私、秋山優花里が友人の柚本殿と出会ったのは去年の事になる。
入学式を終えた数日後、小学校に中学校と友達の出来なかった私は当然のように高校生になっても友達が出来なかった。登下校、帰宅途中に通い詰めている大洗女子学園の学園艦に唯一ある戦車道ショップに足を運んでいた日の事だ。
ほぼ顔馴染ばかりの学園艦で、顔を見たこともない。されども私と同じ高校の制服を着た女性が展示されるⅣ号戦車の模型を眺めていた。ティーガーやパンター、カーベーではなくて、Ⅳ号戦車に目を付けていることに通を感じる。
この時はまだ、相手が戦車を知らない可能性を考慮してなくて、自分以外の誰かが
「Ⅳ号戦車、良いですよねえ!」
「え?」
「ドイツ戦車といえば、ティーガーに目が行きがちですが、開戦から終戦までドイツ軍を支えて、他国では戦後も暫く愛用され続けていました。Ⅳ号戦車の良さはなんといっても
私は空気が読めない訳ではなくて、でも好きな事になると周りが見えなくなる悪癖があった。急に話し掛けられてポカンとした彼女を見て、言葉はどんどん力を失われた。急に自分のしていた事が恥ずかしくなり、耳まで顔を真っ赤にしていたであろう私は「す、すみません」と両手で顔を覆い隠す。穴があったら入りたい、それが戦車の中ならば尚の事良かった。
「……初めて、乗った戦車がね。このⅣ号ちゃんだったの」
彼女は、意を決したように胸元で両手をギュッと握り締める。肩に掛かる長さの髪を揺らし、真っ直ぐな目で私の事を見つめてきた。
「語ろう、戦車!」
ふんす、と鼻息を立てる彼女を前に私の返答は「はい」か「イエス」の二択しかなかった。
柚本瞳は、戦車好きだが私とは少し趣向が違っている。
私は戦車雑誌を読み漁り、戦車グッズを買い集めてはディティールに惚れ込んで、戦車道の試合を観て、性能や戦術を語るのが好きなオタクである。逆に柚本殿は、人並み程度に戦車グッズに興味を示したが、実際に戦車に触れて動かしたいタイプの人間だった。私の部屋に居る時、彼女は戦車の整備の仕方等と実用的な書籍を眺めては「また戦車に乗りたいなあ」とボヤいている。私の部屋と彼女の部屋を行き来するように入り浸る毎日、ひと月も過ぎた頃に「そうだ!」と私のベッドで蕩けていた彼女は急に立ち上がった。
なんだなんだと話を聞いてみれば「自分で戦車を探せば良いんだ!」と彼女は意気揚々と学園艦の地図を床に広げる。
「大洗は20年前までは戦車道が盛んだったのだけど、何かしらの理由で急に戦車道をやめちゃったんだ。だからきっと学園艦を隈なく探せば、戦車の1輌や2輌は見つかるはずだよ!」
「ええっ? ……探すのは良いのですが、どうやって探すのですか?」
「私達には立派な足があるじゃない!」
「虱潰しでしょうか?」
目を輝かせながら明日の計画を立てる友人に「仮に見つかったとしても野晒しにされていたのであれば」と少し食い下がってみる。
「修理をすれば良い!」
大丈夫、私達ならできる。と彼女は澄み切った目で私を見た。
それまで私にとって戦車とは憧れるもので、自分自身で操縦するものではなかった。だから彼女の提案は、眩いほどの輝きを放っており、であるが故に、気後れするものでもある。見ているだけで満たされていたものが、変わってしまうような、そうした方が絶対に良いと分かっているにも関わらず、本質のようななにかが変わるのを恐れている。拘りではない、意地でもない。特に理由もない曖昧な不安。後にして思ってみれば、大したこともない小さなことであったりもする。必要な薄皮一枚で隔てられた仕切りを乗り越える勇気、その勇気を私は持てずにいる。
無造作に引かれた一本の線、自分で引いた境界線の向こう側から柚本瞳の手が私の腕を掴み取る。
「行こう、ゆーちゃん!」
陽だまりの中に立つ彼女は、木陰に俯く私を容易くお天道様の下へと引っ張り出した。
私は引きこもりという訳ではないのだけど、陰の者である自覚を持っている。典型的なオタク気質、誰かと一緒に居る時間よりも一人で居る時間の方が大切だと考える。友達が居た方が人生は楽しい、そんなことは分かっている。だけど、誰かと一緒に居る時間というのは、思いの外、気力を擦り減らすものだ。自分の事ばかりで他人を気遣えないし、ちょっとした事でも気に病んでしまうから、私は必死になって友達を作りたいとも考えられなかった。それでも寂しさは感じる。寂しさというのは、急に、ふとした時に来るのではなくて、雪が降り積もるように悠久の時を重ねて降り積もるものだ。気付いた時には、許容量を超えて、凍えている。孤独に耐え兼ねて、話しかけたのが先月の戦車ショップ。私は彼女というかけがえのない友達を得る事が出来た。
自分の決めた領域から外に出るのに必要なのは、必ずしも勇気の一歩ではない。
「はい、行きましょう! 柚本殿!」
やってから決めても良い、仮に失敗しても良いのだ。
対外的に見て何も得られるものがなかったとしても、彼女と一緒に居られる一時に価値がある。
そう思えるから私は、断る理由を探すよりも、状況に流される事を選んだ。
