってのをもっと楽しみたいし、私の時代にはなかった学園艦というものにも興味を持っていた。なによりも私は戦車ってのが大好きでね。今生は戦車に関わらずに生きて行こうと思いもしたが、物心が付いた時期から今日までずっと戦車に関わらずに生きていると逆に恋しくもなるもんだ。それに、独逸は今でも私の憧れだ。今も戦車の最先端で在り続けてくれているのは嬉しいねえ。
だから私は黒森峰女学園に入学する事を決めた。
曾々孫の顔を見に行くついでだ。あんまり深く関わるつもりもないのだが──いや、今生も戦車に関わって生きていくつもりなら実績代わりに戦車道には関わっておいた方が良いのか?
まあ良い。人生なんてものはなるようになるようにできている。
気楽に生きれば良いのだ、気楽に。特に今は学生なのだから、やりたいことをやれば良い。
今日、受け取った全国模試の通知。一桁台の結果だけを確認したそれを紙飛行機に折り、屋上から独逸まで届くように手を離した。
そうして私は黒森峰女学園に主席合格で入学する。
正直、やり過ぎたと思った。
目標は週一更新。