「戦車なんて何処にもないじゃない!」
私、中須賀エミは生徒会室に殴り込みをかけていた。
カラカラと笑う会長の横で、眼鏡こと河嶋桃が知的に眼鏡を輝かせながら口を開いた。
「戦車はある。少なくともその資料にある戦車を破棄した記録はなかったからな」
「はあっ!? 破棄って何時の話よ? てか、それって大洗に戦車道が残っていた時の話をしているんじゃないよね!?」
「そうだが?」
「そうだが、じゃない! 何十年前の話をしてんのよ!」
「……何年前だ?」
広報担当の河嶋がノートパソコンで作業を続ける副会長の小山柚子に問い掛ける。
「二十年ほど前ですね」
「そこはどうでも良い!」
私の怒りが臨界点を超えそうになった時に「まあまあ」と会長が干し芋の入った袋を差し出す。それを私は袋ごと奪い取ってやれば、彼女は困った風に笑いながら机の下に手を伸ばし、新しい干し芋の袋を取り出した。
「ちゃんと手は考えてあるよ」
「むぐ……んぐ……何十年も野晒しで放置されていた戦車よ。まともに使えると思っている訳?」
「うちには優秀な部員がいるから大丈夫だよ」
「……なによ、工学部でもある訳?」
「自動車部。拾った廃車をレストアして、その車を売った資金で新しい廃車を買い込んでるんだよね~」
「戦車と自動車って随分と勝手が違うと思うのだけど?」
胡散臭いものを見る目で会長を睨み付ける。
涼しい顔で受け流す彼女に「戦車がなかったら本当に転校するから」と吐き捨てた。
信用ないなあ、と会長が肩を竦める。
これまでの何処に信用できる要素があったのか教えて欲しい。
「……ちゃんと人も集められるのよね?」
「それに関しても、きちんと策は打ってあるよ」
柚子ちゃん、と会長が声を掛ければ、ポニテの彼女はノートパソコンの画面を私に向ける。
「二十年前に製作されたプロモーションビデオがVHSに残されていました」
「……流石に映像が古臭くない?」
「まあ何名かに当てがあるし、戦車って今も昔も一定数憧れている人も居るもんだよ」
大丈夫、大丈夫、と軽い調子の会長に不信感は募るばかりである。
しかし必修選択科目を選択する直前、全校生徒を対象に呼び出した体育館での戦車道PV上映が功を奏したのか、はたまた職権乱用とも呼べる胡散臭い特典の数々に惹かれたのか、想像していた以上の人数が戦車倉庫の前に集まった。まあ中には、あからさまに戦車と興味がなさそうな子も混じっているのだけど、バレー部の制服を着ている四人組とか。私が胡乱な目で見つめる会長様は、二十人弱の生徒を前に「まあ、なんとかなるでしょ」と何時も調子で頷いてみせた。生徒の一人に急かされて、倉庫の扉を開け放った。
長らく放置され続けたボロボロの倉庫の中にポツンと一輌だけ残された錆付いた戦車、それを見た履修生はあからさまに落胆の声を上げる。
「……まあ使えない事はないわよ。装甲も転輪も目立った損傷はないし……昔ならいざ知らず、戦車道に使う戦車は特別なカーボンで加工されているからね。錆取りして、分解してから徹底的に整備をすれば、動かす分には問題がないと思うわよ。試合で使うには、老朽化が激しい箇所の部品は新しく取り寄せないといけないだろうけど……」
まあ、と戦車の装甲に手を乗せる。
「Ⅳ号戦車D型、始めて乗る戦車としては上等よ」
この戦車はバリエーションには数あれど、戦車の本場であるドイツでは最もメジャーな車輌である。戦車の中堅校であれば、エースの車輌としても運用される事もある程だ。まあ、その場合は、短砲身じゃなくて長砲身のF2型とかH型とかになるのだけど、今それを言っても詮無きことである。
「他の戦車も、この程度で済めば良いのだけどね」
おおっと沸き立つ皆に背を向けて、誰にも聞こえないような小さな声でポツリと零す。
兎にも角にも私の戦車道は今、此処から始まる。そして全国大会を舞台に、黒森峰に居るはずのみほと戦うのだ。今年は難しくても来年には間に合わせてみせる。
決意を新たにした時、「やっぱりそうだ……!」と戦車道を履修した生徒達の中から感極まった声が聞こえる。
「エミちゃん! ドイツからの留学生ってエミちゃんの事だったんだ!」
幼い頃の面影を残す数少ない私の友達が、大きくなった姿で満面の笑顔を浮かべながら抱き着いてきた。
◆
私の名前は柚本瞳、幼い頃に戦車道を通じて運命的な出会いを果たした乙女である。
小学校を卒業して戦車道を通じて得た友達と疎遠になった後も一人で戦車と関わり、どうにか戦車道を続けることが出来ないかと模索し続けていた。しかし私の学力では、戦車道のある学園艦に受かることは難しく、過去に戦車道があったという大洗女子学園に一縷の望みを託して入学する。
そして、大洗にある唯一の戦車ショップで知り合うことのできた友達と一緒に戦車を続けている。戦車道が無理でも強襲戦車競技なら行けるかも知れないと密かに計画を企てていた。
そんな折に舞い降りた戦車道復活の話、これはもう運命だと思って履修届に意気揚々と花丸を記入した。それは、この学校での私の友達も同じだったようだ。
戦車道の為にドイツからの留学生を招集したと聞いている。もしかするとドイツに行った友達の事を聞けるかと思ったら考えるよりも先に体の方が動いていた。でもまあ、それは入れ違いになっちゃったけど……
兎も角、なんとドイツから来た留学生は小学生の頃の友達、エミちゃんだったのだ!