実際、彼女は凄いもので大洗にある戦車を幾つも見つけ出した。
山の中に捨ててあったチェコスロバキア製のLT-38から始まり、崖の中にあった日本では初めての国産戦車、八九式中戦車甲型。水中に沈められていたⅢ号突撃砲。そして何故か兎小屋に置かれていたアメリカ産のM3中戦車リー。見つけるだけではなくて、バイタリティに溢れている柚本殿は自動車部と交渉し、今は使っていないガレージを間借りして修理を始める。
この時、面白そうだからという理由で自動車部の面々も修理と整備を手伝ってくれました。
「この一年間、ずっと戦車探しをしてたけど、もう表層には落ちてないと思うよ」
戦車探しを始める前、柚本殿がそう進言する。
「……戦車道をやめた訳じゃなかったのね」
「戦車道のある学校にはいけなかったけど強襲戦車競技なら行けるかなって」
ちゃんと修理も頑張ったんだよ、と胸元で両手を握り締める柚本殿に彼女の旧友である中須賀が乾いた笑い声を零す。
そんな二人の様子を私は少し距離を置いて、眺める。
自動車部の旧倉庫には、計4輌の戦車が置いてあった。
整備は終えているが、今すぐに動かせる戦車はない。それは動かすのに必要な部品が足りていないからだ、私達のお小遣いで買えるほど戦車の部品は安くなかった。だから今は柚本殿と一緒に自動車部でアルバイトをして、資金を貯めている。自動車部は戦車一台分なら立て替えてくれるって言ってくれたけど、それは柚本殿と話し合って断った。今年の夏頃までには貯まる予定だった。
私と柚本殿の二人だけの空間に「すごい!」と一年生達が、はしゃいだ様子で駆け込んだ。
無邪気な彼女達はさておき、他の面子が入るのは少し胸にチクリとしたものを感じる。「いやあ、手間が省けたねえ」と口にする生徒会には、私達の思い出に土足で踏み入られたように思えるし、中須賀を相手に自慢げに話す柚本殿は少し距離が遠く感じられた。生徒会の副会長である小山柚子が、自動車部の中嶋殿と何かを話し合っている。どうやら足りない部品の費用について、話し合っているようだ。
これで良かったのは分かっている。私達だけで四輌もの戦車を管理できない。
しかし、なんとなく心に突っかかりが残る。
「それで彼女が私の自慢の友達だよ」
不意に柚本殿が私に駆け寄って来た。
背後に回って、私の両肩を掴んではずいっと前に押し出す。
目の前には、中須賀が居る。
「戦車バカなんだよ!」
「戦車バカって、そんな!」
「ふうん? 瞳のことだから引っ張り回されたのでしょうね」
そういって彼女はガレージにある4輌の戦車を眺める。
「ま、瞳の友達なら私の友達にもなる訳よね」
そういうと中須賀は無遠慮に私に手を差し出した。
「瞳に引っ張り回される者同士、これからよろしく」
「え? あ、はい。よろしくお願いします?」
握手を交わす私達の事を、柚本殿はにこにことした笑顔で見つめていた。
「私達は放課後、みほちゃんの所に行くけどもどうする?」
黒森峰女学園の西住姉妹。西住流戦車道の家元に生まれた二人は、戦車道に対する知識と技術にも優れており、戦車道の名門である黒森峰で姉は二年生から隊長を務める。妹も一年生から副隊長を任じられており、正に戦車道の天才姉妹であった。
その彼女が黒森峰を辞めて、大洗に来ている。
思い当たる節はある。決勝戦のあの舞台で敗北した事は大層堪えたはずだ。それ以上に事故も起きていた。大雨で緩んだ地盤、落ちて水没した戦車に取り残された一年生が病院で入院した。あの時の映像をよく見返せば、助けに入った生徒の一人が、飛び出そうとした西住殿を制止しているのが分かる。結果、怪我人を出し、その後の決闘でも敗北する。
戦車道を辞めるには、充分な理由かも知れない。
そんな人に会いに行く、ミーハーな気分で行ってはいけない気がした。
「……はい! 私も行かせて貰います!」
それ以上に置いて行かれたくなかった。
予測は所詮、予測に過ぎない。と元気いっぱいに答える。
西住殿は関係ない、といえば嘘になる。
だけど、それ以上に柚本殿を取られるのが嫌だったのだ。
◆
中須賀と彼女の友達らしき人物との会話に聞き耳を立てる。
会話の中に出てきた西住みほという人物、私は戦車道に詳しくなかったけど西住の姓には聞き覚えがあった。戦車道の名門校である黒森峰女学園で一年生からエースとして扱われ、二年生で隊長になったあの西住まほだ。彼女は特別強化選手に選ばれる程の実力で海外留学の話も出ていたが、黒森峰女学園で十連覇を達成できなかった責任を取る為に辞退している。
とりあえず私は柚を呼んで、西住みほについて早急に調べるように言いつけた。
それから旧友と仲良く話していた中須賀を、ガレージ内にある戦車について教えて貰う名目で呼び出す。
「ところでさっき話に出ていた西住って子、戦車道やってるの?」
「みほは日本では、戦車道の最大流派である西住流家元の子よ」
「へー、そうなんだ」
また一緒に戦車道を出来たら良いね、と笑顔を浮かべた。
……悪役面が板についてきた気がするね。本当に。