10話.戦車道、始まります!
ピッピッピッという電子音に目を醒ます。
寝起きで呆けた頭。ふわりと欠伸をし、全身で伸びをする。洗面台の前に立てば、鏡に映るは目付きの悪い自分の顔にボサッとした長い髪。とりあえず洗面用のヘアバンドを付けて身支度を整える。トースターに食パンを放り込んで、焼けるまでの間にパジャマから制服に手早く着替えた。ほんのりと焦がした食パンの表面にバターとさくらんぼのジャムを塗り、ペロリと平らげた後で残った牛乳を一気に飲み干す。再び洗面台の前へ、口を軽くゆすいでからヘアバンドを外し、赤茶色の長髪をツインテイルに纏める。
時計を見る、まだ少し時間に余裕がある。
部屋の中を指先確認、電源良し、手荷物良し、身支度良し。今日の私も完璧だとほくそ笑んだ。
今日から新しい学校なのだ。初日から躓いてなんかいられない、と外へと繋がる扉の取っ手を握り締める。力を込める、潮の冷たい風が部屋に吹き込んだ。マンションの三階、自然と口角が上がる。こうやって環境が変わると漸く日本まで来たって感じがする。私の古い友達も同じ空気を吸っていると思えば、自然と気分は高揚する。
このマンションが私にとっての新しい始まりになる。
「さあ、行くわよ」
部屋の鍵が掛かっていることをしっかりと確認し、いざ鎌倉と足を踏み出す。
通学路を足早に通り過ぎて、学園艦の校舎まで足を運んだ。
日本語の修得は、問題ない。まだ小学生だった時、短い間だけだったけども日本で暮らしていた経験もある。日本は嫌いだった、今もその気持ちは少なからずある。私の故郷では、当たり前に存在する戦車が日本だと希少だからだ。技術的な意味で、この土地で得られるものは何もない、と今でも思っている。
それでも、この土地に来たのは、此処には大切な友達が居るからだ。
恥ずかしながら中学生で友達を作れず、高校生でも孤立してしまった。
あの日、あの時、あの場所で友達と呼べる少女と交わした約束は今でも覚えている。お互い自分の戦車道を見つけたその時にまた会おう、とあの日の約束を糧に去年までは頑張れた。だけど、それも限界でチームが崩壊するその前に逃げるように故郷を飛び出した。
私が此処、大洗女子学園に来たのは、単純に九州ではなかったからだ。
新しく戦車道チームを作るという話だったので、どうせならやり直すなら何もない場所からってのも悪くないかと考えてオファーを受ける。自己紹介を終えた昼休憩、海外からの留学生というのに目新しさを感じてか何人かのクラスメイトから食事に誘われた。誰かから話し掛けられるというここ数年ではなかった経験に困惑するも、生徒会長に呼び出されていることを理由に断りを入れる。
私がクラスを出た直後、血気に逸る他クラスの生徒が扉を開け放った。
「えっと……ドイツからの留学生って聞いたんだけど!」
何処かで聞いたことがあるような声に背を向けて、生徒会室へ急いだ。
◇
「待っていたよ、中須賀エミ」
大きな執務机に高価な椅子、座るは私と同じツインテイルに髪をまとめた小柄な少女。その生徒会長を名乗る彼女は、椅子から腰を上げて私の手を取って出迎えてくれた。
「あっちで話そ」
首で示された先には来客用の机とソファーがあった。
生徒会の役員らしきポニーテイルで胸の大きな女性が無言で茶を淹れている。促されるまま、ソファーに座ると湯呑に入った緑茶を提供される。熱々だった、すぐには飲み干せそうになかった。少し低めの机の中心に干し芋が盛り付けられた大皿が置かれる。
上座に座る小柄な生徒会長は、客人である私よりも早く干し芋に手を伸ばした。
「それで早速、話なんだけど~」
「戦車の事でしょ?」
「お、話早いじゃ~ん」
生徒会長は緊張感のない間延びした声で笑みを浮かべる。
「ドイツでは、有名校のエースだったって事で期待してるんだよね~」
彼女の探る様な物言いに、私は、本能的に自分とは反りが合わないタイプだと悟る。