「まさか、高校生にもなって三人揃うなんて夢のようだよ〜!」
周りの目なんてお構いなしにぎゅうっと抱き締める。
久しぶりに会った友達は、なんとなしにドイツの香りがした。ドイツなんて行ったことないけど!
「瞳? まさか瞳なの?」
「そうだよ、ひーちゃんだよ」
「三人ってことは、此処には千紘も居るわけ?」
エミの質問に私は首を横に振って答える。
「ちーちゃんはサッカーのスポーツ特待生で別の高校に行ってるよ」
「え、なら誰?」
本当に思い当たる人物が居ないのか困惑するエミに、薄情だなあ、と言葉を続ける。
「私達の仲であと一人って言ったら決まってんじゃん」
「あと一人って……え? いや、でも、あの子は……今……」
「あ、そっか。まだ知らないんだ」
友達に贈る思わぬサプライズに私は口角を上げて目一杯の笑顔で伝える。
「じゃじゃ~ん! なんと大洗には、あのみほちゃんが居ます!」
「ええっ!? あの西住殿が!?」
旧友よりも新しい方の友達が先に食いついてしまった。
◆
学園艦の端にある海を一望できる広場で、炭酸飲料水を片手に腰を下ろす。
缶越しに伝わる冷たい感触を確かめるように表面に付いた結露を親指で撫でる。溜息を零す、最近は此処に来ることが多くなった。繰り返し、思い出すのは、あの決勝戦の最終局面。凌ぎを削り、僅かに届かなかった数秒間。カシュッと白旗の上がる音がした時、去来する絶望感。脳裏に過ぎったのは、あの時に見捨ててしまったⅢ号戦車。仲間を助ける為に誰よりも早くに飛び出して、ただ一人、戦車の中に閉じ込められて濁流に流されてしまった彼女の姿だった。ざあざあと雨粒が地面を叩く音、私達を回収するトラックのエンジン音。なおも掻き消されない救急車のサイレンの音が耳に木霊し、オレンジ色の制服を着たレスキュー隊員の大人達が何かを叫びながら担架を運んでいた。あれから半年以上の月日が過ぎて、なおも夢に見る。ふとした時に記憶がフラッシュバックする。
お見舞いに行った時、死んだように眠り続ける彼女の姿を見て、なにかとんでもない間違いを犯してしまったんじゃないかって、そう思ってしまったんだ。そこから先はもう駄目だった。戦車を見るだけで拒否反応を感じ取り、触れるだけで眩暈を起こすようになってしまった。こんな状態で黒森峰に残っていても皆の負担になるだけ、特にお姉ちゃんに心配させたくなかったから何も言わずに黒森峰を飛び出した。
そうして転校した先が戦車道のない此処、大洗女子学園になる。
オリエンテーションで戦車道科が復活すると知った時には驚いたけど、そのプロモーションビデオを見て気分が悪くなった私は一足先に保健室に向かった。テレビで戦車を見る分には、なんとか我慢できるようになったけど、やっぱりまだ戦車道に復帰する事は難しそうだ。
海を眺めて黒森峰を想う。
黒森峰の皆からすれば、私は敗北の責任に耐え切れず逃げ出した裏切り者だ。エリカさんとか怒ってそうだなあ、と苦笑する。中等部の時から友達だった相手が居て、戦車道を通じて、話が出来るようになった相手がいる。その一人一人の名前と生年月日を私は覚えていた。嫌われたくないなあ、という想いがあって、それ以上に頑張って欲しい気持ちが強かった。私が黒森峰を離れる選択が出来たのは、エリカさんと詩織さんの二人が居たからだ。お姉ちゃんが居なくなった後でも、二人が居れば、黒森峰は大丈夫。だから安心して、私は黒森峰を捨てる事が出来た。
今年こそは黒森峰の優勝だ、と皆の事は心から応援している。
「エミちゃんも頑張っているのかなあ?」
中等部で活躍した彼女は、高等部の大会でも一年生でMVPを獲得した。
その後は、とんと話を聞かなくなってしまったのだけど、二年生になってからは、ますます活躍するに違いない。幼い頃の友達とは、随分と差が付けられてしまった。自分だけの戦車道、それがどういうものかは未だに分からず終い。今後も見つけられる気がしなかった。そもそも戦車道に復帰できるかも分からず終いだ。やってやる、やってやる、やってやるぜ。と大好きなキャラクターのテーマソングを口遊み、何時かまた皆と並び立ちたいなあと願望を口にする。
望みは、はっきりとしているはずなのに、心は追いついてくれなかった。
「……ん、メール?」
不意に大洗に来て、初めて出来た二人の友達からメッセージが届く。
「……野良戦車の棲息地? 捨て戦車の所在と整備の仕方? え、大洗って野生の戦車が潜んでるの?」