私は、言葉での駆け引きは苦手だ。なにもない所から戦車道チームを発足するのだから苦労するのは分かっていた事だ。しかし彼女の事が信用できるかどうかは別問題、悪意は感じない。だけど彼女からは胡散臭い何かを嗅ぎ取る。彼女に付き従う二人の役員に視線を向ける。眼鏡の方は上手く隠しているが、ポニテの方は私に罪悪感を感じている。
私には、探りを入れるなんて器用な真似は出来ない。
だから単刀直入に物申す。
「本気じゃないなら直ぐ転校するから」
「……本気じゃないって?」
「妥協しないって事、私……戦車の事になると手を抜かないから」
そんな私の生意気な言葉に三人の目が色めいた。
特にポニテの反応は分かりやすい。先程まで抱えていた暗い表情が、目に見えて明るくなった。
何故、この発言で好感触を得られるのか分からなかった。
「頼もしいな、具体的には何処までを目標に考えている?」
眼鏡の質問に私は、気後れする事なく言い放った。
「全国大会の優勝、当然でしょ?」
ん~、と生徒会長が口元が緩むのを堪え切れないといった様子で小さく悶える。
「いやあ運命だねえ」
満面の笑顔、残る二人も笑みを浮かべていた。
心なしか生徒会室に立ち込めていた緊張感が和らいだ気がする。
これからよろしく、と改めて手を差し伸べられる。
とりあえず、手を取る。
まだ彼女達から感じる胡散臭さは拭い切れない。
「先ずはチーム作り、集まった生徒達の適性を見てから勝てるチーム作りを始めるわ」
「良いね、良いね~」
「私が在学している内に少なくとも優勝を狙えるチームに仕上げるつもり」
「はい、それ決定ね。私達も全力でバックアップするよ」
「初年度は初戦突破を目標に……本当に分かってるの?」
「ちゃんと分かってるって」
生徒会長は目をパチクリとさせて「優勝でしょ?」と軽い調子で言ってのける。
言葉に重みは感じられず、不信感が募るばかりだ。
とりあえず、干し芋を齧る。「あ、おいし」と思わず、口にしてしまった。
「いいでしょ、これ。うちの名産なんだよ」
「正確には地元、母校の名産ですが」
「桃ちゃん、細かい事は言いっこなしだよ~」
「すみません」
「もう、固いな~」
入室時とは打って変わった明るい雰囲気に流されそうになる。
「あ、エミちゃん。さっきの話なんだけど、ひとつだけ訂正を加えるよ」
「え?」
「初年度から優勝を目指して貰うから」
「はあっ?」
「どうせ目指すなら優勝、当然でしょ」
カラカラと笑う生徒会長に私は頭を抱えたくなる。
「現実的じゃないわね」
「目標を持つなら大きくなくっちゃね」
少女よ、大志を抱けってね。
と笑う会長に「少年よね?」とツッコミを入れる。
よく知ってるねえ、と会長は笑うばかりだ。
「それにね」
不意に彼女は生徒会室の窓から外を眺める。
「……私達は、来年で此処から居なくなるからね」
部屋に日が差してもいないのに、彼女は眩しそうに目を細める。
不思議と言葉に重みがあった。胡散臭さは拭えない、彼女達は私に何かを隠している。しかし、それは自分を害そうとするものではないのは確かなようだ。ポニテから感じる自分に対する罪悪感の正体が気になる。しかし、この場で問い詰めたところで目の前の生徒会長に上手く躱されるのが目に見えた。
……時間はもっと有効に使うべきだ。
「戦車はあるのよね?」
「あるよー」
「どんな戦車があるの?」
会長が隣に座る眼鏡に視線を送る。
眼鏡が、何処からか取り出した書類の束を私に差し出した。受け取ってパラパラッと捲って内容を確認する。戦車の数に不安はあれど、想像したよりも実は悪くなかった。搭乗員の技量を問わなければ、戦えない事もない程度には戦力が揃っている。出来れば、ティーガーやパンターが欲しかったけども、それは流石に贅沢というもの。中戦車と重戦車が揃っているだけ、ありがたいと考えるべきだ。
放課後、格納庫まで足を運んだ私は、
廃車も同然の一輌しかないがらんどうの中身を見て、書類の束を力いっぱい地面に叩き付けた。
「ふざけんな! 転校してやる!」
艦橋にある生徒会室の高台では、悪役令嬢の如く高笑いを上げる生徒会長の姿が目に見えるかのようだ。
■中須賀エミ
ドイツ人とのハーフ、スピンオフ作品であるリトルアーミーの主人公。リトルアーミーは、良いぞ!